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こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.9-10 こぐれ日録504 9/25〜10/1
午前中、大津で糸賀一雄記念賞舞台芸術祭「ロビンフッド・楽園の冒険」に関する委員会。 大津駅への戻り道、最近できたばかりみたいなパン屋さんで昼食を買って大学までバスに乗る。滋賀県勢中心に学生さんたちがいっぱい。午後からは、3回生ゼミ。後期のすることは二つ。卒業研究を少しでも進めることと、就職活動の準備。今日は「文化政策学科というのは、はじめて聞いたのですが、どういうことを学習しましたか」という質問にどう答えるかを練習してみた。みんな、真剣でかなりいい答えだったのでびっくり。でも、その答えにこちらがつっこみを入れるとまだまごまごする。ということで、この次の質問を想定して準備する、というのが、就職活動準備系での次の課題となる。 4回生ゼミ。来週を卒業研究中間発表会にしていたら、10/2は内定式という学生が二人いて、10/16も引き続き中間発表会にすることにした。3回生ゼミ生はこれの方が都合いいし、まあ、結果オーライかな。 5限目の大学院生実質1名の授業では、12月からめくるめく紙芝居のワークショップのボランティアをしながら、レポートするという形にHさんと相談して決める。前期は理論だったので、後期は実践的研究となるので、彼女もそれを期待していて、じつに好都合であった。読みかけの中沢新一『愛と経済のロゴス』(講談社選書メチエ)の話をしたら、予想以上の反応を彼女が示して、文化経済学をこれぐらい大きなとらえ方で示すことが必要だとまた痛感する。 朝、少し頭痛がする(夜にはとれる)。そういうこともあって、一日中家の中。 美術文化政策研究 大阪成蹊大学芸術学部2006年度後期 (1) 1.オリエンテーション 1-2. 進め方 1-3. スケジュール 略 ○ 最終テストの要綱 林加奈さんが紙芝居の枠を取りに大学へ。 国立大学も公立大学も受験生獲得競争と市場開拓の時代。でも、ここへは池田先生とかじつに魅力的な方が入って来られているので、こちらは、邪魔にならないようになんとか隅のほうにいて(最低限いてもいいと評価されるように懸命なる努力を行いつつ)、じっと小さな声に耳を傾けていたいなあと研究室の下の水の流れを聞いている。 朝一番、基礎ゼミもはじまる。夏休みレポートは13名が今日提出。あと6名もきっと出してくれるだろう。東山青少年センターにお世話になったり、自分たちで環境NPOにヒアリングに行ったり、かなり積極的で嬉しい限りである。 10/29(日)13時の回に、上品芸術演劇団公演を鑑賞することにした。また、鈴江さんや上杉さんに出会えるよと話すと目が輝いている。 午前中、滋賀県庁の方が会議のまえの事前相談に来られるということを、昨夜まで覚えていたのに、つい忘れていて(朝に手帳を再確認しなくてはいけないです)、A教授の研究室で情報交換していたら、県庁のお二人がドアをノックされた。ということは、私の声が筒抜けだったということで、いやあ、失礼してしまう。さいきんこんなことばかりで、昨日も入試の振り分けを学科主任はしなくちゃいけなかったのだが、推薦入試に地方担当が復活したことを見落としていて、再調整が必要になったりしている。 4限目のアーツの扉でも、藤森神社を「ふじもりじんじゃ」と言ってしまい、2名の学生から、「ふじのもりじんじゃ」ですと指摘される。各駅停車でおなじみの藤森駅なのに、あちゃちゃである。 リサイクルアートの担当で、これはすごいと思った作品があり、それを迷わず選ぶ。あとで聞くと、茶色の瓶とその蓋は、作者が飲み続けた薬の瓶だったということで、だから、迫力がすごかったのだとあとで聞いて納得。その話を知らなかったのに、知っていたのと同じだけ感激したのだから、作品表現というのは、言葉以外がじつに物語るのものであるとしみじみ。 せんせい、一限目からどうしてそんなに元気でいられるんですか? 2回目のアーツマネジメント各論も34名。人数はほぼ同じ。ただメンツがかなり替わっている。 昼からは京都橘高校。いつもスリッパに履き替えて校内に入ると、元気な挨拶が待っている。 スリッパで思い出したが、一番前の生徒さんに、せんせい、その靴下の色はないでしょう、と指摘される。高校はスリッパだから靴下までちゃんとコーディネートしないといけないわけ。 高校の後半は席替えクイズをした。席替えをクイズが出来た人が好きな席へと移動するというもの。クイズ内容はいままでの復習とか、である調とですます調、ら抜き言葉など。やっぱり、後ろの席から埋まる(例外もあるが)。これは大学と同じだ。来週は、まちおこしとしての観光論のためのフィールドワーク。雨が降りませんように。 大阪城公園で噴水の音に耳を澄ます。ネコがやたら多い。ウルトラマーケットに初めて行けてよかった。新宿梁山泊第33回公演『YEBI大王』(作・洪元基、演出・金守珍)。10分休憩で、19:35〜20:00ごろまで。それでも、そんなには長く感じない。演奏とか叙事詩をうまく転がしているので。暑かったのでプロレスの団扇を貸し出していた。内藤裕敬さんとこらしいなあと思っておかしく。 金守珍さんが―ずいぶん昔のことだが―宮崎でステージラボをやってもらうために夜来られて、ちょうど地鶏の店で打ち合わせだった。ところが、金さんはまるで鳥がダメで、あわててもう一軒焼き肉屋へ移動した。そのためだったかどうか忘れたが、深夜、テーブルに乗って、シェークスピアの一節を演技してもらったことを思い出す。エンタテインメント精神旺盛な人で音楽も大好き。だから、今回も韓国の楽器が活躍している。 また唐突に鷲田さんの本に戻るが、鷲田さんは「にんじんもほうれん草も、ふきもみょうがも、なすもかぼちゃもピーマンも、つまりは色のついた野菜はみなごめん」なのだそうだ。へえ、ちょっと意外な感じで、そこが鷲田さんのかわいさだなあとか思ったりして。 昨夜見たお芝居から触発されたことの一つに、青銅器文化から鉄器文化への移行(舞台ではエビ大王の時代の終わりがそれで象徴されていた)が社会を国家化する重要なエレメントであるのだということ。でも、日本には青銅器も鉄器も一緒に来てしまったため石器文明から鉄器文明へと日本史ははしょって叙述しまうことになっている。 でも、その過程(移行ポイント)としての青銅器文明というものが、かなりスリリングなエポックで、ここがなかったとされている(よく調べられていない)ことが、日本文化史の問題/特質ではないかと考えてみる。なにせ楽器としてかなり気になる銅鐸は青銅器であるし。 (はなしはかわって)爆笑問題という四字熟語はずいぶん奇妙である。だが、同じ奇妙な熟語「文化芸術」よりも想像力を刺戟する。たとえば、爆笑するのは問題なので爆笑するな、と言っているのか(少子化問題というときは少子化はよくないことが前提となるように)、ぎゃくに、爆笑してもらうことが自分たちの課題だ(爆笑、それが問題だ)というのか。そんな矛盾することを同時に考えさせられる。 そう、爆笑と問題というふつうには結びつかない単語を結ぶあたり、ただごとではないかもね、とこのお笑いコンビを見ていた(といってもテレビをほとんど見ないので、司会をしていた記憶がうっすらあるぐらいで、いまだ二人が漫才をした姿をみたことはない)。結局、コムデギャルソンファンのわたしとしては、田中裕二のお兄さんがデザインした服(オム)をよく着ていたから知っていたというぐらいである。 で、『憲法九条を世界遺産に』(集英社新書2006.8)である。爆笑問題のもう一人の太田光が、中沢新一と軽妙な思想対談(まじめで直球の漫才)をしていて、じつに気持ちがいい。電車のなかで、気がつくともう読み終わっている。編集がうまいのだろうか。 中沢が太田に首相公選になったら立候補したらどう?(ビートたけしがライバルかも知れないけれど)と軽く誘ったりしても、太田はお笑いで生きるのだと以下のようにまじめに答えたりしている。(太田)「日本国憲法は、合作の傑作だという話をしたけれど、政治と芸術も、それぞれ違うアプローチで合作ができれば、もう一つ先に進めるんじゃないか。僕は、もちろん芸人の側から、政治にアプローチし続けたいし、そこで手を結ぶことも可能だと思うんです」(p150〜1)。」 (中沢)「つまり、憲法九条に謳われた思想は、現実においては女性の生む能力がしめす生命の「思想」と、表現においては近代的思考に先立つ神話の思考に表明された深エコロジー的「思想」と、同じ構造でできあがっていることになる」(p169)。近代国家の枠を超えてしまっていることを、こうして人類学、神話学とともに話されていて、遠い世界どうしのむすびつく瞬間が思想を生きるということなどだろうと、やっぱり気持ちよくなるのである。 あと、どこかで、太田が40歳を越えてから発想力といったか想像力といったか感受性といったか忘れたが、そういうクリエイティビティが減退してきているということを言っていて、それに対して、中沢がじぶんもそうだったけれど、50歳を越えてから、感受性が鋭くなってきた、またどんどん自由に発想できるようになってきたといっている箇所があって、その理由がいかしていた。 つまり、じぶんは死者に近づいてきたので死者と自由に話せるようになったというのだ。(該当箇所をようやく見つけました)「死んでしまった者を、どうしたら蘇らせることができるのか。それを必死になって考え努力してみると、鈍くなり始めたものが、また生き生きと若さをとりもどしてくる。不思議ですね。いまいる人といると年を取り、死んだ者とともにいようとすると、生命のよみがえりを感じるわけですから」(p156〜7)。これは、わたしですらちょっと実感できる。葬式研究とかアーツの歴史・起源研究の面白さがますます強まってきて、それは、歴史はみんな死者の声を聞くことだからでもあるからだ。 「コメディアンとして、太田さんは、芸術に深く関わっています。芸術とは、死とか死者とか、この世界にすでにいない者、一瞬僕たちに語りかけようとしてすぐに消えてしまった者との対話に、深く入っていこうとする行為なんじゃないでしょうか」(p157)。ほんとに私もそう思う。 ということで、AI・HALLでのマレビトの会「アウトダフェ」。作・演出:松田正隆。美術がきれいである。現代美術がアウシュビッツを取り上げるのと同じタイプのもの。チラシには天皇とか勅命とかあるけれど、広島現代美術館を思い出す。放射能に汚染された衣装に旅人たちが着替えて、死人の言葉を断片的に語る。もう、個性とか、何人いるとか、そういう質も量もない世界。死んだ、見えない、聴こえない世界でのできごと。いや、できごとですらなく、できなかったこと。出来ずごと。 夢うつつに進行し、夢うつつに鑑賞する。鑑賞というより、観照である。見て自分の心に照らしていたのは、昨日ずっと見ていた何十匹もの捨て猫たちだった。大阪城のうすぐれに人の気配に動ぜずうずくまっていた、さまざまな品種のさまざまな来歴のネコたち。そのネコがなぜか白黒の写真のなかに納まっていて、そのうちに、頭だかが静かに燃焼していくのである。すごい。お芝居をみて、自分で映像を作ったのは初めてだった。 かえり、プロデューサーの杉山準さんに、気持ちよかったですと感想をいった。ほんとうに気持ちがよかったのだ。でも、お芝居を評論したりは、まるでいましていないし、もうこれからもできそうにない。だから、芝居の前に西堂行人さんに誘われたけれど評論家協会には入れない。 京阪三条駅のところで、小さな栗のお菓子を買う。 めくるめく紙芝居プロジェクトの開始。林加奈さんと井出上春香さんがいるので、わたしはのんびり。ただ、今日は、残念ながら太陽クラブさんのメンバーは運動会に出ていて(京都の障害者の運動会なのだろうか)、雨の為早く終わったそうだが、それでも疲れて来られない人が多い。でも、3名は来てくれる。 ハナジョスの二人に4ヶ月の赤ちゃんが。さっそくおじいさんになった気分で抱かせてもらう。 説明会だったが、途中で絵を描いて、それを説明するということだになり、どんどんそれが美術鑑賞教育ワークショップみたいなことを井出上さんがすることになって、それで物語があれれっという感じで出来て、気がつくと、三枚の絵に歌がついてしまった。今日はこれからと思って着てきたイカの絵のTシャツも貢献してよかった。 さて、次のめくるめく紙芝居は、10/7(土)。この日は、18時から21時までの予約を山科青少年活動センター(11/8以外はみんなここでワークショップをする予定)に入れている。美術家の井上信太さんが巨大紙芝居の枠を提案してくれそうだ。 太陽クラブのみなさんはもとより、山科、そしてもっと広く(京都府外でも通えるならどうぞ!)障害のある人びと(子どもから高齢者まで世代の性別も国籍も障害の種類も問わないので)が集ってもらえると実に嬉しいし、きっと、多くの発見、それも自分の可能性を見つけることが出来る時間が訪れることまちがいなし! |