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こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.9
こぐれ日録501 9/4〜9/10
9/4(月)
親父の3回忌である。
11月に亡くなったのだが、私や娘の都合もあって、身内でそっと行う。
真言宗の声明を味わう。鈴がなっているような倍音である。高野山の修行の成果だという。
なかなか気持ちよい。姫路の不動院さんからは来てもらえないので、自転車で来られる距離にある真言宗の弘法寺さんから読経しにいつも来ていただいているのだ。
すし寅のおすしを食べつつ、戦前からのアルバムを見て父や父の母、つまりわたしの祖母をしのぶ。
なにせ、綺麗な写真なのである。祖母が幼い父と一緒に写っている記念写真はほれぼれ。娘たちと同じ年頃だから、よけい関心がわくのだろう。娘がコピーしにコンビニへいくというので、私もついていく。
少し歩いて、今日も来ていただいた弘法寺をはじめて訪ねてびっくり。コンクリのたてものでお寺とはなかなか思えない。
境内というか構内に地蔵様とかはいらっしゃるけれど。
葬儀・法事の会館のようだ。地主の都合で移動してこうなったという。
小さいときお参りに毎年行った恵比寿神社に寄る。こちらとか、極楽寺とか円満寺とかみんなちゃんと古い佇まいなのに、残念至極。うちに来ていただくお寺さんだけ新しい建物だったのは意外だった。
9/5(火)
蟻の軍隊、予想以上にすごかった!と聞いたので、
いそいそと朝出かける。京都シネマで10:10と確認したとき、
5日は、1年に1度の休館日だというところを見落としていた。
がっかり。でも、仕方なし。
あとは、ただただ読書。
飯沼賢司『八幡神とはなにか』角川選書、
江弘毅『「街的」ということ〜お好み焼き屋は街の学校だ』講談社現代新書、
島田裕巳『創価学会の実力』朝日新聞社。
八幡市の図書館で岩清水八幡宮の中世以降の状況も調べておく。
いくさの神様として、中世、戦国と各地で進行されたのだな。源氏の流れから、徳川家も力を注いだのである。
図書館にあった神仏習合についての本も実に興味深い。目の前に男山があると、神社とお寺の関係、宮寺と天皇、貴族、幕府などとの関係がじつに具体的になるので面白い。でも、つい、古文書からの引用などが続くと眠くなったりもするが。
図書館のそばに、小野頼風の男塚の表示があるのは知っていたが、その奥の細い通路のところに実際の塚があった。小さな小さな空き地。でも、女郎花の能がこの塚などに由来すると思うと、格別。謡曲「放生川」はめったに演じられないようだが、八幡大菩薩の重要な祭礼につながっているわけだ。
9/6(水)
朝、研究室内でごそごそ。後期のアーツマネジメント論(各論)レジュメをどんどん作ろうと思ったのだが、まだエンジンがかからない。
生協の学生委員のT君が来て、彼らも企画に参加する食の講演会の相談。
14時前から、井手上さんと京都市山科区社会福祉協議会にて、「めくるめく紙芝居プロジェクト」について、後援依頼。事務局長さんに山科区の福祉団体のことなどをいろいろ教えてもらう。
そのあと、林さんも加わって、日程の確定などの作業。アトリエ劇研の杉山さんに電話をしたり、こちらも少しは貢献しようとするが、マネジメントは井手上さんに任せてしまうほうがいいので、迷惑をこれからもかけつつ、できることだけするようにしよう。
10/1(日)が「めくるめく紙芝居プロジェクト」ワークショップの開始になる。その前に福祉施設などへの宣伝紙芝居隊の派遣を行うので、ここから実際の開始である。日時はまだ決まっていないが、TAM研メンバーはじめ、京都橘大学でアーツマネジメントに関心を持つ学生さんに、スケジュールなどをきちんとつたえなくちゃいけないと思う。2回生が核となるだろうが、1回生にも声をなんとかかけていかなくちゃいけない。
ようやく、京都シネマで『蟻の兵隊』を見る。今日は1300円だった。
あっという間に終わった。
蟻のまま敗戦後も戦争を継続した兵士と戦犯となり自ら生き延びるために算段した司令官の階級格差、意識格差に愕然とする。
だが、字幕に英語があって、その分感情移入が過剰にならずにすんだ。
もっともっと見たいと思う。知るべきこと、伝えなくちゃいけないことが多すぎる。
でも、見たい見たいというのではだめだ。もう見られない、聞けないようになっている事態を思わなくちゃいけない。あとは、想像力で補うべきかも知れない。
音楽は鼓動だった。
山西省の人たちがとても印象的だった。
軍隊をいますぐ廃棄するのはどの国もできないことはわかっている。でも、軍隊を自国領土内だけに留めることをすべての国が行うことはあまりにも非現実的なことだろうか。他国で主観的には皇軍として天皇陛下万歳!と言って戦死しても、中国国民党軍のボランティア兵とされてしまった事実。重い。
大島渚『儀式』のなかで、中国から帰ってきた男がずっと黙っているシーンがあって、みんなから中国共産党に洗脳されたと言われていたのをふと思い出した。
9/7(木)
http://www.chiq.co.jp/wakwak/index.html
昨日の打ち合わせで見つけられなかった太陽クラブのサイトをようやく見つけることができた。
そうそう、NPO法人わくわく なのである。
今年になって「虹の家」(三条商店会のとおり)が生まれていることも発見。
碧水ホールの上村さんに電話して、10日の『桃太郎』に私一人ですが行きますと告げる。
知らなかったのだが、彼は7月1日から甲賀市立になった元の県立水口文化芸術会館(約1000席)との兼務になって、毎日5往復ぐらいしているということ。大変だなあ。
また、その新しく市立ホールになったところに甲賀市の文化振興課が入ってきたり、いろいろ合併で庁舎が狭かったりして、大きく動いているのだそうだ。
甲賀映画祭< http://cinepa.jp/site/index.shtml
>の話になって、滋賀県では映画祭は大津プリンスホールで2月に行われているびわこアメニティー映画祭とこの甲賀映画祭の二つなのだそうだ。そして、アメニティ映画祭は、<
"http://www.cine.co.jp/ >が中心となっているとのこと。なんか、つながっていて嬉しい。
高知の大学の先生になった松本さんが久しぶりに来る。
そのあと、来年度の開講計画について。難問がいっぱい。
ずっと3時半に目が覚めるので、いっそ、21時に寝てしまえと思って寝たのだが、そういうときに限って・・・・まんが悪かった。ごめんなさいね。
9/8(金)
明日の模擬授業のために、まちかど芸術のDVDをじっくり見る。
去年のことを思い出す。よくやっていただいたなあとつくづく思う。
途中、芳江がちらりと出ている部分があって、彼女を呼んで一緒に見る。
雨の中、強行したのは私だったなあ。はらだりゃんさんはほんとに嫌だったのかも知れない。
田辺さんも出来れば延期したいと言っていたし。
午後、京都橘高校へ。
今日は杉山先生がゲストで、イギリスとは?とイギリスの文化政策のトピックス。
自動ドアが少ないのは、私も手動で列車のドアを開けて出なくちゃいけなくてびっくりしたので、ほんとにそうだと思う。
肥満の児童がとても多くイギリスでもUSAでも清涼飲料水を飲ませないようになってきた話からコークに入っている砂糖の多さへと自在に展開。
コモンウェルーズゲームなどスポーツを文化政策として考える前半。
後半は、外国人にアピールする日本の観光政策の不備、
無料(寄付へのドライブがもちろんセットされているのだ)で模写も出来る美術館、文化財のこと。ナショナルトラストが120kmの海岸線を守っていて、この場合のナショナルは「国民の」という意味だということ、などなど。
9/9(土)
JR灘駅。朝の模擬講義が無事終わって(DVDを置き忘れてしまったりいささか反省点もあるけれど)、CAP HOUSEへ向かう。あまりにも早いので、各駅停車で須磨駅まで外を眺めてまた元町まで戻る。
紅宝石でお昼。はじめて入ったが、美味しいし店内の中国音楽からもう大陸気分。
蒸し暑く、坂を上りきると汗が落ちてくる。建物の一階角にあった交番が統合されてなくなっていた。時間は徐々に過ぎている。変らない建物ではあるけれど。
イカタコキスキステンランカイ。わたしは、いかたこすきすき展覧会とかってに思っていた。
今日が一番派手な日。パフォーマンスがあり、とくに清水芸人のタコバルーンが見られるという。山本公成の音楽は19時からで、これは残念ながら見られなかったが、白井廣美の現代美術の王道的パフォーマンスもまた清水芸人のあとだけに対照的で印象に残り、いい休日をすごすことができた。
展示もみんなタコやイカ。絵画もあり、造形もあり、染色もあり。イカやタコにちなんだ映像も上映。
夏の終わり、ここで工作されたものなど、いろいろ。蛸壺などの陶芸もごろごろ。
そうそう、シモダノブヒサ作曲の「イタカコmix」が館内で流れ、CDをゲット。ソングブックもようやく手に入れ、かえって聞く。植物図鑑を聞きながら、キャップハウスに咲いていた花を思い出す。
こしだミカの絵本「アリのさんぽ」もゲット。タコもイカも蟻の手紙「うみのそこってどこまでつづいているのん?」「うみのそのさきってどんなふうになっているのん?」には何も応えなかったようだが、けっこう、タコは頭を抱えて悩み、イカは真剣に考えている。
おみくじが建物にいたるところ貼ってあり、それをどうするか分からなかった。じつは、これを一つ選んで、吉凶を占うようになっていたのだ。伊像古(いかたこ)大明神の宣託は、吉だった。タコのハンコ、ごきげんに手をあげている。瓢箪のタコも瓢箪のイカもいて、カードを食べている。巫女の池上博子さんに言うと、大吉だったらプレゼントがあるのに、だれも大吉をひかないという。
朝顔ハットとシャアの演奏と映像をしている部屋は唯一冷房があって、ほっとする。合間に奇妙な映像。
清水芸人は大きな赤い風船を使う芸である。音楽も海の底を上手に表現する演奏だった。
はじまる前に、空気の入れ方を女性に教えていたが、それは後半にその理由が分かる。最後はびっくりするようになっていて、終われば分からないことはなくなる。それが大道芸のエンタテインメントの王道だろうと思う。マイムで客席でうとうとするところとか、客席への侵犯部分とか、空気を作るのがうまい。人も大勢。ただ、男の子だけずっと泣いていて、彼の気分を変えるのはできなかったが。
4階で行われた白井廣美は、ただ、そこに立っている。白い巻紙。何もかかれていない。あとで、少なくとも、赤い丸いタコではないなと気づく、イカ?もちろん、そういう象徴的な想像界の世界ではない。しっかりと無言、無色、無味乾燥に近い硬質のありよう。観客へと近づく。じつはそこには強いある動きがあって、それは強い情動ととれるものでもある。足でくしゃくしゃになる巻紙。切れることもある。でも、そこに安易な解釈は必要ないように思える。コミュニケーションはあったとしても無言=無解釈のままである。意味は宙ぶらりんのまま、天井にひっかかったまま。
鑑賞者は立会い人だったり、パフォーマーの相手方にはなる。でも、終わるとまた一人ひとりのままである。使われてしわしわになった白い巻紙が巻かれる。そして終了。西陣で催しがあるそうだ。これも投げ銭である。投げ銭にいちばん遠いものだけに、それもまた面白かった。
9/10(日)
“このチラシの鬼のイラストがいいです。”
東京から来て自宅に数日泊まっていた若い女性が、『桃太郎』のチラシを指差して言う。NO-MAのチラシだとか、ずいぶん素敵なチラシが貼ってあるリビングの入り口で、一見地味なチラシの鬼にひきつけられたのだという。よく見れば、イラストの絵には、確かに鬼の角はあるが、背中は亀のような、いや河童のようにも見え。さらに、お腹には桃がいままさに太陽から生まれて光にように下る絵になっている。
これはまさしく、精霊そのものである。魔ものであり邪鬼であるとともに、かみさまとその使いでもあるスピリッツ。桃太郎とは鬼を下界に下ろすシャーマンになろうとして出来なかった者なのかも知れない。ゴッドはまだ生まれていない。たしかに桃太郎の行く手に、玉子大王はいたが、彼は愛すべきマヌケな自称王様であり、ぶっちゃけ、いかさまを得意とする妖怪の一種であろう。
「オニのココロも破れただろうか・・・」。ココロは桃の誕生によって破裂するというのだろうか。それとも、ココロが出来るという比喩なのだろうか。
甲賀市碧水ホールの自主事業としてこの『桃太郎』は生まれ育ち変容しつつ続いてきた。これからどうなるかは分からない。その危機感もあって(これからのめくるめく紙芝居プロジェクトの原点の一つでもあるので)、芳江を誘ってかけつける。
碧水ホールガムランプロジェクト2006、マルガサリ楽舞劇前5場通し公演『桃太郎』。13時から開演して、間に20分と15分の休憩を入れつつ、終演は17時すぎ。質量ともにオペラ並みである。いや、アジア的オペラという方が相応しい。
5年間かけて一場ずつ作られていくその持続力。スローオペラであるとともに、つねに以前に作られた場が最新の場が生まれるとともに変容する可変性がまた西洋的ではない魅力となっている。覚えたての言葉で言うと「対称性」オペラ。
碧水ホールにガムランセットが存在していること。マルガサリと中川真がワークショップを行い地元にガムランオーケストラがあること。水口町立のときに、前の館長らが自分たちの手でガムランを発注し企画してきたこと。私たちのように20世紀から碧水ホールにお世話になりアーツマネジメントが日本で可能であると希望を抱かせていただいた者からすると、毎年行われてきた映画の独自企画はじめ碧水ホールが果してきている大きな役割は言わずもがなである(甲賀映画祭として自主事業がなくなっても市民活動としてそのこころざしは続けられているが)。
でもしかし、これからアーツマネジメントや文化のまちづくりなどを学ぶ人たちへは、その歴史をきちんと伝える必要があるのかも知れない。日本にはアジアの人たちが嫌がるような侵略戦争などなかったと教えたい人たちがすでにいるぐらいなのだから、公立ホールにおける冒険的で果敢しかもアットホームな地域と切り結ぶアーツマネジメントが日本にもきちんとあったことを伝える必要があるだろう。指定管理者制度という「改革」路線のおかげで参入した営利企業。資本主義に鍛えられたビジネス組織でしかホール運営ができないというような人たちが多数を占めない前に。
おっと脱線した。公演の話に戻ろう。
さて、チラシと当日パンフはアーツマネジメント研究のとても大切な資料である。
とりわけ、主催(甲賀市教育委員会/甲賀市碧水ホール)や後援、協力のところ、そして、制作・出演の書きぶり。マネージャーが一番気を使うところ。そして、このライブでは、リーダーと団員とか、作・演出と出演者とか、振付家とダンサーというような、一方通行の(非対称的な)関係ではない創作上の特色がある。たとえば、ガムランを演奏するマルガサリのみなさんも演技もし、その演技や台詞についても稽古のあいだ中、つねに自分で工夫し創作されてきている。
でも、もちろんそれぞれの責任の所在は明確である。結果、以下のようにチラシには記述されている。
企画制作:中川真、音楽監修:野村誠、舞踊振付:佐久間新。
出演:マルガサリ ラハルジョ、林加奈、魚谷尚代、大石麻未、中西俊介、今橋朋子。
衣裳:水谷由美子、岡部泰民
照明:滝本二郎。
そして、当日パンフには追加や少しの訂正がある(もちろんチラシが出来てからどんどん進化する作品の場合はよくあることだし、その変化がそのまま創作のプロセスとして伺うことが出来る)。
たとえば、舞踊振付とチラシであったのが「舞踊監修」と変わっている。これは音楽監修と同じく、振付も出演者自身、同士による創発的な展開が行われたことを意味している。
出演者では、ディジュルドゥの根無一信が追加され、舞台監督にHiros(中川博志さん)がクレジットされている。碧水ホールでは、世界の音楽をとても大切にしてきたのだが、そのさい、中川さんというすごい人が二人もいて大変!という話を上村学芸員だったか、前館長だったかが、していたのを思い出す。そのとてもすごい人が舞台の中央と舞台のそでで仲良くはげしく世界を創っている!
そうそう、当日パンフにも載っていないことの一つに、リハでも参加しなかった野村誠の当日だけ演奏というすごいプレゼントがあった。彼の日記でそのことは分かったのだが、第4場での彼の絶叫に近い形相は林加奈とは違い普段そんなに見られないもので、でも、そのあとすーとまた普段の野村誠になっていて、場が作られていくすごさを見た一つであった。
今回は内容を書かないで置こうと思ってこうしてマネジメントに着目して書いているのだが、少しはメモっておくべきかも知れない。
第1場「誕生」は、牧歌的である。じじ(中川真)とばば(河村真梨子)は、芝刈りと洗濯をするのだが、じじは花咲じじいみたいで、竹を叩いて素朴に音楽する。一方、ばばはとても若く、あとでその性格が分かるのだが、音楽をイヤホンで聴き、イタリア歌曲を歌ったりして、じじとは文化がまるで違ったりする。桃色に川の精たちが川面を染めるところが美しく、幸せな男児の誕生である。名前はまだ太郎、固有名詞ではない。
第2場「村の日々」。私的には、この場面が一番好きかも知れない。豊作を願うために祭りを再興する。セミの合唱はすぐにでも真似をしたくて仕方がないもの。
牛の桃色の着物が桃でつながっている。牛もそしてあとからやってくる鬼も日常の普段着の人たちではないダンスが出来る。佐久間新の舞踊が空気を動かす。
盆踊りもあり、そこへ鬼が来る。牛のお供えでは足りなかったのか。花子がさらわれる。
桃つながりで鬼も太郎も同じところからやってきたに違いないと思う。でも、闘いは、じじたち伝統文化を守る村の者たちは反対するだろうが、若者はそうはいかない。イタリア音楽を歌うばばも反対はしない(黍団子を作ろうと思っているのだ)。
ラブ&ピースではなく、ラブゆえの戦争である。
休憩のときのコピ200円がじつに美味しかった。
第3場「道行き」。喜劇である。その場、その時代によって作られていくものだろう。即妙のやりとり。太郎が桃太郎になり、家来が生まれ、それらが成長し団結していく。きっと、目的が当初のもの(花子の救済)から替わっていくのも見られる。つまり、鬼退治、あるいは、村の繁栄のための征服である。
哲学者が西田幾多郎を援用するのが興味深かった。生きることと死ぬことの絶対的な弁証論。第4場が予言される。
第4場「鬼が島の戦い」。花子については、当日パンフに岡室美代子が詩「花子のモノロオグ」に書いているが、これは演出上の意図や解釈とは全く関係がないもので、でも、どうしたのだろう?と思う人もいるし、自分で考えるためにはとてもいいヒントだと思う。もちろん、違うように花子のことを思ってもいい、玉子大王がいうように、美容師になって、忙しいかも知れないし。こうして、私たち観客は一つの公演のあと、自分流の解釈をしていくことが出来るのである。
第5場「エピローグ」。終わらないと思われた戦争もいつしか終了する。肉体同士の戦いだからこその静けさ。死と生が区別されていない世界でこの「桃太郎」は静かに終わる。いくつかの解釈も施されるが、それも三者三様である。
わたしは、鬼が島を失いホームレスになったのだと思った。桃太郎はまたただの太郎になっていまの世界に散らばっているのかも知れない。だったら、花子も美容師など忙しい仕事をして世界中を駆け巡っているのかも。
大きくこのステージでは実在しているように見える鬼にはもう固有の住まいはない。でも、鬼は大きな袋を持っている。誰にあげるものなのか、それは自分にも分からないままなのだが。
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