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こぐれ日録 KOGURE Diary 2007.4
こぐれ日録531 2007年 4/2〜4/8
4/2(月)
スーツを着ても手拭なんですね〜と学生に言われつつ、
入学式である。
文化政策学部と看護学部が午前中で、文学部が午後。
天気はまずまずだし、思ったより寒くなくてほっとする。
文化政策学科の父母(おばさんなどもいらっしゃった)の会に出る。
オープンキャンパスで気に入った、インターネットで探していた、新聞を見たなどなど。
インターネット環境は必要かという質問とか、寮のことなど。
文化政策学科が08年度から変わることについての質問もあり、グレードアップして
かつ、新しく先生も入るので、お得な授業が多いという説明をしている(実際、こちらは大変だがそうなるのだ)。
13時から、はじめて出会ったDクラスの学生さんの自己紹介を聞いている。
緊張気味だがなかなかみんなしっかりとしているようだ。
18名、うち、男性は3名。去年と同じ。
いろいろ書く書類があったりして、手続きが少しこれから大変だろう。
明日のガイダンスで授業科目を登録することが待っているし。
マクロ経済学とミクロ経済学、どちらを重視したらいいですか?と聞かれてすこしいい加減なことを答えたので、明日、S先生からフォローしてもらおう。
夕方、大学院生のガイダンス。
そのあと、山科の笑笑で歓迎会。大学院の方は文化政策研究科のままでずっといてほしいなあとつくづく。
4/3(火)
大学では新入生のガイダンスが一日中行われている。
児童教育学科が増えたこともあって、人の移動がすごい。
文化政策学部全員の説明と文化政策学科だけの説明。
去年もその前もずっと付き合っているが、ことしは、去年に比べてもまじめに聞いている感じ。
だが、午後になって、資格のガイダンスで疲れたのか、教務課の職員さんだけの説明では、集中の糸が切れたみたいだ。
わたしもそうだったが、学生にどうやったら分かりやすく説明できるか、若い職員さんではそんなに多く機会がない。こちらは、一番自分が専門としていることで説明したいし得意のはずのことですら、届かないことが多く、でも試行錯誤してまいどまいどやっているので、亀の歩みだが、ちょっとは進歩しているのかも知れない。それで少しフォローしてみたりする。
16時をすぎて、こちらもぐったりして研究室へ。
今年のアーツマネジメントの出始めはチラシから情報を読むというケーススタディ的な導入を考えていて、その素材は、いつも送ってもらっている高知県立美術館の封筒にあった『日曜市―台所から観光名所へ―』と関連企画にしようと思っている。ホールでは演劇もあるし。
そうそう、絵本『にちよういち』(西村繁男、童心社、1979年)も生協から届いていて、高知弁を学生から習わなきゃ。
美術館日記を見ていて、びっくり。藤田さんが副館長から館長になったそうだ。パチパチパチ。
台風の被害とか、心労とかいろいろあったけれど、藤田さんおめでとうございます。
4/4(水)
午前中はのんびりできるかと思ったら、何やかや。
自分探しの旅の出始めのネタだけプリントアウト。
あと、「京都文化ベンチャーコンペティション」について、関係の先生に参加を呼びかけてみたら、前から話していたこともあって、前向きに検討してもらえそうで、うれしい。
4/16に知事から記者会見されるはずなので、それから、学生たちに働くことになるだろう。
午後は、全学の先生方の1分間スピーチ大会。
象のウンコをさわらせていただいた。わたしは、口琴を鳴らそうかと思いつつ、TAM研メンバーとなごんでいて、忘れてしまい、だみ声→ホーメイ→倍音というネタのみ。
おわって、新入生のクラス懇談会へ。みんな、授業登録で大変だ。
キャンパス見学会の調整など、学科主任的仕事をばたばた。
そのあと、京都橘高校で教えた二人が来て、授業登録の相談。
19時になって、ようやく一人。
そうそう、草津の文化政策学科1期生がポスターを貼りに来ていた。
一期生でわたしのゼミ生も26日に来たいとのこと。久しぶりに会えて楽しみだ。
授業に出てもらいたいなと思う。
4/5(木)
昨夜、23時すぎに就寝、目が覚めると4時半。あと1時間寝れればいいのだが、新学期は脳が興奮しているのだろうなあ。1時間ぐらい、象のウンチ(乾燥していたからだが)の思わぬ軽さとか、土を食べる子どものこととか思い出している。
うれしいことに、2004年の最後に見たことのある近大の学生さんが、コメントをつけてくれていた。プラズマみかん<
http://plasmamikan.blog43.fc2.com/>第二回公演『田中山君の白いうさぎ』【作・演出】
中嶋悠紀子さんだ。
じぶんの日録(日乗)を見て、ようやくお芝居のことをうっすら思い出す。こういうとき、日記を書いていてよかったとしみじみ思う。<http://kogure.exblog.jp/1493426/>
クラス懇談会をはさんで、大学で新入生の受講登録にずっと付き合っていた。ほぼ、終了か。
悪い芝居< http://waruishibai.jp/>という劇団名はチラシなどで見ていたが、5月の10日から13日まで東福寺のスペースイサンで公演があるということ。10日に見て、よかったら薦めてみよう(少し学生に紹介するには勇気がいるかな?)。劇評を読んだりブログを見たりする限り、興味を持たせる若い劇団のような気がするが(主催は立命館大の西一風出身のよう)。
4/6(金)
去年と同じく、新入生キャンプは滋賀県の近江八幡市である。
気温もどんどん上昇して町歩き日和になった。
午前中は資料館と石井先生からのレクチャー、旧伴家の2階、畳に座って聴くのが気持ちよし(でも少し冷えてきた)。
八幡堀で食事をして(たねやは人気、バームクーヘンもたねやだったのか)、午後からは、NO-MAへ。
野間本家も見学する。介護のNPOの方にお話をしてもらっていた。
16時まで少し時間が余ったので、来年も同じコースなら出発を少しゆっくりするなどの工夫がいるかも知れない。
夜はドッジボール。ふわふわのボールだがかなり大変。突き指をしたゼミ生が出た。
アキレス腱を伸ばしたりしたが、もう少し指とか気をつけるようにいうべきだった。
年に一度、運動をするだけだが、その前にサウナと水風呂に入ったり、けっこう、この宿舎(サンピア)は楽しい(食事も評判がいいし)。
4/7(土)
新入生キャンプ2日目は、クラス懇談会を1時間ほど行った後(他己紹介)、
びわ湖ホールへ。上原館長の歓迎の言葉の後、照明、音響、舞台装置の担当の方による解説。
そのあと、舞台に上り、舞台の盆に回されたり、4階まで上ったり、照明・音響ブースを見学したり。
びわ湖を見ながら昼食をして大学に帰る。
疲れたので、そのまま帰る。中日が珍しく負けていた。
4/8(日)
昨日は、ノイズレス、京都国立近代美術館に行ってレクチャーを聴いたり、音とか無音とかを聴いたりしようと思っていたが、あまりにも眠く、からだが冷えてきて帰ってすぐ寝たのだった。4時半に目が覚めてしまったが、体調は大丈夫そうで、よしよし。
水鳥を見ながら選挙会場へ。
朝刊を見ると、京都市上京区ではお寺が会場になっているところがあるようだ。いいなあ。
帰ると宅急便。ずいぶん前に書いた短い文章のお礼として、その冊子とともに、なにわの名物開発品がどっさり。ああ、このこてこてかんが大阪である。写真は別ブログ(アーツたちばなhttp://kogurearts.exblog.jp/)にて。
NPO劇研主催の劇研アクラーズラボ発表公演に出かける。第二回。担当で京都橘大学出身の上田千尋さんと話す。残念なのは、これからアトリエ劇研が改修に入るので、春学期に学生たちと一緒に鑑賞できないことだ。
『おはようと、その他の伝言』作:宮沢章夫、演出:山口浩章。14時半すぎから、90分ぐらいの作品だが、13名の登場人物が出てきてははける。ビギナーもけっこういるようだから、よく、まとまったなと思いつつ、宮沢作品がこのようなワークショップで取り上げられることがちょくちょくあるのは、参加者の気持ちに近いものがあるからかどうか、そういうことも思っていた。
チラシの束が、ワークショップやセミナーだったので、これをまとめて授業で紹介しなくちゃと思う。そうそう、まちかど寸劇でお世話になり出演していただいた藤本さんが隣にすわっていただいたので、めくるめく紙芝居の宣伝をする。21日の15時、大善院だったらいけるとのこと。でも、チラシがいま払底してしまっていて悪いことをした。
桜がちょうど満開みたいで、めずらしく人通りが多い松ヶ崎。蹴上駅に行くとほんとにおおくの観光客が出ている。
アートスペース虹へ。立命館大学仲間ゼミ有志による『ケージからの贈り物―ノイズレスに呼応して』が展示され音響が流されている。赤崎みまの作品が自宅にある作品の一つ、ざくろなので、少し奇妙な気持ちになる。街の音が流れている(ジョン・ケージ「49のワルツ」のために冬の京都の音が採集されていたのだった)。虹の熊谷寿美子さんと故遠藤寿美子さんの話などをする。
はねうさぎにも寄りつつ(大江慶之、山田実)、京都国立近代美術館へ。ようやく、17時からはじまる『ノイズレス』鈴木昭男+ロルフ・ユリウス展の空間を味わうことができた。1階のいつもはリチャード・ロングの泥の円がある場所。そこが真っ白になり、手前に鈴木昭男の「音立」のためのケージの耳をかたどった足を置く台のインスタレーション。無音なのだが、その「音立」の記憶が鏡に向かって反射しているように見える(聴ける)。
奥には、ロルフ・ユリウスの「スモール・ミュージック」。小さなスピーカーが、キノコのようで、映像も大きくないのがかわいい。奥には人が少し密集しているが、どこでも音は聞こえるので、いろいろな場所で人はたたずんでいる。ガラスの向こうは桜。美術館を出ると、桜の下での記念撮影などにぎやかなので、この場所に来ることで、少し気持ちが落ち着く。
互いにささやく声なども一緒に聞いている。幻聴のことを話している人がいて、耳鳴りとか幻聴とか、音が鳴ることそのものが実に不思議であるし、それが聴こえてしまうこと、聴こうとして聴けないことなど、聴くという、聴覚の、視覚よりも無防備で危険察知システムでもある感覚の存在について、しばし、参加者はここでふと不思議に思ったり感じたりしているのかも知れない。
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