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こぐれ日録 KOGURE Diary 2007.12 こぐれ日録566 2007年 12/3〜12/9 12/3(月) いつものように、京阪五条で降りて、大宅行きのバスを待つ。 大学のDVDはほとんどパナソニックなのだが、どうも、わたしはパナソニックと相性がずっと悪くて(あの福岡での事件以来かも知れない)、今日のゼミでも、そのリモコンがわたしのゆうことを聴かない。でも、Wさんがするとちゃんと早送りしたりする。Wさんは巫女みたい。場所がいいだけとWさんはいうし、まあ、彼女が霊能力を持っていると誰もいまは言わないが、特定の会社の製品と相性が悪いなどと非科学的なことをいうのは、そもそも、占いやお払い、お守りへのほのかな心寄せなのだろうとも思う。 今日もまた3回生ゼミで妖怪の話をしているのだが、4回生ゼミの教室は、ときどき忘れた頃に電話の呼び出し音が聞こえ、今日も古典的なその音がいつものように、誰かが応答することを期待するわけでもなく、ただ鳴った。りーん、りーん、りーん、りーん、りーん・・・ 2005年度に出来た真新しい学舎なのにな。B-105教室。去年もその前もここでゼミをするとそうだった。近くには人家もなく、オーソドックスな呼び音で、5回ぐらい呼ぶとその電話の主は気がすむのか、ぴたっとやめる。ひと学期に5回ぐらいかな。 このおとについて、3年目なのだが、いまだ合理的な理由がなかなか考えられない。つい、コンクリに埋まったままになっているのだろうか、とか非妖怪的なことも考えるが、埋もれた携帯電話がずっと動くこともなく。 きのう、先生、ゴリラはどうしたのですか?と妖怪ばかり話題にするので、聞かれてしまった。いや、ヒトが文化を創る、というときに、ヒトのなかにゴリラも入るという話をするために、ゴリラ君(あるいは、ゴリラさん、ゴリラちゃん)はどうしても必要なのだと答えると、でも、チンパンジーでもいいでしょ、つまり、先生の好みですね、と痛いところをつかれる。まあ、好みといえば好みかも。 (葬祭研究は、妖怪や幽霊とつながるとすぐに言えるしマジにそう考えているからいいが、ゴリラは正直あんまり最近考えていなかった。でもまあ、ゴリラは幽霊を見るのか?という問と猿や類人猿は妖怪になるのか幽霊になるのか?という問いはありかも知れない。) 夜の同志社大学大学院での講義の準備のために、軍歌を延々と聞く。 おっと横道に行った。だからつまり、「くに+まちづくりのための文化利活用」というテーマは常に緊張感に満ちているのだ。「兵隊さんよありがとう」(1938年朝日新聞による公募)とこどもたちに歌われると、これは、まいるなあと思ってしまう(逆に、小さいときから「肩を並べて兄さんと/今日も学校へ行けるのは/兵隊さんのおかげです」と歌っているとその小児に与える刷り込み的普及効果は絶大だっただろうからじつに恐ろしいこと)。 「非常時の文化政策」という下りの準備である。いまは、音楽に焦点を当てているのだが、愛国行進曲(内閣情報部)や愛馬進軍歌(陸軍省)など、直接国が国民(皇民かな)に広く参加を呼びかけ、歌詞や曲を公募する文化政策が一番分かりやすいものだが、それらは軍歌の典型的なものとは言えない。それよりも、新聞社各社やNHKが公募した軍歌のほか、国策・協力映画の主題歌であるとか、レコード会社各社が独自に作って行く軍歌、戦争歌のほうがよりポピュラーであったようだ。 これは、音楽というジャンルに限った文化による戦争動員政策だが、それでも、国策宣伝のための音楽づくりのほか、戦争協力のために働くマスコミの影響力、あるいは、民間企業の映画会社や音楽会社の力、そして、それに呼応するアーティストたちを思うと、奇妙な高揚感を感じたりもして、奥が深い。その流れで、旧教育基本法と新教育基本法を読む授業なので、かつての軍歌文化政策だって、いまとまったく切れているとは思えない、と感じてもらえるだろう。 昼間、軍歌を聞いた後、斉藤武市監督『緋牡丹博徒 仁義通します』(1972年、96分)を見る。藤純子が辞めるので8作目にして完結編。ベタつきモタつく部分あり。でも、片岡千恵蔵はじめ豪華な役者陣(ダイマル・ラケットがいたりもする)を見るのはなかなかに楽しい。また、健気な小袖役の光川環世という女優さんが台湾人だということを後で知ってびっくりしたりもする。スタイリッシュな加藤泰監督の前作「お命戴きます」に比べながら見る。これが、普通の(一般的に考えられている)仁侠映画の立ち回りなのだろう。ときどき、ローアングル的なカメラ位置が見られるが、それはなんだかたまたまみたいだ。 1回生ゼミ。 第8条・芸術、第9条・メディア芸術、第10条・伝統芸能。この3つの条文だけでもずいぶん解説が必要で(批評的にいいたいこともあるのだが、ぐっとがまんして法律に即して淡々と説明)、能楽と文楽と雅楽とあると、もう15回ぐらい授業をしなくちゃなあとか思ってしまう。 TAM研(これも今年で終わりかもなあ・・・)でなごんだあと、 2限目のアーツマネジメント論。宝塚少女歌劇のはじまりと小林一三が構想していた国民劇のこと。 そのあと、2年前の南座の顔見世映像を見せようと思ったが、襲名披露の口上のところで12時に。歌舞伎(音楽:映像が常磐津節と清元節、義太夫節の浄瑠璃系ばかりなのは、坂田藤十郎の和事だからか)の授業は来週、来週はさらに能のお囃子音楽についても映像で解説する予定。 今日も冒頭、チラシを並べて観察することをしていたので、机にチラシが散乱したまま。休み時間になりゼミ生も入ってきて、宝塚見せたというと、いいな!というので、続きを見せていると、K先生などが入ってきて、何か説明会がはじまる。あわてて、K先生に手伝ってもらいながらチラシを片付けたり、ビデオをしまったり、あたふた。そのとき、顔見世の演目・出演者をプリントアウトしたものをしまったつもりで、あとで気づくとない。インターネットで探すが今度はなかなか見つからず、ようやく探すとお昼休みが終わっていた。 4回生が来て卒論をチェック。その前に、来週、宮城道雄『春の海』を聞き、彼のエッセイを読む予定(これってまた多すぎかも?)なので、印刷室で資料作り。A先生はこういう文章が好きそうなので届けると、小暮君、どうして、こうシラバスの入稿、消えるんだ!と怒っている。それって、30分すると消えるので、少しずつ保存すればいいだけです、というと、消すときに注意すべきだ!とか(あと10年ちょっとするとA先生の歳になる。わたしもきっとこういうふうに言うのだろうなあ・・・)。 さあ、帰ろうと、帽子と襟巻きを取り出す。鍵を閉めて研究室を出ようとすると襟巻きがない。あわてて、研究室に戻る。30分ぐらい、どこかに襟巻きを置いたのだろうと探す。ない、ない、ない。ふと、コートの襟をさぐると、あった!なんじゃ、襟巻きをして、その上にコートを着て隠れていただけじゃないか! A先生に言えば、きみ、10年早いよ!といわれそうだ。 「昭和・高度成長期・20世紀は、懐かしき」系の原点映画。でも、単に「懐かしき」で終わっている凡作群とはもちろん一線を画く批評性があり、「二十世紀少年」との対比なども興味深し。 もう週末か。 ちょっと開放感でまちあるき。 出町柳から千本今出川までバス。少し西北にいったところにある、SELF-SOアートギャラリー。畳が清楚な町家なり。2階にも展示。中庭もきれい。大江正章&はまぐちさくらこ展。大江正章の動物陶器はおてらハウスかどこかで見かけたことあり。 御餅屋で切れていたかりんとうを買って、浄福寺通りを下って行く。かいわい、日蓮宗のお寺が多い。慧光寺のかんきつ類と柿の対比。浄福寺幼稚園の入り口には、樅の木ツリーではないのだが、クリスマスの飾りが遠慮しーしー施されていて、なんだか、微笑ましい。 ○ 園の児らツリー飾るや寺門に 沌豚 智光院通りそばの無垢工房へ。ここでは、渡辺あふるの絵が待っていた。手作りの木工場。ケーキもあってお茶が飲める。故里が高知ということで、ジンジャーシロップが売ってあって、生姜湯が簡単に出来るなあと思い購入する。 二条城駅まで、あとはぶらぶら。佐々木酒造のところで、ビール。珍しくアサヒのドライ。いや、久しぶりのドライもまたうまい。歩いて喉が渇いていることもあったのだろうが。 かえって、まだ見ていないDVDのなかから、溝口健二『楊貴妃』(1955年、91分)を見る。彼の初カラー作品。小津安二郎がカラー映画をはじめて撮ったのは1958年「彼岸花」だからそれよりは早い。どうも、音声がいまいちだが、雅楽みたいな唐の音楽や、和風とは微妙に違う室内の調度品、手が出ない中国服などを見つつ、けっこう、あっという間。 京マチ子演じる楊貴妃が庶民の出身ということになっていて、玄宗の森雅之はお公家さんみたいで琵琶ばかり弾きたがる。山村聡の安禄山ばかりが威勢がいい。大昔に習った中国史の時間もかすかに想起しながら、唐の音楽を復元したコンサートをぜひ聴きたいなと思った。 神戸へ。 17時になったので、上屋劇場へ。神戸発「ナマウタヂカラvol.1」。 マリンバ(ビブラフォンやパーカッション、歌も)の影山朋子とギターの外山拓のフタリゴト。インスツルメントデュオ。 はなとしては、この前のさきらのエントランスよりは小さいとしても、かなり大きな空間で歌ったわけだが、けっこう安心して聴き、見られたように思う。 今日は、アーツ鑑賞演習の日に振り替えて、大善院おてらハウスに向かう。風が昨日よりも冷たく、年の暮れ感が漂う。 ずいぶん迷った学生たちがいて、碁盤の目で分かりやすい地図なのに、とは思うが、通りの名前が見つからなかったりして、東西南北の感覚がないといずれにせよ迷うのだろう。 夜、エリック・ロメール監督『O侯爵夫人』(1976年、107分、西ドイツ=フランス合作)を観る。いま家には加藤泰監督映画が6本ほどあるが、芳江が血なまぐさいのはいや、というので、ロメール映画(いま出ているもので観ていないのは、あと2本ほどになるな)を楽しむ。この『O侯爵夫人』は、『愛の昼下がり』(1972)で「6つの教訓話」シリーズが終わり次のシリーズ「喜劇と格言劇」シリーズが始まる(『飛行士の妻』1981)までの間に位置している(次が『聖杯伝説』1978)。 はじめ、ドイツ語で驚くが、その異様なまでの様式美、おっと、古典演劇だと気づく。言葉は原作に忠実とのこと。ところが、内容はじつに心理劇で、悲劇なのか喜劇なのか(思い違いが輻輳するところなどシェークスピアの喜劇のようだ)は別として、じつに、スピーディで(暗転多し)、19世紀初めの小説とは思えないほどだった―原作(クライスト)よりも分かりやすくしてある(重要なところだけ変化させてある)とあとで知る。 ブルーノ・ガンツ(ロシア人伯爵役)が若くて、これもびっくり。彼以外のベルリンの劇団俳優さんが出ていて正当な演技が見られ、舞台美術はシンメトリーな室内、暗い中での蝋燭の明かりによる奥行き重視の映像で、まるでイタリア絵画のような、でもフランスのサロン風絵画のような世俗性も加味されたような画面構成。つまり、古典演劇で古典美術なのに、でもやはり人物の心理の綾はロメール映画そのもの。なんだか、感想がうまくまとまらないが・・・ |