こぐれ日録 KOGURE Diary 2007.1


こぐれ日録518 2007 1/8〜1/16


1/8(月、祝日)


月曜日なのに、まだ冬休み。
2回生などは、成人式しているのかな。
8時すぎ、すこし散歩しようと時計ももたず財布ももたずトレーニングウェアにコートをひっかけて出かける。
かわ、みてくるわ。
そう言って出かけたのに、てくてく松花堂庭園まで言ってしまった。戻ると、2時間もぶらついていた。

東高野街道はいつもより少しクルマが少なくて、まわりをきょろきょろ見ながら歩くと確かに面白い。
男山中学校跡が運動公園になっていて、サッカーボーイが地面をならしている。
善法律寺も開いていて、いい感じ。室町幕府は岩清水八幡宮とずいぶん関係しているなあ。
お墓も見させてもらって(このお墓は伏見の石屋さんで去年高校生と歩いた商店街で見かけた)、出てくると、お風呂屋さんの煙突。八幡温泉。温泉とあるのは浪花風なり。

正法寺。月に2回ほど開くのだそうだ。アンパンマンの保育園。
NPO法人京都八幡こどものひろばが趣のある建物にあった。風情のある児童公園とともに。
八角堂は、正法寺が運営していて、前方後円墳の一部でもあるという。

あと、マルクス兄弟、1930年『けだもの組合』。たしかに、グルーチョのダンスはステージで見るとずいぶん面白そうだ。
それから、高校サッカー決勝を見る。応援席レポートで、宮沢賢治の雨ニモマケズが唐突に引用されていた。命がけの盛岡商業監督とともに。
夜は、天井桟敷の人々。第一部のみ。ピエール・ルノワールも脇役でいる。なにせ、ジャン=ルイ・バローのパントマイムの動きがすごい。

グルーチョとジャン=ルイの比較検討。ことしのダンス鑑賞はじめとなったな。


1/9(火)


初仕事。
大学の研究室のメールを開けるのは、ちょっとこわい。
仕事がどっさりありそうだからだ。
テレビ関係の方(ブログで紙芝居の専門家と思われたそうだから紙芝居の問い合わせが一件あって、この件は自分では対応できないので、街頭紙芝居に詳しいところなどをメールしておく。

原稿依頼も一件。知り合いの方から。250〜300字ということなので、返事とともに添付する。
なにわ名物開発研究会の広報紙(2月発行予定号)にて、「モダンシティふたたびin精華」」の報告記事を掲載するなかで、観客のコメントを載せるというもの。

原稿料はないということで、もちろん全然大丈夫なのだが、あとに、「原稿料はありませんが、「いちびり庵」のなにわ名物の数々をセットにしてお届けさせていただきます。」とあったのを読み落としていて、さっそく返事があり、「送るので住所を!」とあって、おお、実質的には原稿料があるのであった・・・そうだったら、もう10分ぐらい推敲すべきだったかもと思ったりした(冗談、というか、推敲してよくなるとは限らない)。

でも、はじめ、まちつかいを少し普及させるためもあって、もともと「まちつかい」と濁らずにいた</a>のだが、最近は「まちづかい」と濁ってもいて、どちらがいいのか迷っているが、元のまちつかいの方がいいかしらとも思い出している)出だしを書いていて、内容に至らないまま長くなったので、ぼつにした原稿なのだが、ちょいともったいないので、ここにアップしておこう。
タイトルは“大大阪の「まちつかい」に幸あれ”
……………………
 最近、「まちつかい」という言葉を「まちづくり」の替わりに使わしてもらっている。つまり、都市政策において、「もう、新築ばかりが能ではない、まちの息遣いを感じるように、歴史あるまちをいまの私たちが自由に使うことが大切」という意味としてこの「まちつかい(まちづかい)」を採用しているのである。ただ「まちつかい」が成立するためには、かつてそのまちに華やかであったりときめいたりしたりした人びとの思い出がなくてはならず、そのまちに効率だけでは面白くないよ、というまちの人たちの余裕がなければならない。・・・・
……………………

午前中、ずいぶん実質的に議論した会議があり、そのあと、学生たちの授業が終わるのを待って、めくるめく紙芝居プロジェクトのスタッフミーティング兼新年会のために、林加奈さんのお宅にうかがう。ブログでここの様子なども見ていたので、はじめてなのになにか懐かしい感じもある。

ユニークななべを10名(プラス赤ちゃん)で囲みつつ、いままで行った5回(みんなもっと多くの回をしたと思っていた、それだけ内容が濃いのだろう)の映像をみたり、じっさいの絵を見たりした。第1回目、じつは説明会ということもありまだワークショップは始まっていないはずだったので、動画はないのだが、このときにすでに作曲も作画もたんまりなされていて、説明会という概念がここですでに吹っ飛んでいたことに驚き面白がったりした。


1/10(水)


1限目のゼミ(16回目なので自由参加というか、マイ事典とインターゼミレポート提出日)のあとは、校務。

そうそう、その合間にきゅうちゃんが来て、3/3と3/4にあるアーツマネジメントゼミの交流発表会などで彼女が発表するための打ち合わせ(丹波の音楽祭、とくにまちかどコンサート企画に参加してがテーマ)。積極的で本当に助かる。彼女はこの前ゼミ風景なども撮影していたサンテレビにずいぶん映っていたそうで、彼女もまだ録画を見ていないらしいので、また取り寄せて見せてもらおう。2回生にたいする来年度の専門ゼミの発表は明日になったが、4月からこぐゼミに入るみなさんもぜひ、きゅうちゃんの発表を聞きに言ってほしいなあと思う。

ドイツの高松さんから、アフロネット"http://www.afro-met.com/company.html"という大阪の話題を教えてもらうとは!"http://mixi.jp/view_diary.pl?id=313847807&owner_id=1299757"
それもめちゃ実家のそば。なんと福島区海老江にある会社である。
みんなアフロネットを作っている会社なのだろうか?

会議、会議で疲れたあとだったので、とても受けて笑う。ああ、垢抜けない大阪のよさという文脈で高松さんは書いているかと納得しつつ、昨日、その大阪をよいしょする文章(もっとも大阪をこよなく愛してるので、よいしょしているのだが)を書いた直後ということもあって、おおいに楽しんだ。

でも、わたしでも、買わないなあ。
でも、そういえば、アフロっぽい毛糸の帽子をわたしは明日ぐらいかぶりそうだ。
やっぱり、われは、大阪人なり。


1/11(木)


論文を書こうとして、ちゃんと引用しようとして、
資料を探し出して、あれこれしていて、
結局、タイトルと副タイトルと序章のタイトルを書いただけの日暮れ。

そのあいだに、TAM研の集まりがあったり(脇町がふるさとの一つという学生がいてびっくり、彼女にとって三味線もちつきは当たり前の風物なのだ)、
文化政策という学部名学科名が変わって大丈夫ですか、というまじめな学生の訪問があったり
2回生ゼミ選びに悩める学生たちの相談があったり。

さいきん、ピンチをチャンス、という感じでいるので、あれこれと元気付けている。

ところが、靴を買って(底が磨り減っていて、2100円で修理できるかと思ったら8400円もかかるのはショックだった)、京都芸術センターへ行き、山下残演出の『動物の演劇』がはじまるがはじまる。赤い小さな明かりの点滅がしるしなのかな。

ケンハモがダンスしている。音のダンス。4つ足の動物に合わせて音が横長になる。

楽しみにしていたが、はじまるとすぐに頭痛がしてくる(こすり音のせいではないだろうけれど)。体調がこのステージとシンクロせずに、ところどころ、はっと気持ちが入るけれど、動物ってわてら人間とちゃうやん!(動物がいればもっと面白いダンスかも?)という感じでクールにステージを見ていたりもした。たまたま前の男性が背の高い人だったこともあって、寝転がる役者の姿が見えないこともよくあって、注意が集中できなかったからかも知れない(そんなときは、目をつぶって音楽だけを聴いてみた。そして自分で自分の振り付けのダンスを躍らせてみた、そして、想像する楽しみが満載の音楽だと改めて思った)。

アコーディオンの大田智美の演奏もはじめてで楽しかったし、もちろん、野村誠のケンハモでの登場、音が震えて、音の振動的なダンスだった。おお、こうやって動物園をうろちょろして、ズーラシアの音楽ができたんやなあというパフォーマンスとか、思い出すと、けっこう、楽しい瞬間もあったけど、個人的に、学生たちの悩みを聞いていて、それが澱のように溜まっていたこともあって、じゅうぶん、鑑賞する体力がなかったのが残念だった。

冒頭、客電がついたまま、小さな赤い光が前方に5つついて、今度は後方に6つつく、という反復があって、これはすばらしいものになるのだろうと思ったら、そういう演出は最後のほうでちょっとあっただけだった。5人が揃うときに、音楽もハーモニアスになっていて、そのときは、はっとしていいなと瞬間思った。あと、早い演奏の音楽とダンスもよかったが、騒音状態になるとダンサーがこけるというのはあまりにもありふれていて、冒頭の岩下徹が野村誠とからむシーンがどうもありふれているのと同じく、どうもまだら模様の作品にようにわたしには感じた。

人間以外の動物は笑わない。これがテーマなのかしらと、いつも驚きや笑いがまんさいになる山下残作品に慣れてしまっている私には、そういうことを思ったりしてみた。日本では、人間も他の動物と地続きという発想が、ダーウィニズムではなくて、仏教的輪廻転生あたりからあるので、動物園という西洋近代的な世界から出発した音楽とこのダンスとをどうみたらいいのか、集中できなかったこともあったので、あれこれ考えたりもした。


1/12(金)


あさは自宅にいた。頭痛はずいぶんましになった。
京都橘高校の三学期。もうみんな卒業に向けて忙しいし、2回だけなので、楽しく、しかもきちんと評価するための提出用紙を周到に準備しておく。
文化政策論のまとめのあと、ビデオ観劇の前半(第2話以降は来週に)。『ユニット美人』を活用して、オールタナティブスペースということとか、前説とか、そういうことを解説しておく。小劇場演劇にはじめて触れたおどろきみたいのが生徒たちにあって、面白かった。

12/24に放送された大阪府の楽座事業のPR番組をたまたま見て驚いたという生徒が話しかけてくれる。ほんとにサンタさんになったのですねえ、と。以下は、授業のために用意したレジュメ。
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京都橘高校「文化政策」2007.1  《文化政策のまとめ〜大切なこと〜》
@ まちの魅力づくり・・・まちの魅力を文化で増やし伝えていこう
まち(地域)の姿を眺め、商店街などまちの産業の課題を知る・・・まちあるき、まちさがし、まちの人に話しを聞く、マップをつくる、いい点と問題点を見つける 課題の解決案も考えて、友達とまとめて発表する 一緒に考え、出切ることを諦めないでやっていくことが大切 シェアしあう気持ち

A 観光はまちとの対話・・・観光はまちとの対話、資源を活かすアイデアを
住んでいる人が気持ちいいまちは、訪れても素敵な観光地だ・・・リピーターが多いところが持続可能な観光地 障害のある人、多様なニーズに応えることができること 使われなくなった施設を観光や憩いのレストラン、雑貨店、カフェにすること

B 文化イベントの企画・・・身近な人たちと文化イベントを企画しよう
文化イベントは、身近なところにもあるし、手作りのよさが第一・・・誕生日会やクリスマス、まちのお祭りなど、身近なイベントに、地域のよさ、文化のそれぞれの個性がある 冠婚葬祭って?

C アーツの多様性に親しむ・・・いっぱいあるアーツジャンルに親しもう
美術も建築も音楽もダンスも文学もお習字もアーツだ アーツはいっぱいある。自分で出来るものを増やそう。鑑賞するジャンルも増やそう。紙芝居や絵本は大人になっても楽しめる

D アーツマネジメントの役目・・・アーツマネジメントは心をこめてアーツをプレゼントすること
アーツのいれもの。美術館は、からっぽの箱だけれど、だからこそいい。原っぱの魅力。音楽ホールは静かさ、沈黙をつくるところ。劇場や映画館は暗闇をつくる。ライブハウスは、できるだけ防音に気をつけて思いっきりはち切れる音楽を楽しむところ。でも、まちかど、商店街、駅、広場、ショッピングセンターなどにアーツを届ける「アウトリーチ」も必要だ
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高校の教員室に院生から電話。修士論文の提出にはハンコがいるのだという。タクシーであわてて大学へ。もうひとりの院生にも、ある推薦文を頼まれて書く。
そのあと、17時半から大切な会議。あしたは、その会議のための作業となる。


1/13(土)


あさ、娘から電話。
「風景」という言葉を自分はよく使っちゃうのだけれど、それはちがうと言われていて、いい言葉(フレーズ)はないかしら、というような趣旨だったので、さっそく、滋賀のかえるさん(細馬先生)が、「風景と光景」は、風と光だからどっちも一瞬の景色で移ろいやすいもののように思ってしまいそうなのだけれど、漢字の成り立ちから調べると(白川静氏の辞典をわたしももっとこまめにあたらなくてはいけないなあ)、両者は違うのだというブログを読んたよと伝えた。http://www.12kai.com/diary.html 参照

つまり、風景はずいぶんと年月を経て形成されるもので、光景のほうは、娘はながいうように(いままでずっと娘の名前を具体的には書かなかったけれど、また、小暮はなは「歌うたい+アルファ」として始動しはじめるので、上の娘は、これから固有名詞で書くことにします)、フラッシュバックのフラッシュなのだよ、と。

「歌うたい+アルファ」と書いたのは、まず先に、この「+アルファ」のほうが表にそろそろ出始めるからで、いまはその最後の準備みたいだ(具体的に知らせることができるようになったらまたアップする予定)。そもそも、どんなジャンルにおいてもアーツが世に出るというのは、せいぜいその準備をしてきたなかの100分の1ぐらいのもので、残りの99%は苦労して創ってもまったく表に出ないということを、身近にそういうことをしている者を見ているとじつにしみじみ思う。とはいえ、表に出たものがどうなるか、というのは、それまでの99のバックがあることは一つの支えではなるが、また別のことであるということも確かなのだ。

午前中、昨夜の仕事をし終えて、それを持って大学へ。
無事手渡して、すこしだけ、自分の論文の出はじめを書きだす。
たしかに、書きたいことは山積していて、けっきょく、その1%ぐらいしか書けないような予感。
アーツだけではなく、学術においても、そういうことなのだな。


1/14(日)


10時から13時まで、めくるめく紙芝居プロジェクトワークショップ。山科青少年活動センター。
太陽クラブの参加者の出足がいい。パフォーマー、紙芝居製作者として、彼ら彼女らはもうきちんと確立していることが確かめられる。東京から本部のお二人も視察でお越しになる。

前回までの48枚の作品をまず眺める。
そして、今回も10数枚が描かれる。
途中から音楽がハナジョスのお二人の自然な流れではじまる。安田兄弟のパーカッションは力強く独特である。伊藤さんと長谷川さんの京阪絵画は合作となっている。
合作といえば、同じ紙に二人が書きあい、言葉を付け合うというのが常態化している。
そこには、参加者とスタッフの区別はほとんどない。しぜんに交じり合っているのだ。
もっといえば、そこにはアーティストとアーツマネージャーの区別もないといっていいぐらいである。
少なくとも、ワークショップを行うときに、その区別はなく、一緒に机を並べあい、作品を張り出し、ことばや視線、体の動きを交し合う。チラシを配り掃除をする。

かえりに、東御坊によると、昨年の暮れに飛び込みで行ったのにかかわらず丁寧に応対してくださったお寺の方が障子の紙を貼っていられた。一つが貼り終わるのをまって挨拶する。

早く帰って、映画を二本見る。
天井桟敷の人々の第二部とマルクス兄弟『いんちき商会』(1931年、78分)。マルクス兄弟の4本目。あんまり期待していなかったけれど、どんどん面白さが増大してきた。たしかにダンスの原点の一つがここにあるなあ。
すこしからだがだるくなって、早く寝る。


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