|
こぐれ日録 KOGURE Diary 2007.7 こぐれ日録546 2007年 7/16〜7/22 7/16(月) なんの休みかしらないが、休み。 お袋の歩みが去年より少ししっかりしている。ただ、新快速の行き帰り、顔を見ていると「ちゃいばあばあ」にそっくりで、寝ぼけていると、ホントに「ちゃいばあばあ」かと錯覚してしまう(「ちゃいばあばあ」とは、お袋の母につけたあだな、縁側にあがってくる鶏を「ちゃい、ちゃい」と追うからである。ちなみに、親父の母は「ねんねえばあばあ」だった)。 行くとき、東淀川駅付近で人身事故だったために、10数分遅れていたが、帰りも同じように遅れている。 テレビで聞くだけの台風の死者、地震の死者。 京都市の基本構想を検索したり、8月に出来るという心斎橋ルイードを検索したりして朝をすごす。 10時半からだったが、早く出てしまい、京都駅で本屋に立ち寄る。「nid」という雑誌の藍色に惹かれて手に取る。「nid=ニッポンの イイトコ ドリ。」 大津駅下車。こちらはしずかな滋賀県庁付近。委員会での話を聞きながら、今年も、後期の授業とうまくこの音楽祭を連動するようにしようと考えている(11月中旬)。より、参加型になっているし、アウトリーチ的にもなっていて、音楽をベースとしながら、ダンス/身体表現のステージレベルが向上しているという評価が嬉しい。帰り、鷲田先生の本にあった京都駅近くのラーメン屋、新福菜館へ行く。真っ黒な汁。食べながらどうも食べたことがある味と思って壁を見ると、京都府立文化会館近くに支店があって、そこに入ったことがあったのだった。だったら、隣(第一旭)に行けばよかったなあ。 夜、ぼんやりくつろいでいて、ふとメールを見て、思い出す。京都府の文章チェックのお仕事をしようと今日の午後は開けていたのだった(実際は、この祇園会の本を、近くの高良神社太鼓祭の賑やかな練り歩きサウンドを聞きながらベランダ読書をしてしまったのだった)。あわてて、2時間ぐらい、文章チェックをして深夜メールで返す。 久しぶりに大学へ行く。 帰りの空、細い三日月。 2日前のことだが、石畳の道の曲がり角で、二輪車に乗った男性が転倒している現場を見た。 テストの日。 ぼちぼち採点。 採点を少しして、アートコンプレックス1928へ。 『花嵐+相良ゆみ、オンナのカラダの〈今〉がある。』 19:34〜20:41。アフタートークもあったようだ。満席で少し橋に椅子を追加。視覚障害者や外国人の姿も。 相良ゆみ「サブリミナル」20分ほど。ソロ。伸びたからだが気持ちいい。行き届いたトレーニングのもと、壊れる心配がない分、安心して彼女の痙攣を感じていく。 それにしても、1928の外からの音の制御はむずかしいのだろう、今日は、車の音ではなく、女性の話し声が聴こえていて(無音のとき)、やっているほうは大丈夫だろうが、見ている人は少し集中するのに苦労したかもしれない。 花嵐「ドリーのダンス〜肉に内包された夢をひもとく〜」。40分ほどか。 伴戸千雅子の妊娠姿は刻一刻変わって行く変化であるが、加齢する舞踏家の力強さはやはり世界のダンス界のなかでは特筆すべきこと。二人(古川遠とニイユミコ)が伴戸の暴れを抑制するためによけいに動いていたようにも思え、いい3人組だなあとちょっと仲良しダンス的に最後は見てしまった。 それにしても、昔(といっても3年前の2004年)は、きちんとディテールを書いていたなあ。 清水宏監督を検索。多方面から、名前や評判を聞くが、実際の映画を見たことがない。気になる。小津監督と同い年か。 プライベートな探し物をしていて(あとは家族に任せて)、大学に着くともうお昼近く。 ウイングフィ−ルドに間に合うか間に合わないかのぎりぎりになり、家に帰る。 オールスターをちょっと見てから、溝口健二『新・平家物語』(1955年、107分)、カラー、大映。吉川英治原作ということもあって、図式がくっきり。新興の兵士階級である平氏(主人公の清盛は市川雷蔵なので好感度抜群)に対して、まったくの悪役の山門(比叡山の僧兵たちが日吉大社のお神輿を担いでいるのは、中世では当たり前なのだが、神仏分離後の今となるとけったいな感じがするなあ)、そして、歌と踊り、白拍子で没落する公家階級の対比。 さあ、風邪気味なので風呂入って寝ようと思ったのに、たまたまコマンドーとかいうハリウッド映画が始まっていて、つい小1時間も見てしまう。簡単に殺す主人公。 大学へ。アーツ鑑賞演習のラスト。 ジャブジャブサーキットのこと(HPに劇団の歩みがアーツマネジメント的要素も含めてよくまとまっている)と岸田國士戯曲賞の一覧表(どうして2007は該当なしになったかもピックアップ)を資料としてつくって、最後の授業にのぞむ。 ジャブジャブサーキットのこの前の公演で購入したDVD『歪みたがる隊列』映像に集中してもらうことが眼目。事前にどこまで知ってもらっておくべきか、試行錯誤しながらやっている(今回は黒板に登場人物の名前と簡単な関係の説明をしておいたが、それでも、感想には、関係性が複雑で・・・というものも散見された)。 モニターの画面が小さいのと、モニターの音質の問題で台詞が聞き取りにくい(会話劇だしずいぶん精神医学などの用語が出てくる)が、なんとか、ほとんどの学生は最後までついていったようだ。題材が『東京ノート』よりもなじみやすかったのかも。 さあ、月曜日までにレポートを提出してもらうと、完了である。 話はまったく関係ないが、研究室で、語源(説)事典というのをぱらぱら見ていたら、「まち」の語源説の一つに「間地」から、という説もあった。事典を読むのは、いつも楽しいものだ。 瀬田駅。どうして駅前ってみんな同じなのだろう。 常設展、夏休み子ども美術館、アートのなかの“うごき”をさがせ!ゴーゴー!ストップ!ゴー!!丁寧な解説。読んでいるとものすごく楽しい。でも、かなり時間がかかる。好きなものだけを読んで楽しめばいいのかな。 京都市内をあることのために歩く。よく歩いた。確かに、洛中は歩いて楽しく出来ている。一番おもしろかったのは、15時からオープンする銭湯を待っている人たちがけっこうういて、開くとどやどやって入っていった姿。なんか、いい。 家に帰って、昨日テレビでやっていたアニメ、ビデオで見る。中身がなくてただただしつこい感じがした。でもこれがいまの高校生でいまのアニメの水準なのかなとも思う。『時をかける少女』とか言っていたな。細田守監督。原田知世との比較とか、あれこれ。 |