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こぐれ日録 KOGURE Diary 2007.3
こぐれ日録527 2007年 3/5〜3/11
3/5(月)
土日で、ちょっと、心身ともくたびれたので、今日は大学に行かずに(大阪府のある仕事は送信以外はやった)パジャママン。
昨日、広大アートファームについての発表もあって、終わってから「おかやまアートファーム」って知っている?と聴くと、すくなくとも発表者は知らなかった(一緒に来ている人でNPOでしょ、と答えてくれたので、ほっとする)。でも、目的は、と見ると、「広島の音楽・美術などの芸術文化を国内外に広く発信し、広島の芸術を盛り上げていくことを目指しています」と機関誌にあって、農場なのだから、発信のまえに耕さなくちゃなあ・・・(よく見ると理念として、「耕す、土づくり、種をまく、育てる」もあがっていて、国内外に広島の芸術を発信するという目的のためには、じっくり「小さくても質の高い企画を打ち出す」こと、アーツの土壌づくり、フィードバックを大事にしようとしているので、よく読めば少し私の早合点の要素もあるのだが)
「発信」大好きな人たちがどうしてこんなに多いのだろう(もうこれは何度書いたか分からないので言わないように極力しているのだけれど・・・)と思ってしまう、いい感じの発表者だったし、アーツ企画者の先輩の伊藤さんをお呼びしてお話を今度聴くということでなかなかセンスのよさげなところなのです(あわててフォローしなくちゃね)・・・芸術を公共的投資として行う根拠理論の一つに、「芸術は国家の威信」説というのがあり、国家+地域と広げて地域の誇りづくりという風にすることも多いのだが(地域アイデンティティ説まで含めて従来私は説明していたがいまは再考中)、国・地域含めて、威信説を思い切っていま流行でもあるので「発信説」と言い換えてみるということを次の論文に書く予定(ここに書くより、その論文をいま書かなくちゃ・・・)。
3/6(火)
今日は、研究室でしずかに論文書き。
ぐっすり寝られて調子がいい。でも、1/3ぐらいのところで、1万字をずいぶん越えてしまった。
あれれ。
昨日の午後は、今日のために二つ表を作ったが(日本における芸術・文化の歴史的推移、文化の推移と芸術の態様分類)なかなかその章節にはとどかない。ゴリラの文化からいまの先端芸術までの大きな流れをまとめたもの。
昨夜、表を作った後、2本、映画を見た。『女が階段を上る時』(成瀬巳喜男監督、1960年、111分、黛俊郎の音楽がなかなかいい)と『雨月物語』(溝口健二監督、1953年、97分)だが、どちらも森雅之が出ていて、役柄がどちらも妻子がいる男なのに、浮気をする。前者は、銀座のマダム(高峰秀子)に、後者は、幽霊の令嬢(京マチ子)に。
今夜は、この前ビデオで取っていた『スイングガールズ』を再びみて、明日の出張(岡山に地方入試当番)のために、早く寝よう。
3/7(水)
明日帰ってくるのだが、午後から、入試業務で岡山へ出発することに。
若手教員さんのピンチヒッター。夜、宿舎でじっとしているしかないので読む本をかばんにつめてっと。
さて、専修大学の林先生(かってにいつも言葉の勉強を楽しませてもらっている)のブログに、
「だいぶと前」という言い方について書いてあって、関西中心にみんな使っているそうだ。"http://hyszem.exblog.jp/4756828/"
わたしは古いし、関西に戻ってくるあいだにいろいろ変化しているので(来ないの関西弁、こーへんは使わず、けーへんという大阪弁のほうがなじみで、京都人はいまだにきーひんと言いはるとばかり思ってしまう人間)、「だいぶと前」は初耳だったし、「だいぶ前」あるいは「だいぶん前」しかよう使わない。
「だいぶんと前」は自分では使わないが、違和感はないかも。「と」が入ると何か違うなあ。
「ずいぶん違う」と「ずいぶんと違う」の違い。おお、「ずいぶんと前」って、自分では使わないし、ちょっと自分より若者が使っていて、えっと思ったことがあったかも知れない。
3/8(木)
昨夜は、岡山駅近くのホテルに泊まる(19時から、NHK BSで『アメリカン・ビューティー』を見ていて、途中でああ、見たことあったなあと気づく、でもいつどこで、だったのだろう?)。
後期入試は古くからある予備校にて。古い教室の黒板とか、たたずまいってなかなかいい。
机が一人ずつのもので、購入年代がさまざまなので、高さや素材が違っていて、それを合わせてテーブルにするとなかなかいい風合いがでる。ただ、暖房があまりきかず、ひやひや。
無事、大学に解答用紙を届けて、帰宅。あさ、3時ごろ目覚めたので、今日は早く寝ることに。
そうそう、現地の補助員さんに、白桃キャラメルがお土産にいいと聴いたのだが、もう置いていないという。幻の白桃キャラメルとなった。
3/9(土)
今朝はよく寝られて調子いいはずだったが、夜、帰る頃には、どうも体調が芳しくない(ので不機嫌ぎみ)。気をつけよう。
大学に行く前に、24日、滋賀県の文化関係のトーク用のレジュメなどを県庁の人に送る。
研究室について、TA選任のハンコを15枚押していると、文化政策学科一期生から電話。じつにまじめで女優でもある学生さんだった。
文化政策学部に入ったことをいまも後悔していません、とか、なんだかうるうる。幸せになってほしい。
10時半、次年度、急きょ、宣伝美術を中心とした授業ができることになりそうなので、打ち合わせ。
来週、正式に承認されると、学生にはずいぶんと(この「と」だなあ)人気の科目になりそう(でも情報、遅すぎる!と苦情がでないようにしなくちゃ)。
平盛小学校へ。あいのてさんたちなどがすでに待機している。
「宇宙ですてぃにー ワニバレエ」のワークショップ。明日が本番、その様子をのぞく。
尾引さんは、待機中から声を出している。すごい持続力だ。体育館で、口琴の弾き方を教えてもらった。いままで逆にしていたのね。
4年生というのは、背格好もまちまちだし、いろいろな児童がいるものだ。
わたしは、机に隠れて、後ろから手ぬぐいやめがねをかすめとることを楽しみにしているD君と、わたしが指パッチンをしていたら、ぜひ教えてくれといいに来たT君。この二人を中心とした、後ろで参加したりはずれたりしている連中に遊ばれていた(外部から観察していたらまったく無視しているように見えるかも知れないが、ところどころ歌ったりリコーダーを吹いたりちょっと踊ったりしている。ただ、それに集中できない子もいるのであって、じつはわたしも昔から今もそういう人なので、じつに同志だなあと思ってしまうのであるのね)。
ダンボールの男の子二人はそれがあるので逆に安定している。まあ、自分のダンボール家ともう一人のそれと、どちらが素敵かをわたしに言わせようとして、少し困らせたが。あと、放課後も残っていて活発な女の子Yちゃんも途中、わたしの頭の皮が柔らかいといってなでていた。ラブラブって冷やかされていたが、Yちゃんはぜんぜん平気なキャラかもね。D君にいつも攻撃される(リコーダーで股つき攻撃などなど)ので、こちらから抱き寄せすりすりしようとすると、お父さん(37歳だそうだ)みたいなことはしないで〜といわれてしまった。親との微妙な距離感が出てくる10歳ぐらいの大昔のことを少し思い出した。
なんば、精華小劇場。このあたりから少し悪寒が・・・。
France_pan 10th session、『前向きな死に方』19:05〜20:25。19時半ではなく、30分早く始めるのはアフタートークがすべてついてあるからかも。作・演出:伊藤拓。フランスパンはじつに着実に、しっかりとした作品づくりをすすめている(取り扱う内容とか演出方法がバラバラな感じがなく、あえていえば、若いのにブレが少なく手堅いところが長所であり心配な点というぐらいか)。
はじまる前の赤い糸の照明と、お墓のような、空の発泡酒缶のインスタレーション。そして、おもちゃのピアノのポツポツ音BGM。
無駄のない(開演後と演出的なつながりがきちんとある)しつらえである。
死体と(エッチ)したいがほぼ等価で、
死にたい男、(生きているのにすでに)死に体。
ほどほど、それなりでは生きがいには届かないから。
ダッチワイフに語りかける死体たちは物の怪?
死にがいみつけて、遺影は、いえ〜い。と笑っている。
赤い糸が切れて、赤い鳥が赤い空を飛びおちる。
こういう題名で、チラシからも分かるテーマ、素材感でお客さんはどれほど来るのだろうと前に思ったが、予想外に、椅子を追加するぐらいであった。若い同世代。
赤い羽根の使い方が、たまたまなのだが、この前みたアメリカン・ビューティーみたいだった。
個人的な研究との関係だが、「遺影」ということを考えさせてもらえるので、とても嬉しかった。
チラシを作る段階で脚本の構想がほとんどできている劇団は珍しいかも知れない。
前向きな死に方を選ぶというのは、お芝居をするということとほとんど同じなのだなあと感心しつつ、家路を急いだ。
岸田國士作品を上演予定なので女性役者のオーディションをするそうだ。これも楽しみ。
3/10(土)
芳江が先に出かける。
あさ、パンとコーヒーのみ。せっかく作ってもらった朝食はお昼に食べることに。
マンションの理事会。もちまわりで、2007年度は理事になる。
06年度の理事長さんは、くじで選ぶ段になって、そんなのはよくないと立候補したそうだ。
今度は、設備の専門だった年配の方が、設備担当に立候補。あとは、くじ。理事長さんにぴったりのひとがくじにあたり、私は書記ということ。毎月1回、土曜日か日曜日の午前中に集まることに。
芳江さんにやってもらうおうと思っていたが、時間があれば出ようかと思い直す。親密圏やコミュニティを語る者としての最小限のコミットメントだしね。
軽い風邪なので、ぼちぼちと、平盛小へ。糸井先生がマンション理事会は大丈夫だったですか?といってくれる。昨日はなしたことをちゃんと覚えていられるのだなあ、すごい。
4階の家庭科教室をのぞく。焼きそばかな?お母さんたちが作ってあいのてさんたちが食べている。
お母さんのなかに、昨日遊んでもらったD君(ホントはにごらなかったので、T君だったが、もうひとりのT君と区別して、D君のままにしておく)のお母さんもいらした。ずっと指パッチパッチしていたんですよ、と。だいぶん、D君の指が鳴るようになっていた。
T君に会うと、白い帽子をしていたので、まずそれを脱がせてくれる。その下に手ぬぐい。びっくりしつつもとって、ほら、はげあたまでしょ、とみんなにあたしの頭を自慢する。面白いなあ。
Yちゃんの担任の先生がきて、Yが風邪で休みなのです、せっかく遊んでいただいていたのに、といわれる(うつしちゃったかなあ?)。昨日、この3人中心に遊びすぎたかなあ、目立ちすぎだったかなあとちょっと恐縮しつつ、小学校の先生というのは、ほんとに気を使っていられるなあと思う。みんな、しんどくならないようにしてほしいものだ。
体育館でマットに座る。知り合いのつきちゃんとか辻野さんとかいろいろな顔(昨日、進路のことで電話していた文化政策の一期生が二人のお芝居の受付をしてくれたという話がたまたま電車のなかであって偶然って面白いなあとまたしみじみ)。近くの方々、小学校の関係の人たちが多いのだろうか、ぎっしりで椅子を何度も糸井先生たちが運んでいる。
ワニバレエのワークショップとコンサートなのだが、もう少しアーツマネジメント分野にもボランティアが入れば先生方は児童の様子とかを観察したりできてよかったのだろうなあ、次年度こういう催しがあれば、うちらの学生さんたちにも呼びかねなくちゃなあと思う。うちの池田先生が昨日カレー作ったり椅子片付けしたりしているけど。
第1部は、野村誠さんたちの演奏で、鈴木潤さんと林加奈さんのケンハモ演奏が始まると、ざわついていた会場がぴたりと静まり返ったのにはおどろくが、これが音楽のプロの力だと改めて思う。
あいのての3人組などの演奏のあと、「第2部、宇宙ですてぃにー ワニバレエ」がある。コンパクトによくまとまっていて、4年生というのは恥ずかしいお年頃でもあるが、D君など一番前でずいぶんワニになっていたし、T君は後ろで所在無さげに座っているようだったが、ときどきに、そういうこともある。それはプロではないので仕方がない。
今回、紙芝居ではなくプロジェクターなのは、広いので仕方がないしメインが音楽でお話もあるという感じ(つまりオペラ)なのでこれでいいのだろう。
が、もし、紙芝居の味を大事にするときは、たとえば、紙芝居をして、それ全体をカメラに同時にとってプロジェクターに写すと、小さくて紙芝居自体が見えないひとも、プロジェクターの方で抜くスピードや紙と紙芝居師の語り芸との接触具合などが見えるから、それがいいかもなあとか思いつつ見ていた。
アンコール。あいのてのテーマソングを体調が思わしくないはずの林加奈さんが全力で歌っている。もう、風邪のせいでも花粉症のせいでもない涙が目に溜まってくる。左のほうから、体育館のステージに腰掛けている4年生男子5人ぐらいの合唱が聞こえてくる。一人が特にカラダをゆらして歌っている。あふれている涙がはなみずに混じって、とめどなく、したたり落ちてくる。拭くのも忘れて泣いている。
ゆっくり、京都駅まで行くと、芳江が帰るところだった。早いねえ。版画の先生のところに、その先生が敬愛する中西夏之氏が来て、それで、という。じつは、昨日、理事会に芳江も来てよ、とぐずっていたが、やっぱり、自分が理事会に行って正解だった。ちょっとは家のことも分担しなくちゃ(そうすれば、芳江さんがご機嫌になって、こちらも結局お得なのである)。
神戸駅まで各駅停車でゆく。それでも、18時につく。時間つぶしに、固焼きそば。
一冊本が読めた。死の文化人類学の本だったが、ものすごく刺激になり、これをもとに発酵させることが数多くある。マクロな経済学やマクロ社会学においては、先史時代や未開の文化と現代の産業社会とはほどとおいものとして扱われるが、ミクロ社会学においては、ほとんど変わらない(レヴィストロースが婚姻の範囲って現代でもほとんど広がっていないことを書いていたな)ことが、死に対する観念派と儀式派の二つの部族の研究で鮮やかに示されている。そのあと読み出したのは、当事者主権の新書。
神戸アートビレッジセンター。久しぶり。
一階のギャラリーは空っぽ。ここの喫茶コーナーというかチラシコーナーというか、いろいろ変わってきていて(はじめはレストランだったかな)、いまは、自動販売機になっている。岡野さんが変なブースのおばちゃんをしていた。
尼崎ロマンポルノ第五回本公演『落爆の少年が添える花』。19:10〜20:40。
始まりも微妙に遅い感じだったし、少年Aと少年Bの漫才も、これはわざと下手にしているのだろうが、何だか様子がおかしい。
終わって舞台挨拶に、作・演出の橋本匡が急きょ登場して、役者が体調が悪くてすみません、明日の14時にぜひきてください、無料としますと言っている。
よっぽど、本来のものではなかったので、上ってきたのだろう。
こういうお芝居を作ろうとする人なのでそうなのだし、そうなのだろうなあと思いつつ、でも、明日いけない私は、もう一度、つぎの機会にこの劇団がやっているのを見るしかないなとか思う(実際にいくのかどうかは、まだ分からないが)。
それでも、わたしは、歌や踊りのあたりから、なかなか荒いが志はちゃんと持っている劇団だと思って、初見なので何も分からずみていた。
1997年、神戸連続児童殺傷事件。10年たち、青年Aが引きこもっている。
母親は母親ではありえなくなって、白衣を着て精神医のように振舞っている。
殺戮依頼ネットの連中が少年Bの猫を殺す。
この連中によって、少年Aとで会わされ、漫才のシナリオを書いている。
この連中は少年Bの殺害の依頼もたやすく行ってしまう。
殺戮依頼ネットの黒江役の千葉哲茂という役者は、ほんとにいやなキャラになっていて、実際にこの人はこういう人なのかも知れないとか思わせるぐらいである。
これはノンフィクションですというフィクションが事実と虚構を混ぜ合わす。
3/11(日)
寒い。襟巻きをしていても、ぞくぞくする。
山科を歩く。久しぶりに学生に会うと素直に嬉しい。
山科青少年活動センターへ。すでに山下残さん、今日のめくるめく紙芝居プロジェクトのダンスファシリテーターが来ていた。林加奈さん、昨日の今日なのに、完全復活という。ふえぇ。
就活で忙しいはずのようちゃんが来ている。高校生のいとこを連れてきて、それがトミーの演劇部の後輩になるという滋賀つながり。カスミンは徳島の脇町から直接やってきて、すだちの美味しいお饅頭を持ってくる。北島町の創世ホールのこと、そこのお金をかけずにするすごい企画と記録のことなどを話そうと思ってできなかった。法事があるので、また脇町に戻る。おばさんだったか、三味線餅つきの人だという。
そうそう、メック。山下残さんの船乗りたちのビデオに食い入るように見る太陽クラブのみんな。映像だけでゆれている伊藤君。安田兄弟、とくに弟の甘えキャラが前面に出て、しかも、石が落ちてきたりして、主役を張る。それどころか、映画監督みたいになる安田兄弟や伊藤君。まあ、この混沌に残さんは平気に地震ワークショップを続けている。
歌を林さんが歌う。できれば、ケンハモで吹きたいのだが、どうも、音がとれない。昔から聴音が駄目なのだが、今日は特によくない。ガムランを触るがどうもうまく弾けない。それに、一つ、楽器を壊す。安田兄弟にはうるさいといわれるし、ちょっと、体調が悪いとうまくいかないものだ。
アナザーワールドという劇団の方も東京から来られていて、エイブルアートオンステージでは、相互に作っている過程を見合うようになっている。メックも新潟に行くということ。終わってから、打ち合わせ。じゅんちゃんをどうやってステージに出すか、うちのゼミ生を2つに分けて客誘導に当たるようにすること、本番が近づくと、チラシの原稿もできてきて、マネジメントの方も忙しくなる。いま読んでいるので、当事者としての太陽クラブのあり方に少しでも近づけることが、課題なのだろうと思っている。
来週(18日、14時、いつもの山科青少年活動センター)も山下さんがワークショップに来てくれる。今度わたしのゼミ生になるTAM研以外の学生の参加が欲しいところ。その次の24日(土曜日)は演劇的ワークショップで、10時から13時。わたしは、そのあと、滋賀県のシンポに出る。
なにせ、熱を下げなくちゃ!
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