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こぐれ日録 KOGURE Diary 2007.5 こぐれ日録535 2007年 5/1〜5/6 5/1(火) きょうは、雨が降っている。 近大の授業は番外篇として、映像を見てもらうことにした。以下、そのためのレジュメ: (2)北村成美×巻上公一『インダスヒュー』 京都橘高校へ行こうと駅の近くまで。 で、着いて無事授業をした。前回と同じく、AO入試的に40分弱、講義をして、そのあと、35分間で次の問題に解答する(テイクノートをちゃんと出来たか、プラス、応用力を試すもの)。
(1) まちづくりについて (2) ハードウェア、ソフトウェア、ヒューマンウェア 夜は、京都府の国民文化祭にかかわるミーティング。じつに、フリーな感じでよかった。 今日からずっと話し合われていく内容を100%達成できるとはまるで思えないが(文化庁とか宮内庁とかいろいろな要素が満ち溢れているから)、でも、このダサダサのベースからいかにズレていけるか、モヤモヤさんを味方に出来るか(藤浩志さんの言葉の借用です)、ちょっと、意外と大人の醍醐味だなあ、と丸太町の府庁職員さんばかりのなかに4人がぽつんといたところ(大衆居酒屋)で思った。
(1)文化政策の分類 (2)まちづくりの概略 (3)商店街について ぐーたらなお休みである。基本はずっとぐーたらの予定である。 中山真知子『いけばなの起源―立花(たてはな)と七支刀(しちしとう)』(人文書院、2002年)を読む。後半は走り読み。 労働における疎外について、思わぬことから少し考えたこともあって、500円で買っていたチャップリンの『モダン・タイムス』(1938年、87分)を観る。ちゃんとはじめから終わりまでみたのは初めてかも知れない。このころのチャップリンのからだの軽さ、ダンスのおかしさはやはりすごい。工場機械のばかばかしい重厚さ。レストランがダンス会場でごった返す時代の雑踏。繰り返しの多様、ダメ人間を笑いつつ共感することによるカタルシス。 きょうもぐーたら。 あさは、『マルクス1番乗り』1937年、107分。アメリカらしくさいごはお金。 ぐーたら連休だけれど、一日だけは芸術探偵もゆるりとつづけておこうと、そうしないと歩くのを忘れてしまいそうなので。まあ、そんなたいそうなことではなく、気が向いてちょろちょろという感じの端午の節句。 京都シネマ。9:40までは、長いすに座って順番待ち。 そのアベックに明るい挨拶をする、おお、ついこのまえにずっと会議をしたお方である。なるほどにゃー。おお、こちらと目が合った。でも、分からぬご様子。 へへ。どうも、この席は、客数が少ないので、監督とか関係者が座っているように思われてしまう席だったようで、ずいぶん見られる。知り合いはいまのところ3名のみ。 長編ドキュメンタリー映画『ありがとう』―「奈緒ちゃん」自立への25年―、2006年、105分、16mm。「奈緒ちゃん」は見るべきだったと冒頭を見てすぐに思う(ビデオ販売されているようなので「ぴくれっと」とともにすぐ買っておこう)。それでも、これだけを観ても25年間が走馬灯のように分かるような過去のフィルムを分かりやすく使ってくれている。親切な映画。音楽はちょっと好みではないけれど。 観に来た動機は、いま知的障碍者とアーツでお付き合いが続いていることもあり、その人たちがちょうど奈緒ちゃんと同じ世代でもあり、お母さんたちがいつまでも保護してはいられなくなってきているのだろうと思うので、グループホームのことも知りたいしなあというぐらいのものであって、これは、アーツとして映画を鑑賞するスタンスではなかったわけ。 でも違った。観終わって、そういうことももちろん十分に勉強になったが、奈緒ちゃんのおじさんである伊勢監督が、西村家の4名と一匹(犬は途中でなくなって、一家のお墓に一緒に入れようというお母さんと反対するお父さんの会話が私を葬送、埋葬研究者としても刺激しているのである)の日常を撮り続けるあり方そのものにいろいろ重要なポイントがあって、じつに面白かった。 タブーらしいのだが、神社のなかにカメラをおいて、家族が正月にお参りするシーンを撮っている。お祈りも声として映画化していて、身内だからこそ、普段着の家族の姿がここに映っているということになるわけだが、それは、もともと、映画として撮っていたのではなく、記録してプレゼントしようというつもりだったことがもちろん関係している。 親密な関係のループだけでしか意識されないところからとり始められた映像を、こうして時間がたったこともあるからでもあろうが(おじいさんが映画製作者だったことなども監督のおねえさんの奈緒ちゃんのおかあさん信子さんの姿勢があることだからであるが)、それでもまだ熟年離婚の危機などもありつつ(冗談という部分もあるがどうなるかはきっと当事者だってわからないことだし、妻の弟に取られる夫という役どころはなかなかもともとハンディがあるし確かに猛烈営業マンの視野がベースにはなっていて)、こうしてここに晒されている。 家族の日常、障碍(ハンディとナレーションなどでは呼んでいる)のある子どもがあったことで、幾分独特のこと、地域作業所をたちあげ、お母さんは奈緒ちゃんのことから同じような障碍を持つ人たちへと社会に向かって行く。お父さんだって、もちろん、奈緒ちゃんがいたことで独特の影響を受け、彼女がいたことがしあわせであったことを疑ってはない。 でも、もちろん、お母さんの仕事を奈緒ちゃんの弟が継ぐ形になったり、自分の退職の年に奈緒ちゃんが自立へと巣立とうとしたりすることを、素直に喜ぶことはできない。二重に自分がそれに向かっていたものがなくなるというのは、会社だけなくなるのもつらいのに、それはつらいと私も同情するし、男はそうみんな思う。このお父さんはさびしすぎだ、と。でも、反対するとみんな哀しむこともわかっていて、発泡酒を飲むぐらいなのである。 なお、監督のトークで知ったこの映画のさきのはなしであるが、赤子が奈緒ちゃんの弟=長男に出来るということのようで、この未来の孫は、きっとおじいさんとなる親父にどれほどかの救いになると思われる。しかしながら、救いになるかどうかは、きっとおばあさんとなる妻との関係改善と長男の妻といかにいい関係をつくるかによるように思われる。 この映画の影のテーマは「死」である。家族がテーマなのだから、家族とはその不在において一番感じられるという意味でも、家族はそれが生まれて育ち拡大することもあれば、逆に分散と崩壊と消滅に向かうものでもあるのだから、当然といえば当然ではあるが、人生の応援歌であるという明るさが前面に出ているだけに、その死の意味合いはより普遍的である。 まず、あぶないといわれた奈緒ちゃん。子育ての始まりはいつ子どもの死と向き合うかという不安(覚悟)からあったはず。そして、彼女は成人していく。今度は、自分たちが死んだときに奈緒ちゃんが生きて行くための準備となる。その間に、奈緒ちゃんと一緒にいた作業所の男性がなくなり、奈緒ちゃんが彼の遺体とお別れするシーンがある。また帰ってきてね。 おなじく、愛犬の死である。お骨入れの壺にきちんと入って、遺骨がその犬のいた玄関にいまだに置かれている風景。骨になったということは、きっとペット葬ビジネスを使ったのだろう。でも、ペット墓地に入れようという選択ではなかったのである。奈緒ちゃんはここでも帰ってきてねというわけだが、奈緒ちゃんが、おじいちゃんとかのお墓、そこにはお父さんやお母さん、そして、たぶん自分なども入るお墓(死者たちのもう一つのマイホーム)にこのペット犬(の遺骨)を入れてと言ったのかどうか。 ちょっと見損なったかもしれないが、そこは分からない。ただそれは奈緒も願っていると信じているようなお母さんは、この犬がいなかったら、我が家は崩壊していたでしょ、だから家族であり家族のお墓で他界しても一緒に眠るのよと、人間の墓に「犬畜生」も一緒に入れることに反対している夫に言うのだ。 夫の反撃は、こういう伝統的な文化、けじめ(畜生と人間の骨の区分)をあいまいにしているから、戦後の日本はおかしくなったのだというもので、これもなかなか興味深いけれど、それはおいといて、寺院が直接管理している墓地にそもそも犬の骨は入れられるとは思えないと私は思っていて、ひょっとしたら、関東あたりでは、無宗教系の墓地も多いし、どんどんペットの遺骨も一緒に入れてしまう慣行が出来てきているのか(これはどうもそうではないかなあと検索して今思ってはいるが)という観た直後の驚きだった(確かに、いまの墓はカロウトがあるので、墓地の土に直接埋葬するというものではなく、地下の空間に安置するというわけで、空葬とも考えられるものであるし、一家の墓というあり方自体伝統文化とはいえないぐらい新しいもの〜だいたいは明治・大正以降〜だから、そこにペットが入るということで日本の古来からの伝統が壊されるということにはすぐにはならないと気づかされたのだった)。 おっと、葬式とか墓になると異様に長くなってしまい、ごめんなさい。
ちょい茶房にて、思いがけず広島県安芸高田市(神楽の競演が異様に盛んになっている地域だ)におけるお葬式(遺体と僧侶の出入り口が別にあることとか、葬儀のあとの御礼挨拶がまずそのお家の仏壇に向かってすることなどなど)、お墓のお話をそこで聴く。じつに興味深い。東京都小平市の巨大霊園におけるお茶屋さんみたいなサービスビジネスのあり方についてもまたまた勉強になる。 そこから、北大路駅下車、人間座スタジオへ。松ヶ崎に行かなかったのは偶然だが、「まちこわしセレマ葬儀場反対」の幟(のぼり)が延々と続くのを観察することになる。予定地(京都府立大学前)からずいぶん離れた高野の交差点の手前まであるので、商店街組織(あるいは選挙区?)がここで切れているのかも知れないな。それにしても予定地付近はシャッターがしまってしまった商店が目立つ。 京都駅前でもセレマが断念してからずいぶん時間が経っても書かれていたから、ここでも、この黄緑色の、つい前の統一地方選でもよく見た同じような幟をずっと見ることになるのだろう。景観的に美しくないとかそんなことはまあ気にもならないし興味もないが、私的には葬儀場を飛ばして「セレマ反対」とか、この際ついでに「セレマと憲法改悪反対」とかにしてほしかったけれどね。まあ、後者みたいにすると、みんなやってくれなかっただろうが。 「まちこわし」とは何か、というのは、地域政策研究の一つだろうし、そのための重要なサンプルであることは確かだ。そうか「まちこわし反対」ということかも知れないな。セレマに反対することでまちがこわれていくのを阻止できる(そして、地域区画がコミュニティとしての「まち」になることだってできる)かも知れないという一筋の希望がこの黄緑色という幟に出ているかも、と。オウムを追い出すために団結する人びともまた浮き彫りになったドキュメンタリー映画(A2)を思い出す。おっと、葬議場をドキュメントする映画が出てきてもよさそうだ。もうあるかもなあ。 そんなことを考えていたら、帽子が風に飛ばされてしまって、車道に落ちる。取ろうとすると、また風が。はいつくばって、ようやく取る。車がわたしをよけていた。 おっと、人間座スタジオ、第4回公演テンケテンケテンケテンケによる「テンケテンケテンケテンケ」。作・演出:勝二繁。ほぼ一時間。井上陽水の歌と短い演技の集合。つながっているような、つながっていないような。終わって、ゆうみさんに挨拶しようとマスクをとると、となりにいたある人が「ブログに書かないで」と。 ブログに書かないでね。うーん。これは私を殺すに足る文句であった。 いちにちじゅう、おうち。 よるは、溝口健二『噂の女』1954年、87分。短くてきりりとしていて、思ったよりずいぶんと面白かった。 1954年は、この作品の前に『山椒大夫』、そして後に『近松物語』と公開されている。いまでは考えられないスピードだ。 |