こぐれ日録 KOGURE Diary 2007.5


こぐれ日録535 2007年 5/1〜5/6

5/1(火)

きょうは、雨が降っている。
きょうは、お休みではない。
でも、ちょっと、ぼんやり。
花粉症は、よく寝たこともあって、朝方、大くしゃみ連続のあと、大人しい。
14時ぐらいに、近大へと出かける。
そこから、丸太町まで行くのは遠すぎる。
時間もかかる。したがって、P-ブロッのライブは無理そうだ。
予約したのに、また、いけない。ごめん。

近大の授業は番外篇として、映像を見てもらうことにした。以下、そのためのレジュメ:
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2007.5.1 近大 アートマネジメント論 映像でアーツスペースやダンスなどを具体的に知る
(1)NHK関西ニュース番組  かんさいニュース1番
『今どき1番! Art』より
1) 2004.4.5 NPOと行政 まち「つ」かい
   築港赤レンガ倉庫http://ssl.bunkanken.com/journal/article.php?id=264
 NPO法人大阪アーツアポリア http://artsaporia.exblog.jp/
2) 2004.5.31 アーツセンター 「と」
   京都芸術センター http://www.axscom.co.jp/recent/02123/index.php(佐藤総合計画)
   劇団衛星(蓮行)、セレノグラフィカ・・・
3)2004.8.30 小劇場演劇 ロングラン 還ってきた鯉
   In→dependent theatre http://i-theatre.seesaa.net/ 相内唯史
   伊丹市立AI・HALL  つたえる ヒューマンウェア
   鈴江俊郎 、     糾―あざない―http://azanai.dreamblog.jp/    
4)2004.11.1 コンテンポラリーダンス
   するダンス(お祭り、習いごと) と みるダンス(受け継ぐ、創る)
   北村成美(なにわのコレオグラファー) クルスタシア 呆然リセット セレノグラフィカ

(2)北村成美×巻上公一『インダスヒュー』
JCDVダンスDVDシリーズ2 DANCE×MUSIC ! 振付家と音楽家との新たな試み vol.1
2005.7.30(31) アサヒ・アートスクエア(東京・浅草)
巻上公一サイト http://www.makigami.com/
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5/2
(水)

京都橘高校へ行こうと駅の近くまで。
あっ解答用紙を忘れた、まあ、いいか、コピーすれば。
いやいや、大学の用紙そのものを使うことに意義あるんじゃない?
わたしの心の中が言い争っています。けっきょく、戻って、帽子もかぶって(花粉症が帽子なしだとよりしんどくなるのです)、芳江さんに駅までドライブということに。

で、着いて無事授業をした。前回と同じく、AO入試的に40分弱、講義をして、そのあと、35分間で次の問題に解答する(テイクノートをちゃんと出来たか、プラス、応用力を試すもの)。


・・・・
「文化政策からまちづくりへ」 さきほどの講義を聴いて、以下の問題に答えなさい。

(1) まちづくりについて
1) まちづくりを定義してください(1〜2行程度)
2) まちづくりで大切なことが5つあります(5つの柱と説明されたもの)が、それを書きなさい(1〜2行程度)
3) 2)で答えた5つのうち、一つを自分で選んで、それについて解説してください
そのさい、自分で具体例を考えるなどわかりやすくして書いてください(5〜7行程度)

(2) ハードウェア、ソフトウェア、ヒューマンウェア
1)商店街のハードウェアについて説明しなさい(2~3行程度)
2)商店街を元気にすることは、まちづくりのなかでも大切なものといわれています。商店街振興組合で行っているハードウェア整備以外に、商店街を元気にしている事業はどのようなものがありますか。説明してください(4~6行程度)
3)商店街を元気するために「まちあそび」((1)2)の一つ)を企画することになりました。あたながその担当者だったら、どんな企画をしますか。自由に、できるだけ具体的に書いてください(5〜7行程度)
・・・・
前回は、講義の前に同じような問題を渡しておいたが、今回は、4時限目に解答用紙と一緒に見せる。ちょっとだけ解説はしたが、全体的にずいぶんと解答内容にばらつきが減ってきて、まずまずの成果かなと思う。
ただ、書き取り解答することにせいいっぱいだったので、次回以降は、講義とレスポンスをうまく混ぜた授業作りをしなくちゃと思う。

夜は、京都府の国民文化祭にかかわるミーティング。じつに、フリーな感じでよかった。
いまは、ボランタリーな状態なので、具体的にはいずれ、この経過はゆっくりと語っていこうと思う。
なにせ、3月に起草委員会が出した文章(鷲田清一さんが委員長)が、お役所のしかも官製イベントのための文章としてはきわめてまっとうなものであることが一番集まった人たちにいい影響を与えていると思う。

今日からずっと話し合われていく内容を100%達成できるとはまるで思えないが(文化庁とか宮内庁とかいろいろな要素が満ち溢れているから)、でも、このダサダサのベースからいかにズレていけるか、モヤモヤさんを味方に出来るか(藤浩志さんの言葉の借用です)、ちょっと、意外と大人の醍醐味だなあ、と丸太町の府庁職員さんばかりのなかに4人がぽつんといたところ(大衆居酒屋)で思った。


(参考)
京都橘高校「文化政策」07.5.2   文化政策からまちづくりへ

(1)文化政策の分類
文化を通じて人びとの幸せを応援する文化政策には、以下のような分野がある
1)建築インテリアデザイン
文化のうちの暮らしの文化 その住 
これを専門的な文化である技術(工学)と、芸術=デザイン術で達成すること
08年度から文化政策学科を都市環境デザイン学科に発展 この部分を1級建築士まで整備するから
2)アーツマネジメント
アーツによって、人びとがうっとりと幸せになることをサポートすること
文化のうちの芸術=artsを社会に伝えること マネジメントは運営=なんとかうまくやっていくこと
3)観光おこし
人びとが、その地域の風土の光を観ること 
地域の観光文化を通じて人びとが幸せになるように工夫する
4)まちづくり
まちの文化を通して、幸せになることを応援すること すぐあとでより詳しく

(2)まちづくりの概略
文化政策の一つ   
文化政策を考えるには、ハードウェア(モノ)、ソフトウェア(コト)、ヒューマンウェア(ヒト)という3つの視点から見るといい
1)定義
文化を通じ・・・・文化主導
住人の手で・・・・住人主体
その地域が・・・・地域主役
幸せの場所になるようにすること
2)、まちづくりで大切な5つの柱―まちを幸せの場にするための文化政策
@ まちさがし・・・有名であるとこだけではなく、無名だが、隠れた素敵な場所、人物、出来事などを探すこと  タウンマガジン ホームページ 自分で探す インタビュー まちあるき
A まちづたえ・・・昔から伝わっていた素敵な産業(工芸職人、農林業 野菜、漬物、酒造り)、風習(いただきます、ごちそうさま)、行事(節句、正月、お盆)、遊び、芸能などをいまに伝えること 伝承する物語、昔語り
B まちつかい・・・利用されなくなった施設や設備、場所を見つけて、みんなの活動、とくに文化的な企画に活用する まちの住人の才能を見つけて、学校の授業や企画でその才能を発見してもらう
C まちおこし・・・まちの産業(地元産業、伝統工芸産業、商店街)を元気にし、人びとが外からも内からも交流するようにする 滞在型観光に通じるもの グリーンツーリズムは、農家のヒトの才能を観光に生かすことでもある
D まちあそび・・・楽しいこと、遊びや音楽、美術、デザインなど、アーツをつくり、素敵なアーティストを呼んできて、まちで、うっとりできるように遊ぶ環境づくり まちでうっとりと音楽や大道芸、似顔絵、ストリートダンスなどなど、気楽にアーツに遊ぶようにすること(まちづくりとしてのアーツマネジメント)

(3)商店街について
1)定義
商店が連なり並んだ通り
その商店はそれぞれが独立しているが、振興組合などの組織を作って共通の活動をしている
2)この商店街振興組合が共同でしていること
@ ハードウェアの整備  モノ
舗装、街灯、看板統一、飾り、アーケード(ないところもある)、駐車場、ホール・ギャラリー(集会場)
A ソフトウェアの企画  コト
大売出しとくじ引き(景品)、集客(観光)イベント、ポイントカード、ホームーページなどによる広告PR、情報伝達
B ヒューマンウェアの開発
組合のメンバーを担う 事務局のヒトを採用する 若手会、女性会 お買い物に来てくれる消費者、住人との交流をする 学生や生徒たちとタイアップする ヒトとヒトのネットワーク
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5/3(木)

ぐーたらなお休みである。基本はずっとぐーたらの予定である。
芳江が買い物に出かけるまでパジャママンである(一人になると宅急便が来るかも知れないので、着替えておくことになる)。
外に出ないと、ほとんど目はかゆくない。
ぼんやりと、テレビ。諦めないとたまには逆転劇とかサヨナラとかも見られることもある。

中山真知子『いけばなの起源―立花(たてはな)と七支刀(しちしとう)』(人文書院、2002年)を読む。後半は走り読み。
P17に『生花の道』(グスティー・ヘリゲル)の序文として鈴木大拙が書いたいけばなについての叙述があり、これなど、華道、茶道、書道は、「芸術ではなく芸道だ」そして「生活の一部である(文化だ)」という言説の走りなのかも知れない。孫引きだが鈴木の言葉:「日本における芸道は、技巧を学ぶことだけを目的としているのではなく、精神的啓蒙を学ぶことである」、「日本文化史における、宗教と芸術は非常に密接なかかわりをもつ」、「花の芸道は、厳密には芸術というのではなく、人生の深い体験の表現である」、「アートレス・アート」(技をこえた芸)。

労働における疎外について、思わぬことから少し考えたこともあって、500円で買っていたチャップリンの『モダン・タイムス』(1938年、87分)を観る。ちゃんとはじめから終わりまでみたのは初めてかも知れない。このころのチャップリンのからだの軽さ、ダンスのおかしさはやはりすごい。工場機械のばかばかしい重厚さ。レストランがダンス会場でごった返す時代の雑踏。繰り返しの多様、ダメ人間を笑いつつ共感することによるカタルシス。


5/4(金)

きょうもぐーたら。
体調はずいぶん楽な感じ。
一日中、家にいて、インターネットを開かないでおこうと思ったが、テレビで竜が得点を入れたみたいで、つい、勝つまで擬似ライブを見てしまう。

あさは、『マルクス1番乗り』1937年、107分。アメリカらしくさいごはお金。
MGMなので、無意味な水上ミュージカルがあったりする。
モダン・タイムスとはえらい違いなのに、ほぼ同時期。
でも、グーチョのダンスはすごいし、競馬場と療養施設の取り合わせもシュール。


5/5(土)

ぐーたら連休だけれど、一日だけは芸術探偵もゆるりとつづけておこうと、そうしないと歩くのを忘れてしまいそうなので。まあ、そんなたいそうなことではなく、気が向いてちょろちょろという感じの端午の節句。
それでも、マスクと無印で買ったツバヒロの帽子を忘れず、自分の体の様子を聞きながら、そろそろと朝の電車。喉の痛さ、ほどほど、左足の違和感、ちょっぴり。大丈夫そうだ。

京都シネマ。9:40までは、長いすに座って順番待ち。
前に、知っているアベックあり。おっと、こちらを見た。でも、ラッキー、分からないご様子。
ほほ。これはいい。
下手の一番後ろに座る。ここなら帽子を足らずにすむ。今日は覆面人生だ。

そのアベックに明るい挨拶をする、おお、ついこのまえにずっと会議をしたお方である。なるほどにゃー。おお、こちらと目が合った。でも、分からぬご様子。

へへ。どうも、この席は、客数が少ないので、監督とか関係者が座っているように思われてしまう席だったようで、ずいぶん見られる。知り合いはいまのところ3名のみ。
すると、私の横に滋賀のお方、どぼんと座られる。よよ・・・(帰るとき、彼だけにはマスクを撮って挨拶。かなりびっくりのけぞられる)
『ありがとう』上映後、初日だったので、15分ほどの伊勢真一監督トークと質問応答のあと、監督と一緒に出た神谷さんを追って、彼女にはマスクをとって『三池』のときのお礼なんぞを言おうとあせって出たが言えず。

長編ドキュメンタリー映画『ありがとう』―「奈緒ちゃん」自立への25年―、2006年、105分、16mm。「奈緒ちゃん」は見るべきだったと冒頭を見てすぐに思う(ビデオ販売されているようなので「ぴくれっと」とともにすぐ買っておこう)。それでも、これだけを観ても25年間が走馬灯のように分かるような過去のフィルムを分かりやすく使ってくれている。親切な映画。音楽はちょっと好みではないけれど。

観に来た動機は、いま知的障碍者とアーツでお付き合いが続いていることもあり、その人たちがちょうど奈緒ちゃんと同じ世代でもあり、お母さんたちがいつまでも保護してはいられなくなってきているのだろうと思うので、グループホームのことも知りたいしなあというぐらいのものであって、これは、アーツとして映画を鑑賞するスタンスではなかったわけ。

でも違った。観終わって、そういうことももちろん十分に勉強になったが、奈緒ちゃんのおじさんである伊勢監督が、西村家の4名と一匹(犬は途中でなくなって、一家のお墓に一緒に入れようというお母さんと反対するお父さんの会話が私を葬送、埋葬研究者としても刺激しているのである)の日常を撮り続けるあり方そのものにいろいろ重要なポイントがあって、じつに面白かった。

タブーらしいのだが、神社のなかにカメラをおいて、家族が正月にお参りするシーンを撮っている。お祈りも声として映画化していて、身内だからこそ、普段着の家族の姿がここに映っているということになるわけだが、それは、もともと、映画として撮っていたのではなく、記録してプレゼントしようというつもりだったことがもちろん関係している。

親密な関係のループだけでしか意識されないところからとり始められた映像を、こうして時間がたったこともあるからでもあろうが(おじいさんが映画製作者だったことなども監督のおねえさんの奈緒ちゃんのおかあさん信子さんの姿勢があることだからであるが)、それでもまだ熟年離婚の危機などもありつつ(冗談という部分もあるがどうなるかはきっと当事者だってわからないことだし、妻の弟に取られる夫という役どころはなかなかもともとハンディがあるし確かに猛烈営業マンの視野がベースにはなっていて)、こうしてここに晒されている。

家族の日常、障碍(ハンディとナレーションなどでは呼んでいる)のある子どもがあったことで、幾分独特のこと、地域作業所をたちあげ、お母さんは奈緒ちゃんのことから同じような障碍を持つ人たちへと社会に向かって行く。お父さんだって、もちろん、奈緒ちゃんがいたことで独特の影響を受け、彼女がいたことがしあわせであったことを疑ってはない。

でも、もちろん、お母さんの仕事を奈緒ちゃんの弟が継ぐ形になったり、自分の退職の年に奈緒ちゃんが自立へと巣立とうとしたりすることを、素直に喜ぶことはできない。二重に自分がそれに向かっていたものがなくなるというのは、会社だけなくなるのもつらいのに、それはつらいと私も同情するし、男はそうみんな思う。このお父さんはさびしすぎだ、と。でも、反対するとみんな哀しむこともわかっていて、発泡酒を飲むぐらいなのである。

なお、監督のトークで知ったこの映画のさきのはなしであるが、赤子が奈緒ちゃんの弟=長男に出来るということのようで、この未来の孫は、きっとおじいさんとなる親父にどれほどかの救いになると思われる。しかしながら、救いになるかどうかは、きっとおばあさんとなる妻との関係改善と長男の妻といかにいい関係をつくるかによるように思われる。

この映画の影のテーマは「死」である。家族がテーマなのだから、家族とはその不在において一番感じられるという意味でも、家族はそれが生まれて育ち拡大することもあれば、逆に分散と崩壊と消滅に向かうものでもあるのだから、当然といえば当然ではあるが、人生の応援歌であるという明るさが前面に出ているだけに、その死の意味合いはより普遍的である。

まず、あぶないといわれた奈緒ちゃん。子育ての始まりはいつ子どもの死と向き合うかという不安(覚悟)からあったはず。そして、彼女は成人していく。今度は、自分たちが死んだときに奈緒ちゃんが生きて行くための準備となる。その間に、奈緒ちゃんと一緒にいた作業所の男性がなくなり、奈緒ちゃんが彼の遺体とお別れするシーンがある。また帰ってきてね。

おなじく、愛犬の死である。お骨入れの壺にきちんと入って、遺骨がその犬のいた玄関にいまだに置かれている風景。骨になったということは、きっとペット葬ビジネスを使ったのだろう。でも、ペット墓地に入れようという選択ではなかったのである。奈緒ちゃんはここでも帰ってきてねというわけだが、奈緒ちゃんが、おじいちゃんとかのお墓、そこにはお父さんやお母さん、そして、たぶん自分なども入るお墓(死者たちのもう一つのマイホーム)にこのペット犬(の遺骨)を入れてと言ったのかどうか。

ちょっと見損なったかもしれないが、そこは分からない。ただそれは奈緒も願っていると信じているようなお母さんは、この犬がいなかったら、我が家は崩壊していたでしょ、だから家族であり家族のお墓で他界しても一緒に眠るのよと、人間の墓に「犬畜生」も一緒に入れることに反対している夫に言うのだ。

夫の反撃は、こういう伝統的な文化、けじめ(畜生と人間の骨の区分)をあいまいにしているから、戦後の日本はおかしくなったのだというもので、これもなかなか興味深いけれど、それはおいといて、寺院が直接管理している墓地にそもそも犬の骨は入れられるとは思えないと私は思っていて、ひょっとしたら、関東あたりでは、無宗教系の墓地も多いし、どんどんペットの遺骨も一緒に入れてしまう慣行が出来てきているのか(これはどうもそうではないかなあと検索して今思ってはいるが)という観た直後の驚きだった(確かに、いまの墓はカロウトがあるので、墓地の土に直接埋葬するというものではなく、地下の空間に安置するというわけで、空葬とも考えられるものであるし、一家の墓というあり方自体伝統文化とはいえないぐらい新しいもの〜だいたいは明治・大正以降〜だから、そこにペットが入るということで日本の古来からの伝統が壊されるということにはすぐにはならないと気づかされたのだった)。

おっと、葬式とか墓になると異様に長くなってしまい、ごめんなさい。
あとは、手短に。


そのあと、地下鉄で丸太町。6番出口からすぐのアートステージ567へ。お米屋さんだったところを上手につかって、前がコロナ堂というブティック、2階は展示もライブもできるいい空間(30席ぐらい、米屋の使用人がいたところだったらしい)、1階の奥が陶器などの展示もするところで、いまは、わかい3名の衣食住アート活動ユニット、御目文字さんたちが、「風薫る、壁から服へ 自由に恋を泳がせて〜手作り一点ものの提供、通り庭の非日常空間にてのちょい茶房など、「ちょっと趣の違った節句を感じて下さい」ということで、企画としている。それにしても、ひっそりとしていて、京都シネマの席とか地下のレストラン街もすいていたし、連休の人たちはいまどこにいるのだろう(ジェットコースターでなくなったりしていたらしいが)という感じである。

ちょい茶房にて、思いがけず広島県安芸高田市(神楽の競演が異様に盛んになっている地域だ)におけるお葬式(遺体と僧侶の出入り口が別にあることとか、葬儀のあとの御礼挨拶がまずそのお家の仏壇に向かってすることなどなど)、お墓のお話をそこで聴く。じつに興味深い。東京都小平市の巨大霊園におけるお茶屋さんみたいなサービスビジネスのあり方についてもまたまた勉強になる。

そこから、北大路駅下車、人間座スタジオへ。松ヶ崎に行かなかったのは偶然だが、「まちこわしセレマ葬儀場反対」の幟(のぼり)が延々と続くのを観察することになる。予定地(京都府立大学前)からずいぶん離れた高野の交差点の手前まであるので、商店街組織(あるいは選挙区?)がここで切れているのかも知れないな。それにしても予定地付近はシャッターがしまってしまった商店が目立つ。

京都駅前でもセレマが断念してからずいぶん時間が経っても書かれていたから、ここでも、この黄緑色の、つい前の統一地方選でもよく見た同じような幟をずっと見ることになるのだろう。景観的に美しくないとかそんなことはまあ気にもならないし興味もないが、私的には葬儀場を飛ばして「セレマ反対」とか、この際ついでに「セレマと憲法改悪反対」とかにしてほしかったけれどね。まあ、後者みたいにすると、みんなやってくれなかっただろうが。

「まちこわし」とは何か、というのは、地域政策研究の一つだろうし、そのための重要なサンプルであることは確かだ。そうか「まちこわし反対」ということかも知れないな。セレマに反対することでまちがこわれていくのを阻止できる(そして、地域区画がコミュニティとしての「まち」になることだってできる)かも知れないという一筋の希望がこの黄緑色という幟に出ているかも、と。オウムを追い出すために団結する人びともまた浮き彫りになったドキュメンタリー映画(A2)を思い出す。おっと、葬議場をドキュメントする映画が出てきてもよさそうだ。もうあるかもなあ。

そんなことを考えていたら、帽子が風に飛ばされてしまって、車道に落ちる。取ろうとすると、また風が。はいつくばって、ようやく取る。車がわたしをよけていた。
ほっとして、ちょい茶房のお粥では少なかったので、パンをかじっていると、どんちゃんに見つかる。どんちゃんが制作補助をしているのか。と、上着がない。おお、引き返すと、上着が車の間にひらひら落ちている。ようやく上着救出。引かれていなかったようで、よかった。まちこわしの幟を見上げる。

おっと、人間座スタジオ、第4回公演テンケテンケテンケテンケによる「テンケテンケテンケテンケ」。作・演出:勝二繁。ほぼ一時間。井上陽水の歌と短い演技の集合。つながっているような、つながっていないような。終わって、ゆうみさんに挨拶しようとマスクをとると、となりにいたある人が「ブログに書かないで」と。

ブログに書かないでね。うーん。これは私を殺すに足る文句であった。


5/6(日)

いちにちじゅう、おうち。
雨がふっているのに、家族はお外。
ひがな、ぐーたら。
5/5の日録を書くのみ。ブログに載せる部分ですこし、遠慮した。
セレマ反対運動の人たちのこともあって。でも、あの黄緑の幟はノンセンスだ。

よるは、溝口健二『噂の女』1954年、87分。短くてきりりとしていて、思ったよりずいぶんと面白かった。
田中絹代のお母さんがお母さんとして若く、久我美子の娘役がはじめ渋くてふけ目だったが、パジャマ姿がマニッシュだったり、井筒屋になじみだして、なかなかよくなってくる。顔が小さい久我、いや、大きい顔の人が当時は多かったということかも。

1954年は、この作品の前に『山椒大夫』、そして後に『近松物語』と公開されている。いまでは考えられないスピードだ。


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