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こぐれ日録 KOGURE Diary 2007.5 こぐれ日録538 2007年 5/21〜5/27 5/21(月) 先週の月曜日の訪問は京都府さんだった。 発信発信発信発信発信発信発信発信発信発信発信発信発信発信発信発信発信発信発信・・全部でだいたいこれぐらいだったかな。 午後から3回生ゼミ。19日の感想を聞くと、講演の内容は結局自慢やというものが多かった。学生たちは自慢されるが大嫌いである。とはいえ、何もそれに反発したり、そこから反面教師としつつ何かを得ようとはしない学生たち。過去の経験とか何かテレビに出たり新聞とかに載ったりしてもそれを出すのを避けるときもある。学生たちはどうもよく分からないが、教員が高い位置にあるということで、より、自分たちが低くみじめで何の価値もないと思わされるのがいやなのかも知れない。そんなのなれっこないよ、自慢されると惨めによけいになる、もちろんなにくそとかは思わず、女性だとずっと電話していたりつるんで遊んでいたりして一生を送るのだろう。 わたしも何かじぶんの過去を話すといつも自慢やといわれる。なかなかにむずかしく虚しい稼業である。でも、おべんちゃらばかりいっていたら、こちらが死ぬしね。やっぱり、こちらがお膳立てしないでできるだけ自分たちだけでやらせることだろう。1回生、2回生のときにゼミでそういう実践的学習をさせてきて、3回生で全開する、というようにはいかないのもつらい。もう、3回生では手遅れかもという弱気も少し出てしまうか。やっぱりゼミはむずかしい。しょうじき、うんざりする。 とはいえ、待とう。 4回生ゼミは写真。とてもひさしぶりに全員が来ていた。 18時から、半年前に終わった歯科治療の定期健診。虫歯も歯周病もなくてよかったが、歯ブラシがまるで進歩していない。前が40点で今回が50点弱ということ。歯ブラシは難しい。歯石が半年でずいぶんできていて、1時間ほど、ちくちく。 朝、ふたつ、ざれ歌を作った。 【愛国はっしん音頭 あるいは、一心不乱に腐乱する花魁(おいらん)】 発進大好き、男子のおもちゃ。 発振降臨、イケメン好きです。 発疹受苦受苦、大人の麻疹。 芸術発信ミサイル発進シャーマン発振アトピー発疹。 【「難解なる現代詩もどき」 あるいは されど、ランドセルを背負って】 一心不乱な腐乱の死体 ランドセルを背負って 近大の授業。 基礎ゼミはいつものとおり。1名だけ欠席。 高知出身の3回生に小夏(この表記でいいのだろうか)というかんきつ類をいただく。 学科会議などで、少しだけ見え出しこととして、「都市環境デザイン学科」は、「都市・環境デザイン」と区分したほうがいいということ(「都市環境・デザイン」とするよりは相対的に説明がしやすい)。つまり、「文化・政策」のとき、政策をまず説明して、そこに文化(これはまた別に説明しておく)をかぶせるということをしていて、ある授業では、文化に特化しなくても「政策」の多様ないまのあり方を伝えてきたのと同じようにすれば、ずいぶんやりやすいのではないか、ということ。 つまり、「環境デザイン」をまず説明して(政策とほぼ同じとするか。いや、建築インテリア活動がその代表例になるので、政策を構成するエレメントを含んだ人間の幸せづくりの営みと広げてもいいかも)、そのなかで、都市とは?という問いかけをしつつ、都市が形成される文化(文明)段階における環境デザインの特質を述べるという寸法。したがって、都市域だけがターゲットではないが、やはり、文化の具体的な形として都市をクローズアップしているわけで、まあ、それが、文化政策から都市環境デザインへの移行を説明する形かな、ということ。 とはいえ、もちろん「都市環境」をメインに議論する解釈(授業のありよう)もあるだろうし、必要かも知れない。都市と都市環境の関係(違い)は、芸術と芸術文化の関係(違い)に近いかな。個人的な理解だが、芸術文化を、芸術を主とする文化、と解釈しているので、都市を主とする(人間/文化)環境が都市環境ということになるのかな? もちろん、これは結果があって、それからその説明をなんとかしようということで、ちゃんとした研究者(教育者)だと忌避することかも知れない。でも、ちゃんと研究も教育もできない私には、こういうことをやっぱりしてしまっていて(想定問答づくりとか・・・)、役人をやめても、なんとか自らが所属する場の正当化理由をこしらえようとしているのだろう。 こんなことを考えていて、ふと時計を見ると19時を回っている。あわててタクシーを呼んで、山科の居酒屋へ。和太鼓同好会の懇親会。23名ほどが集まって、はじめ、3名ぐらいが核になって去年はじめて、4月に1回生がたくさん入ってくれて、すごい盛り上がりになっている。文化政策学科が多いが、児童教育学科や歴史学科、書道の男子・・・それに留学生さんたちも混じっている。 暑くて、しかも昨日かなりがっくりきたこともあって(でも朝になるとこれはいい教訓だと思えてくるから朝はいい)、寝不足。 アーツマネジメント総論。近大と同じくチクセントミハイまで行く予定だったのだが、少し受講生に考えてもらったりと、注意力を持続してもらう工夫を加えたこともあって、届かず。人数が多いとどうしても遅くなる。板書がとくに飛び飛びになってしまい、苦情数件。 自分探しの旅は、引き続き読書のすすめ。 インターンシップ事前勉強会は、結局1名(Kさん)ということになったわけだが、じつは、京都芸術センターに行ってみたいというYさんが、Kさんのお友だちとしていて、3名で実施研修に行ったほうがこちらも助かるので3名で出かける。 その結果、2回生までに文化政策学科は全員、京都芸術センターには行くようにしたほうがいいなあと、2名の感激の大きさをみつつ、思う。まあ、二人は熱心だからだろうが、チラシ置き場や図書室の充実、無料で見られる展示のすばらしさ(Wさんがここへのインターンシップに挑戦してくれるといいのだが・・) とくに、5月は『皐月の荘厳』ということで、京都市立芸術大学、京都嵯峨芸術大学、京都造形芸術大学の先生や院生などが、合計、20名展示していて、しかもなかなか豪華で派手な色使いも多く(もちろん、コンセプチュアルな日下部一司作品などもあるが)具象的なものもけっこうあってちょうどよかった。特に、佐野暁「命の輪」は1つを除いて触ることができ、しかも、手にとって中の音が聴くことができ、さらに、その音がもう気持ちよく、一つのものは、どうしても水が中に入っているとしか思えない、コボゴホの音がするので、やっぱり、こういうフレンドリーな展示はぐっとこさせるみたいだ。 前田珈琲で去年と同じくおごる。タイカレーセット(中)を頼むとけっこう分量が多かった。京都橘大学の卒業生が挨拶してくれる。劇団を結成していた一期生である。髭に驚いていた。上田假奈代さんが詩のワークショップのために来ている。ここに来るといろんな人に出会える。納谷衣美さんも仕事の打ち合わせに来ていて、学生に私が出会った人たちを紹介することもまた学習だろう。 魚灯『静物たちの遊泳』作・演出:山岡徳貴子。初日だから緊張気味かなあと思ったが、これはリーディング公演がすでに行われ、岩松了による指導などもあったそうで、そう意味ではすでによく練られ考えつくされているものだとあとで分かった。110分という前説があり、ぴったりだし、舞台美術(川上明子)装置もよく考えられている。あのベランダへ出るドアのシンプルさと劇中での重要さの対比が鮮やか。それをまた、途中でひっかからせたり、ちょっとあけたり、もちろん音響さん(狩場直史)との呼吸もぴったりで、装置論だけでずいぶんかたれてしまう。 向かい合う公団みたいな団地における2つの棟の部屋が舞台である(ベランダ同士が向き合っていることになっているのだが、同型なので装置は一つを使い分けている)。出来た当時は抽選だったのに、いまでは空き家が多い。鳩が屋上と地上とを行き来している(どうも老女さつきの思い込みではないかと佐野元社長は言うが)。巣づくりかも知れない。 魚灯の武田暁が、佐野の妻役。社長だった佐野に飛び道具の藤原大介。舞台は佐野夫妻の部屋で過半数展開する。従業員(すでに佐野は会社を去っている)各務(かがみ)に衛星のファックジャパン(始まる前に2回も出会ってしまう。1回目は声を出して挨拶してしまい、本番前なのに悪かった!と思っていて2度目のときは目礼にした)。同じく従業員の美佐にワンパの山本麻貴。みんなすごいが、山本麻貴ってはじめてこんなにうまいのかと思った。まったく対極の感じだが、別の棟の老女さつき役の阪本麻紀(烏丸ストロークロック)も、岩松了の演出を彷彿とするような感情の高揚を感じさせる演技で、いやあ、じつに5名の個性が粒だっていて面白かった。 静かにほとんど踊らない盆踊りをさつきの部屋で、捨てられたおもちゃのキリンさんにまたがったお人形の音頭で踊るシーンは焼きついている。ダンスのあるお芝居である。盆踊りの当日がじつに静かで、それは最後の盆踊りであるからでもあるが、この二つの部屋の最後でもあるからなのだろう。桃園会の『うちやまつり』が格好の比較戯曲となるだろうが、いまその余裕がない。登場人物の匿名性という意味では、今回のお芝居のほうがその希薄さが少なく、その分、難解な感じがしない。とはいえ、闇と病みの深まりはますますこの日本を覆っているなあと若い学生二人は思ったようで、最後のシーンとかその前後は、隣の反応が手によるように分かったりして、それもまた興味深いものだった。 きょうは、高校の授業がなく(中間考査をもちろんわたしはしない)、大学で、じぶんでもこれ、書いてもいいのかなあと思うぐらい、堅い授業科目のシラバス(実際に担当になるかどうかは微妙なのだが、実はひそかに自分的な工夫をしてやってみてもいいのかも、と思ったりもしている:でもいまさらできるかどうか・・)を教職免許申請がらみで作ろうと思っていたが、あまりの雨でめげる。 で、来週の自分探しのBGMをふと韓国伝統音楽というテーマにしようかと、プリという打楽器グループを核に、家にあるCDをずっと聴いている。パンソリはほんとうに泣いているようで、しかもどんどん絶叫に近くなったり、カヤグムの伝統音楽はひたすらしずかなままにずっと進む。 2拍子と3拍子の組み合わせが韓国音楽の特徴の一つというぐらいしかしらないのだが、家にある『韓国の伝統音楽』(成甲書房)によると、それ以外にビブラート(揺声)が日本は下向きなのに対して上へ向かって振動すること、強拍で始まり弱拍こと、伴奏法が西洋と違うこと(12/8とか、16/4とかで、3/4とか2/3のような小節に区分しない)などがあるという。それは、半日聴いていたので、なんとなくそんな気もしてくる。西洋との違い、微妙な日本の民謡などとの違い(似ている部分も私にはあるように思うが)など、これは奥深くで、半日の生半可知識で学生に伝えるなどまず無理だと断念。で、来週もジャズをいささかという感じかな。でも、面白かった。 古事記(口語訳)を読み続けていて、ことばをホントに知らないことがよく分かる。だから旧の仮名遣いで書くべきという主張もあるのだが。 18時から京都府の集まり。 きょうは、ほがらかないい日だった。 演劇の創り手とは誰か?という問いを潜ませていたが、それは表面には出せなかった。 鈴江俊郎作品の理解へと向かう演習である。 竜も勝ち(獅子いま弱し)、ガンバも逆転するなり。 第3回子どもの文化フォーラム@東部文化会館へ。 9時前につくとすでにダンスグループ、AL THE CREWが来ている(山科青少年活動センターが拠点)。彼らはお昼が本番なのに(そのあと、大石神社のおはやし隊の公演もしっかりと見てくれていて、今後もっといろいろやっていきたいなと思う)。ロビーに平台をしきつめてステージにした今年は、とてもそれがまちかど的でいい感じに人があつまり、獅子には子どもが泣いたりして、ちょっとお祭りぽい感じになる。館長さんが一日だけのステージではもったいないと言っていた。 9時半にわがゼミ生たちもやってきて、創造活動室でのあそびコーナーの準備がすすむ。 10時半から14時までの長時間、40名弱で行われた、子どもの安全、育ちがテーマのシンポジウム。一部しか聴けなかったがしっかりとしたものになった様子。不登校などの子育て支援の「あんだんて」さんの話に聞き入る。ここで冒頭少し実行委員としてのご挨拶をさせていただく。 500円にしたクラルテさんによる人形劇公演「あらしのよるに」(15:05〜16:15)、完売。しかも、ボランティアさんたちも後ろでみることができ、子どもたちはどうしても少し声がでたりむずったりはしていたが、なかなかの好演。10時からの人形づくりワークショップに参加していた子どもたち約20名と親御さんたちは、終わってから、人形の動かし方の説明とかじっさいにもたしてもらうというアウトリーチ的なこともできて、満足していたようだ。 17時過ぎに無事終了。京都新聞(社会報道部)も取材があったし、「みやびじょん」というCATVの取材もあった。来週数分のものらしいが、流され続けるということ。DVDを送っていただくようにお願いしておく。 |