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こぐれ日録 KOGURE Diary 2007.11 こぐれ日録562 2007年 11/5〜11/11 11/5(月) どうも、夜中に目が覚めたり、5時から起きていたり。 福祉って何だろう アーツって何だろう アーツと福祉の二つの意味 これからは、みなさんとおしゃべりしましょう 3回生ゼミでは、卒業研究のテーマ探しを続けている。 織田先生のゼミでも、廃墟というのがあって、廃校にしむけたという。でも、廃校という言葉は嫌いだ。わたしは閉校というな。 昨日はどうもカリカリしていたが、今日は、夜だけ授業だけなので、のんびり。銭湯のつぶやき写真とかもアップして。 再放送のようだったが、深夜やっていたNHKBSのベートーベンの交響曲を録画していたので、視聴する。「(管弦楽)ロイヤル・フランダース・フィルハーモニー管弦楽団(指揮)フィリップ・ヘレヴェッヘ〜ベルギー・ブリュッセル パレ・デ・ボーザールで録画〜」。 じつに新鮮だった、とくに、第1番、第2番(そのなかでも2番)は、数回ぐらいしか聴いていないので、おお、こう展開するのねとか未知だったり、やっぱり、こうね、とか楽しく。 基礎ゼミ、順調に発表終わる。 明日、全国の高校美術工芸の先生たちの集まりに出るのだが、その際に配られる立派な冊子が届いていた。 TAM研(たちばなアーツマネジメント研究会)があって、次年度のめくるめく紙芝居の申請をどうしようかと主要メンバーたちが打ち合わせている。ところが、このTAM研。じつは不動のメンバーのまま年月が流れ、後期になってようやく、1回生が一人入ってくれているのだが、あとが続かない。2回生はどうしているのだろうね、1回生も含めて、アーツマネジメントの現場の匂いをかぐのなら、じつにいい場所なのだが(もしも、次年度の専門ゼミの教員体制が明らかになったら、仕方なくいまの2回生が入ってくるかも知れないかな)・・・ アーツを通じて人びとの「うっとり」体験をつくる人をアーツマネージャーと呼びます。創作者とは違って、まず観衆の代弁者として創作者に向かい、潜在的な観衆をいかに浮かび上がらせるかが仕事です。ですから、(音楽、演劇ダンス、美術工芸、映画などの)アーツに自分がうっとりした経験が必要です。アーツそのものを創る芸術家とともに、観衆にうっとりする場を創ること、観衆に社会的な自分という存在を忘れさせるぐらいの「めくるめく」状態を創ること。 つまりアーツマネージャーは、これでうっとりしたいなあという気持ちを人びとに起こしてもらって、自分たちが企画した展覧会に足を運んでもらうことや制作したお芝居の公演に来てもらうことを毎日考えています。高校にはアーツマネージャーの卵がきっといるはずですし、そうでなくても、美術工芸の時間に、アーツを創る醍醐味、そしてアーツを鑑賞する悦び、そして、裏方で企画し実施し反省会をするマネジメント的なプロセスの体験などから、多様なアーツが世間にはあるということを伝えて欲しいと思います。 テレビに出ているものだけが、駅などに大広告できる有名でお金を稼げるミュージカルやレジャーランドだけがアーツでも「うっとり」の種でもない。そのことを理解した高校生が誕生したらどんなにいいでしょう。さらに、お金や地位(外部的報酬)だけで人は仕事をしているのでは必ずしもないということ、それ自身に夢中になって仕事をする(内部的報酬のためにする)ことがアーツの現場では伝えられるのではないかと思っています。 残念なことに、メジャー劇団、有名美術家、売れっこ音楽家以外は日本にいられないような状況が一方にあります。その流れに対しては無力に近いのですが、アーツが自分の目で判断するメディアリテラシーになると信じて授業をし、ささやかな実践もしています。たとえば、去年から、「めくるめく紙芝居プロジェクト」という、ダンスや音楽にあふれた紙芝居を、まちの障がいのある人たちとアーティストと学生とが一緒になってつくっているところです。こうした活動を通して、少しでも有名好き、ブランド信仰、マスコミ依存から逃れ、自らの目と手で、うっとりの種、ワークショップの環境を探し築いてもらえばと考えています。 2時に眼が覚める。この日乗に書いていないことだが、昨日がっかりしたこともあり、絶不調だなあ、おもっていたら、少しうとうと。蓮行さんなどに教えてもらった深呼吸をしたら、眠れることがあるが、今日もそうだった。 絶不調だなあ、と思うときは、ちょっと調子が上るときなのかも知れない。 昔から、ぼんやり変だなと考え、きちんと考察すべきではないかとおもっていることに、文化政策ではお決まりのように使われる「物から心へ」というフレーズがあって、もちろん、一橋大の佐藤教授は「文化発信」とともに、その意識調査の問題(ダブルバインドだったか、設問にある問題点など)をいち早く指摘されていたわけだが、そういう社会学的な指摘とは別に、単なる言葉論的な問題として、本当に物の反対は心なのだろうか、物にも心はある(あった)し、心のない物にしてしまうのが問題じゃん(これは「もったいない」派につながってしまうが)とか、おもっていた。それに、物は「もの」と大和言葉にすると、者でもあり、物語とか物の怪とか、物質ではないものまで指すし、心も心臓から来ているし、「物から心、モノからココロ」ってどうもあれこれ不思議で怪しいフレーズだなあとつくづくおもっていたのだった。 で、たまたま、下の娘がちょうど今日「心」についてゼミで発表することになっているらしくって、少し前に「心」ってなんだろうと1時間ばかり携帯電話(下の娘とだけ話す家に一台だけある文明機器で、遠距離トランシーバーともいえる)で話してもいたことがあって。じゃあ、娘は心(こころ)を追求するのだったら、私は「もの」を少しばかり考えようかしらとおもっている。とりわけ、妖怪のことが気になっているので(神霊の祀り棄てが妖怪・悪霊であるという柳田国男説を批判・補充してできている宮田登氏の日本民俗社会における「祀り上げ祀り棄ての構造」論を自分のワークショップ論に使えないかと思案中でもあり)、とりあえず、岩波の古語辞典(1974年)を広げてして以下の記述を引用p1283: もの【物・者】一『名』《形があって手に触れることのできる物体をはじめとして、広く出来事一般まで、人間が対象として感知・認識しうるものすべて。コトが時間の経過とともに進行する行為をいうのが原義であるのに対して、モノは推移変動の観念を含まない。むしろ、変動のない対象の意から転じて、既定の事実、避けがたいさだめ、不変の慣習・法則の意を表わす。また、恐怖の対象や、口に直接のぼせることをはばかる事柄などを個個に直接指すことを避けて、漠然と一般的存在として把握し表現するのに広く用いられた。人間をモノと表現するのは、対象となる人間をヒト(人)以下の一つの物体として蔑視した場合から始まっている。》 引用終わり 引用が長くなったが、実にこの前書きは面白いと思う。最後のところ、芸人と芸者(ただし、芸者は、江戸言葉で芸妓のことなのだそうで、上方言葉では芸子)の違いなどを連想したりもした。 高校の文化政策の授業。 ゼミの3回生が、雑誌を研究するということだったので、古本を買っておいた。一つは、とても古風な装丁もかわいい、永島寛一『雑誌論入門』(吾妻書房、1967年)、当時の価格は400円。もう一つはいかにも電通だなあ、という感じの吉良俊彦『情報ゼロ円。―雑誌はブランディング・メディアである。』(宣伝会議、2002年)。伊丹への行き返りに後者を読んでみたが、ブランドの定義とか、縁遠いので意外と面白かった。でも、こういう本はすぐにアウトオブデイトになるので、学生には考え方の筋だけを読み取るようにいわなくちゃ。 燐光群創立25周年記念公演『ワールド・トレード・センター』作・演出:坂手洋二、伊丹アイホール。19:05〜21:15。英語による一人芝居(上に日本語字幕)があったり、登場人物が大勢のためか、少し、輻輳しているかなとかは思ったが、ぜんぜん2時間以上が苦にならない。情緒だけに訴えるのではなく、でも、知識の提示とか社会告発とかでもないので、うるさくもない。声を出すワークショップを実際やっていて、それも結構参考になる。 たまたま、ニューヨークに住む日本人向け日本語雑誌(報道中心)の編集室(倉庫だとジェネラルマネージャーは主張するが)が舞台。そこから、2001年9月11日に倒壊した、ワールド・トレード・センターが見えるという設定。日本のテレビニュースの方が現地より早く事態が分かったりする。他方、生身の人間、生活実感としての9.11はもちろん日本には届かない。英語とカタカナ語。代役としてのアンダースタディが、英語の代役としてのカタカナ語になったりする。いろいろな比ゆとしてのアンダースタディ。日本ってアメリカのアンダースタディなのかなあ。かってに、死ぬまで生涯学習、生涯教育の日本社会のことを連想したりもした。 雑誌編集室が舞台なので、広告主のはなしが出てくる。フリーペーパーを起こそうとする若者が広告主リストを窃盗しようとしたり、ノンペイドメディアとペイドメディアの違いなども話題となっている。ちょうど読んでいる本に関係していて面白いのだが、その本によると、2001年当時、日本の雑誌は広告収入が半分ぐらいを占めているとあったりしていて、広告主に依存する雑誌って何だろうなあと思っていたところだったので、そういう面でも偶然の符合だった。 ロビーに坂手洋二さんの戯曲が並んでいる。売っている人に青年団のように燐光群って映像は売らないの?と聴くと、音楽の著作権料だけで、50万円以上したりするので、出せないという。確かに、燐光群の舞台は、転換に音楽が使われ、今回はブッシュの演説の声も流れていたし、そもそも、さまざまな本や雑誌の演劇的な再編集が自在に坂手さんによってなされていて、平田オリザさんのようには、誰の創作物かということが、坂手作品の場合はより社会的に広く錯綜しているなあと逆に作品の特質を思ったりもする。 朝、芳江に昨日のお芝居のことを語りだして、なかなか終わらない。 関係ないが、隣に座っている二人の人たちがナベツネって100歳ぐらいじゃないのとか言っていて、噴出してしまった。渡辺恒雄は、政治部で中曽根づきをしていて、結局ずっと彼と盟友となったわけで、その中曽根とかと同じぐらいの歳(80歳前半)だし、戦後直後、堤清二とかと同じ日共活動の仲間、氏家をナベツネが誘って読売に一緒に入り、独裁的「巨怪」正力松太郎の下、正力読売流を学ぶわけだよね。 東山青少年活動センターで、てんこもり堂第1公演『夜の学校』原作:如月小春、脚色・演出:藤本隆志を見て(1時間50分程度)、そのあと、混雑するバスで京都駅へ。つらい原作の内容。場内が暑くてしんどくなる。 藤森照信さんの話を蹴上で聴いた。 蹴上の画廊群をのぞく。ちょうど最後だからか、ヒトが多く集まっている。 なんとそこは、第43回京都非公開文化財特別拝観(秋季)の最終日で、1200年ぶりに開帳されるという、通称「米地蔵尊(元金蔵寺の本尊)」のある尊勝院だった。粟田庚申尊。800円を払って、京都女子大の学生さんたちの案内で広くない本堂にぎっしりある仏様や守り神、柱やしつらえ、仏具などを眺める。みざる、ききざる、いわざる、おもわざるの4匹のお猿さんが二対。聴くと、男女対になっているのだそうだ。 おトイレを借りるために、横のお家に入る。この広いお家には、一人の尼様が住み込みで管理しているのだと、その尼様が人懐かしそうに語りかける。明日からは、彼女が一人、この山の中で住んでいるのだなあ。 藤森さんの話を聴いたこともあって、懐かしさってなんだろうと思いながら、三条京阪まで歩く。 |