こぐれ日録 KOGURE Diary 2007.10


こぐれ日録557 2007年 10/1〜10/7

10/1(月)

あさ、早く眼がさめたまま、眠くてたまらない。
ゼミでは、個人対応をよりしっかりしようと思う。
専門ゼミの後期は、学問の個人的収穫期へ。そんなことを話したはず。
でも、説得力に欠けていた感じがする。就活とのバランスをどうとるか。

学科主任の仕事。
来年度の開講科目調整(うーん、むずかしい。非常勤の先生を私としては優先したいのだが、どうも・・・)。
11月からの入試体制配置(これは水曜日に具体的調整をするが、案をメールしておく)


10/2(火)

18日に東京へ行くのでその書類づくりをしてから、郵便局へ行く。
小さなところなので、民営化といってもあんまり変わってはいない。
18日の用事は、内閣府地域再生事業推進室で「地域再生勉強会」というのをされていて、そこへ「現場の声」としてなにかおしゃべりをさせていただくというもの。

今日から同志社大学の大学院(総合政策科学)で「文化行政論」の授業があるのだが、その構想がほとんどまとまっていない(内容はシラバスにあるし、去年のノートはあるので、結局は、それをいかに再構成してアップデイトするかということなのだが)。

参加者の顔を見てから、と思って、とりあえず、横浜市のBankARTのチラシ、大阪市における新世界アーツパーク事業の顛末に関する資料(高松平蔵さんのコメントやアートNPOリンクの声明文)だけを持って出かける。ただし、今後、教育基本法において「文化」はどう取り扱いが変わったかとか、少しだけ、去年には触れなかったことなども入れて行くつもり(これが今日の昼間やった唯一のまとまった作業)。

18:25〜19:55まで、意外と全部使って話してしまう。もっと、受講者の方々の話を聞こうと思ったのに、あれこれ、説明していたら、時間が来てしまった(レジュメがやっぱりいるなあ)。10名の登録で今日集まった人たちは7名。昨年は集中だったので、集まりやすかったのかな(19名)。


10/3(水)

久しぶりに忙しさ満喫。
基礎ゼミでは、個人指導を入れる。けっこう、時間がかかることが判明。一人だけ欠席。
そのゼミ生が二人研究室で本を探しているところにA教授より電話。
急きょ、大学院関係の書類作り。
(背中でTAM研のみんなのお話を聞きながら)13時まで、その書類作りがかかって、そこから来客対応。16日に関西広域機構にお邪魔する用件。

14時50分から大学評議会があって、早く終わったので、ようやく昼食。15時半。外で食べていると、生協の専務から、いま試食会があるからのぞいてくださいと話があったので、124教室をのぞく。甘いパンなどがいっぱいあって、そこでデザート。自分探しの旅を取っていた学生にコグレンと呼ばれる。
16時から学部教授会。卒業研究の考査日を決める(来年の1/29、10時から)。
そこで、ある仕事が出来て、帰るまでに一応完了。
同時にO教授が出かけるところだったので(これから院生の指導を山科のところでするのだそうだ)、椥辻まで乗せてもらう。
今日は、アルコールを入れないで、睡眠不足(今日は、2時にめざめたまま、寝られなかったので)を解消しようと誓う。実は、昨夜は、授業のあとサッポロビールが飲みたくなり(ある理由があって)、ロング缶を2つも空ける。最近とても弱くなっているので、これでもうふらふらになるのだった。


10/4(木)

2限目、授業。
みんなに担当の都道府県を割り当てる。
後期は、いろんな授業で、都道府県、つかいまくりである。

府県制は変遷がいろいろあったけれど(たとえば堺県があったり、佐賀県が長崎県に埋没したりもしたが)、明治23年に完成して、基本的には(北海道と沖縄県、東京府以外は)変わっていないことがいいのですと説明して、西暦に直すと明治23年→1900年とメモを自分でしていて、それも黒板に書いてしまった。

おかしいなあ、とそのときも、印刷室に行っているときも思っていたのに、雅楽の越天楽(と黒田節)を聴かす予定だったことを思い出したりして、チェックを忘れていた。23+1867が出来ないのだ(とほほ)。すると、出席カードに、もしかして、明治23年は、1890年ではないですか、とあって、おお、と思う。いやはや、ありがたい学生さんだこと。

京都文化博物館の別館に入る。ここは、京都橘女子大の文化政策研究センターの主催ではじめてのタフをやったところだ。上田假奈代さんがコーディネーターで黒子さなえさんや渕上純子さん(船戸さん)らがセッションを繰り返してくれた。きょう、ふちがみとふなとのお二人にもあえて、ちょっと、回顧モードになる。

ベース(ヘンリー・グライムス)はマイペースで演奏(頭の汗を止めるバンドがかっこいい、胸のバッチもばっちり)で、その前のチェロ(トリスタン・ホイジンガ)の憂愁をたたえた演奏とときおりデュオぽくなって、ジャズでベースとチェロ(バイオリンとチェロになるときもあり)が絡むのはなかなか見られない・・・と、この組み合わせの妙を堪能。

原田のピアノはカイブツとはいえ(彼だけではないが、ダンスを見るような楽しみもある)、じつに繊細な瞬間があって、ミクロスリップというのか、次の演奏方法(ゲンコか掌か、とか)を探るときがスリリングでしかたがない。前半の30分弱は、サックスとクラリネットのトビアス・ディートリアスは抑え気味だったが、ときおり、から吹きとか、笛のような高い音とか、こりゃ、面白い種いっぱい!と期待していたら、後半にそれがどんどん広がっていって、こちらも、気がつくと身体全体が揺れていた。

アンコールもけっこう予測不能な感じもあって(ツアー最後の最後だな)、意外と淡白なライブだったけれど、黄昏の燃焼もまた、こういう余韻なのかも、と思いつつ、芳江と一緒に近くの亀甲屋で日本酒を飲んだ。きれいな女将さんが、1月には新酒が入りますと丁寧に挨拶されていた。


10/5(金)

そう大きな問題でもないのだが、文化行政の歴史を考える上で、劇場(上演)規制や検閲問題とともに、課税のあり方も気になるところで、この前読んでいた本に府県税レベルのようだが、明治時代ごろには「遊芸師匠税」や「遊芸稼人税」というのがあったそうで、どうやって課税をしていたのだろうか、とか、そもそも目的は何だろうとかぼんやり思っている。遊ばさないようにするという方か、それとも、そういう稼業へと堅気の若者を「転落」させないためか。

また、「興行税」というのは、もっと後まであったはずで、これも実はよく分かっていない。総務省の図書室あたりにはきっと資料がすぐあるのだろうけれどね。そうそう、「入場税」が戦後ずっと残っていたものだった。これは検索すればいろいろ出てくる。上映は2000円まで、上演で、5000円までは大丈夫だったよう。1989年の消費税の導入とともになくなったのだったわ。

高校の授業を終えて、15時からあるコンサートというのも物珍しくて、京阪の普通電車に乗る。
古川橋駅。降りるとダイエーがあるのだが、木立がつづいてとてもいい環境。すみやすそうだなあ、門真市も。門真市民文化会館ルミエールホール小ホール。いい加減に歩いていても木立の道の左側にすぐ。

東京にいる頃から、ここは演劇が盛んと津村さんあたりからよく聴いていた。いまは、予算もずいぶん減っているのだろう。でも、映画をしたり、今日のように、19時にコンサートをするだけではなく(こちらは全席指定で乳幼児の入場はできない)、乳幼児無料の15時から小一時間ぐらいの親子連れを想定したコンサートを行っていて、なかなか、いい感じである。

『スウェーデンの民族音楽とバロック音楽』。入ると、前には幼稚園児たち(保育園ではないように思ったが4〜6歳で制服、先生も女性ばかりで同じ紺色の制服)がきっしり。私たちは、親子連れも含めて後ろの席。年配の人が多いのはもちろんだ。私も含めて、早寝だし、予約なら1000円で安いし。

スウェーデンのニッケルハルパという古楽器(鍵盤つきのバイオリンみたいなもので、音量を少し大きくしたりと改善はされている)とチェンバロ。スウェーデンの風景や演奏者の子ども、小さいときなどの映像が前に映される。バッハもあったが、ほとんどスウェーデンの民族音楽とかこの楽器用の小曲。フォリアというよく流行した民謡を少し会場で歌わせてもらう。こういうのがあるとまたいいね。小さな女の子がずっとおしゃべりしたりうろちょろしていたが、この時は一緒に歌っていた。

夜、BS2でやっていた放送ビデオを見る。ドキュメンタリー映画、ドイツ映画なのに英語が多いのは、その中学校は多国籍でとてもしんどい生徒が多いからだし、春の祭典を振付ける人もイギリス人、ベルリン・フィルの指揮者、サイモン・ラトルもイギリスということもあって、ドイツ語ももちろん話されていて、2004年の作品だし、ベルリンのいまの感じがよく出ていた。

『ベルリン・フィルと子どもたち』(105分)。さっそく、大学生協にDVDを注文した。高校生にも見せたいし、オーケストラの魅力(指揮者は本当にマジシャンだ)もいっぱい。ただ、これほど大規模にやって、続くのだろうか、ベルリン・フィルの教育プログラム(鑑賞者開発、アウトリーチ)は、とも思う。でも、学校にアーティストがやってきた!プログラムの説明にもぴったしだし、なかなか深いテーマがいっぱい。そして、そういう音楽・ダンスと社会の関係づくり的、アーツマネジメント教材としてだけではなく、身体から変わる気持ちのことを、シンプルに思える映画で、予想外にすごくてびっくりした。


10/6(土)

午前中、午後の準備。食堂でA先生が「ベルリン・フィルと子どもたち」がよかったと言われて、話がはずむ。なぜか「ブラス!」の話になり、研究室でビデオを探すが見あたらず。よく、学生が借りていったものだったが・・・

アーツ鑑賞演習。つぎ(10/20)は、NO-MAにて、ギャラリートークやワークショップで実際にアウトサイダー・アートを体験的に鑑賞する。
気が付くと、その次も外、11/18のさきらだ。こちらは、ダンスと音楽のワークショップ。やはり、障碍のある人たちと一緒に。

そのつぎ、スケジュールでは、12/1も画廊周りでもしようと書いていたが、ここは大学で一つ見てきたことなどを語る時間にしなくちゃいけない(その次は12/9、大善寺でシンポなどもありやはりアール・ブリュット系となる予定、でも音楽も楽しめるかも知れない)。今日も、見た映画や作品を話す時間にしたが、それがとても大切だと思ったし。

今日の授業である学生が、ドキュメンタリー映画(今回は佐藤真監督「まひるのほし」)を映画と思っていなかったことを発見。前回、食事をしながら授業を聞く学生(しゃべり続ける学生でもあったが、今回はおしゃべりはいっさいなかった)がけっこういたので、ここは、シネコンではなくて、京都シネマ(飲み物だけオーケー)だという。そうするとでていく学生(途中、また入ってきた)。故佐藤真監督の作品を見るということもあって、神妙にならざるをえないことも少しは影響している。

少し、出始めから、こころ暗い。
でも、伊藤喜彦さんの心おさえてありがとう、と書くのを見て、言い得て妙だと思ってなごむ。
情けない、情けないといいながら、しぜんに生きていくしかないね。

夜、ウイングフィールドで桃園会の若手公演に行く予定だが、エネルギー切れ。


10/7(日)

野外でブルーグラスを聞きにいこうとチラシをゲットしていたけれど、家の中。
さいきん、そういうことが多い。

ムルナウ(http://voldenuit.org/cinema/2007/08/fw.html)『最後の人』1924年、74分。
ラストにハッピーエンド版がついている。選択できるDVDがいいな。
淀川長治の解説がすこしくどい。これも、選択式がいい。
それにしても、アパートの住人の噂のつたわり方の早さ。噂ばなしというよりも、拡声器だ。
それに、家族の人たちの態度の変わり方も、おお、世の中!と感じさせる。
役者さんは、じっさいは、これほど老けていないということ。
無声映画時代の演技かも。字幕をほとんどいれず、いろいろな撮影技法が満載。


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