こぐれ日録 KOGURE Diary 2007.10


こぐれ日録558 2007年 10/8〜10/14

10/8(月)

あさ、ココルームにインターンシップ?していて、その関係から、ココルームなどを外から見た姿を知りたいと、京都の学生さんがインタビューに来る。
とても熱心で、あれこれ、しゃべる。「見たくないものも見る」という林可奈さんが付け加えてくれたフレーズがポイントになるかも。頼まれもしないのに創るのが、アーティストというのは、加藤種男さんがよく言っていたっけ。最近どうも誰がいつどこで言っていたかを忘れがちだ。

彼女は、このブログの写真、おばあちゃんに甘えて写っている小さいときの私なのだが、このおばあちゃんとの写真をお袋とのショットだと思っていたときいて、おかしかった。私のおばあちゃん、春江さんは、うちの娘もよく話題にするのだが、なかなかの人だったし、ずっと勤めていた料亭播半のこととか、戦災で焼けた店のこととか、もっとちゃんと聞いておくべきだったといつも後悔する。

3回生のゼミは、個人ヒアリング。待機している学生たちは四字熟語など昔やったけれど忘れているテスト問題をやっている。じつに静かに熱心にしていた(とヒアリングから帰った学生がいっていた)。4名が精一杯。みんな、とてもおもしろいテーマだ。
一人、マーチングについて話をしていて、貸そうとして見つからなかった本があって、あとでゆっくり本棚を見たら、ちゃんとあった。サイトを少し検索する。
http://www.w-ouen.com/band/drill/index.html
http://www.kgef.ac.jp/ksjc/ronbun/030470y.htm

もし、彼女がこのブログを見たら、研究室まで借りにきてほしいなと思う。『ブラスバンドの社会史』。ただ、マーチングバンド(少し前はパレードバンド)だけの研究や歴史本はまだ見つかっていない。

帰って、どういうきっかけで購入したか忘れてしまったDVD、『合唱ができるまで』(監督:マリー=クロード・トレユ、出演: クレール・マルシャン(指揮者)/パリ13区モーリス・ラヴェル音楽院合唱団、98分、2004年、フランス)を観る。

インタビューもナレーションもないし、映像も練習室と本番の教会だけしか写らない(部屋に入って行くところを何度も撮影されたけれど、結局カットされたと、特典映像で女性指揮者が話していた)。逆に、一番すごく聴こえるのは、音楽をどう作って行くかを淡々と実践する練習の手法とそれに答えるアマチュアの合唱グループである。小さな子どもたちには、遊びのような発声練習、ティーンエイジャーや大人、定年後の人たちとも、身体全体を使って声を出す試みがいっぱいあって、つまり、声を身体化する、合唱するために自分の声を自分の大切なものとして響かせることと目指して、とてもユニークで楽しい練習法が満載で、ワークショップ的な意味でも、じつに面白かった。伴奏のピアノの人の役割とか、三拍子と二拍子が混じっているフレーズの説明とか、数え上げるときりがないぐらい。でも、学生に見せると、これって映画?といわれるかもね。

同じドキュメント映画でも、「ベルリンフィルと子どもたち」では、インタビューもいっぱいあり、どういう社会のなかで、どういう境遇の子どもたちがどういう思いのアーティストと向きあうかが描かれていたのに対して、こちらは、じつに静か。

とくに、ベルリン(東と西の境界)とパリ(13区)の違いということではないだろう。どちらも、人種的な多様性では共通しているから。
が、オーケストラとダンスが一体となる躍動的な春の祭典に対して、こちらは、宗教音楽であり、声のハーモニーとバロックアンサンブルであるという音楽ジャンルの違い、あるいは、大きな会場と教会での発表の違い、指揮者のタイプの違いなど、映画の対象となるものの違いが、映画のつくりを大きく性格づけしているのはいうまでもない。

さらに、自発的に合唱をしようとしている人たち(経験はない場合も多そうだったが)に対して、学校の授業の一環に近い部分との違いも大きいから、どちらが、より感動的だとか、より本質的だとかはいえない。ただ、二つのドキュメンタリーがどうしてこれだけ対照的になったのかが実に興味ぶかい。

日本での合唱についても少し考えたりする。むかしから、福島県のアーツ的特色を見ると、合唱が盛ん(コンクールに入賞する)ということがつねに検索される。ただ、合唱なども含めて、コンクールというのは、どういう機能があるのかどうか(いままで、どうも自分は芸術のアンチ競技派だったのだけれど)。また、年末の第9合唱のイベント性も言い古されているけれども、日本の画一的な文化事情とも関係はあるのだろう。

でも、この映画を見ながら、お習い事もまた創造的になりうるなあと少し改心したりもするのだ。あとは、自発性と多様性のあり方かな。キリスト教文化のなかにあるからこそ、この合唱音楽の練習がとても意義深いのだと見ながら思う。どうして、声明はじめとする仏教音楽を寺院で合唱するアマチュア参加企画とかがないのだろうか。神社でのお神楽や、雅楽のほうがまだ盛んかも知れない。ただ、100人が集まって合唱したり演奏したり出来るとなると、太鼓だけになってしまう。日本的、いや、アジア的な合唱、合奏のバリエーションが欲しいなあ。そうか、ガムランがそれだったな。身近だけに、また忘れている。


10/9(火)

午後から京都府の会議。
その前に文化ベンチャーコンペの打ち合わせ。審査が大変なほど、応募があって、とりあえずはよかった。
会議のなかで「文化ボランティア」をどう思うかと質問を受けて、これは、ちゃんと整理する必要があるなあと思う。また「作品ホームステイ」の話をしてしまう。

夜は、同志社大学大学院での「文化行政論」。受講者の一人が、国立京都近代美術館でステキな企画をしているので、学外授業とすることにした。10/30から11/4の10時に振替。

以下、講義レジュメ(最後の上田假奈代さんのコーナーは次週)。
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2007年度後期「文化行政論」-1   同志社大学大学院総合政策科学研究科
担当:小暮宣雄 kogure@tachibana-u.ac.jp   http://kogure.exblog.jp/(日々の活動ブログ:アーツリンクつき)

10/2(第1回)イントロダクション
○チラシ(宣伝美術)の大切さ
 横浜市のBankARTのチラシを見ながら
 文化のまちつかい(「文化のまちづくり」の大切なポイントの一つ)
 大阪市の「芸術文化アクションプラン」(後述)に基づく事業が横浜市のBankART事業の先行事例の一つであった

○「自治体にとって市民の文化とは何か」高松平蔵(インターローカルニュース)より
http://www.fen-net.de/heizo.takamatsu/interlocalnews.htm
ドイツのエアランゲン市の文化娯楽施設E-Werk
大阪市の文化施策、なぜもろいのか・・・フェスティバルゲート倒産で、入居アートNPOが退去
大阪改造計画―ダンスとロボット

○アートNPOリンク声明
 文化政策の3主体・・・・アートNPO、企業メセナ(フィランソロピー)、文化行政(文化政治)
・ちんどんチャンス! NPO法人こえとことばとこころの部屋
  大阪市コミュニティ・ビジネスモデル支援事業、大阪府楽座事業
・小暮宣雄の経歴より

・スケジュール  10/2, 10/9, 10/16, 10/23, 11/4(10/30を振替。10〜12時:京都国立近代美術館), 11/6, 11/13, 11/20, 12/4, 12/11, 12/18, 1/8, 1/15(レポート提出期限)
・レポート課題「○○○○の文化行政〜△△△△△△△△△△△〜」
 ○○○○には、自治体名、ジャンル名などを入れること。△△△△△△△△△△△は、自由だが、内容には、出来るだけ、具体的な事業、施設、プロジェクト、制度などを取り上げていただきたい(もちろん、その事業がどういう使命によりどこが主体となって行われるかという文化行政の基本的な位置づけを前提として)ので、その名称などが考えられる。複数の自治体などの比較レポートでも可。4000〜5000字、A4用紙縦使い横書き3枚程度。

10/9(第2回)大阪市の文化行政とアーティストの社会的活動
○岡部あおみ武蔵野美術大学教授のインタビュー
  NPO大阪アーツアポリア・新世界アーツパーク
  乾正一(大阪市の文化行政を推進した人:アーツ・アドミニストレーター)、角知子、中西美穂

○ビデオ NHK『関西いまどき一番』 10分弱  2004.4.5放送
・DVD 大阪アーツアポリア・サウンドアートプログラム(小島剛プロデュース)『オンガクトスポーツ!』

○平成17年度芸術文化アクションプラン事業報告書 2006年3月大阪市   抜粋

○上田假奈代『ホームレスと表現。自立・自律の試み―新世界での取り組み―』
・ビデオ NHK関西クローズアップ『三畳間からの再出発』 紙芝居サークル「むすび」 2005.11.4放送
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0/10(水)

1限目、基礎ゼミ。
あと、学生たちが入れ替わり賑やか。
1回生が、TAM研に入ってくれそうで、大感激。しかもとても熱心。でも、けっこう、土日に学外授業があるようで、メックとかなかなか参加できないみたいで、残念そう。むずかしいね。

生協でごはんを食べようと入り口に向かうと、そこに、いつも手書きで食堂の方がたのコメントがある。いい感じなのだが、今日は、自分の子どもが劇団四季を学校で見に行ったというもの。そして、自分も行きたいな、羨ましいな、というものだった。

これは、授業(研究)に使えそうだと、頭にメモ。
まず、学校行事(もしかしたら授業)において、舞台鑑賞というのはまだ続いていることの確認。
それに、株式会社四季さんの営業部隊はとても強力なので、それ以外の劇団営業さんとの競争にも勝っているのだろうなという推測。
しかも、親も子も、劇団四季のミュージカルだと見たいと思うし、少し自己負担が高くても大丈夫だろうとこの公演を選ぶ学校の先生たちの見識。

それで、文化政策や鑑賞教育として、ホントにどうなのかについての検証。
1) 市場が成立しているアーツは市場に任すという原則(公共などが市場を乱してはいけない)という面からのチェック。
2) 文化についての教育原則(「伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育」、旧・教育基本法では、「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育」)の趣旨と照らしあわして、十分かどうか(旧から新に変わって、どういう違いが出るのかも気になるところだが)。
3) アーツの鑑賞は、顕在的デマンドだけで対応すべきなのか、潜在的な文化ニーズの発掘という面を考慮しなくてもいいのか、という論点からのアプローチ。

参考資料:新・教育基本法(平成十八年十二月二十二日法律第百二十号)前文
我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。


10/11(木)

2限目、人数が、前回は53名だったのに、今日は40名。
うーん、減っていくのかなあ、まあいいか。
この授業を受けている学生とかで、糸井登先生などが企画されている「明日の教室」を自発的に受けている人がいて感心している。そういう学生さんとは、劇団衛星、蓮行さんらの企画について、スムーズに話せるし、13日は、砂連尾理さんが講師らしいので、コンテンポラリーダンスと学校教育というテーマもまた身近になるだろうな。

さて、今日のテーマは、野外ライブのことと、仮設と常設のメリット・デメリット。
この授業はアーツマネジメントの各論なので、扱うジャンルは何でもいいのだが、一応、「音楽・美術」となっていて、いまは、音楽ライブ中心に話している。でも、美術でも、まちかど美術展みたいな美術館以外で行われる仮設=インスタレーション的なものと、美術館・画廊のような常設施設の比較も一緒にしたほうがいいか、と終わってから思う。
また、どうして、いま、障碍のある人たちのアーツなのか!ということも言おうとしたが、時間が中途半端でまたちゃんと準備することに。

紙芝居師、梅田佳声の『猫三味線』、ひええ、すごい!DVDなのに・・・

美術(絵)はもちろん、音楽も絡む紙芝居のDVDを購入していたので、どうかして授業に活用したいと見出して、そのボリュームと芸に脱帽する。飛ばしてみたりまったくできなかった。三味線はもちろん、かっぽれとか話芸、口承芸も紹介できる。

本編だけで166分。全56巻、約600枚が快調に流れていく。じっさいは、これを街角で毎日公演しても56日はかかるわけで、1回を10分弱としても7〜8時間は必要だったものだろうと思う。さらに、このDVDでは、メーキングとか、梅田佳声の実際の紙芝居実演映像もある。ライオンマンであります!

『猫三味線』は、墓場の奇太郎と同じく、女の子向きの怪奇紙芝居の一つ。絶品。いくつか後半部分のところで、歯抜けになっているのが惜しいが、それもまた佳声が絶妙に飛ばしていく。

どうしてその娘が亡くなったのかはその巻がないので分からない、とか、どうして、また猫娘がよみがえったかは、そうしないと紙芝居が続かないのでよみがえった、とか、こうしてすぐに店が立ち直るのは紙芝居だからできるのだ、とか、実に自己言及的にスマートでおかしい。


10/12(金)

高校の授業。中間考査の直前。こちらも、4限目にはテストをする。やはり、テストをします、と先週いっておいたので、勉強した生徒はかなりいて、都道府県完璧になってよかったね。
でも、採点に手間取る。
気がつくと、ずいぶん時間がかかって、体力気力が減衰。
またまた、行く予定のお芝居は行かずじまいでした。すみません。
面白そうなのになあ・・・兵庫県立ピッコロ劇団第29回公演『モスラを待って』作:鄭義信、演出:内藤裕敬。

帰って、撮ったまま放置していたものを見る。まず、シューベルトの歌曲集。メゾソプラノのピアノ伴奏による独唱のあと、コントラルトという声域の女性が歌いだす。男性のテノールみたいで、なかなかかっちょいい。調べると、コントラルトというのは、アルトと同じことだった。ナタリー・シュトゥッツマンとかいう歌手だったが、何だか、彼女、アルトの声のイメージよりもパシッとしていたので、アルトより下の音域なのかと勘違いしてしまった。

そのあと、芸能花舞台がなぜか入っていて、NHK大阪の制作。常磐津で「七福神」を踊る、花柳吟。いやあ、中棹三味線というある意味中途半端な三味線の音色にはじめてびびっとくる。踊りばかりではなく、演奏を映してほしいとも思うが、日本舞踊の映像なのだから仕方がない。歌詞が部分的には分かるのだけど、やっぱり、全部を解読できない。そんなに古いわけではないもの(江戸後期か明治)なのに、もう古語のようにしか聞き取れないなあ。字幕がドイツ語と同じく欲しくなる。

後半は、上方舞の山村若佐紀(すごいベテランなのにしゃきっとしている)「三吉」。音楽がけっこう艶かしく(地歌三味線:菊原光治)、他方、舞の静けさと対照的。なるほど、かなりユニークな取り合わせのような感じもして、結局、自分は地唄舞のことをほとんど知らないのだなあと、見ながら。


10/13(土)

午前中、京都市内のお祭りを43人分、1/4の「蹴鞠始め:下鴨神社」から、12/31の「おけら詣り:八坂神社」まで、表にしていく(意外と大変で、ぜんぜん終わらず)。

そのあと、京都芸術センターへ。はなと昼食をとりながら、CDとビデオ・DVDとを交換したりする。前田珈琲の野外(テラス)のテーブルは広くてビデオを並べたりするのに便利。彼女の11/2の心斎橋ルイードでの選曲案を聴いたり。新曲が少しずつ出来ているみたいだ。あと、神戸での話(これはまたちゃんと情報化すると思うけれど、少し大きいところだし、歌う時間も多く、いままでしたことのないこともするかも知れないという)。

みやじけいこさんの作品が図書室にあって(図書室の照明がちょっと真ん中が暗くなっていて、それでも使えるようにしている)、それは、はなも三条のうずらギャラリーでみたことがあるという。そういえば、一緒に見たな。「版という距離」という展覧会の一こま。ギャラリー南には鏡に描かれた茶色のロウソクの作品があって、それが一番気になって、何度も見返した。「エコ」「エコー」、節約と反響の二重性。

そのあと、改築なったアトリエ劇研へ。すっきりとした外回り。チラシ置き場とか色々整備されているのだが、入るとお馴染みのボリュームで迎えてくれるのも嬉しい(天井を見たりするとやはり手が加えられているのだが)。前売り1500円だけれど、栗がつく(ゆでたて)という柳川第18回公演『フライング・サーカス THE OMNIBUS』。

チラシには、脚本:津野允・西村聡美。構成と演出:津野允とあっていたが、当日パンフでは、脚本・構成・演出:津野允・帝釈天アニーとなっていて、西村聡美=帝釈天アニーのようで、アニーさんは、最後は歌をうたっていて、地元(岡山県のようだ?)では、有名な歌をみんなの手拍子で気持ちよく歌い握手していた。だいたいがノンセンスでゆるい感じの映像とコント。客席の人数の関係もあり、座っていることの気持ち悪さも体験できた(といいつつ、ランチがビールだったのでついうとうと。するとうとうとするという演技もあって、シンクロ)。


10/14(日)

大阪市内をぶらぶら。建築探偵の楽しさってホントにディテールだなあと思う(もちろん、プロポーションとかいろいろあるのだが、何とか様式とかいうのはぜんぜんうろ覚え〜でも藤森照信『日本の近代建築(上)(下)』(岩波新書)はとても勉強になった〜なので、それよりも、ドアのノブとか、屋上の飾りとか、窓のガラスの模様とか、見ていると飽きない飽きない)。

まず、大阪楽座事業関連で、芝川ビルの屋上へ。リュクサンブール公園というアコーディオン中心のゆるい音楽を聴きながら、ワインと羊。芳江はハヤシライス。酵母パンをおやつに買い、そこで売っていた『大大阪モダン建築』(青幻社、2007.11.1。監修:橋爪伸也、編著:高岡信一・三木学)を手に持って、近くをうろちょろ。この本、便利だし、読んでいてとても面白い。

京阪北浜駅から綿業会館に行く途中にちらりとしか見ていない建物たちを、きょうは、この本を読みながらじっくり見た。ポツポツと点でしかないので、意識的に線にしてたどるためにはマップやこういう解説本がいるのだ。
小川香料、イトーキ船場ビル、武田薬品工業道修町ビル、生駒ビルヂング、日本基督教団浪花教会、シェ・ワダ高麗橋本店、船場ビルディング、伏見ビル、青山ビル、三井住友銀行大阪中央支店、高麗橋野村ビルディング、新井ビル、大阪証券取引所ビル・・・

正直、現代美術とかいまどき音楽ライブとかダンスとか写真とか、そういうものを見るよりも、こうして戦前から何とか生き残ってきた小さな(当時は和風建物の間にあって威容を誇っていたものも多かったはずだが)近代西洋建築を眺めるほうが、どれだけ、楽しいかと思ってしまう(これも、まあ、加齢のための回顧趣味の部分もなきにしもあらずだが)。

帰り、中之島の堤防に座って川面をぼーっとみている。小鳥がシャープに行きかう。家族に電話したり(芳江は一応携帯電話を持っているので)。近くで、「中之島コミュニケーションカフェ2007」が行われていてトークの声が聞こえ、その向うで、御堂筋パレードがあって、みこしとかヨサコイダンスの電気音が聞こえていた。


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