こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.4


こぐれ日録584 2008年 4/7〜4/13

4/7(月)

今日と明日は新入生キャンプの付き添い。
1回生ゼミを持たないので、その分楽だけれど、NO-MAの展覧会にスムーズに誘導できるか、お天気がよくないらしいことなど、それなりに気になる。
ということで、近江八幡に行き、泊まりは雄琴温泉。翌日は信楽(甲賀市になったんだっけ?)のMIHO MUSIUM見学の予定で出発する。

昨夜、夕食後、20時から篤姫があるので、フランスパンの公演などの日記を10分ぐらいで書いたので、断片的なものになったが、あしからず。で、もう記憶があいまいなのだが、面白かったことを一つだけ追加しておく。
アトリエS-paceの特性なのかどうか、お父さんになぜか代わった男の頬をワタナベという男(高校3年生の一応の設定かな)が平手打ちするとき、音がフラッタリングエコー(泣き竜現象)していた。その前にもそれがあったのだが、どういうシーンだったか、これがあいまいになっている(ファーブル君の座っているあたりでビーンと鳴っていたようなかすかな記憶)。


4/8(火)

昨日は強い雨だった。
ボーダレス・アートミュージアムNO-MAに、新入生やオリター教員入れて、何人になるのか(160人ぐらいかな、欠席者の数が分からないが)、ずいぶん多く入れていただく。休館日なのに、有り難かった。両会場あるので2名の職員さんにお世話になる。

新しく入った建築の先生のお一人が、NO-MAの会場にて、実にユニークなことを話されて、嬉しかった。
心が揺れてすごい、こわい、眠っているものが呼び覚まされる、とその建築家はおっしゃるのである。

ものすごく皮膚感覚で感じながら見られていて、研究者的な目線ではまるでなかった。こういうアーティスティックな先生にははじめてご一緒するなと思う。現代ビジネス学部に文化政策学部から変わったことや、トシカン学科(今日のバスには、京都橘大学都市環境デザイン科とあったのだが、山科で降りるときにそのこと〜「学」がない〜に初めて気づいた)って呼びずらい。

が、こうして建築やインテリアの先生方と出会い一緒に学科のことを考えることができるようになったことは、とても幸せだなと思って、ずいぶん、昨日も今日もお話した(住宅政策のこと、文化とインテリアのこと、文化政策を核とする学科で建築・インテリアを教えること、研究できるということが、とてもステキと思ったのだとも言われて、これもまためちゃめちゃ嬉しい)。

前川國男さんに上野の駅でおごってもらったり東京文化会館の喫茶店で話をきいたこととか、丹下さんのこと黒川さん、安藤さん、長谷川逸子さんなどなどの話。私がお会いした建築家のことなど(磯崎さんと山口などに行ったことは話したが)もまたあれこれ話してみようと。

MIHO MUSIUMでは、年間経費が全部で4億円ほど、入場料収入が7500万円で、友の会の金額が1万円、5万円、30万円・・・と大きいのでその収入もけっこうあるということや、博物館本体だけで250億円だったことなどを聞いていろいろ勉強になった。宗教と芸術と建築と土木、そして農業と自然。

お弁当を食べるために行った、滋賀県立陶芸の森陶芸館に建築などの先生とふらりと入った「近江の商家のくらしとやきもの」が、意外と面白く、特に瀬戸物でつくられた女の子のミニチュア遊び道具(おもちゃなのに本物の瀬戸物であるというのが、さすが近江商人の教育!)が、可愛くて、これは、もっといろいろ観たいし、復元されたらいいのに、と思った。


4/9(水)

12:15からAO委員会。
13:00から教務委員会。
受講登録の速報値を見ると、「自分探しの旅」の受講数が、昨日までとほとんど変わっていない。
えっ!と絶句。2回生以上しかいないということ。
ゲンビ学部1回生はみんな必修の英語とは聴いていたが・・・。
自由学修領域という1回生が中心の科目なのに・・・
去年まで百数十人の授業だったので大変だったけれど、あれこれ、図書を選べるようにずいぶん選択肢を増やして自分で探す旅なのだと位置づけたり、実演芸術を見られるように時間を設定したり、それなりにまあ、1回生の前期に、高校生とは違うっていうものを提供しようと工夫していたのだったが。

なんて、がっくりしていたら、電話。おっと、もう一つ、大学評議会があったのだった。
そして、18時から組合の会議で、
そのあと、引き続き、歓迎会。
それにしてもがっくり。

がっくりなんてしていてはいけませんね。6/8はそういうことで、授業としてではなくて、面白いよと呼びかけよう(4回生ゼミも、去年とどう違うか、行ってもらうようにしようかな?)
あと、『第1回京都文化ベンチャーコンペティション」の受賞結果などが京都府のホームページに載っていたのを見損なっていた"http://www.pref.kyoto.jp/bungei/19saisyu--kekka-venturecompetition.html"。ゲンマネの先生から嬉しいお問い合わせ。
ぜひ、今年度は応募して(5/11に説明会+講演会があって、そこからスタートということになりそうです)いろいろ賞をゲットしていただきたいもの。


4/10(木)

近畿大学文芸学部へ。アートマネジメント論の初授業。今年は3限目。13:10〜14:40の予定。人数が分からないので、今日は自己紹介とか、ガイダンスにしようかな。このサイトをケータイで読めるかどうか、ちょっとやってもらえないかな。"http://mblog.excite.co.jp/user/kogure/"   
以下、私の自己紹介文:
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小暮宣雄 こぐれのぶお 京都橘大学現代ビジネス学部都市環境デザイン学科教授(たちばな大、「ゲンビ+トシカン」のセンセイ)

1955年大阪市生まれ。野田地区という長屋や銭湯の多い町で18年間すごす。中学生のときになりかたった職業は詩人(笑)。大学はトーダイ法学部公法コースだったが、フランス思想や現象学的社会学などもちょっとだけかじった。

23年間、公務員生活。地域づくり関係が多く、後半は文化政策や地域芸術環境づくりに関わる。各地の公共ホールにおいて、西洋クラシック音楽以外の企画が必要だと感じて、演劇やダンスを数多く見、その有様をメモとして残すようになる。

それが高じて、観客・鑑賞者の目線を大切にするアーツマネジメントのあり方の研究へと広がり、現在は、京都橘大学で教えたり地域への文化提言に関係したりしている。
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また、京都府や滋賀県などでも文化の委員をしたり、ボーダレス・アートミュージアムNO-MA(近江八幡市)や栗東芸術文化会館さきら(栗東市)の委員をしたりさせていただいている。
サイトはこぐれ日乗(http://kogure.exblog.jp/)など。

無事、近大の授業終了。
いまのところ、20名。だいたいいつもどおりかな。少し実際にアートを創っている学生さんの割合が高いかな?

だいぶん時間をつぶしたあと、さきらの運営委員会。
稼働率が高くて、じつは、それが困ったことになるという矛盾もあるが、さきら、なかなか、よくやっているのではないか、と思う。それは、社会の注目もあるし、びわ湖ホールのこともあるので、その危機意識がそうされているのだろう。
でも、栗東市として、あんまり過剰に無理をしいると、オーバーワークが重なってしまって色々弊害がでてくるようにも思えるので、下限だけではなく、稼働率などの上限なども考えるべきかも知れない。


4/11(金)

昨日から京都橘大学の新学期の授業が始まっていたのだが、
今日、ようやく授業の立会い人として出る。
都市環境デザイン論1。資料が足りなかったぐらいで(実は、編入生や単位を落とした学生用の文化経済基礎論とダブルになっている分が足りなかった)、出席率もよさそうだ。

O先生の授業、4回だけピンチヒッターが対応し、それからいまリハビリに精出されているO先生が5月半ばから元気に登場されるというわけで、来週は、ピンチヒッターをしていただいているT先生のまたピンチヒッターとして「文化性から見た都市環境デザイン」というO先生のシラバス上のものをすることになっている。

5限目に授業がない2回生ゼミ生がかえっこバザールの打ち合わせに来る。
藤さんから親切丁寧なメールをいただいていて、それをもとに、必須アイテムをどう注文するかということや、はじめて来た学生さんたちにかえっこのイメージを知らせること、そして、JAFから届いたおもちゃの大きな箱2つを開けてどんなものがあるかをチェックすることだった。

大きな箱にあるおもちゃについて、みんなあれこれ言ったり、夢中になったりしている。
こちらは大昔のキャラクターしか分からない。
A先生にお願いして部長室に置かせていただく。これで、おもちゃの整理などもやりやすくなるだろう。おもちゃの提供があれば、ここにおきながら、どう配列するのかなど、考えてもらおう。


4/12(土)

予定していたことの半分しかしなかったのに充実した一日だったとあとで思ったりする。まあ、そんな土曜日。意外と風が冷たい。

三条京阪から市役所に向かい寺町通りを上る。このあたりはいい散歩道だ。骨董屋とかあれこれ。
芳江と少し口論したあとだったので、封筒がこの前ないと言っていたこともあり、和紙のレターセットを買う。創業弘化2年(1845年)、紙司柿本。外国人が多い。越前和紙より因州和紙のものの方が安いこともあって、そっちを始めて買う。

一保堂のお客を眺めながら、ギャルリー宮脇へ。前はよく通ったけれど、入ると3階まであって、なかなかの広さ。階段のところにも展示あり。
特別展『アウトサイダー・アートの極致 Singular Visions』。アール・ブリュット企画はもう前に2回していて、1回目(07年春)は、「アール・ブリュットの顔」、2回目(晩秋)は「アール・ブリュットの色彩」。今回は、セルフトートではあるが、ハンディキャップのある人たちの作品は含まれずに構成されている。

チラシによれば、ジャン・デュビュッフェ自身、アール・ブリュットの狭い範疇からは少しはみ出すかもしれない「独学や奇想の画家たちのユニークな創造」として「Neuve Invention」と捉えたこともあるセルフトート(私は広い意味では「Neuve Invention」もアウトサーダー・アートとして捉えていいと思っているが)の美術家による作品があって、もちろん、販売されていて、すでにマークがついている作品もけっこうあった。

私の好みとしては、ジーン・マンとかジェラール・センドレイとかかなあとか、画廊に行くと、自分が購入するとすれば、どれだろうか、と考えるので、美術館で作品を鑑賞するのとは違う、個人的な切実さで見るという面白みがある(もちろん、そうそう買えることは出来ないし、画廊としても、買わなければ見なくて結構ということではないので、学生さんたちもどんどん画廊にいって欲しいけれど、そういうマーケット的な世界が背後にあることを感じることはとてもまた大切である。そういう意味で、文化政策+現代ビジネスというそういうダブルの名刺を自分で作ったほうがいいのかも知れないなと名刺交換しながら思ったりする)。

ギャルリー宮脇で美味しいコーヒーまでいただいて、恐縮しつつ、かもがわカフェへ。
2階にあがって、いつもはランチを食べるのだが、奥のほうへいって、急な階段を上がる。なんというのだろう、屋根裏ではないけれど、中3階みたいな空間で、ikoさんも出展している『オリジナルロンパース展』を観る。ニシウチトシカツさんと名刺交換。ニシウチさんが1日だけ箱屋さんに修業に行って、長谷川健一BOX SETの京染め生地オリジナルボックスになるはなしを聞いて、ぜひ、京都文化ベンチャーコンペティションに応募してほしいなと思ったりする(自分は審査員じゃないのでその点気楽ね)。

メックのチラシも置かせていただいたそうで、せけんは狭い。はせ犬というロンパースがいいなと思っていると船戸さんの名前が関係していて、かえる目(カエルメと発音していて、モクかとこの時初めて生物学的に納得)が長谷川健一(はせ犬)とつながり、おお、彦根のかえるさんや小山田さんにつながる。いったことのないがけ書房。19日か。授業があるし、ビミョウだなあ。

で、丸太町から、出町に行く誘惑をこらえて、三条駅で特急を待っていたのだが、あんまりいま読んでいるジンメルについての本が面白いので、長い列が出来ていることを見落とし、これから京橋に行ってまた伊丹へいうことが、どうも億劫になってしまい、隣の急行で家に帰ってしまった。

芳江はわたしがダンスを夜観ていると思っていて、ゆっくりしているようなので、一人、川島雄三の『雁の寺』(1962年、98分)を観ている。いやあ、わたし的には、『幕末太陽傳』より好みだ。一人で観たからかしら、ものすごく下半身まで揺さぶられ、最後のカラーの場面もそんなに気にならなかった。
29歳の若尾文子、この時が最高だったのだなあと、思ったのと、最後の戦後の観光シーンで、受付で寝ている老婆が、この若尾扮する女性の馴れの果てだったのかも知れないと、想像を逞しくもした。

さらに、土葬のシーンがあるのだ。昭和のはじめで、葬列までちょっと観ることができる。お葬式の話をするときに、この映像はじつに便利。もちろん、サスペンスになっているところなのだけれど。


4/13(日)

もう葉桜だなあ。昨日とうってかわって、暖かい。それなのに今日はセーターにコートで出てきてしまった。花粉が暴れているようだ。少し心配。そうそう、ヤザキさんはマスクをしていた。

森美香代さんから丁寧な手紙をもらっていたので、今日こそと思い、はじめは、京都国立博物館で「暁斎」を見て(妖怪や鬼女の絵が気になるので)、と思っていたが、まず、AI・HALLに行った(結局、またこれだけで帰る)。

13:08〜14:28。森美香代ダンス公演『ASITA』。HIDDEN PLACEという3つの情景からなる森さんを含む3名の前半のあと15分の休憩。そして、森さんのソロ、ASITA(あしたの花)があった。当日パンフもチラシ、そしてチケットデザインと同じように美しく、ステージの期待をより高めている。

確かな感性と流れてゆく身体、そして、舞台構成のメリハリがあって、大満足でAI・HALLを出る。照明もよかったな。後半のはじめ、森さんが下手の前の方にたたずんている明かり、実物よりも間近で、オブジェかと錯覚するぐらいに、くっきりと闇から浮かんでいた。

小さな子ども連れのご夫婦とかが多く、ダンスをやっていて、そのうち結婚して子どもが生まれて、子どもにダンスをさせよう、そして自分もまたダンスを始めようかなあとか、そういう感じでダンスがつながるといいなあ・・・と、会場の和気藹々、そして、お久しぶりというような暖かい空気のなかにいると、ダンスと演劇公演との違いを感じたりするし、身体が原点なので、生命力が会場の人も強いような、そんないい加減な比較をしている。

それは、森さんの流動する動き、途中で、シャッター音とか機械のなかで、働く身体へと変わり、横に寝ながらも走り歩く、なかなかに機知に富んだ、面白くも都会人的時間に追われるダンスシーンを経て(起承転結の「転」、あるいは序破急の「破」)、歌が入る「結」へとつむがれてゆく。その舞台を観たから、その舞台を一緒に見た人たちのことまで、ダンスが思わせてくれたのだろう。

ちょうど、昨日から夢中で読んでいた本、菅野仁『ジンメル・つながりの哲学』(NHKBOOKS、2003年)を読み終わっていて、菅野さん(『友だち幻想』を読み終えた学生がこの本に進むとどんなにいいだろう!)って、ホントに誠実で、社会学と哲学の両方に関わるジンメルというどちらかというとあんまり著名でない思想家のエッセンスを、自分の学生時代そして教師として学生たちと一緒にいる姿を通じて、語りかけている。

「根性なしの社会学」とか、「主体の文化」とか、「関係の豊かさ」とか、キーになる言葉をもらって、これからジンメルの本も注文しているので、じっくり、芸術と社会というときの「社会」のことを、またもう一度勉強しなおそうと思う。夫婦の関係のことなど色々私的にも参考になるが、一つだけ、その例示:嫉妬と羨望の違い。

P182(第六章「闘争」がダイナミックな人間関係を作る)にあるように、嫉妬の感情というのは、相手そのものに対する敵対性であり、近親憎悪と同じく、距離が取れない感情なので、じつにやっかいな人間関係なのだということが、改めてジンメルの説明でよく分かる。
《嫉妬とは、ひと言でいえば、「なんで自分ではなく、あいつが(それを)もっているんだ」という感情である。羨望の場合は、所有物が問題なのだが、嫉妬の感情では所有者が問題になる。》


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