こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.8


こぐれ日録601 2008年 8/4〜8/10

8/4(月)

年に一回のお墓参りの日。
むかしから、小暮家は夏だけたったのかどうか。私が小さいときの記憶に、お彼岸などに姫路のお墓に行った記憶がないから、毎年、お盆の前だけに行っていたのだろうと一応推測。でも、春のお彼岸とかにも行ったほうがいいかも知れない。いつも、暑いので、すぐ帰って来て、姫路市内をちゃんと観ることがないから。今年も、モディリアーニ展が姫路市美術館でもやっていたのだが、すぐに帰ってしまった。

お袋が、今朝、野田駅で姫路まで切符を買おうとすると、上で行きますか?と聞かれたそうだ。
飛行機? あるいは、JRに並みと上が出来たの?とか思ったという。新幹線だよ、きっと、上というのは、新大阪が北(=上)にあるから、そうきいたんとちゃうかなと答えておく。

そこからまた、おやじの話になって、おやじが、はじめてお袋とデートするとき、野田駅で、野田まで2枚と大声で行って笑うに笑えなかった話から始まり、回数券で自動改札に入ろうとして入れず、駅員さんに、「磁気がないので」と言われて、「切符の裏に字を書くのですか」と聞いた話まで、あれこれ、で、あっという間に姫路(大阪から1時間ちょっとだ)。


8/5(火)

はなが、内田吐夢の『飢餓海峡』を見て、自分のブログにさっそく書きこんでいる。
よかったみたいだ。よかった。じゃあ、と宮本武蔵全5巻もいれて、いろいろ、運搬係。
北山地域のことをちょっと京都府の関係で見ておきたいので、はなと一緒に散歩。

京都府立植物園をもれなく歩く。北大路駅から入って、北山駅の方へ。
温室は冬はきっといいだろうね、高山植物のところだけ、ほっとする。
蓮がいろいろ見られて満足。写生している人たちがこの暑さに負けずいらっしゃる。
盆栽が、園芸術であることの確認。
昔風の休憩所。林を散歩していると水琴窟。竹で聞く。あずまやにずっとカップル。

手ごろな食事場所が見つからない。京都市コンサートホールの食堂で昼。
京都府立総合資料館もはじめて入る。確かに古いが、京都の本がけっこうあって楽しいし、文化の歴史をさぐる卒業研究などにうってつけ(もってこい)かも。
京都府立陶芸名画の庭。中国人観光客がはしゃいでいる。雨がパラリ。指定管理者・北山街協同組合。

このあたりをどうよくしているか。こういうエリアをコミュニティ・文化ビジネス開発するというアイディアを少し考えたりする。はなは、ホームレスさんたちに北大路の入口の道あたりに住んでもらって(セルフビルド住居コンペなども行って)、清掃や管理、植物案内などをしてもらったらどうだろうか、と話している。けっこう、面白いアイディアかも。


8/6(水)

寝不足と睡眠たっぷりが一日おきにやってくる。
きょうは、4時に目が覚めてしまって、そのあと、不調。
はなに読んだら貸してね、といわれた、水上勉(みずかみつとむ)『飢餓海峡』だけを読む日にした。
ごろごろしながら読んでいたら、夕方、回りもピカゴロになっていた。
新潮文庫、1969年の本で読んだが(p704)、もともと、週刊朝日に1962年丸一年連載されたものだということ。川島雄三監督で映画化された『雁の寺』といい、映画化されやすい小説を書く作家なのかも知れない。映像化する心理構造が、きっちりしていて、原作と脚本との異同を楽しみながらも、基本骨格は変わっていないことを確認した。

昨夜、なぜ買ったか忘れたのだが、日活映画の『一条さゆり 濡れた欲情』(神代辰巳監督・脚本も)1972年、69分。一条さゆりの引退ショーを再現したものだが、中心は、伊佐山ひろ子。彼女の阪神百貨店屋上シーンを見ながら、新世界フェスティティバルゲートのジェットコースターでも何か映画を撮ってもらっておけばよかったのになあと思う。野田阪神駅下りて、どこにあった(ある)のだろう、吉野ミュージック劇場。


8/7(木)

知らなかったが、1970年8月7日が、内田吐夢監督の命日だそうだ。
また、内田吐夢生誕110年記念ということで、渋谷の新しい名画座で20本の特集がはじまっている。明日には、『宮本武蔵』、『宮本武蔵 般若坂の決斗』(107分)のあと、活弁上映『虚栄は地獄』『生命の冠』(70分)19:00/20:30というのもあるそうだ。

今日見たのは、内田吐夢『大菩薩峠』1957年、東映京都映画、118分のDVD。人物がブツブツ途切れているようなのは、原作が記録的に長く執拗に登場人物を書き込んでいるせいだろうか。中里介山のこの『大菩薩峠』という長い長い小説をいつか自分が読むことがあるとは、少なくともいまは思えない。でも、水上勉を10年前読むとは思わなかったのだから、あと10年して読んでいたりして(まあ、ないとは思うが・・・)。

机龍之介(片岡知恵蔵)というのは、じつに変な主人公である。アンチヒーローということなのだろうが、シンパシーを寄せる部分がまるでないようで、でも、天誅組(新撰組)の連中よりもかっこいいとか部分的には思わされるから不思議だ。死にたくないよね、たしかに。でも、まったくの悪役、たとえば、悪旗本神尾主膳(山形勲)とはまるで違う。内田吐夢が描く龍之介は、少しうなされたりして、いくぶん人間的だけれど、そうではない龍之介を描く映画もあるそうだ。まあ、私はそんなことはどうでもいいように思える。

中村錦之助(宇津木兵馬役)が若い。お松(丘さとみ)との青春。片岡知恵蔵と大河内伝次郎がチャンバラするのか、と一瞬息を呑んだ。月形龍之介(義賊であるが、ここではお松の行く末を影のようにして見守る小父さん)、長谷川裕見子は二役、龍之介にどうしても惹かれるのね、理由もなく。


8/8(金)

9時10分ぐらいにコノミヤの初売りに出かけたら、大勢の人たちがつめかけていて、びっくり。
玉子や食パンなどの目玉商品をわたしたちも買うがレジは長い列。葛葉から自転車で来たという元気な未亡人と芳江がしゃべっていて、がぜん、芳江も自転車で脚を鍛えなくちゃと思ったようだ。いまは、暑いよ!

原稿書きは、昨日、スケルトン(骨子)を作ったので、それによって書き始める。でも、「第3章都市の文化を学ぶ 第2節文化・芸術と都市」を1万字以内で書くスケルトンでは到底なかった。欲張りすぎだし、定義とはいえないまでも、言葉の解説を加えだすと文章が流れるようにはならなくなる(引用や注書きなしというのは分かるが、注書きがないと余計本文がごちゃごちゃしてしまう)。でも、実際のまちに出てもらうために、京都市内を例にして固有名詞も挙げたいし・・・4000字ほど書いたところで、やめる。昨日作ったスケルトンは、この第2節を4×4=16のユニットに分けていたが、その2つめのユニットの所でもう半分近くの文字数なのであった。

北京オリンピック関連のテレビを一応見る。食の安全を担当する中国の公務員が自殺していたり、グルジアにロシア軍が侵攻していたり、テロ予告のニュースなどはインターネットで知るのみ。NHK総合では、ただ、オリンピック競技の見どころとか、人海戦術の長い開幕イベントが延々と流されている。少し見て飽き飽きした。爆竹花火。暑苦しい赤色。

中国だからつまらないというのではなく、こういう大規模イベントは私にはまるでつまらないものなのであるが(ただ、けっこう振付がバシっと決まらない所があってそれは面白い)。紙と活版と羅針盤の発明。モダンダンス的な振付。火薬の発明は出ていたっけ?孔子の弟子たち。シルクロード、大航海、太極拳。断片的で電飾的だ。フートン(中国の町屋)が北京中心地ではほとんど壊されたと聞く。環境授業のシーンや少数民族の子どもたちを出して言い訳をしている。

やっぱり、オリンピックの開会式はさまざまな国、民族の人たちの顔や衣装、国旗のパレードが主役である。それだけで十分だ。十分すぎるほどあれこれ考えさせられる。国名が中国語による画数順なので、英語表示だけではなく、カタカナ表示に中国語表示がテロップに流すべきだ。もっともっと解説が欲しい。地図もうまく組み合わせないか。
もちろん、政治の思惑がそこにも満載していて、それよりも、いまは、大資本とマスコミの恰好の草刈場になっているのではあるが。

鳥の巣という建築物のドキュメント映画が公開されている(関西はまだ)。"http://www.torinosu-eiga.com/"。受信料を払っているNHKこそ、総合テレビは仕方がないが、衛星放送あたりで、この手のクールなジャーナリズム映像を流せばなあ・・・


8/9(土)

きほん怠惰な夏だが、今日は少しお外へ。
AI・HALLで、博多弁に会う。二人の福岡からの役者が出ている劇団太陽族。
『往くも還るも』作・演出:岩崎正裕。15時半すぎから、2時間弱。
ここはよくコーラスがあるのだが、今回は、最後の手紙の歌詞だった。恥ずかしいから教えないという歌が流れるところが憎い。わたしも、この曲には思い出が多い。

1994年1月17日の新聞を持って、神戸の新開地から大阪へ、阪急電車で。
この話を、こんど、西鉄ホールでしたとき、どのように伝わるか。佐々木淳子さんは、博多弁がベースで神戸弁を使い分けるという役どころだが、福岡では、博多弁はどう受け止められるだろう(たぶん、岩崎さんが当日パンフに書いてあるように、「優しい」受け止めだろうけれど)。

1960年、安保と三池闘争に釜ヶ崎闘争。でも、神戸でもこういう争議があったのか!たぶん名前は変えているのだろうが。「けど」という台詞って、太陽族の特長だったかな。
少しテンポが緩いのだが、いつしか、目頭が熱くなっていた。

「ホン」という自主発行物が案内する。
古本屋さんの屋上の小屋と干し竿。福岡での出版事業の倒産。そして新聞配達と、すべて、活字がからんだお芝居だった。もちろん、方言(地域語)も意識されているが、そんなにギチギチとしたものではない。それよりも宝塚と大衆演劇の対比が面白かった。ディズニーで子ども用品を揃える篠原裕紀子演じるブランド妊婦の造形が興味深い。

活字と時代。1994年と1960年の交差。ただ、この交差から、2008年はどう照射されてくるのか。いくぶん、クリアにその世界を見ようとして、寝不足からか、この物語の飛距離を測定できずにいた。

神戸の港を見ている。Cap Q2スタジオの夕暮れ。
長崎の原爆雲はこんなカタチだったのかも知れない。
鎌倉から来たという、挿絵などを描いている女性とビールを飲んでいる。
大人の臨海学校(21時から翌朝5時まで)の打ち合わせを横で聞いている。
イケアのカタログを見て、ソファーはやっぱりここだと芳江に言おうと思ったりしている。

ポートライナーの駅からここまでが分かりにくく、一部鍵がしまったりしたので、案内に立つことにした。そのため、スタッフTシャツを買う。1500円、ただ、Mしかなくて少し窮屈。

なぜこの企画だけが人気だったのかなとは思うが、2回生ゼミ生が5名まとまってやってくる(それはそれで嬉しいし、杉山代表に下田さんや岩淵さんや参加者の角さんらに彼女たちが出会うことはとてもとても有意義であることはもちろんである)。あと、1名は少し遅れて来る。そうしう、えっちゃんが、大阪芸術創造館でワークショップ事業の手伝いをしていて、小原館長と話をしたそうだ。みんな、なかなか積極的だ(わたしが、引きこもりがちなのが逆にいいのか・・・)。

ホームルームだけ見て帰ったが、とても面白く、なんか、アーティスト・ランの組織だからこその、自由自在さがいいね。
まったく、1年前に補助金を取らなくちゃとか、そういう○○アートフェスティバルのようなキチキチしたものとは対極にある。


8/10(日)

高校野球とオリンピックの柔道を見たり、少し、原稿を書いたり。
コーカサス地方の国々ってまるで知らないなあと思ったり。
ここ、コーカサス(カルカース)地方は、格闘技がさかんで、モンゴルから続いているのかな。柔道でもそうだし、相撲でお馴染み。
スターリンがグルジア人で、ゲルギエフがオセチア人(モスクワ生まれだが)。
音楽や美術などもずいぶん盛んなようだ。

岡山の成羽町美術館では、7/9〜9/9まで、アートビジョンvol.7『イチハラヒロコ展〜LOVEおまえのせいだ。』が開催中で、今日も「ワークショップ わくわくドキドキ世界一決定戦 ことばはつくれる?!たくさんのことばとあそぼう」があった(はず)。
それもあるので、新幹線で岡山まで行き・・・と手帳には大きく書いていたのであったが・・・


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