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こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.1 こぐれ日録570 2008年 1/1〜1/6 1/1(火) 昨日は22時すぎに寝たので、起きたのはいつものように4:57ぐらいだった。 7時からのNHKの能楽は、古態の翁であった。明治にはなくなったものの復活。二人翁がいて、一方は観世流、他方は宝生流。どちらも白い装束で金春流からのものだという。応答しあう翁。野外では、すべての流派が出たこともあったという。 上の娘も到着。4人家族そろって御節をいただく。 今朝見た夢が初夢かな。かなり面白かった。展覧会にきていて、それは限界芸術的なとっても大勢の展示のようで、天井からずらっとつるされている。見出すと、すぐにバスが出るという。もう少しゆっくりしようと思ったら、ドームにもっといっぱいありますからと言われて、ぞろぞろ。300人もいるのですよという。見慣れた学生たちも卒業生も出展しているようだ。 着くとそこはプール、泳ぎながら観るのですよと指差されるとたしかにみんな泳いでいる。でも、水はなぜか塩辛い。となりは野球場。甲子園球場のようなのだが、戦前の建築のような柱や飾りがあってみようとすると水にもぐってしまう。塩辛くて変な鑑賞方法をよく見つけたようだと思ってとなりの若い男に話しかける。そのあと、あるキュレーターの話になって、目が覚めた。 下の娘がロメールを見たいと12/31にいうので、まだ芳江とわたしが見ていないロメール(あと2本かな)は芳江が御節づくりをしていたので芳江に悪いので、娘だけ見ていない『獅子座』を推薦。わたしもちらちら見ている。現代音楽づかいなど、『緑の光線』との比較なども面白いなとか少し余裕でちらちら。 で、そのあと流れた『ルイ・リュミエール』というエリック・ロメールが監督して、インタビューしているドキュメント映像(1968年、66分)を何気なくみて、実に面白くてぐいぐい。リュミエール映像について、ジャン・ルノワールが滑らかに語り続けている。もう一人の人と意見が違うのも興味深いし、印象派の絵画からリュミエールへと続く授業もあるなあとかつい仕事モードも。 2007年は、演劇ダンスを全盛期の半分ぐらい見なかったという画期的な年になった。81本。音楽(伝統芸能含む)が36本、美術関係(ワークショップなどを含む)が79本。そのかわり映画(ドキュメンタリー映像含む)が109本あって、まあ、トータルすると、かつかつ300を越え、305本であった。 なんとか、300はキープ。やはり、365本が目標かも。文学というアーツを入れれば、まあ、大丈夫なのだろうね。これも考えるべきかも知れない。 昨日は、朝、テレビで翁(古態)を観て、夜、加藤泰監督『風の武士』(原作:司馬遼太郎、95分、1964.1.15封切)を観た。出始めとか少し残虐シーンはあるが、けっこう、嫉妬というか焼餅的なやりとりが大川橋蔵と3名の女性の間などであって、東映娯楽映画が時代劇から任侠物へと移る過渡期の模索のものだという位置づけ(解説による)。それにしても、お正月第三段の映画(二本立ての一つ)ということで、日本映画の人気はピークを過ぎて下降しているのだが、何とかしようというもがきみたいなものがあるのだという。 桜町弘子というお姫様役の女性のことを芳江はよく知っていた。加藤泰監督に特にかわいがられていたという。監督が好む女性から監督の映画の特色を話すのも楽しいのかも知れない。 昨日などより暖かい。 調子が出てきて、寝不足だったが、エリック・ロメール『聖杯伝説』(1978年、138分)へ。アーサー王物語ということぐらいしか、中世の西欧(フランス)文学のことは知らない。12世紀の詩人、クレチアン・ド・トロワの原作を、ロメールが現代フランス語の韻文(8音ずつ?)にしている。 中世の音楽。リュートやフルートなど。小鳥のまねする笛などもあって素朴な語り的歌。音楽劇を記録している映画という形式をとっている。 突然主人公ペルスヴァル(ロメール組のお馴染みさん、ファブリス・ルキーニ)が変わって、また戻る。お馴染みさんとしては、他に、マリー・リヴィエールやパスカル・オジェ、アリエル・ドンパールなどなど。みんな若くてきれい。 公務員だったときは、もう仕事始めだったなあと思いつつ、まだのんびり。 13時半から「けまりはじめ」で13時に着いたので遅すぎる。ここでするんだなあとチラリと見える控えの人が木につけている白い蹴鞠を見ることで満足して、国宝「賀茂御祖(かもみおや)神社」御垣内参拝をすることに。狛犬が本殿のすぐ近くにいるのは古い様式なのだそうだ。向かって左(下手)の狛犬はポップな水色。上手の狛犬は緑でこれは少しシック。 重要文化財の大炊殿へ。黄色いカリンの実がなっている木。葉がなく結構高い。A先生も参拝されていて、びっくり。人が少ないのでなかなか落ち着ける。御井があったり、高貴な人が乗る車が置かれていたり。展示室には蹴鞠の絵とか服装とか。関係ないという但し書きのある双六の絵が古風で興味深い。 みたらしの池を見たり、セセラギのあるところ(奈良の小川、ここも糾の森か)を歩いたり。屋台のないところは静かだ。少し雨がパラリ。でも河合神社の鴨長明の方丈セットは元祖ホームレス住宅みたいなものかもなあと話していたらやむ。 帰り、ビッグカメラに寄るが芳江が必要な用紙がなく、結局、アマゾンで注文。 いま読んでいる若手のチンドン屋さんの本。面白いし為になるし、なにせCDが付いている。楽譜がないのが特徴で、見よう見まねが基本のチンドン屋定番曲集だから、ちょっとチンドンやってみようかなという学生さんとかにはとても役立つ(そうそう、わたしの研究室に早くチンドンCD戻してね)。 荷物を送るついでに、流れ橋まで行ってもらう。 正月NHK教育の番組を録画していたので、見る(夜、四条京阪近くの図書館とかいうところで音楽と二口大学さんの即興があるので見ようと思っていたが少しパソコンのトラブル対応で動かれず)。 ちょっとあと(7時から8時)の新春能狂言。1/2は狂言2つ。『花折』(和泉流)は1/1の翁と同じく宝生能楽堂にて。仕舞が花見酒とともにけっこうくだけて出てくる。スピードが能よりも少し速いかも。もちろん、お酒で酔っ払ったり、お能を参照しながら狂言の独自の世界を見せるようになっている。野村万作、萬斎。 後半は、金剛能楽堂(京都のなじみの場所なので、1/3の謡い始めに行けばよかったなあ・・)にて、『蝸牛』(大蔵流)。おなじみのカタツムリの山伏、でんでんむしむし。初めにお囃子(でも3名の囃し方の向きが能とは違って、向かい合ったりしている)。終わりはおどけて囃しながら踊る。これは、舞というより滑稽踊り。茂山千乃丞、茂山忠三郎、茂山千五郎。「で〜す」「〜かしら」というのが、やっぱり同じ大蔵流でも山本東次郎とは正反対のカジュアルさかしら。黒い頭(かしら)かしらとか、駄洒落でもないのだろうけど。 1/3は、金剛流が戦後復活したという『泰山府君』。金剛永謹、廣田泰能。前シテの天人(天女)のときは太鼓がなく、後シテの泰山府君が登場して太鼓が加わる。後半の天女は役者は別だが、登場人物としては同じということだろうと思いつつ、装束も頭飾りも違い、面すらどこか違うようで、このあたり、よく分かっていない。狂言『花折』で、桜の枝を折ってあげてしまうところで終わっていて、こちらは、月が雲に隠れた隙に前シテが桜の枝を折ってしまうが、後で、泰山府君の威力で復旧し、かつ、30日も花の命が長くなる奇特がつく。泰山府君を祭る(祀る)効用を説くものでもある。 アーツマネジメント事始かな。 学生といえば、一人滋賀の学生の初詣神社を決める仕方が面白かったので、メモ:こういうしきたりがあるのかも知れないが、彼女のお家では自分の家を中心にした地図があって、すでに東西南北を分割しているそうだ。そうして干支ごとに方角が決まっているので、その方角にある神社に初詣に行くという。甘酒をいただける神社は毎年別に寄るのだそうだが、これをまあ、氏神様信仰とすれば、なんだか、この二重のお参りってけっこう面白い。まあ、神社がいっぱいある関西しかできないかも知れないけど。 お正月にこれも撮っていた宝塚歌劇星組公演(07/4、宝塚劇場)『さくら』と『シークレット・ハンター』を見る。舞踊詩『さくら』のなかで、狂言の「花折」が西洋音楽で女性だけで(当たり前ですが)テンポよく踊られていて、びっくり。これは比較して見せると面白いかも。よく宝塚ファンが、宝塚でやっていたものだねえ、と宝塚が原典となって、古典芸能を見ていることがあるが、まあ、そういう導入もいいかもね。安蘭けいが滋賀出身で4度目に宝塚に合格した頑張り屋さんで、小柄だけれど、テキパキ。遠野あすかも千葉出身だけれど、お父さんは滋賀って言っていた。滋賀の学生が多いこともあって、ちょっと親近感あるね。 |