こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.1


こぐれ日録573 2008年 1/21〜1/27

1/21(月)

2008年度2回生ゼミのブログができたよ!と大学の掲示板(リアル)に出したら、うちの1回生ゼミで新年度わたしの2回生ゼミにもなるTaさんがさっそくメールしてくれる。彼女は美術について実にしっかりとした鑑賞をしようとしている学生なので楽しみ。でも、同志がいるかどうか、少なくとも理解しあいたいもの。

昨夜は、テオ・アンゲロプロス(間違ってアンゲロトプスと怪獣のようにして書いてしまうな)の『1936年の日々』(1972年、105分)を観た。
暗く重く暗示ばかりが断片的に続く内容なのに、ギリシャの海と空、廃墟のような工場や監獄は美しかった。
廊下の壁の色が水色なのだ。真上から観る映画カメラ。その遠さと近さ。近すぎて遠くにしか描くことが出来ないという政治的緊迫のなかの韜晦戦術。しかも戦術なのだが必然的な感じがして画面に枝葉がない。

夢見が悪いかもと思ったが、そんなことはなかった。
カメラがぐるーりと回る。その回り方が、だれも決めないまま悪い風にいく政治の場を回るので、これはいまの政治そのものでもある。ぐるーり。起きている今の方が悪夢なのかも。

3回生ゼミ、最後と思っていたら、もう一回あった。
4回生ゼミ、何もないかと思ったらアルバム作り。
山科区役所大会議室で審査をする。


1/22(火)

大津市で会議。
帰ってから、igoogleをしたり、やっぱりグーグルの写真機能を試したり。
ゼミ学生とのメールをgmailに統一しようかとも思っている。これにすると大学でも自宅でも統一できるし、あれこれ、ごっちゃにならないから。

そんなことをしていて、映画でも見ようかと思っていたが、音楽レクチャー(はじめ、さきらでのレクチャー用として考えていたがもちろん大学の授業にも使う予定。1/26に同時に使ってみるか)の編集をして終わる。これも、音源の編集はまだ半分というところだ。

以下、途中までのワーク:
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限界芸術と先端芸術―音楽中心にして―     Kogure nobuo
1. はじめに
音楽とか文学とか芸術の専門化がまだ行われていないもの、誰でもそれが出来る(するかしないかは別にして)もの、自発的で誰もそれを望んでいないのに行われる無償の行為、無名な人びとによって営まれてきた生活の一部のようでもある『かそけき』アーツを、一応、「限界芸術」であるとする(鶴見俊輔由来)。
まるで考察がされてきていないのだが、福祉の世界で見られる「アウトサイダー・アーツ」も、そのはじまりは限界芸術であることは間違いない(製作・活動の持続によって名前が特定されてくるようになると、そこには個人性、作品性、作家的自覚が出て、先端芸術とつながっていく)。

先端芸術(前衛と昔は言ったりもした)もまた、じつは、ジャンルが特定できなくなっていく。専門家によるものではあるが、市場化はもちろんされていないし、伝統芸術のように、様式が高度でも確立もしていない。つまり、先端芸術がどんどん先鋭化したり、アウトリーチ的ワークショップ的に社会活動化したりすると、即興性、創発性、をもち、偶発性やプロセス・参加重視によって、未完結性、匿名性(無名性)、非作品性が生じ、限界芸術と極めて近いものとなる。

意図するかしないかは別として、先端芸術は自らのためと社会参画化のために、限界芸術の可能性を広げ、かつて自由にアーツに向かい合った芸術への接し方をいまの人たちに再度もたらすことになる。その点に着目して、限界芸術を刺激しコミュニケートしあう先端芸術の広場づくり(=アーツの公共性形成)として、アーツマネジメント・芸術政策的には、重要視することが出来る。その一端を「港大尋(みなとおおひろ)」の音源を中心に、私が遭遇してきたユニークな音楽に見てみよう。

限界芸術の一つ、あるいは擬似限界芸術(限界芸術´)として、無名の職人や音楽師による分野を想定することが出来る。音楽では、軍楽隊や市中音楽隊、その蔑称でもあった「ヂンタ」、その流れともつながるチンドン屋の音楽である。職業である点で、だれでもアーツというよりも、実用芸術という呼び方、チンドンの場合はとくに宣伝音楽と呼ぶようが正確ではあるが、ここでも、実用音楽と先端音楽の出会いが見られる。先端音楽といっても実験音楽というよりも、広い意味での政治性・社会批評性をもった反商業的音楽と考えたほうがいいかも知れない。

2. 楽しい(すごい)と私は思うけれど、世間的には評価が定まらない音楽の自在性
@ 足立智美ロイヤル合唱団『nu』2001
1-1 「ゆみこ」 足立智美 01 1
1-2 「新聞」 ヲノサトル  15 2
1-3 「かんのみほ」 足立智美 02 3
1-4 「なまはげみんと」 足立智美 04 4

A JON『SMOKE』1995-6
2-1 I I KAWA 02 5
2-2 CHIKKUNTTE NARU 03 6
2-3 KOYA NO CHIISANA INU 04 7
2-4 ANA HOTTE WA DAME 05 8
2-5 SASATTERU 07 9

B 上田假奈代『詠唱 日本国憲法』2004
3-1 戦争放棄 04 10

C 『イカタコキスキスタイカイ』2006 & シモダノブヒサ『ソングブック』2005 
4-1 イカタコ2  03 11

4-2 植物図鑑 01 12
4-3 僕たち 12 13
4-4 みどりのひとみ 08 14

3. 港大尋の世界
@ 『届くことのない12通の手紙』2002 演奏は通崎睦美
1-1 ConjunCtion 02 1
1-2 But 05 2
1-3 ALAs 09 3
1-4 anD 11 4

A 『ちゃのは』1997 & そしえて・こんとる・えた『ありったけのダイナシ』2001 
2-1 ばれてぶ 01 5
2-2 さい 05 6

2-3 構造のため息 05 7
2-4 ふっかすいそさん 08 8

B がやがや+港大尋『がやがやのうた』2007
3-1 がやがやのうた 02 9
3-2 くらべっこ 03 10
3-3 あいだだ2 04 11
3-4 ハラッパラッパ〜原っぱはどこにある? 08 12
3-5 みどり 10 13
3-6 お茶をのみに来てください(日本のわらべうた) 12 14
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1/23(水)

今日は、夜に組合の大会があるだけなのだが、副査になった卒業研究14部を読むために、出かける。雨。昨日よりは少し寒さはましか。
教務委員のK先生がきて、学生学会のこと。コンソーシアムの発表も含めて、2008年度の2回生たちに期待したいねと話す。最後の文化政策学で学士になる連中だからなあ・・・

小松和彦『異人−民俗社会の心性』(ちくま学芸文庫、1995)を読んでいる。中沢新一と親しかったりして、中沢新一の本は昔からなじみなので分かりやすい。ただ「六部(ろくぶ)」って恥ずかしながらどんな巡礼かしらなかったので、検索しておく。研究がいまさかんなのかも知れない。

1回のゼミ生が「ヒガシガシ−東山発!活動まるごと 情報誌」(vol.16、2008冬号)を研究室の前に置いていた。東山青少年活動センターのかわいい広報誌。うちの一回生と二回生が担当している。来年は1回生を発掘するのがむずかしいかも。

そのヒガシガシに、上品芸術演劇団第3回公演『さなぎ』の記事が・・・おっと、3/29の19時と3/30の15時。めくるめく紙芝居と重なっている。まあ、3/29はリハーサルが終わって駆けつけることができるかも知れないが・・・

『だれも死なない』のトーン・テレヘン、彼の最近の絵本が研究室にある。
『小さな小さな魔女ピッキ』(トーン・テレヘン:文、マリット・テルンクヴィスト:絵、長山さき:訳)徳間書店、2006。

こちらもなかなかにいい。魔女の宅急便のようには、魔女が成長したりするのではなく、何だろう、魔女は魔女なんだから、小さくても魔力があって人間とは違うぜ、という感じ。それと、人間も犬もクマも、魔女からみたら同じ平凡な存在だという扱いもおもしろい。
頭の中では小さなマイクロの魔女ビッキだって、小さくないというのが面白い。だって、もっともっと小さな埃のようなものが頭の中にある「考え」だから・・ふふふ。

建築インテリアを中心とするゼミの卒業研究の副査なので、扱っているものが具体的だったりして楽しい。年老いてゆく犬と暮らす住居だったり、お風呂屋さんだったり。広告デザイン、チラシのレイアウト研究というのもあって、その広告の定義を読んで、おお、と思った。

『新しい広告』(電通)からの定義だそうだが、広告とは「明示された広告主が、目的を持って、想定したターゲットにある情報を伝えるために、人間以外の媒体を、料金を払って利用して行う情報提供活動」だという。

だったら、チンドン屋さんとか、むかしの飴売り飴勝とかは、人間が媒体だから、広告じゃないということになるのだろうか。あるいは、音楽つきとか、節回し口上とかになれば、それは通常の人間ではない媒体ということで、広告になるのだろうか。どうして「人間以外の媒体」とするのか、文献を見る必要があるけど、妖怪だったらまさしく広告かもなあ。


1/24(木)

午前中、3/26締め切りの文章を作って、企画広報課へメール。自己点検評価について。
主要科目の教育自己点検(教育モデル)というテーマ@は、「アーツマネジメント関連授業におけるアーツ読解と現場アクセス」というテーマにして、教育方法の改善と工夫(改善ヒント)というテーマAは、長いが「マイ文化政策事典をつくる日々・レポートづくりと発表準備(1回生ゼミ)。地理的な理解や歴史の基礎の補充、それをもとにした企画力養成」というものにした。授業を振り返りながらあれこれ書いて提出(以下、そのほんの一部分):
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テーマ@
 教育内容設定・授業方法・評価などにおける工夫とその効果 *効果的だった方法や工夫についてご記入下さい。
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A アーツ鑑賞演習では、今年度はじめて土曜日隔週、3限目4限目連続の授業とした。まず、前期の鑑賞演習(演劇・ダンス)では、小劇場の場所を中心とした京都市内のアーツシーンを歩きながら示すことで、方向音痴、現場行かずインターネット頼りになりがちな学生にフィールドワークの醍醐味を少しでもまず植え付けようとした。恵文社一乗寺店にまず集まりそこのユニークな選書や雑貨、ギャラリーになじんだ後、アトリエ劇研と人間座スタジオを見学した。そのあと、演劇の映像鑑賞を通じで見方を伝え、実際に人間座スタジオで上品舞台芸術劇団の公演を鑑賞。その後、出演者と演出者のトークを特別に聴かせていただいた。また、後期のアーツ鑑賞演習では、音楽と美術をメインにしながら、学生たちがなかなか触れないクラシック音楽や日本の伝統音楽、伝統芸能の音源や映像をフルに使い、アーツの読解力の向上に努めるとともに、美術分野では、ボーダレスミュージアムNO-MAへ行き展覧会を鑑賞するだけではなく、障碍者との絵画ワークショップに実際に参加して体験するとともに、その準備や後かたづけ(アーツマネジメント的体験)も行った。12月には、四条にあるお寺ハウスでの展覧会も鑑賞、そのあとのトーク・音楽鑑賞を行う。そのさい、近くのライブハウス、磔磔への足をのばし、現場へのアクセス機会を作った。
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テーマA
 改善や工夫とその効果 *改善や工夫を行ったことで現れた効果についてご記入ください。
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文化政策基礎演習後期()において、はじめての試みであるが、中学入試ドリルとして発売されている都道府県などの地理白地図帳を使って、まず、47都道府県を地理的にどれだけ同定できるかを試した。予想通り(いや以上か)、まるで出来ていないので、全部書けるところから初め、マイ事典は、自分の関心事項を中心として、47都道府県+αを調べて提出するという課題とした。祭りをテーマにしたり、郷土食、民謡、工芸(職人)など地域的特色のあるものを調べることで、ずいぶん知識とともに、地域文化の価値に目覚めたと思われる。
アーツマネジメント論氈i後期)においても、白地図を活用。受講生が60名弱だったこともあり、自分の出身県以外の都道府県を原則1地域担当させて、そこにおけるアーツシーン(アーツブレースとアーツ企画)を調べるという中間テスト課題をまず行ったが、これもアーツマネージャーが自分たちの伝えたいアーツ(芸術グループ)をどうやって、他の地域へと伝えるかという実践的課題となったと思われる。
また、特に伝統音楽やクラシック音楽を説明するときに必要なのが歴史的な素養であり、これはまったく知らないという前提で出来るだけわかりやすく話すことに努めるとともに、逆に、音楽や劇場、文化政策の歴史を知ることで、より広い歴史、影響波及関係を知るという相乗効果が幾分あったと思われる。
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昼休み、学生学会総会に顔を出して、東部文化会館へ。
第4回子どもの文化フォーラム実行委員会。
6/8本番に向けて、演目も確定。手づくり楽器のライブである(大津市の音楽劇団さん)。今回初めて、2回公演になったり、ワークショップと連動したり、こんどの音楽ライブもなかなか楽しいものになりそうなのだ、次年度の自分探しの旅の授業に入れるようにする予定。ただ、この授業が火曜日1限目なので、どれだけ受講生が集まるかな。

また、はじめて、山科でかえっこバザールをすることになっていて、6/8だけだと子どもたちが学習できないので、主役にはなれないから、事前に行うことになった。いまのところ、5/11に山科青少年活動センターをお願いできないかと思っていて、もし、都合がつけば、藤浩志さんに来てもらえればなあとつぶやく。正式にセットしたら、私かメンバーが藤さんにお願いしようかと思っている。そのまえに、いろいろノウハウを問い合わしたり、かえっこグッズの購入などを検討する必要あり。

他方、わたしは、08年度2回ゼミ生の顔を出来るだけ早く知って、うまく自発的にこの試みに参加していくようにする必要がある。前期のゼミは、かえっこと子どもの文化フォーラム中心にするのだが、その空気をどうつくるかだ。あと、4/29(火曜日=休日)が、うちは授業日になっていて、NPO法人山科醍醐こどものひろばさんが毎年行っているこどもフェスタとぶつかるのが残念ではあるが、ちょうど3時限目がゼミなので、4限目以降授業を入れていない学生がいれば、一緒に出かけようと思う(じつは、わたしは1限目と5限目に授業が入る予定なのだが・・・)。

早く帰って、のんびり。この前の音楽教材の続きを作る。
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4. ブラス、路上の音楽へ
@ 篠田昌巳『COMPOSTELA』1990
1-1 しあわせなユダヤ人  クレツマー音楽
1-2 プリパ アイルランド民謡

A COMPOSTELA『歩く人』1995
2-1 反射する道(篠田昌巳作曲)

B 林栄一・中尾勘二・関島岳郎『PHOTON』1999
3-1 反射する道(篠田昌巳作曲)

C 大熊亘ユニット『シカラムータ』1998
4-1 往復ヂンタ
4-2 ブンク・マンチャの踊り(大熊亘作曲)
4-3 吾妻八景 お囃子(ちんどん)
4-4 四丁目 お囃子(ちんどん)

D こまっちゃクレズマ『こまっちゃくれ』梅津和時率いるクレツマー(クレズマ)
5-1 RUMELAJ
5-2 JINTA

E フレイレフジャンボリー『クレイズマの花は甘く咲く』2003 瀬戸信行他
6-1 Yiddish Charleston
6-2 Disco Bhangra インドの結婚式音楽

F 映画『UNDERGROUND』(エミール・クストリッツァ監督、1995)のサントラより
7-1 WEDDING

G 三田村管打団?『!』 森本アリ代表
8-1 ふくろう(亀井奈緒子作曲)
8-2 山科音頭(市川昭介作曲、橋本鈴子作詞)
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1/25(金)

今年は、意識的にことばのアーツの記録もちゃんとしておこうと思っている。一つには、外に出ることが40歳代より億劫になってきているために、家でアーツ鑑賞することが多くなっているからだが、それとともに、映画はじめ多くのアーツにおいて、文学や漫画が原作となることが多いからでもある。その場合、双方の読み比べ、見比べがアーツ鑑賞の愉しみを増やす。

という前振りで、夢枕獏『陰陽師〜付喪神ノ巻』(文春文庫、2000)。陰陽師シリーズ3作目(わたしは、順番は違うが4作目の読書)。最後に中沢新一の明解な解説がある。まあ、だいだいみんなうすうすそう思っていることだが、「安倍清明と源博雅がペアとなることで、霊力であるモノを取り扱う技術と、現実の世界を構成するモノを取り扱う技術とが、ひとつに結合できる」ために、緊張ばかりではなく、剽軽さもあわせもつ「新しいタイプのハイブリッドなシャーマンが誕生」したというのである。

付喪神というのは、年を経た道具や器物(まれに動物など)に精霊が生じ妖怪化したものだが、実は、この巻で、直接そういう付喪神が主役にはなっていない。ただ冒頭の「瓜仙人」には、お化け屋敷が出ていて、それはまあ、屋敷が妖怪化しているのは、皿屋敷が更地と関係しているという分析もあり、そうだなとは思う。

この巻も、鬼となったり、生霊、死霊、成仏できない幽霊が中心である。そうそう、付喪神の付喪は、「九十九」の当て字だそうで、神は髪とも置き換えられるから、この巻で、髪が重要な役割を果たすとすれば、付喪神ノ巻というのも、九十九髪ノ巻と見れば、当たっているのかも知れない。髪が古来からその人の霊魂が宿るとされているのは、日本人特有の葬送文化における人骨フェチとともに、かなり独特なようにも思えるけれど(ex.太平洋戦争で恋人の髪をお守りにする特攻隊)また調べてみる必要があるな。

夜、加藤泰監督ファンのなかで「最も愛すべき作品」として挙げられるという映画、『喧嘩辰〜車夫遊侠伝』(1964年、東映/京都撮影所作品、99分)を観る。人力車が大阪駅に待機する明治時代後半。時代劇でもなく、任侠物そのものでもなく。ヤクザの世界が車夫の世界でも仕切っていたのだなあとは思うし、柔術師(嘉納治五郎に敗れて大阪に来る)がヤクザの組長になって、女子大生の妹が東京から来たりして、抗争ものではあるのだが、全体的にコミカルで一応恋愛物とも言えて、しかも映像が美しい。

それにしても、大阪から有馬温泉まで人力車で行けたのだろうか。主人公辰五郎に内田良平。主人公と何度も結婚式をしようとする芸者、喜美奴に、加藤監督好みの桜町弘子。新人歌手だった北島三郎が弁当売りだったり、やはり新人だった藤純子がばってきされて、ういういしいキスシーンをしたり、見所いっぱい。もちろん、ローアングル満載、人物の上下が切り取られる画面、そして、縦の構図で長廻し。

個人的には、ヤクザの親分(曾我廼家明蝶)が、扇町の監獄に入所するときに、「美しき天然」をブラスバンドが演奏するにぎにぎしいシーンに痛く感銘を受ける。市中音楽隊がヤクザの入所式(盛大なもので、これはきっと葬儀のときと近いのではないかと想像)に活躍するなんて(うるうる)。あと、覗き小屋の囃しも面白かった。

今日は、名古屋でお芝居を見に行こうと思っていて、そう連絡していたのだが、ぐずぐずしているうちに出られなくなった(七ツ寺スタジオのみなさま、すみません)。
そのかわりというか、確定申告の必要経費とか付属表などを作成(芳江さんにいつもお任せしているのだが今回は少し自分もしようと思って)。

水曜日のTAM研のときに、たまたま、ロリータファッションの本が机にあって、学生がそれを話題にしていた。戸川純が元祖ロリータ少女だという部分、4人とも戸川純を知らなかったので、少し映像を見せたりする。じつは、わたしもあんまり知らないが、少し前、フジハラビルで彼女が出るお芝居をみたなとあとで思い出す(2006.3.25 http://kogure.exblog.jp/3397708/)。

嶽本野ばらというロリータ系では有名な人の話になって、そういえば、『花形文化通信』(そのときは、このフリーペーパーの名前は出なかった)でよく彼が書いていたなあと話すが、もちろん、この通信のことも彼女たちは若いので知らない。藤本由紀夫さんの展覧会などを企画している編集長というか、この通信の主宰者の名前もまた出てこない。調べて、そうそう、繁盛花形本舗の塚本真美さんだったと思い出す(モダンde平野のときだったが、一緒になったこともあったのにね)。


1/26(土)

大学で、アーツ鑑賞演習の最終授業。
前回が印象派美術鑑賞だったので、今回の最初は西欧クラシック音楽鑑賞として、バッハを中心にして鑑賞をしてもらう。ちょっとした工夫は楽譜を配って、マリンバ、ピアノ、チェンバロで同じ曲を聴いてもらうようにしたところかな。
そのあと、予告していたとおり、「野村誠の世界」。野村さんの路上日記(やっぱり、鍵盤ハーモニカ合奏でのサザエさんやUFOは学生ものりのりに)からはじめて、お年寄りとの共同作曲、しょうぎ作曲、取手でのアーツプロジェクト(あーだ、こーだ、けーだ)などなど。最後は、「あいのて」の紹介で終わる。

あわてて、栗東市さきらへ。
遅れて運営協議会の場に入る。ボランティアコミュニティのことなど。
少し席をはずして、2/23に行われる「文化芸術による創造のまち」関連のシンポジウムの打ち合わせ。

そして、今日のメイン、さきら運営協議会企画事業 さきら公開セミナー2「公共文化施設と文化ボランティア〜非営利アーツマネジメントの愉しみ〜」を19時から21時まで(感想や質問をお一人ずつ言ってもらう時間がとれなかったので、それは、第3回目にすることに)。

前半は、大学の授業のような話。でも、じつは、文化ボランティアについては、いままで大学でも話したことがなく、新鮮だったが、なかなか考えがまとまっていないし、いろいろな考えがあるということに留めた。

後半は、音楽を例示として、限界芸術と先端芸術の関係を話し聴いてもらう。これは、やってみたかったものだし、これから色々もっと工夫すればと思う。もちろん、大学でもやっていく予定。3/1には、ブラス、路上音楽、チンドン音楽という後半部分を行ったあと、ちょっとしたまとめをして、そのあとは自由に話し合いたい。


1/27(日)

夜にかけて、二度見て、二度とも泣き笑いしてしまった。
志の輔らくごのおもちかえりDVD@『歓喜の歌2007』(54分、2008年)。NHKの「ためしてガッテン」という番組でしか知らなかった立川志の輔。立川談志の辛口の流れを汲みながら、師匠よりも人情深し。公民館のホール担当の主任と平職員。ここまでホールマネジメントがひどいことはないだろうと思わせながら、でも、貸し館事業におけるダブルブッキングは怖いことだし、年金問題はじめ、ありえないことは公務サービスでも私企業でも同じようにある。もちろん、わたしだって身に覚えがありすぎるほど・・・

江戸の下町風の人情が公務員にも移るところが、落語の伝統ともいえるし、公務員とかおっさん的無責任説教だって、嫌味にならず、愛嬌となる。枕は、富山空港のうどん屋のカバン取り間違えと、一番悪いはずの人がまるで謝らないディスコミュニケーションで、一番辛口。その枕から、間髪入れず、「わんたんめん」の注文に入るところが絶妙である。ママさんコーラスとパルコ劇場の取り合わせも意外感100%。

教材として使えるかどうか。アーツマネジメントとか文化行政として(もちろん、落語自体の可能性を考える絶好の教材であるのはもちろんだが)。使えるとして、考えてもらうポイント。

検討事項としては、お役所における文書主義がまずあるな。
書類提出でチェックしたはず? でも、ここでも何かの取り違えがあったかも。チラシがホール前には置かれるだろうから、それで気づかなくちゃ? ひょっとしたら、この公民館では自分ちの自主事業のチラシ以外はおいたらいかん、としていたかも知れない。あるいは、徹底的な無関心。有名信仰と権威に弱い出先職員における地元やアマチュア、ママさんに対する軽視の結果としての。

きょうは、元立誠小学校における企画(Rissei Show)にも行こうと思っていたし、久しぶりにカフェでのコンサートもいいなあと思っていた(ダイニングカフェ+雑貨マーサ「合奏の会」)。
が、思わず大工仕事があって、これで時間がかかってしまい断念。でも、少しずつノコギリが使えるようになるのは楽しい。


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