こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.8


こぐれ日録600 2008年 7/28〜8/3

7/28(月)

どうも、右の脚を上げ左の脚に組んで、パソコンをしていて、そこに学生が来ると、ぐいと左を向くので、その繰り返しが、いま、腰の右側を痛めさせていることに気づく。脚を組むこと、禁止、できれば、禁酒。

備忘録なのに、このブログのタイトルに「防備録」と書いていて、ある先輩に、なにか深い意味があって、そう書いているのでしょうね、というやさしいご指摘がmixiにてあった。すみません、まるでなく、単なる自分の言葉チェック力不足でした。あわてて、直す。それにしても、なんか、ほのぼの。

雷で、研究室の電気がピカピカ。パソコンや冷房も一度は落ちた。何か不穏な感じ。青木先生が、原稿の依頼の紙を持ってこられて、嵐のとき、いやな(忘れかけた)ものをもってきて・・とおっしゃったが、原稿依頼はありがたいもので、そういう依頼がないと、自分ではなにも主体的にしないので、助かる。

京都アカデミア叢書第5号『都市政策概論』の一部。9800字、図版・写真を入れるときは、1点あたり320字程度マイナスする。
「第3章都市の文化を学ぶ 第2節文化・芸術と都市(13ページ)」。
「文化、芸術、伝統工芸などが都市においてどのように発展してきたか、また今日それを継承、発展させるためにどのような取り組みがあるのかを中心に解説する。
キーワードは「文化、芸術、伝統工芸、美術館・博物館」。おっと、実演芸術、芸能、劇場ホールは書いていないけれど、どうしてだろう。もちろん、私は追加して書くだろうけれど。

4回生ゼミ。卒業研究の書き方。なかなか、どう伝えたらいいのか、自分がいい加減なので、なかなかむずかしい。自分が書いた「限界芸術のお話」をもとにして、引用の仕方とか、説明してみたが・・・

卒業研究の中間発表は、10/20(月)の4〜5限目にしようと思う(月曜日の3限目は、後期、アーツマネジメント各論が入っていた!)。17組の卒研(1名が渡仏、2名で1組が一つあるので)。10分とすると、170分、10分休憩を入れるとちょうどいいぐらい。

昼休みだったか、もう少ししてからか、1回生のトシカンの二人がやってくる。TAM研に入りに来たのかどうかはちょっと聞かなかったし、名前もちゃんと聞かなかったな。
4回生の二人と一緒に、口琴をびよんびよーん。

ひとりは建築インテリアコースだが、アーツにも興味がありそうで、もう一人は、NO-MAに高校時代にすでに行ったこともある学生さんで、オープンキャンプなどのときから、顔を何か覚えている学生さん。彼女は、ライブハウスを夏休みリポートしたいというので、拾得と磔磔を紹介しておく。昨日のMちゃんとともに、二人は文化プロデュースとして顔が見えてきた。まあ、一割ほどぐいぐいひっぱる学生がいれば、その核を中心にうまくいくのかも知れない。


7/29(火)

今朝の目覚めは、かなりいい。
28日、昨日の朝は、すごく眠りが浅く(扇風機がタイマーセットで止まると目が覚める状態)、昨日は嵐だったし、しんどかったな。

ただ、今朝は、めずらしく夢を見た。昨日依頼された冒頭の文章を思いつくのだが、そんなのではダメだと誰かに言われるもの。まあ、現実的というか、直近のことについての夢だ。
正確な文章自身は忘れた(夢だからそんなものはなかったのかも知れないが)。
が、文化政策(都市政策における文化・芸術の扱い)では、行政だけでもビジネスだけでも無理で、ところが、いまはその二つの間で振り子のように動いているのではないか、そうではなく、第3の道を!みたいな書き出しだったようなかすかな記憶(夢の記憶って何だか分からないが)。わたしは、いつも、こういう思考だな。二項対立を超えて。ヘーゲルの弁証法の残渣か・・・

忙しい火曜日。
でも、今日で授業が終わり。レポートや試験答案がたんまり集まる。
これが、学生さんとの会話だな。
教務の仕事をしていて、昼食が15時ぐらいになる。久しぶりにマンダリンカフェへ。

下の娘との最後(まあ、来年の夏ぐらいには戻ってくるのだが)の夜。日本酒で乾杯。


7/30(水)

4:45に起こしてくれ、と娘にいわれていたので、3時すぎからずっと起きていた。
5時半に芳江の運転でくずは駅前まで、男山経由。
けっこう、早くみんな起きてランニングしたり、犬の散歩をしているんだな。
出勤もけっこうはやい人が多い。

6:15の関空行きバス(2000円)で、ボンボヤージュ。
下の娘、靴がガボガボするというので、芳江の靴とチェインジ。
できれば、来年2月ぐらい、リヨンを訪れたいな。

タイに戻る親子。お母さんと2人の息子にあかちゃん(女の子)。
ダンボールにベビーカー。たくましい姿。
8月からタイでは新学期が始まるのだという。


7/31(木)

かんぜんきゅうか。
パソコンもきゅうか。

『アリゾナ・ドリーム』1992年、135分。アメリカでの映画(製作国はフランス)だし、ジェニー・デップとかいうスターだし(フェイ・ダナウェイだけ期待)・・・と低期待だったが、やっぱし、おもしろいわ。音楽(ゴラン・ブレゴヴィッチ)はもちろんだし。来世は亀になりたいという、アコーディオンする自殺娘(リリ・テイラー)にはまる。
今敏『千年女優』2002年、87分。このアニメから昔の映画、映画撮影所のことなどに興味が出ればいいかなというもの。断片的(とくに前半、女優さんの映画出演シーンがバラバラコラージュされるところ。それがすべて同じパタン)なので、なかなか深まらないね。

田川律『シンガー・ソングライター』1999年(発行所:アップフロントブクス、発売元:ワニブックス)。こういうとき、書物の引用は、発行所なのかなあ・・・
表紙もいいし、『あやしい舞台監督』もよかったが、こちらも、1965〜1975の音楽のこと、時代のことが田川さんの経験のなか(バックステージ)から、浮かび出る。


8/1(金)

11:15から60分間、オープンキャンパスの模擬授業。
「文化プロデュースの愉しみ」。文化とプロデュースはレジュメに書いたので、
愉という漢字の由来から。
「不快な心を抜き取って、やすらぐ、たのしい」という意味。
つまり、今風にいわばストレスを除くというのが、この愉快の「愉」らしい。
なるほど、車で動かして、そこから除くのが、輸送の「輸」だし、
治癒の「癒」は、まさしく、心の病だれを除去する字だしね。
説諭の諭(さとす)も、つながっている。あとは、愈、喩、楡・・・・

文学研究科の院生が手伝ってくれた。彼女にもチラシ選びをしてもらう。
彼女は、日米のドメスティックバイオレンスが研究テーマらしい。

ぶじ、入学課行事が終わったので(反省点としては、もう少し、集客につながるタイトルにすべきだったということかな。「チラシの奥義」とか副題に入れるとかね)、成績をインターネット入力。

中途半端な時間に大学を出て、おうみへ向う。
時間つぶしに、数年間住んでいた石山駅に降りる。ピデストリアンデッキになっていたが、何の感慨もでてこない。ガード下のマンションの入口を見て、ラーメン食べて、栗東へ。

栗東駅で、小劇場を探す二人。実は、さきらの小ホールでしげやんダンスに来た人たちだった。
びわ湖ホールのそばの野外で踊っている北村成美の映像がロビーで流れている。自分も映っているかな?と見たが分からなかった。いつだったか、でも、季節は夏、しかもおうみ、滋賀、やっぱり、水が欲しい暑さだ。

なにわのコレオグラファーから、「おかんコレオグラファー」になろうとしていると聴いた。
19:36〜20:19。2年半ぶりの新作、北村成美ソロダンス公演『パラシュュート』。
照明、三浦あさ子、音響、勝藤珠子。
元気さいっぱいの踊りは変わらなかったが、どこか安定していた。どっしりとした安心ではないが、とりあえずの暮らしのテンポがそこにはあった。
3畳ぐらいの空間で、あせらずに、命と向いあうこと。ホースからほとばしるシャワーではなく、ミネラルオーターを一つのコップで、すこしずらしあいながら飲むぐらいの交流とほのぼのしたくつろぎ。

カゲアナでの前説からして、ああ、いいなと思わせる。本人の前説である。丁寧な、しかも、観客への期待と安心の微笑みをつくっていく。しげやんと空の旅を楽しんでください。もうすこしして飛び込みます。小ホールに大きな黒い緞帳、いいでしょうと山本さんがいう。NO-MAの人たちもいる。

二つの小さな扇風機がしげやんの髪を上部に吹き上げる。照明で熱せられるしげやんのわきの下にも風。小物で游ぶしげやん。そら、だれでも、扇風機に声を震わせて遊ぶよね。
ミネラルオーター・ダンスは観客との交流用。繰り返してダンスらしくなっていく。かつあげダンスよりは穏やかに小市民的に。守山や栗東における小冒険の大切さ、いとおしさ。

個人的には薄い黄色のグレープフルーツのダンスが好きだった。砲丸投げよろしく戯れていたと思ったら、片足ダンスになって、半分に割ってシャワーするあたり、中に眠る情熱や無謀さのほとばしりを感じたから。ここで、だいたい半時間。

そのあと、フィフスディメンションのアクエイリアス(と思っていたが「Up, Up And Away」だったかも)が流れたのだが、その直前のバリトンサックスばりばりの音圧が実に気持ちよく、しげやんダンスはとりわけ選曲と音量関係が重要なエレメントになりそうだ。

手帳ピラピラ見てそのまま日常へ・・・いくかと見せて、手帳はまた放り投げて、もう少しだけ、しばしの空中散歩。またプロペラとパラシュートだけで守山、栗東あたりのお空で遊んでみて。

なんだか、しげやんが若くなったように見えた。『アリゾナ・ドリーム』のフェイ・ダナウェイがやっていた、手製飛行機で空に飛ぶジュクジュク夫人になるまでには、あと10年はありそうだ。

隣の席には孫の話や婦人会がなくなった話をずっとしていた初老の女性二人組み。背広のサラリーマンも複数組いたりして、しげやんダンスはコンテンポラリーダンスの枠を少しずつ広げたり無効にしたりしているなと思いつつ、ルンルンで帰る。ちょっと、ウォッカ飲んじゃったけど。


8/2(土)

大学院の中間発表。10時からだったのに、20分ぐらい遅刻した。夕方まで。
副担当の院生が一人だけという気楽さだったが、聞き出すと、あれこれ思って、かなりハードだった。

ある院生が新幹線駅のことを話していた。昨日、さきらに行ったなと思いつつ聞く。その発表した院生さんは、わたしがさきらの運営委員だったりすることはもちろんご存知ない。かだマニュフェストの分析を聞いて、新駅をつくらないで、福祉や文化に回すとそのマニュフェストには書いてあったということ。まあ、そうだろうね。

一人、ダンスボックスのお手伝いをしている院生がいて、びっくりした。1992年に神戸アートビレッジ構想についてちょっとだけ触れた処女著作を貸した。日本アートマネジメント学会の第三号を貸してくれという院生がいた。どうしてか、第三号だけが研究室からなくなっていた。パブリックアートについての論文を読みたいのだそうだ。そういえば、アメリカのパブリックアートについての本をつい最近買って学術振興課に処理してもらうようにしていたことを思い出した。うちのゼミ生にも一人、パブリックアート研究をしている学生がいるからだ。

文学館の研究につられて、萩原朔太郎の詩を久しぶりに読んだ。55歳の人生。近づいたなと思った。予想通り、文語詩に親近感を覚えた。るなぱあく!
前橋市にはちょっとしか行ったことがなかった。吉本隆明を個人的に信奉していて、彼が海でおぼれかけたとき助けた群馬県庁の職員Oさんのことを思い出した。一度、大田省吾さんの基調講演のあとシンポジウムに出たことがあった。帰り、Oさんが、ポケットからしわくちゃの一万円冊を私にくれた。もらってしまったあと、ああ、この企画はOさんによる私費の企画だったのだと車中思いつき、受け取ったことを悔やんだ。

駅のことを考えさせてくれる発表もあった。駅の歴史。まちとの関係。駅前と駅裏。駅は個性的だったのかどうか、まちのシンボルだったことが「かつて」あったのかどうか。駅をめぐる文学的情感、映画で駅はどう扱われていたか、そんなことを聞きながら思い出していた。


8/3(日)

国立国際美術館に芳江と一緒にでかける。
日陰をさがしながら歩くのは一苦労。帰り、中西美穂さんに会う。赤ちゃんと一緒に展覧会が見られるかどうかって聞かれたので、そんなに混んでいない(多いけれど)ので、大丈夫と答えておいた(が、大丈夫だったかな)。

モディニアーニ展と塩田千春『精神の呼吸』、どちらも9/15までだが、思い立たないとつい見過ごしてしまうから。オープンキャンパスで、塩田千春展を見て感激したという高校生に出会ったのも大きい。

少し早かったが、トマトのラーメンを食してからゆっくり美術鑑賞をする日曜日。
モディリアーニは35歳という若さでなくなるからそうかも知れないが、初期からずっと一貫しているものがあって、それが強くてシンプルなのがこうして支持が集るのだなあと思う。初期のスケッチのダンスのような流れる曲線をそのあと油絵として固形化していく。もうひとつは、アフリカの仮面の神秘さとの会話。カリアティッドだけでもじつに執拗にそれを追求する姿勢。

近づいたり、数枚見られるところに立ったり、鑑賞する自分の身体を意識する。
それと、額縁。個人蔵が多いせいか、これとこれは同じ所有者ではないかなとか、額縁の好みについても鑑賞する。ジンメルの額縁論もちょっと思い出しつつ、額縁文化論とはべつに、額縁じしんの鑑賞についても、また一考しなくちゃと思うほど、額縁もまた面白い。

常設展は、目立つ形の塩田千春。赤糸のインスタレーションよりもまだ黒糸の作品群のほうが比較的深いところまで、自分の心に届く。赤い糸と靴のものは、一つの導入。骨仏の一心寺ぐらいまでなると参加型のすごさになるのだが。赤糸が束ねられているあたりがどうもすっきりしていないこととか、どうして全部ぐるりと回れるようにできなかったのかとか設置についてちょっと思う。

これから、この若い作家はどうしていくのだろう(まあ無関係なのでただの感想だけれど)、インスタレーションって続ける(深める)のがむずかしそうに最近思われて仕方がない。似たようなものが多すぎるからだろうが。『精神の呼吸』というタイトルも平凡というか、スピリチュアルブームに引き寄せているように思えてならない。

そして、その奥に展示されているのが、石内都と宮本隆司の写真。
石内の手術痕や、深い、深い、皺の皮膚は久しぶりの対面。ドアの表面も皮膚の延長に見える。

宮本の壊される瞬間写真は、写真ならではである。特に、ベルリンの日本大使館防空壕の2枚の写真には声を失った。単純に美しいだけに、その暗黒な政治面との接線をどう引くのかと思うとただただ呆然とするのみ。

建造されつつある現場というのはよく案内していただいたものだが、それが壊されそうになる寸前、さらには、いままさに壊されていくという過程はなかなか知らされず、案内していただけない。これからは、壊されつつある風景鑑賞(観賞かな?)がやってみたことの一つだなあと思った(最近、やってみたいこと、観察したいことがどんどん少なくなってしまっているけれど)。


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