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こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.6 こぐれ日録594 2008年 6/16〜6/22 6/16(月) 「つぶやきばかり 切れ切れに」 切れ切れなことを思いアップしている。 暇なような、そうでもないような。 カラヤン(ベルリンフィル、1970年)とフルトヴェングラー(ウィーンフィル、1948年)の映像(写真でもいいから)とか、あとコピーして用意するのは楽譜だ。第1楽章の最初のところでいいかな。 授業というのは、2,3回同じことをするのがいいと最近思うようになっていて、後期、都市とアーツという授業を始めるのだが、これと大阪成蹊大学芸術学部の美術文化政策とを少しダブらせてはどうかと思い出した。 加須屋明子さんを調べていて、京都市立芸大の名簿を見ている。土曜日の国際美術館B1、井上明彦さんが16時すぎ、学生の出席表を集めていると私の目の前を横切ってすごくいそいで展覧会場へ降りていかれたな。中原浩大さんに、小清水漸さん・・・なるほど<
http://www.kcua.ac.jp/professors/art/ > 昨夜は、めずらしく、長女はながきていたので、3人で清水宏監督映画を見る。 授業が3つ。1限目、3限目、5限目。 授業のあと、会議会議会議会議。 「イチハラヒロコ展が成羽町美術館であるんだ!行きますね」 成羽町美術館から素敵なポスターが届いた。 イチハラヒロコ本人と会ったのは、去年か。http://kogure.exblog.jp/6401820/ もちろん、ずっと作品は知っていたし(水戸芸あたりからかな?)、南芦屋浜のコミュニティ&アートプロジェクトの関係でとても親しい感じがしているな。 近大に行き早く帰る。 帰ってびっくり。 さらに、鳥のくちばし、さえずり、徳島弁まで思い出させてくれる手紙があって、 「枇杷の実に少し傷があるのは、鳥たちが突いたものです。鳥たちのデザートとして全部食べられないうちに、少しだけおすそ分けです。」 帰って、近大の授業に使えるかどうかのチェックのため、リリパットアーミー第27回公演『こどもの一生』(作:中島らも、わかぎえふ 演出:わかぎえふ)をビデオで観る。126分。 はじめのところが特に時代の変化を感じさせてしまう。1995年だからなあ。『お祝い』より5年前。この映像はいまはなき近鉄アート館か(あるいは、青山円形劇場か)。こういう三方を囲む舞台は、青山円形でよくみたなあ。もちろん、『こどもの一生』も観ているが、これ以外に西新宿のどこかで見たことがあったようなぼんやりとした記憶もある。何だっけ。 今日は何もないけど、研究室に行って、掃除や、購入書籍、CDなどの申請、それにかえっこバザールなどの領収書の整理(TAM研のみんなにやってもらいたいが就活とか忙しいだろうし)などをしようと思っていたが、昨日、かなり咳き込んだので家にいる。今日は大丈夫だ。 まえ、下の娘が、エミール・クリストリッツァ監督にはまったと言っていて、ライフイズミラクルにSUPER8、黒猫・白猫を観たと言っていたのを思い出し、あんまり知らないので(黒猫・白猫にアンダーグラウンド、そして一番初めに見たのはジプシーのとき)、『パパは、出張中!』(136分、1985年)をお昼、のんびり観る。 なかなかに渋い映画。エミール・クリストリッツァが40歳前後で撮った長編映画だ。ユーゴスラビアという連合国家があって、チトー大統領がいて、共産党支配なのだが、ソビエト=スターリンとは決別している戦後しばらくした頃(1950年前後)のお話。 主人公の次男マリックはお父さんの家族としての役割(一応子どもには優しくお土産買ってきてくれるし、肩車してくれる)以外の姿を2年間にわたってみていく。マリックの夢遊病という部分も意味深なのだが、それはそれといて、密告されて強制労働に連れ去られ、復帰しても遠い田舎に飛ばされ、ようやく戻ってくる政治的社会的生き様がまずそのパパの一つの姿。 そして、愛人との関係、それは、お母さんがその愛人をひっぱたきに行くところも含めて、全編に渡って続く。あとは、遠くに食糧を買いに出るといううそ。女漁りの現場に証人として連れて行かれて、パパと並んで悪戯したり、夢遊病がパパの悪事を告発したりする。 マリックの眼鏡のお兄さんがじつにいい味を出している。マリックはパパがママを殴っていると止めに入って3人が抱き合うシーンでも、じっと心配そうにして観ているのみ。でも、じつに優しく観ていて、4人になってベッドで横になると、兄さんはお得意のアコーディオンを鳴らすのである。結婚式のシーンでもギターと彼のアコーディオン。エピソードにすぎないのだが、彼が映画館のヒトに要らなくなったフィルムの断片やポスターをもらうところがじつにステキ。音楽はやっぱり、そのあとの爆発の兆しはあって、ギターと歌が、労働のなかでまず演奏され、結婚式のシーンはもちろんだが、そのつど、シーンのなかに演奏される音楽がはめ込まれている。 はじめの方のシーンだが、主人公の兄さんのアコーディオン伴奏で家庭8ミリ映画上映をしていて、これって、親密圏における限界芸術マネジメントのとてもいい例示になるなあと思って、そのパラシュートアニメを見ていた(もちろん、直後に続く実際の航空ショー、その直後の何気ない冗談を話したことが密告→強制労働送りとなるのだが)。 夕方、雨が降り出し、どんどん強くなる。 夕食後は、清水宏監督作品『簪』1941年、70分。 それにしても、移動カメラがすごい。そして、水浴び。歩行練習の単調な繰り返しをどうしてこんなに面白く出来るのか。子ども二人も天使でもなくもちろん悪魔でもなく子どもとして描く絶妙なタッチ。『按摩と女』に続くようにあえて作っていくが続編として、楽をしようとするのでもなく、とはいえ、何か新しいことをつけ加えるのでもなく。学者(斎藤達雄)がもちろん最高におかしい。鼾はかくし、自分のことを棚にあげる名人だ。でも憎めない。情緒的イリュージョンとか、敵性言語になる直前なり。 簪を落とした女、恵美(田中絹代)の探してくれという手紙、恵美が納村にあてた電報、恵美が友達お菊に書く手紙、そして、子どもの日記帳。無声映画を思い出させつつ、巧みなさりげなさ。一緒に泊まっていた若旦那(日守真一)の奥さん役の三村秀子という女優さんが気になった(が、あんまりよく分からない)。 昨夜、アトリエ劇研で名前だけずっと知っていた宮崎のこふく劇場という劇団を見ようと思っていたが、億劫になってやめてしまった。今日も、お昼はお芝居を観たが、夜、二つ候補があって選ぶのがむずかしくて早く帰る。もうこんなにぐーたらになると昔のような観劇リズムには戻れないな。 精華小劇場に早く着きすぎたので、精華小学校と幼稚園を眺める。幼稚園のところは黒板があって通れないようにしていたが動かして少し入ってみた。前に精華小劇場ことはじめをしたときと変わっていなくてほっとする。この幼稚園部分の遊戯室やすみれ組ってある教室の前にくると、何だか心臓がいつもキュンとしてしまうのはなぜだろう。 古本屋で蕪村の句集や京焼の本を漁っていると、前東山青少年活動センターの西田さんに会う。もう、この再演のお芝居を3回見て今日は4回目なのだという。じつにフリークだなあ。 WANDERING PARTY 15TH『レオナール・F S改』14:05〜15:28。舞台美術の白さ、そのシンプルな驚きと照明で白さがどんどん増していくところ、病室のドアのあの嫌に横広な感じ(ベッドとかを通すからだろうけれど)など、入ってきてまずそこに目がいく。客席は土曜日のお昼ということもあえるが、中高年女性のグループが多くて、一瞬、新歌舞伎座なのかと目を疑うばかり。 でも、再演は東山よりはずっと落ち着いていて、前よりすごくかっこいいですねと終わって作・演出のあごうさとしさんに言ったけれど、すべてがお世辞というわけでもなく、観ていても、ちょっと自分には無理と思うシーンが最近はずいぶん少なくなっているし(ラスト直前の音響の大きさと長さはまだ無理かな)、逆に、シュミーズ姿は下着会社と関係しているのか、とか、鬼畜米英と「あっかん米英」など、再演なのに新鮮で、けっこう面白く見ている。 「あっかん米英」だって、アカ(赤)と悪漢とあかんとがかかって米英となるとすると、このコピーも意外と意味深だし、コピーを考えるのが広告代理店の仕事というあたり、結構戦中と今がうまく接合している。もちろん、小劇場演劇の現状、その役者たちの上滑りで適当にやめたり声優になろうとかしているあたりは、自己言及的でどうしてもお芝居の幅を閉塞的にするきらいはある。 が、藤田(高杉征司がじつに鷹揚で堂々としていて、レナールの変ないでたちに説得力を与えている)と比較されつつも、自らをそんなに卑下もせず最後まで描いているあたり、少し自信が出ている証拠かも。ガンダムや宇宙戦艦大和やエヴァンゲリオン?とかには私はぜんぜん反応できないけれど、それでもあんまり気にならなくなった。 初演であったのかどうか忘れたが、ク・ナウカ風のスピーカーとムーバーに分かれた演出が劇中稽古という形で見られた。このお芝居は、入院中の小劇団の作者の戯曲作りの脳内過程を吹き出しにしつつ、それの稽古に脳内の登場人物が交わり、作者におとづれる代理店の女性や研修医や看護師なども多重化されていくものだが、今回はけっこうすっきりとした肌触り。ただ、少し間が空くのだが、それがあまり効果をもたらさない点はもったいなかったかも。 少し前に読んだ、竹田青嗣『現象学入門』NHKブックス、1989年。ずいぶん前の本だが、終わりの方のハイデッガーの存在論「そもそもあるということはどういうことか」について触れられているところが新鮮だった。 清水宏映画を観ていると、小津安二郎も見たくなり、観たのかも知れないが、何だかよく覚えていない無声映画『東京の宿』(1935、70分)を観る。ロケでもあんまりカメラは動かない。いつも同じ工場の風景である。ロケにおいて動いても、等間隔で喜八(阪本武)とその二人の息子が移動するぐらいだ。 東京の安宿はあまりにも狭い。工場地帯の飯屋と長屋、酒盛り場の二階。ローアングルもあるがそうでないカメラもある。音楽だけがやけに表情豊か(音楽監督、堀内敬三)。娘君ちゃんをつれた若い母親(岡田嘉子)と、おつねさん(飯田蝶子)の対比。 いちおうこれは小説らしい。学術小説『外骨という人がいた!』(ちくま文庫、1991年。初出は白水社1985年)。赤瀬川原平が著者だが、尾辻克彦(赤瀬川の小説家用ペンネーム)が「はじめに」を書いていて、最後に、赤瀬川が宮武外骨に扮して、二人で対談をしているつくり。内容も、途中から美学校その他で授業をしている形になったりする。 外骨さんの『スコブル』の安全第一の一覧表に、「人に本を貸すと返して呉れぬものであるが、よんどころなく貸さねばならぬ時は、たとひ不用でも、其の本以上の価値のある先方の本を借りて置けば安全第一である」とあって、そういえば、徳永さんの『二十世紀の芝居小屋』って誰かに貸し出したまま返ってきていないのじゃないかと思ったりする(宮崎学『ヤクザと日本』を読んでいると引用されていたからなのだが)。 でも、面白いのは、やっぱり外骨自身で、それが赤瀬川には分かってしまうのでどうも落ち込むみたい。まあ、それはそれとして、外骨がまた世間にカムバックするのに雑誌『広告批評』が一役かったらしいのだが、その広告批評をずっと私は愛読していて、もちろん、外骨特集も読んでいる。でも、ない。どこを探しても広告批評のコの字もなくて、午前中、本の山を作ったりくずしたりした。そうそう、京都橘大学の図書館検索をすると、滑稽新聞の復刻他、外骨文献は1階の雑誌新聞コーナーに収蔵されているそうだ(事務連絡)。 で、西陣ファクトリーGarden。となりの尼さん学校の宿舎がからっぽになっていて、上念さんや岩村原太さん(リヨンにはいいダンスのフェスティバルが2年に一度あって山海塾はよく出たということ)に、小暮さんの大学が買ったらどう?といわれる。もちろん、私にはそんな権限もないけど、いいところだね。 セレノグラフィカプレゼンツ『短編小説』。14:07から7分間の休憩があって約1時間。チラシには「私の語る番ですか?」、シリトリジンギ、この小さな箱とあるので、この3つを短編のダンスとして観たのだろうが、あんまり、何があるか気にしないで観ていたので、「短編小説」というから、積み上げられた本134冊(いらなくなったもので、誰かの蔵書ではないのだということがあとで分かったのだが)を無作為に読んだりするのかとかってに思いながら観ていた。 午前中、外骨特集探しで本を積みあげては崩していたので、そういうダンスを見ても何だかダンスを見た気がしない。こういうときはもぞもぞして、本の題名ばかりが目につく。そういうふうに午前中、題名ばかりを気にしていたからで、そのうち、表紙の色がけっこう白いものが多いなとちょっと舞台美術的視線にかわってくる自分があって、ようやく、この動作はセレノ的だよなとか、吉福敦子さんという長身の人の手(てのひら)のインパクトが強いとか感じだして前半が終わる。 ハーブティーがおいしい。後半、3人が元気に穴あき箱と戯れつつ、しりとりになる。単純さはとてもいい入口。ダンスカンパニーの名前が出たり、打撲とか、ダンス関係者が思わず笑ってしまうものがきっかけになって、箱をしまうのがむずかしくて何度もやりなおすことがダンスになるのね、というような楽しいダンスが阿比留修一さんによって踊られているので、ダンスを観ることがどんどん楽になり・・・ようやくダンス鑑賞スタンスってこんなんだったかと思い出す次第。 そして、ラスト。吉福敦子の垂直にてのひらがユックリと、ぜんぜんヒラヒラではなく、かなり硬質の陶器がゆれるように落ちる印象的なソロがあり、ほんとうに今度はラストのラストとして、隈地茉歩のカラダを横にする水袋のようなダンスがしめる。隈地さんのダンスの特長は甲殻類(Crustacea)のダンスの正反対、腔腸動物(サンゴやイソギンチャク)あるいは、棘皮動物(ナマコ、ウニ)のダンスなのかもね。 いずれにせよ、二人がとても対照的なカラダなので、その二人のよさがずっと残っていて、あとでビールを飲みながら、あれって、二人が残るけれど、そのまえの阿比留さんは損だよね、あんだけ汗かいていて、とか和んで話す。一緒に観ていた今貂子さんが、山下残作品をベルギーで公演してきた話を聴く。サイン会になったそうで、サインを練習すればよかった話など面白く、あと、うちの学生たちに制作のお手伝いをしてほしい話もあって、これは、上田千尋さんに来てもらわなくちゃねということになる。 2回生の後期への課題はアーツマネジメント実際体験ということにしようと帰り思う。 |