こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.6〜7


こぐれ日録596 2008年 6/30〜7/6

6/30(月)

先週は収穫多く、でも、仕事場(ゼミの学生とも「改革」大好き大学理事会とも)との落差多し。
京都府庁で国民文化祭関係の会議。新しい課長は名刺交換させたり、自分で黒板に書いたりパフォーマンス大好き人間らしい。先週、国文祭でアイドル誕生はどう?っていうと乗っていたし。私が発信嫌いということを知っているのかどうか、発信という言葉が最後の一回だけだったので、ちょっとお役所の会議としては心やすまる。

「文化の家出」について。安心して子どもや大人が家出ができる文化現場とは。
アウトリーチを家出と考えてみようとちょっと思ったり。次世代文化関係が、文化お手伝い、文化内弟子プロジェクトときたので、つぎなるテーマが文化家出だ。

でも、家出を出家とするとちょっと怖くなるかな。発心(ほっしん)というのも、じつはなかなか、キワキワ(アサダさんの口癖)だよな。心を発する。「・思い立つこと。企ててし始めること。発起。主唱。・修業して仏になろうと、菩提心を起こすこと。出家すること。」広辞林より。

昼飯を食べながら修士論文へ向けてのインタビューを受け、大学へ。
ゼミは、いまごろになると出てくる話なのだが、そもそも大学とは何のためにあるのか!という議論をした。
ホントに何のためなのかな。いや、何のためという問いが間違っているのかも知れないよとも話す。人間のそもそもの欲求、知りたいから知りたい、というそういう探究心だけで成り立っているんじゃないか(神の存在理由探究という名目があった中世ですら)、そもそも大学という得体の知れない場は。

役に立つ大学(資格がとれていい企業に就職できる、金持ちと結婚できる・・・)なんて、邪道だし、まるで、うそであって、そのうそを私たち教員も知らず知らず大学理事会さんたちに加担して、ついているのかもね、というような話が4回生になるとできる。もちろん同意はしてくれないとしても(ブランドなんて意味あるの?という私の問いにはね)、そういう考えはありかもね、あるいは、もっとうれしいことに、そういえばそうね、とか聞いてくれるようになる。それがゼミのまあ楽しみといえば楽しみ。

文化政策とか、アーツマネジメントとかそういうことは自由に考えるためのわだい的なきっかけにすぎず(でも、やくざと日本的アーツマネジメントの問題群は話したな)、大学で既成概念や自分の偏見からいささかでも自由になること、それだけが大学の機能なのだろうな。

血液型性格占いは疑似科学的装いの都市伝説だという話もブログですでに書いたりしていたが、一応念のためしておいた。


7/1(火)

1限目は、小津安二郎『お早う』につづいて、清水宏『按摩と女』。最近の『山のあなた 徳市の恋』に似ているという感想にはまいった。君のお父さん、君に似ているねと冗談半分に言ったりもするからしゃあないか。来週は、サイレント映画に挑戦ね。映画ですら、いいものを味わうためにはずいぶん準備が必要となる。時代が古くなるにつれてますます。だから音楽でも同じこと。これは、もちろん市場(大衆)音楽の新旧の話で、コンテンポラリーな映画・音楽・美術は古典アーツとは別のアクセス困難があるのだが。

3限目、2回生ゼミ。次年度のこともあるし、後期にかけてアーツマネジメント実践をどう無理なくするようにしむけられるか。いまはとりあえずかえっこの蜜月から冷却期間として様子を見ることに。でも、メックをしようとメールしてくる学生が数人いる。かえっこを継続するのはもっと多そうだ。あとビギナーズ+劇研研修はもともと1人いるので、そこへ今貂子さんあたりの制作に飛び込む学生、大阪アーツアポリアの病院関係、あと、山科青少年活動センターのお囃子隊のメンバーもどうしても必要なようだ。いないかなあ・・・。

今日も少し前のお芝居の企画(バックステージや地域通貨もあったので)を見せた。来週にもいろいろな企画書を見せようと思う。愛知芸術文化センターの「第3回ACCサウンドパフォーマンス道場作品企画案の公募」の企画書(ニュースリリースペーパー)。

5限目。本読みをしていて、そのなかに「シティ・マネージャー」のことが書いてあり、日本でもその制度可能性について論じてあった。シティマネジメントって、結局「まちつかい」なのかも知れないなとあとで思う。

そうそう、鈴木尚之『私説 内田吐夢伝』岩波現代文庫、2000年(なお、文庫化される前、1997.9に岩波書店から発行されている)。伝記というのは、壺にはまるとぐいぐい読み進めさせてくれるものだ。東映という少しなじみが少ない映画会社の動きが中心なので、清水宏や小津安二郎の動きが、東映側(内田監督)からはこう見えるのだなと新たな視点が増えたし、松竹がディレクター制、東宝がプロデューサー制、そして東映が大スター制というアーツマネジメント視点からの目覚しい違いというのを知ったり、とても勉強にもなった。あと、著者がシナリオ(脚本)家なので、その視点も新鮮。


7/2(水)

いつも、学期のはじめは希望に満ちている。
今年はこういう授業にしよう、こんなことを学生に伝え、こういう体験をさせれば、どうか。
そうすれば、いままで学生たちが好きだと思っていたもの以外の広大なアーツの領野を垣間見ることが出来るのではないか。知るということの楽しさを。
目先の役に立つこととか、就職に有利な資格云々という、本来の大学活動にとっては、枝葉末節のことを忘れるぐらいの、うっとりとした、めくるめく世界へといざなえるのではないか、とそう思っていつもはじめるのだ。

で、いまごろ。学期の終わり近くは、いつも雨・・・・
はじめの希望的な意気込みはすでに無残にもなくなりはて、じめじめとした季節とともに、ああ、ことしもまた、というため息と失望と自分に対するいじけた気持ち、負け犬の遠吠えのようなブルージーな気持ちになったりしてきた。

まあ、今年もそんな部分もある。でも、ちょっと違うように思ったりもする。いまだに、より瑣末なほうへ、世界も身近なところも行こうとしているのは変わりないし、さらにまたひどくなりそうだ。正直、笑い事ではなく、大阪府がここまでひどくなるなんて予想もつかなかったし、もっともっと悪いことだってこれからもおきるのかも知れない。

でも、身近なことでいえば、今年度、文化政策学部文化政策学科が建築インテリアの先生を数名追加しただけで突然現代ビジネス学部都市環境デザイン学科に変わってしまうというびっくりなことがおきて。
でも、私はなぜか私としてこうしていまも文化政策学科のときと同じに存在し同じこと(営利企業ビジネスでは出来ない非営利アーツマネジメントの大切さ、あるいは、地域は都市だけでなりたってはいないこと・・・)を考え伝えている。そう、学部名学科名がどう変わろうと、なんとかそこにおらしていただいているのです(たとえば、文化発信戦略学科とかになるよりはましだよねと思ったりもして・・)。

ささいなことのようだが、これって自分的にはけっこうすごい。そういうことに耐えられるなら、まあ、これから起きるだろうより悪いことも耐えられるのではないか(アーツマネジメントの授業は来年度から半減して、その代わりイベント論とかをさせられる〜これはもう準備中で、イベント=お祭りということで、限界芸術としての冠婚葬祭論になるから、学生たちには不評であろうがこちらは奇貨とするっていうやつである〜)、それよりも、死ぬ前に自分がすべきことを考えていくことがより大切だと思えるようになってきた。

そうそう、いまこれを書こうと思ったのは、以上のようなことではなかった。

書きたかったことは、
大学とは、隠されている本当のことを一緒に考え調べるところだということだった。たとえば、この前の下鴨車窓「農夫」(作・演出:田辺剛"http://kogure.exblog.jp/7247908/")を見た学生なら分かるだろうが、お芝居は「ミュージカル」な(心地よい音楽・ダンスなどによる娯楽的)要素がなくても、ちゃんと、お芝居なのだ。音楽が世界からなくなったとしても、演劇として成立できる。それが劇作家と演出家が常に追求していることなのだ。

もちろん、音楽より演劇のほうが上だとかステキだとかいっているのではない。音楽についても、演劇と同じように、隠されているもの、有名ではないが、有名なものと同様、あるいはそれ以上にステキなものがあって、それは「ほっておくと、なくなってしまう」危険がいっぱいあるようなものがあるということ。

本質的なこと、ほうとうの世界とは何か。
マーケティングとか、集客できるか、お金儲けができるか、有名になれるか(ブランド化できるか)も世間ではとても大切だといわれているそうだが、そういうこととは別なことだって世界にはあるということ。

映画も同じだ。無声映画を観ると本当に映画の初源が手に取るように分かる。動く写真としての映画。映画は、活動写真といわれてきたように、写真が動かなくなれば映画ではなくなるが、音声がなくとも、もちろん、色彩がなくとも、十分に映画なのだ。映画とは何かを知るのは、無声映画を見るとことからはじめる。そういうことが出来るところが、大学なのではないか、ということ。

「われらは世界のまことの幸福を索(たず)ねよう」(宮沢賢治「農民芸術概論綱要」)

以上のことを書いて大学へ。
アーツマネジメント総論。ようやく限界芸術論だ。52名の受講。
イチハラヒロコさんと伊達伸明さんを例示しつつ先端芸術と限界芸術の共振について話す。昔は、いつも宮沢賢治の農民芸術概論綱要を朗読したものだ。いまは、学生にはどうも漢字等がむずかしく伝わらないのでやめてしまっている。でも、再開してもいいような気にもなっている、なんとか。

昼休み、伊丹アイフォニックホールで市民オペラを担当するようになったという卒業生がやってきた。卒業後紆余曲折があったのかどうかとか全然知らないが(OゼミかとO先生に聞いたら違っていて、Iゼミかも知れないと思ったりした)、関係のところで働いたりするんだなあ。彼女は編入してきた学生で、アイホールの紹介をしたら友人とさっそくそのお芝居を見に来て(あれは燐光群だったな)、びっくりしたものだった。こんな学生が5名ほどもいれば、ゼミを開くことが出来るのだが、さてどうかなあ・・・

夜、三条京阪の近くで、演劇の制作関係の方々のなかに入れてもらい、雑談。
いやあ、年寄りの世迷言ばかり話したのかも知れない(記憶混濁・・・)。


7/3(木)

最近、気がつくと脳内で交響曲などが鳴り響くようになった。特に朝、歩いていると。
モーツアルトの40番がもちろん多いのはずっと聴いていたからだけれど。最近、ワルター指揮の40番(授業のあとで手に入れる)がお気に入り。

もちろん、かってに歌を作って歌う夜もある。
限界芸術を知らず知らずやっていたり、イヤホンで音楽を聴かなくても、ただで音楽を聴くことが出来る。幻聴さんとはちょっと違うけれど、なんていうのだろう、こういうのは。

限界芸術の言い換えあそび。「だれでもアーツ」って前は言っていた。いま思いついたのは「きわきわアーツ」。うん?先端芸術を「さきっぽアーツ」と呼んでもいたが、「きわきわアーツ」といいかえてもいいかも。とすれば、限界芸術は「きわアーツ」か。こうすると、限界芸術と先端芸術の予想外の近さがよく出るかもな。アウトサイダーアーツは限界芸術なのか先端芸術なのか、あるいは、もっと違うもの、たとえば「外側芸術」とでもいうべきか、という難問(アポリア)には到達できそうにはないが。

近大。
リリパット・アーミー1995年公演(青山円形劇場か近鉄アート館か)の映像の前半。のちに小説化した冒頭を学生たちに音読させてから見せる(社長や柿沼、ト書きに分けて)。小説は社長が男になったり、いろいろ変化していて、こういう風に演劇脚本のノベライゼーションって面白いよなと思う。他になんかあったっけ?中島らも『こどもの一生』(集英社、2003年)。

16時半に、はなと梅田阪急百貨店で待ち合わせ。地下に会いたい人がいたからだが、今日は休みだった。
阪急で吹田駅へ。時間つぶしに神社とか、マンホールが太陽の塔なのね。昔風の喫茶店でホットケーキ。
メイシアター大ホール。栢下(かやした)さんが、金徳沫(キム・ドクス)サムヌノリ・ファンクラブ関西事務局長)なので、呼んでいただいたのである。

サムルノリ誕生30周年記念公演。はじまって数分は、イ・グァンス奏するケンガリ(小鉦)の騒々しい音(日本の鉦とはまた違う雑多な響きがその後ものすごく気持ちよくトランスさせてくれるのではあるが)、そして、鳴り渡るテビョンソ(イ・テギュによる)の音が猛烈な動揺をカラダに与えたのだった。

で、ピナリ。ホール壇上に聴衆があがってお祈りをする。韓国(朝鮮)風の丁寧なものだ。靴を脱いで。その前でイ・グァンスは、ピナリを歌う(語る)。朗詠という感じか。「この詞には、創世の来歴と悪払い、厄払い、言祝ぎ等の内容が込められている」という。芸能と習俗、信仰が渾然一体としている現場からは遠いが、その記憶を壇上に上った年配の方がたは辿ることができるだろうし、若く、礼拝の仕方をこの場で習っている若者もまた韓国の風景を少しは幻視するのかも知れない。

第1部は、そのあと、2つの壮絶な演奏があった。4人(キム・ドクス=チャンゴ=杖鼓、イ・グァンス=ケンガリ、チェ・ジョンシル=プク≒太鼓、ナム・ギムン=チン≒ケンガリより大きい鉦)がチャンゴだけで演奏するモノクローム故にサムルノリのリズムの様相だけがくっきりと映像となる「三道ソルチャンゴカラク」。そして、代表的サムルノリの名曲「三道農楽カラク」。もう即興演奏とか現代音楽とか、なんとかかんとか言わないで聴くしかない音楽である。でも、けっこう遊びもあり、つっこみどころも用意している。

第2部は座っての演奏から、うってかわって、祝祭の場にやってくる、移動音楽隊としての5名。いやあ、50歳代とは思えない。動き回り、くるくる回るダンス、日本の田楽と似ているところってあるんだろうか。白い帽子に紙テープ、あるいは、プポ(帽子の羽根飾り)。紙テープをはなはつけて踊ったことが高校時代あったそうで、あれはむずかしいのよという。踊りが視覚となって軌跡となるなんて、実にすばらしいエンタテインメント性だ。本当の祝祭の場にいきたくなり、最後のアンコールは、またまた聴衆が壇上に上ってぐるぐる踊る「ティプリ」だ。左回り。小学校のときプールで輪になって歩き泳いだあの感触を思い出す。

帰り、電車の中で二人ともリズムを指で打っていた。はな、リズムを覚えていた。


7/4(金)

ドジる金曜日。
手帖に13時、京都府公館、と書いてあった。その手帖も忘れつつ、アルティに着く。会議室に何もなく、おかしいなあと思ったが早すぎたので、3階で本を読む。読み出したこの新書、『変貌する民主主義』(森政稔、ちくま新書、2008)かなり考えさせられる。「現代」とはいつからか?というではじめからどきどき。だって、気がつけば私って「現代ビジネス学部教授」だもんなあ(苦笑い)。現代とはなにか、いつからか、という問いはこの肩書きになれば、きちんと追求すべきだものね。この本によれば、1960〜70を発端にし、ニューレフトから1980年代の新自由主義、市場原理主義を経ていまということのようだ(ビジネスについては、もうすこし頭を冷やしてから考えよう、いまは忙しいの名詞化としか頭が働かないので)。

12:50になり、おっと、間違ったかと思い、平安閣へ。これもからぶって、ガーデンパレス。三振。信号を変わる直前に歩道を渡ると、止っていた自転車のおっさんにどなられ、恐縮。ついていない。13時になって、アルティの事務局で今日の京都文化ベンチャーコンペティション実行委員会及び文化ベンチャーネットワーク会議及び懇親会の場所を聞いてもらう。すると、まったく知らないルビノ?京都堀川とかいうところだという。タクシーでは近すぎるのでこう歩けばいいということだった。

と、事務局の別のかたがFさんの訃報をこのブログに書いたでしょ?といわれる。ダンス関係者から電話があったという。おっと。家族葬(密葬)だったので、知らせていない。ありゃりゃ(帰ってFさんにした:すみませんでした)。そうそう、現代ビジネスって自分は無縁と思っていたが、すくなくとも葬送ビジネスについては少しは知っているのだった。こんなところで不謹慎だが、葬送は現代ビジネスにふさわしく、密葬と家族葬は違うなとか、葬儀の社会的意味について、ちょっとまた研究課題をFさんの死とその密葬する家族心理など、ケーススタディ的にしてしまっている自分がいるな。

20分遅れで委員会に参加。そろそろ携帯電話を!と能吏のXさんに言われる。必要ないですからというと、ほれ、いま必要だったでしょといわれて、返す言葉もない。でも持たないのですね。間違わないように書類を自宅に送ってもらうことにする。じつは委員会の通知をたぶん大学に来ていたのだが、書類の山に埋もれて見ていないのだった(メールもあったはずだが、それが国文祭とごっちゃになってよく分からないままにしていた)。

たいしてビジーでもないが、京都府では、一応、これと国文祭、あと懇談会(これは年に1〜2度かな)。大阪府の仕事もちょろり、滋賀県はいま図録づくりなどでちょっとワクワクしている障碍者芸術祭関連とNO-MA関連のあれこれ(これは運営委員会はあんまり開かれていないが、関連でかっぱ遊び企画〜ひつじつかいさんも参加されそうだ〜がある)、糸賀一雄音楽祭も関連といえばそうだな。それと栗東のさきらの運営委員会ぐらいか。あと枚方で去年何かしたが今年はどうだっけ?そうそう関西広域機構という所でも何かやっているのかも知れない。もしこれに抜けていることがあったら、また教えてください(NPOの理事とか会員とかもなんだかいろいろあるな。所属学会というのは一応3つあるが、一つだけでいいやと思っている。で今年はどこにも学会費はらっていない。そのうち除名してくれるだろう。だって、査定されて通るような論文というものの書き方がまるで分からないしそれについて興味もじつはないし、そういう学術系の集りってほとんどきれいごとばっかりで、実際は、ちゃんとした鑑賞眼あるひとがどれでかいるのか知らないし、そもそも、現場でしばしばアーツ鑑賞していないし、ましてやアーツプログラムをちゃんと実践していないし、正直、他人の褌的でずっこいなと思ってしまうのでいやなのだ)。

お寺と紙芝居。いいね。神社もいいと思うし。仏教啓発紙芝居の歴史はキリスト教紙芝居の翌年ぐらいなので、かなり古い。1930年代のこと。娘さんがイタリアで絵画を学んでこれからどうしようかと相談されたりもした(京都の企業さんの方から)。あと、毎日新聞の京都支局にホールがあって、1928的アーチがあるらしい。一度見学しようと思っている。何かに使えるかも知れない。

あわてて、堀川から難波へ。ぎりぎりで精華小劇場。途中、もう間に合わないかもしれないし、いっぱい歩いたり走ったりしたので、引き返そうかと思ったが、2時間のお芝居を見て、少し刈り込めそうだなとは思ったが、観劇をすることができて、とりあえずよかったかなと思う。でも、隣の人に迷惑をかけたかも知れない。観ていて、気がつくと靴を脱ぎ、靴下も脱いでいたのだった。足から臭いでたかも。すみませんでした。隣はよく見かける新聞関係の批評家か大学の先生ではなかったかしら。その隣は小堀さんだったな。

A級MissingLink第15回公演・精華演劇祭vol.10参加公演『裏山の犬にでも喰われろ!』。魔女と辻神というのは、研究課題そのものなので、こうしてお芝居になるのねと面白く見たし、前世の話はスピリチュアルばやりなので、そうなのかとも思え。会話で、「何」とか、この受け答えって、よくあるけど、どうなんという部分は前もそう思ったがあったし、前が確か映画サークルの話で入れ子になっているもので、今回は市民参加演劇の戯曲講座がそういう入れ子で、ちょっと、そこは少なくとも自分のなかでは新鮮ではないものではあったかも。


7/5(土)

12時、この夏京都芸術センターにてインターンシップさせていただく学生Kと待ち合わせ。今年からインターンシップ事前研修の私の担当は1回だけになったので、現地をまず見せておくことにしたのだった。3回生。はじめてここに来たという。いま3回生はゼミを持っていないこともあって、何をゼミではしているの?ときくと指定管理者制度とかだという。いいことだ、地方自治法第244条「公の施設」のことを勉強していれば、京都芸術センターの「公共性」とは何かという目線で現場をタイケンできるだろう。事務室でこの4月からコーディネーターになったという背の高く、いかにも美術キュレーションにふさわしいような女性と会ったので、Kを紹介しておく。私も名刺を渡すべきだったな。最近ここに来ていないので私も無名になりつつあることを忘れてしまっていた。失敗。

ギャラリー南は、ヨーロッパ(イタリアあたりかな)のアーティストによるかなりけったいなレジデンス的インスタレーションやアニメ。子どもたちが楽しんでいた。売れない野菜を使った料理のお供え。お供えの現代アート。
ギャラリー北はフィリッピン女性4人の作品展ということだが、パフォーマンスアート的、フェニミズムアート的なそういう感じのもの。こういう展示はその過程を一緒に認知していかないとただなんだろうかと通り過ぎてしまうタイプのものだ。

別れて昨日毎日の方からいただいていた、細見美術館『仏教美術と工芸』を観るために東山へ行く。
展示室が分かれていて、階段を下りたり上ったりして、アートショップにいつしかつく。狛犬の平安時代あたりのものが、いかにも顔が小さく強そうなライオンらしくて、これが一番の収穫。獅子・狛犬って平安から鎌倉にかけて劇的にかわるんだなあ。

アートショップでは、代官山にあった(いまもあるのかな)、「かまわぬ」の手ぬぐいがいっぱいあって、久しぶりに旺盛な物欲が出たが、もう手ぬぐい、収納する引き出しがないぐらいだし、手ぬぐいの熨斗袋とか、いやあしゃれていて、ほんとに欲しかった。

でも、だれにお祝いすることもなく、お葬式だったらこれからもいっぱいあるだろうが、お祝い袋はいるかどうか・・・(帰って芳江に「かまわぬ」あった!というと、どうして京都で東京の手ぬぐいよ!と言われて、それまで、そういうこと―東京の人が京都に来て東京の手ぬぐいを土産で買う―ということに気づかず、おかしかった。)だって、かまわぬではないか、江戸ぶりの模様って、京都などのもっちゃりしたものにはない味があるんだよね、小津映画に出てくる着物柄みたいな。

あとは時間つぶし。京都会館を別方向から見るとかなり巨大だなと思いつつ、京都市美術館別館というキッチュな建物にはいって、キッチュな扇面美術展を見たり、はじめて平安神宮なるものの中に入って、ほんとに表面ぴっかぴっかなパビリオンだなと思う。神社そのものがご神体であるというが、そもそも、目には見えない神様のパビリオン(仮設構築物)であり、「よりしろ」という擬制であるといえばそうかも知れないが、平安神宮が日本の近代化のはじめの博覧会イベントのための施設(明治における古都の創造)だと思うと、そういうイベント研究にふさわしいものであるし、そこの神輿が出るとすると、イベントで出来たパビリオンが天皇さんを祀って京都市内に進出するという近代天皇制のナショナリズム形成過程における文化的側面が垣間見られるイベントであるというわけだ。時代祭りという近代化イベントももちろんそうだね。

疲れたので、軟式野球の練習を見ながら読書。気持ちのいい木陰、すこし蚊にかまれるが。今出川へ(ホントは京阪三条駅から立命館大学に行っていたとき使ったバス〜59番だっけ〜に乗ると、千本鞍馬口にすぐに行けなのだが)。久しぶりに天下一でこってりなラーメン。焼きブタが一面にあるやつ(900円)。歩いていこうと思ったがつかれて、途中だけバス。千本通りを歩く。どんどん商店街が面白くなっていく。千本釈迦堂がここだっけね。
鞍馬口通りを船岡温泉めざして歩く。中途半端だったので入らず。もったいなかった、寄り道しないで、銭湯に入って鑑賞を今度は実現しなくちゃ。ほんとによさげな建物の構えなり。

案内の人に声かけられて、スペースALS-Dへ。2階建ての長屋。小針さんがいたりする。由良部さん、志賀さん。サウナ状態だったでしょと終わったあと言われたが、まあ、けっこう扇風機もあり、面白かった。

『human case』〜飼う、育てる、他者を。
18:40ぐらいから20:20ぐらいかな。4つの作品。human caseというのが最初で、黒子沙菜恵さんというか(黒子さなえさんが、黒子沙菜恵さんになったので、漢字変換登録しなくちゃいけない)、兎さんがシーツにくるまって踊るもの。演奏はいつものように、take-bow(前説などずいぶんお能のような演技だったな)。「日常」はその兎さんが京阪電車各駅停車に乗ったり近所で買い物したりうつらうつらしたりする映像作品(藤林昌奈)。3つ目が「むし」。むしは、無視であり、虫であるのだろうな。あと無私とか、蒸しもあるか・・・

受付にむしちゃんがいたので、むしちゃんかと思ったら、野田まどかのシャープな動き、ちょっと舞踏はいっていたようにも思えたが。そうそう、藤林さんともうひとり、福井悠平という若き男性の映像もとても面白く、見入ったな。
最後は、take-bowの演奏。左手のギター演奏にはしびれた。雨だれ、トタン音も偶然だが、オープニングにふさわしく、思いがけないことが起きるとてもいいスペースになる予感いっぱいなり。

帰るとき、とても細い道をジグザクしてみた。夜に通るべきではないかも知れないが、とくに女性は。
あと、このスペース名。わたしのような年寄りには、なかなかおぼえづらいだろうな。きっと、あの西陣の由良部さんや志賀さんがやっている・・とか、LSDだっけ、ほれ、あの障碍関係の・・・とかいうだろうな。


7/6(日)

きょうは、東山青少年活動センターにいって、全国の地域における演劇制作者のネットワーク勉強会にちょっくら顔を出し(お題は「アートのある生活」)、帰り、一人で「ひがしがし」の製本を黙々としている2回生Uちゃんとちょっとだけ一緒に折りながらお話をした。しかし、京都橘大学生の伝統的な文化様式、地味ながら黙々と下積みを楽しむというスタイルを彼女ももっているなあと、飽き性で、友だちいない、と甘えん坊な自分と比較して、わが大学の学生ながら感心しつつ、家に。

帰って、MOP『エンジェル・アイズ』のビデオを見せている関係上、映画『OK牧場の決斗』(ジョン・スタージェス監督、1957年、117分、オリジナル全長版)を観る。篤姫の前後にね。バート・ランカスターがワイアット・アープ、カーク・ダグラスがドク・ホリディ。お芝居のイメージが強くて、オリジナルの方との落差がおかしいが、やっぱり、ワイアット・アープというのは、どこかずっこい所は無意識にではあるがあるのかもな、とMOP(マキノノゾミ)の慧眼を思ったりもした。


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