こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.6


こぐれ日録593 2008年 6/9〜6/15

6/9(月)

夜は、ようやく第6回アトリエ劇研演劇祭、演劇ユニット昼ノ月『顔を見ないと忘れる』を心から楽しむ。再演。初演のときより、何だか、明るくなったような気がした。当日パンフの緑色インクにもすこーしその明るみを感じるのは私だけかな。

同じ台詞、演出的にも大きな違いがあったようには見えない(リコーダーがそんなに上手でないところなど、じつに巧みに芝居を重層化する)。作・演出:鈴江俊郎。19:40〜20:37。テンポよく、でも、滑っているだけではない(一応65分のお芝居という前説あり)。

ツバメ(押谷裕子、一応、妻の比ゆだとして)は何度も海に飲み込まれそうになるし、夫=男(二口大学)の将来はやはり、また刑務所に戻る確率高いかなとも予想されるのだが、こうして会っている限り、希望があるのではないか、かすかな光ながら、それは途切ることはないのではないか、と、観劇後、前向きになる舞台だった。見終わった人たちの拍手が長くしっかりと続いて、その一点だけをとっても得がたい舞台。そして、これからも何度でも見たい、色々な方がたに見てもらいたい舞台だった。でも、まだ、細目のところで、これってどうしてそうだったっけ?とか思う点もあって、その謎、大きいものも小さいものも、また、考えてみたいなとも思ったりする。

帰り、三日月がバス停にかかっていた。細いけれど、くっきり。昼にももちろん空にあっていたはずのその三日月である。

昼は、振替休講なので、のんびり。しずかな研究室。したことは、82名の領収書と出席簿を作って教務課へ提出すること(こうしてようやく鑑賞費助成〜1科目1000円だけ〜が学生に返って来るのだが、返すのも教員自身がしなくちゃいけない)、ぐらい。
あとは、ぼーっとしている。生協のスタッフさんが昨日も来てくれていたので、感想を聞く。タイケンコーナーなどとても遊んだということ。滞在時間が長かったのが、今回の収穫だな。
もちろん、反省点は、そこから楽器ライブへ誘う方法がなかったかどうか、だが、これは即有料チケットを買おうというわけにもなかなかいかないもの。ちょっと、PR映像などがあれば、すこしは違ったかな?

学生で入ってきたのは、演劇部の部員が入ったので、はんこくださいという学生が一名、あとゼミ生1名。教務課長に呼び止められ、進行中のあることにストップがかかる。学科としては学生のニーズにあうよう、教員が犠牲になって行ういま考えうるベスト案と思っているのに・・・(昔の自分だったら怒っていたかもなあ、でも。もう、こういうことはなれっこになっていて、だいたい文化政策が現代ビジネスになるのだから、それに比べたら、まるでたいしたことでもない)

昨日のフォーラムの記事がないかなと見ている。
身内だけれど、ゆっきーさん。"http://blog.canpan.info/ssw/archive/51"

あと、すでにメールが、さきらでの夏祭りの候補に急きょなったこともあって、来られたさきらのYさんからいただいていた。「おえかきコーナーで、かえる一匹1ポイントで、ものすごい数を1枚にかいてすごいポイントを稼ぐ人がいてトラブルがないかな、と思いました。また、輪投げのポイントも高かったです。」

そうなんですね。後者は、学生たちに一度任せてみたかったので、想定内だったのですが、前者の「荒稼ぎ」は想定外だった(少なくとも私は)。途中で、いくら小さく多く描いても紙一つで1ポイントにしました。そして、もし、次にこれを続けるのなら、ここでも感動ポイント的に(子どものタイケンコーナースタッフが出来れば特に)、原則は1ポイントだけど、これはすごくユニークだから2ポイントだね、とかの方がかわいいな、と思ったりもしたところ。
ただ、ポイントを多くあげたこと、あと、バーゲンセール(1ポイントおもちゃが大量すぎて処分セール時間を設けました)のかいもあって、リサイクル的にはよかったかなとも思いますが、次のかえっこのためにとっていったかも知れず、まあ、考え出すと色々・・・そこが面白いのだなあとも言えますね。


6/10(火) 

「なんだか、きょうはやけに明るくやっている」
1限目の授業(自分探しの旅)は、新宗教から墓場鬼太郎へ、というつながっているようでつながらない授業になったけれど、今日はどうも気分がハイなのだ(学生の感想に、この授業がなんの授業がまったく分からなくなりました、というのがあった)。どうしてかなあ。昨日の観劇がよかったのか、アルコールを久しぶりに抜いた(飲もうと思えないほど昨日はくたびれていた)からかな。

3限目のゼミ。また全員出席。反省とよかった点を書き出すとほんとにいっぱい状態になった。
かえっこバザールを手伝った子どもたちの数は、どうも、10数名にのぼるようで、彼ら彼女らは必ずしもかえるポイントをほしいからではないということも分かってくる。手伝うこと、とりわけバンクマンをすることが楽しそうだ、やりたい!からやりたい!!という感じ。いいね、いいね。

かえる手ぬぐいを洗濯してもらうこともできたし、あとは、お絵かきのペンがもっとあったはずなので、それを探しつつ、少し研究室と学部長室を片付けなくちゃな。

京都府の京都文化ベンチャーコンペティションのポスターやチラシをもって担当者2名が来られて、あれこれ。7/4の午後に、実行委員会や文化ベンチャーネットワーク意見交換会、交流会がある予定である。

5限目、キャリア開発講座。12名。PFIの解説と例示(斎場の例があったので、お葬式についてずいぶん脱線してしまった)。これで本日は終了。

そうそう、少し前に、吉野孝雄『宮武外骨―民権へのこだわり』(吉川弘文館、2000)を読んだ。日本の雑誌歴史を研究するためには、宮武外骨を素通りはできないなとつくづく、その人となりを味わう。戦時下では、絵葉書収集(博報堂の創始者が注文したらしいが)と雑魚釣り、そして、買出しの毎日だったという。

それにしても、ただ、彼が発行した雑誌のタイトルだけをあげるだけで、そのすごさがわかる。頓智協会雑誌、滑稽新聞、ザックバラン、不二、袋雑誌、スコブル、男女性学雑誌、迷信研究雑誌、赤、奇、猥褻研究会雑誌、此花、震災画報、変態知識、面白半分、公私月報・・・・


6/11(水)

2限目、アーツマネジメント総論。9分類へ。あと、コーヒー・ルンバを井上陽水→荻野目洋子→ザ・ピーナッツ→西田佐知子の順に流す。最後まで聴いていた学生が、西田佐知子のコーヒー・ルンバの暗さに驚いていた。
あとは、校務。
そして、和太鼓クラブの新人歓迎コンパ。桃次郎。ここは単価が高い。韓国の留学生、秋田からの学生、救急救命コースの学生・・・今度部長になる学生(児童教育学科2回生)にはこの前かえっこバザールで会ったのだった。そうか。

帰ると、1981年に発行された(ぎょうせい刊)『サービス経済化時代の地域戦略』(国土庁計画・調整局編集)が届いていた。懐かしい。
確かに、最後の40ページ分ある「報告書ノート」は、「筆責小暮」となっている。報告書にはもちろん下書きだし委員さんたちの報告書なので署名はないが、これは、私の始めての著書なのかも知れない。まあ、ほんとにささやかなもの。でも、25歳の頃思っていたことといまがあんまり違わない方が恥ずかしいけど、ね。


6/12(木)

近大の帰り、京阪電車に乗り換えようとして、献血車を見ると、全部の血液型が足りないとなっていたので、2年ぶりに献血。磁気カードに替わっていた。何歳まで献血が出来るのか?とたずねると原則は64歳までだという。60歳代で献血した人は69歳まで延長されるらしいけれど。あとちょうど12年か。

各駅停車を乗り継いで丸太町。
京都府立芸術文化会館で、講談師三代目、神田山陽独演会、百連発、カヤの中を楽しむ。
すっごく面白くて、リクエストに必死に答えてくれるし(太閤記をやってもらった)、創作物(鼠小僧がサンタクロースに出会う話)や、新作(かっぱが箱舟にのって水がなくなっていく話)も時間オーバーのなかでやってくれる。

休みの7分も撮影タイムだったし、イタリアの電車の時刻の話や、地産地消が北海道のかれの実家(網走大空町)でもぜんぜん出来ない話、小学生になっている話など面白すぎるネタばかり。

いろいろあったが、ちょっとだけ書き足すと、
落語と講談の違い。落語家が700人を超えているのに、講談師は70人を切っているのかも知れない。落語は台詞が中心だが、講談はト書きが中心。落語は話すのだが、講談はよむという。昔は本を置いて、字が読めない講談師も本をめくっていたという。

内容のことはなかったが、講談は美談とか教訓譚が多い。聞いてほろりとしたり、へーっと思う。落語の笑いとは対極にあるようだが、そこを三代目は果敢に笑いを入れている。逆に講談師が得意とする怪談は不得意らしい。

ただ、古典というのがいまの時代においてはずいぶんと異文化ゆえ、難解かも知れないがある糸口が見つかると深さが魅力であり、どちらにせよ、創作された新しいアーツと同様、馴染みがない大多数のわたしたちにはとても新鮮だと思うので、古典をただ反芻することに意味がないということでは必ずしもないだろうなと思いつつ帰った。

逆に、講談以外でよく新作能とか新作狂言とかがあるが、どうもぴんと来ない。いまの時代に擦り寄っている感じが露骨に出るものでなくても、逆に古典の骨格に縛られている所がなんとも窮屈だったり無理があったり理屈っぽかったりしがちなのだ。


6/13(金)

53歳になった。今年は誕生日をずいぶん楽しむ。珍しいな。
朝は、あることで、キャッチコピーの相談をしたり。フランス語がいまほんとに通じなくなっている。
今日は、エトランジェ(エトランゼ)だった。アベックとかランデヴーとかも学生に通じないことがあったしね。アバンチュールはなぜか大丈夫。

e+というのを使ってみたくなって(前売3500円+郵送料など600円)、門真市民文化会館ルミエールホール小ホールでのお昼公演(金曜日の13時からという公演も意外に人は入るようにこれからはなってくるような気がする)を楽しんだ。リリパットアーミー『大阪芝居〜ウエディング編』(作:わかぎゑふ、演出:朝深大介)。市民プロデュースAAO企画ということで、地元の市民劇団のみなさんがキューピット(天使)になってお出迎え。

もっと、こてこての大阪賛歌かなと思っていたら、終わりのほうはあっという間で、ちょっと拍子抜け。声の枯れているママさん役の男性がしんどそう。ああいう声質なのならいいけど。近大の授業は大阪物がいいだろうなあと思って、帰りラックシステムの『おたのしみ』(2007.3に公演)DVDを購入し、さっそく家で日本酒で乾杯しながら観る。3000円だったが、もう一つラックシステムの4000円のがあって、どちらにしようか迷いこちらにしたが、どうも、音の拾い方が悪いようで台詞が判明しないことが結構あり、また映像も動くときにどうもぼやけて気持ちが悪い。でも、内容はけっこうしっかりと戦後すぐの印刷工場を舞台にして、右翼の挿絵画家とかGHQの日系二世兵士とか、廣田弘毅の息子が似顔絵かいてくれと頼みに来たりして面白い展開。だから、みずらかったが最後まで見たというわけだが。

その前に、これも文楽を紹介する授業の候補に、鶴澤清治の太棹三味線のDVDについていた創作浄瑠璃「弥助の死」と『文楽ごのみ』(三番叟・酒屋・野崎村)を観る。創作物は山川アナウンサーの説明を読むようなもので、まあ、論外として、『文楽ごのみ』は、「酒屋」「野崎村」を少し勉強すれば、入門に使えるかも知れない。

前に読んで大学院について少し考えさせられた新書。
水月昭道『高学歴ワーキングプア〜「フリーター生産工場」としての大学院』光文社、2007年。
「選任教員の口を得るためのキャリアパスとしての位置づけ」ではなく(p191)、「市民社会における豊かさを個々の市民が実現していくことを間接的に助けうるもの」として大学院が変わっていけるのかどうか。もちろん、うちの文化政策研究科は後者の道しかないわけだけれど、どういう出口が可能なのか、また議論が始まるのだろう。

そのヒントは、p140以降にあるような(例示として法学博士の「障害者の係争支援」など)、専門(博士号)を生かした、仲介職、専門技術・用語の翻訳者的な仕事づくりだろう。


6/14(土)

フルトヴェングラーの1952年録音で交響曲第三番「英雄」の1楽章を聞き終わって葬送に入りかけると、朝ごはんだよと呼ばれ中断。ラズモフスキー第1番(弦楽四重奏曲第7番)をかけながら食事をしようとするが、これは無理。食事のBGMではないな。終わってからちゃんと聴く。

さて、授業。JR福島駅に着いたと思って降りると西九条駅。ここってすごく久しぶり。阪神電車と近鉄電車が接合する工事をちょっと見上げて、戻る。

電車の中で気づくと、もう、すでによみ終わりそうになっていた本、斎藤慶典『フッサール起源への哲学』(講談社、2002)。途中から夢中になって読み進む。フッサールはもどかしいから昔はいつもメルロ=ポンティに逃げていたな。

いままで(今年度もまた)モノ、コト、ヒトで授業をずっとやってきているが、モノ、コトの次元とそれを支える大地、時という現象学的な根源遡及をアーツマネジメントの地平にもたらしてはどうかなとか気がつくと夢想している自分がいる。もちろん「ま」論で、空間と時間、世間、人間、間−地の5形態を一応展開はしているので、これとの接合がいるが。

《 フッサールがその晩年の時間論で追及した「生き生きとした現在」の「不在」は、<現象すること>へとおもむく動向として、それ自身は現象するものではない「時」の持つ「充満する空」「充溢する空」としての性格を、一方で指し示していた。そして、「現象するもの」の自己同一性を「不在における現前」として構成する「想像力」が、この「充満し・充溢する空」の内に根をもっていることも、いまや見えてきたのではなかろうか。「充満し・充溢する空」がみずからより溢れ出した余剰の内に、そもそも<不在において何ものかが現前する>という特異な空間が成立したのであり、この空間の成立がすなわち「想像力」という能力の到来だからである。
これに対して「生き生きとした現在」の「不在」という事態が指し示すもうひとつの次元とは、世界のすべてが現象するものとしての「大地」の上で姿を現わすにいたるその動向としての「時」(その「本体」は「充溢する空」と形容された)には、もはや「源泉」が存在しないと言わざるをえないような次元であった。・・・》p282より

福島聖天さんを訪ねる。売れても占い商店街を通って。鳥居をくぐるとお寺の屋根。芭蕉の句碑。お庭が思いがけず美しい。ガネーシャの秘仏は見えないが、なにやらたしかになまめかしい歓喜天。
学生も集まってきたので、いざ、国立国際美術館へ。警備あり。どうして英語名のように、大阪国立現代美術館とかここは呼ばないのだろうね。京都国立近代美術館と同じように。これって、いまの知事が言いそうなことかな?まあいいや。よかったら言ってね。

27名ぐらいになったので、団体さんになる。私は自動的に無料なのだそうだ。そのかわり、注意事項を読み上げたり、書類を書かねばならないけれど。『液晶絵画』の会場でも、常設展でも知り合いに会った。学芸委員の加須屋明子さんの苦労話はとても面白かった。爆発するんだなあ。常設展でもだいたいあるジュリアン・オピーの人気作なので、ここで見られなかった学生さん、また、国際美術館で見てね。

やっぱり、小島千雪は面白く、ヤン・フードンの映像も震災映像を見た後なので、また違って見える。彼の美術集を見て、よけいに興味を持った。都会的でしかもユーモアがある映像が載っていたので。
16時すぎに解散。

福島駅近くで、トマトのラーメンを食べた。トマトはじつはあまり好きではない。苦手の一つ(あとは、お酢や蕪)。すっぱいのがダメなのだが、これはいけた。スープを全部飲んでしまったので、のちのちずっと喉が渇いたので、やっぱり塩分とりすぎには注意がいるが、東京で展開しているのは、あながち流行だけではなさそうだ。太陽のトマト麺。ボンゴレを注文し、替え玉(生卵つき)して、から揚げまで注文してしまった。食べすぎだ。

新!大阪ダンスサーカスへ。新世界から新大阪に移って、久しぶりね。でもやっぱり振動音はつづいて。

いやあ、パーカーズ(木原アルミ・山谷一也)「擬音ショー」はシンプルで子どももいっぱいいっぱい笑っていたし、こちらも、抜けたなと思った。アルミさんが10歳若返って、ピョンピョンツンツンゴロゴロしていた。クネクネしていた山谷一也さんもいいね。

ピーター・ゴライトリーの哀愁もなかなかの味。きょうりゅう館で英語教えてもらいたいな。チェロが孤独な友だち。吾妻琳は都会的でシャープなオドケ味。気持ちよさが頭脳を経由させないところが3つの組に共通している。あと二つ(ソロの人はまだ人前に立つ前にすることがありそうで、はじめの振付が別のソロのものは、振付が何もなくそのうえ音楽が惨い)は、とくに、音楽に工夫がいるように思ったな。


6/15(日)

昨日はいっぱい書くことがあって、あわてて日録を書いて、さきらの運営委員会へ。
栗東市も緊縮切捨て財政のプログラムが発動したそうで、個性のないことである。
7/12の鑑賞演習のこと、7/27(日)の夏祭りにかえっこバザールがおこなわれること。

帰って、のんびり。レコード鑑賞。
ウィリヘルム・フルトヴェングラーの英雄の後半を聞いた後、交響曲40番(モーツアルト)と、94番(ハイドン)を聴く。いやあ、作曲年が、モーツアルト1788年で、ハイドン1793年(これは初演年だがまあその少し前が作曲時だろう)。モーツアルトがなくなった1791年よりあとにハイドンのびっくり交響曲が演奏されていたんだなあ、と思うとびっくりしたりしみじみしたり。長生きしていたハイドンはモーツアルトのこと、どう思っていたのだろう。ハイドンは1809年まで生きていたということで、じゃあ、ベートーヴェンの英雄の初演が1805年だけれど、英雄をハイドンは聴いたのだろうか。ハイドンを主人公にした映画って見てみたいなとか思ってしまう。

ずっと前、さきらでレクチャーしたとき、足立智美さんの曲をかけたりしたので、その流れで買っていた『記号説/う・む』をのんびり楽しむ。前半が高橋悠治による北園克衛、後半が足立智美による新國誠一。

現代詩の朗読というか音響詩というか、こういう類のCDは何もない日曜日(ホントは18時から白石加代子さんのステージがあるのだが、これは欠席させていただきます)、からだリラックスのソファーにうずくまって、心から笑いつつすごいなあ、と聴くのが一番だ。忙しいときだと、もう、もう、っていう感じになってしまう。

松山市の書家、三輪田米山(神社の名前や注連縄の柱などパブリックアート的な書って初めて意識した)を録画(新日曜美術館)していたので観たあと、能『鉢木』宝生流をDVDで視る。笛が美しく、とても枯れつつきりりとしたお二人(近藤乾三、松本謙三)のやり取りを伺う。言葉でどれほど情景が見えるか。地謡がとても低音、しかも、全体的にかなりゆっくり。
そして、篤姫を観る。


KOGURE Diary/こぐれ日録》の扉へ戻る