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こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.3
こぐれ日録582 2008年 3/24〜3/30
3/24(月)
夜観た映画、黒澤明監督『虎の尾を踏む男達』東宝作品、58分。
どうして黒澤映画なのに短いかというと、戦争中に製作されて、1945年9月に出来上がったからである。そして、大河内傳次郎の弁慶ほか、藤田進の富樫、そして、森雅之や志村喬など豪華メンバーなのは戦争中でフィルムがなかったからでもある。そうそう、忘れていけないのは、大人気のコメディアン、エノケンこと榎本健一の道化的狂言回し。謡曲でも歌舞伎でもなく、映画として、エノケン演じるもう一人のホントの強力がいると考えた結果だろうか。一番、違和感があったのは、コーラス。
さて、そろそろ新学期の準備かな。
今度の自分探しの旅、人数が少なそうなので心配(6/8の子どもの文化フォーラムには大勢の学生に参加してもらいたいから)だが、辻信一"http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/7508.html"『「ゆっくり」でいいんだよ』(ちくまプリマー新書、2006)を読みながら、15回分の構成をぼんやり考え出そうかな。p123〜4からの引用:
《モノを売る方でも、人が一度買ったもので満足してしまって、もう新しいモノを欲しがらないようでは困る。売り上げを伸ばすためには、買い手をいつも欲求不満、つまりあれが欲しい、これが欲しいという欲求が十分に満たされていない状態にしておかなければならない。・・・・・・
というわけで、ぼくたちがその中に生きている経済のシステムというものは、人々の自分に対する不満や、自分が今もっているモノについての不満を燃料にして動いている機械のようなものだ。・・・・》
それにしても、南アメリカのナマケモノ君、じつに賢いなあ。特に、危険をおかしながらも、自分がお世話になっている木の根元に浅い穴を掘って糞をするなんて!
大学に行くと、それなりにいろいろなことが待っている。
20日のコンペの結果がファックスされているので、主要な方々に届け、去年書いた原稿が学内の研究所発行のものに載っていたので、ファイル化する"http://docs.google.com/Doc?id=dd2cpzz4_20c38xqrdc"。
ずいぶん昔、地域創造やその前の調査などでお世話になった24弦箏の小野栄子さんからCD『水はまたまっすぐ流れる』が送られてきていた。谷川賢作さんとのデュオだ。
びわ湖ホール、上原館長の退任のニューズ。
JAFの課長さんから電話、昨日のかえっこバザールで残ったおもちゃを直接、事務局を通さずにこちらに送りたいとのこと。研究室はおもちゃでいっぱいになりそうだね。
大学の方にも未読の本が積み上がっている。
ようやく、松浦桃"http://www.momopenguin.com/"『セカイと私とロリータファッション』(青弓社、2007年)を読む、「元祖ロリータ」(by野ばら)戸川純を流しながら。自分探しと関係あるのかどうかは分からないが、だいたいの輪郭を教えてくれる本。メイド服は室内だけしか通用しないので、コスチュームではあるが、ストリートファッションにはならないとか、少しだけ知識が増えた、ロリータファッションの具体的な部分はちんぷんかんぷんだが。
ずいぶん前、パリのポンピドーセンターの近くにアニエスbのお店群があり、メンズとレディーズのほかに、ロリータという店があり、そこで娘たちにおみやげを買った記憶がある。そのときは、確かに自分のロリータという言葉のイメージが日本特有で偏っている(男性からの少女への目線)ものなのだったのか、と思ったものだった。で、他方、ロリータ(あるいはゴスロリ)を「ストリートファッション」として身にまとう女性自身もまた日本独特の文化現象なのだろう(たぶん)。以下引用、p187:
《 非日常を味わう祝祭である「ロリータ」が「ファッション」としてストリートという日常に取り込まれているという事態。土・日に原宿という街を歩くと、ロリータもさることながら、もっと独創的な「演出」に熱中している少年少女たちに目を奪われる。もはや雑誌などのメディアをはるかに追い越して、ファッションというゲームのなかで、はちきれんばかりの表現への情熱に突き動かされている人々。彼らにとって、ストリートは「現実」や「日常」ではない。もはや、土・日の原宿は「ステージ」そのものなのである。》
原宿はじめ東京に大阪(京橋にもお店があるのだそうだ)。そういえば、京橋あたりに行くと目に付くので、あんまり不思議な感じがしないが、京都ではそんなに目に付かないなあ・・・どこか、特にそういうロリータ場があるのだろうか。たとえば、今度の国民文化祭にロリータファッション文化(お茶会や撮影会などなど)というのがフリンジあたりで応募したらいいのにな。京都府内の洋風建物に脚光が当たるから。
3/25(火)
今日も大学行って、夜は、アーツカウンシルの会に行って、と前日までは思っていたのに、まあ、いっか、と一日中蟄居。
琵琶のことを少し思う。卒業研究の学生に貸すために買った、川野楠己『琵琶盲僧 永田法順―現代に響く四絃の譜』(NHK出版、2001年)。宮崎県延岡市のあたり。北方町とか、大昔のおぼろげな記憶。やっぱり、林道建設や、道路財源はまだいるのだろうか・・・それよりも盲僧琵琶の保存・継承だろうと思うが、基礎となる檀家がどれだけ残るかがあって、単なる音楽での保存では形だけとなってしまうかなあ。P25〜26より引用
《 絃が震えると人間の心の哀しみを誘うように琵琶の音色が響く。釈文を吟じる重く渋い法順の声が重なると、奥座敷全体に不思議な宇宙が広がってくる。太い重いだみ声、太古の森の中で育ったような低い声、それでいて聞きやすく釈文の詞章の言葉ひとつひとつが、明確に聞き手に伝わってくる美声でもある。
・・・・・
《 その場に座る家の人々の胸の奥には、遥かに遠い昔、先祖の人々が味わったかのような共通の安らぎが、時代を超越して生まれ、先祖との一体感につつまれていく。神の力にすがり、仏の教えを信じて生きようとする人間の、祈りの原点がそこに出現する。》
永田法順が最後になってしまうかも知れない「常楽院法流の盲僧たちは仏事にはいっさい関与しない」という。檀家の中で葬儀が行われるときは、墓や位牌を守る寺の僧侶が来るのだそうだ。江戸時代に確立した寺檀制度の外にあったのか、地の神、川の神、木の神、石の神を信仰する民間宗教を担ってきた盲僧と琵琶について。日本の信仰と芸能の関係について、あまりにも知らないことが多すぎる。
3/26(水)
非常勤講師懇談会。
この頃になるとようやく新学期という気分になってくる。
今年は、名刺も届いて、学部学科も変わっているし、新しくこの都市環境デザイン学科に来られる先生方ともはじめてお会いすることになるし。
4月から教務委員になるので、20分ほど説明。
杉山準さん(大学では先生)にかえっこバザールのお話をすると興味をもたれたので、予定されている146教室に案内してから、少し研究室で説明。
昼休みにパーティ。
そのあと、たまたま建築関係の新任の先生方との打ち合わせの会でお話をきいている。
大学評議会があって学部教授会があって、退職者の送別パーティがまた生協食堂にあって。
あした、第2食堂のオープニングなので、生協のみなさん、特に忙しそうだ。
和太鼓部も出るといっていたな。
3/27(木)
宮崎駿監督作品『となりのトトロ』(1988年、86分)を観て、さあ、守山へ。
もののけ姫よりも、こちらのほうが、お化け屋敷、ねこバス、稲荷神社、六地蔵、トロール(トトロ)、すすわたり(真っ黒くろすけ)・・・と妖怪、怪異現象のはなしの導入にぴったりだったな。
都市伝説とか、狭山事件との関係とか、いろいろ、検索すると出てくるけど。
いつも通過するJR守山駅に降りる。白っぽくてマンションが多く殺風景かと思うと駅前は小さな公園、花が咲き、女の子たちが水遊び。いいなと思って歩いていると、スーパー、シャッターが半分以上閉まっている商店街。うーん、と思うと、また蛍が育つ水辺、花、街道。
で、また、更地。もとは田んぼだったのかなあ。向うにホールとか学校とか見えて、整備された田んぼ。まだ、何もなく、ぽつんと小さな里山?の断片が残っていて、そこへ寄り道すると無人販売所。50円でかんきつ類を買って、守山市民ホールへ。
どうも、劇団衛星の紙本さんからメールをもらっていたのに、なぜだか受け取れず、心配させていたようだ。
大学のメールは大学以外では見ることができない。また、自宅のメールは膨大なメールの海におぼれそう。ということで、一番いいのはミクシーのメッセージか、googleのメール(紙本さんに教えたので、これからはフリンジシアター関係では大丈夫だろう)。
さて、14時から、衛星のメンバーと募集された子どもたち8名ほどによる『環境警察2208in滋賀』。宇治市の小学校で見させてもらったことがあったなと思い出す。もちろん、役者さんの臨機応変の対応など数をこなしているだけに進化しているし、小さいこともから中学生までいるので、より、バラエティが富んでいて面白かった。あと、ビデオがあってそのあと蓮行さん進行によるシンポ。会場で孫を応募させたという女性の人の話が特に面白かった。
今日も、かえっこバザールのことを話すと新年度から小学校の先生になるというパネラーの小笠原さんが興味を示していた。明日の教室についても話す。帰り、守山寺を見たり、古いお饅頭屋さんを覗いたり。
3/28(金)
自分探しの旅、キャリア開発講座関係で読んだ本。
加賀野井秀一『日本語の復権』講談社現代新書、1999。少し例示が古くなっているけれど、なかなかに射程距離が長い論稿。日文の学生には特に参考にしてほしい。
新藤宗幸『新版 行政ってなんだろう』岩波ジュニア新書、2008年。これは途中からずいぶんむずかしくなる。知らないことも多くて、ずいぶん為になった。
日本民俗文化体系(小学館)を古本で数冊買っていて、折につけ拾い読みしている。
いま、目に止まったところ。12巻現代と民俗(1986年)の「第8章都市化と民俗」(米山俊直)p495
《 第二次世界大戦後の日本の文化は、高級文化と低級文化のいずれでもなく、中間的な大衆文化になりつつある、といちはやく主張したのは加藤秀俊であった(ここで注として、加藤秀俊『中間文化』平凡社、1957年が上っている)。彼は戦後の日本文化が、高級文化志向の時期から、大衆娯楽中心の時期を経過して、中産階級の好みに適合した中間文化が卓越するようになったと主張した。・・・・・音楽でいえば、古典音楽から、流行歌を経てムード・ミュージック、ミュージカルへの推移、あるいは「人生論」の流行、新薬ブーム、「グッド・デザイン」の風潮、探偵小説の隆盛、月賦の日常化、漫画ブーム、八ミリ映画等々が指摘されている。・・・・彼はこの中間文化の出現を昭和30年(1955)としているが、以来三〇年を経過して、国民の九〇パーセント以上が自分を中産階層に位置づけるにいたった現在では、すぐれた先見性であったといえよう。》
もちろん、この紹介があった1980年代からいまはもう20年以上経って、一億総中流意識(幻想)もなくなってしまっているわけだが、まず、このフレーズに目が留まったのは「ミュージカル」の位置づけだった。そして、この中間文化論の同時代に、鶴見俊輔の限界芸術論が出たということ(鶴見さんが「限界芸術」という言葉をつくったのが1955年秋で、はじめて活字にしたのが1956年)。
この本「中間文化」はなかなか中古で高そうなのだが、加藤秀俊著作データベース"http://homepage3.nifty.com/katodb/"があって助かる。
そこからの「中間文化論"http://homepage3.nifty.com/katodb/doc/text/2434.html"」の一部引用:
《 さて、出版ジャーナリズムの世界以外にも中間文化はさまざまなあらわれ方をする。放送や音楽の領域に眼を転じてみよう。まず眼につくのは中間音楽である。中間音楽のうちムード・ミュージックというジャンルはすでに論じたことがあるから(『中央公論』一九五六・十二月号)、ここではそれをくりかえすのはやめることにしよう。
たとえばミュージカルというのがある。映畫になつたものでは古くは『ショウ・ボート』や『アニーよ銃をとれ』があり、最近では『王様と私』『オクラホマー』などがその傑作であつた。日本ミュージカルも昨年の『恋すれど恋すれど物語』のような作品を足がかりに本格化しそうである。元来、このミュージカルというのは、いわばオペレッタのアメリカ版である。高級美術としてのオペラが崩れてヨーロッパではオッフェンバッハ、ギルバート=サリヴァンなどのオペレッタが生れたが、それとおなじような動きがアメリカ興業資本にのつたとき、ミュージカルというジャンルが成立したのだ。
ミュージカルの特性は、オペラより華やかなスペクタクル場面をもち、ひとつひとつの歌がリズミックで親しみやすい旋律をもつていることにある。たとえば、『ローエングリン』の詠唱を眞似するのはきわめてむつかしいが、『オクラホマー』の「素晴らしい朝」などたつたら一、二回きいただけで誰でもたのしく口ずさむことができる。オペラを見にゆくときのような格式ばつた藝術的厳粛感をもたないでたのしむことのできる音楽劇、それがオペレッタであり、ミュージカルなのだ。しかし、そうかといつて、ミュージカルは、いわゆる流行歌よりも音楽的な格調が高いし、『南太平洋』や『オクラホマー』の物語には健全な社會哲學さえふくまれている。すなわち古典音楽と大衆音楽の中間的性格をもつ音楽のジャンルのひとつ、それがミュージカルなのである。田谷力三がオペレッタで返り咲いたのもこのひとつのあらわれだし、また少しジャンルはズレるが武智カブキというのもやはりこの方向を向いたこころみではないか。美空ひばりの人氣が宮城まり子に移り、ソーラ族という階層が生れたのもこの二、三年のことである。》
○ ソーラ族の意味調べ:みよちゃん、はなちゃんなど当時ではありふれた名前→みいちゃん、はあちゃん→(略して)ミーハー(→ドレミファのミ、ファとかってに解釈してそれよりも少し上が)ソ、ラ→ソーラー族・・・そんなところらしいが、これはすぐに消えた。
3/29(土)
昨日読んだ本。
菅野仁『友だち幻想―人と人との〈つながり〉を考える』ちくまプリマー新書、2008年。
菅野仁さんは、社会学の先生。卒論指導のことなども書いてあって自分的には身近な感じ。
ジンメルはちゃんと勉強したことがないなあ(読まなくちゃ)。
「コミュニケーション疎外語」の話が特に興味深い。
彼が挙げている言葉は、@「ムカツク」と「うざい」、A「てゆうか」、B「チョー」「カワイイ」「ヤバイ」、Cキャラがかぶる、KY。
Aは「・・というか」で私も少し前、気になって、親しい人に注意したことがあったな。そのうち、自分も使ってしまって、ヤバ、とい思った、ていうか、はずかしいというか。
自分よりも年長で権威のあるお方に、こちらが嬉しいこと、新情報!ということ話すと、いつも、「やっぱり」と相槌を打たれて、すごく落胆し、「ムカツク」なあと思ったことを思い出した。でもムカツクともうざいとも言えず、うじうじいつもしていたな・・・
で、わたし自身が気をつける「コミュニケーション疎外語」に「やっぱり」を追加しておこう。やっぱり。
10時前に東御坊山科別院へ。山科醍醐こどもの広場さんの前を通りがかると、今日は、東部文化会館で人形劇や紙芝居の公演があるという。ぬかった。井手上さんにめくるめく紙芝居チラシを受け取って挟み込みに行く。
4/29のチラシを帰りに受け取りバーター。もう少し、チラシの挟み込み交流をすべきだったか。
ただ、境内を通過する人たちにチラシを渡すと好意的な反応あり。孫が春休みで暇して困っているとか。
京都新聞に出ていたそうで、無料となっているから、帰りに投げ銭を任意で(いっぱい〜気持ちまで)してもらおう。
練習、場当たり、なんとかすむ。そのあと、二人のメンバーさんもきてもう一度復習。
今回の一番うるうるとなる私のお奨めは、ゆずこちゃんひざかっくんラインダンスだ。
本番、足がつらないことを祈っている。
もちろん、井上信太さんの美術、山下残体操、そして林加奈の語りと歌(フォークは卒業式で歌いたいほど)など、見所聴き所笑い所泣き所参加し所踊り所などいっぱいすぎでわけわからないけれど。
15時かっきりに公演予定。
場所(東御坊山科別院)が分からなくても近くまで来れば太陽クラブのメンバーなどが立っているはず。
3/30(日)
無事、第二回のめくるめく紙芝居公演は終了。
15時から16時。時間的にも予定どおりだったのが奇跡。
よく練習されましたねえというアンケートコメントにも、
練習したのか、ただ、集まって遊んでいたのか、その区別がつきずらい状態のなかだったので、観てそう思っていただいたことにひたすら感謝。そして、投げ銭もありがたかった。
お寺の本堂の空間は公演にずいぶん味方してもらったのだが、音響のヨッシーさんや美術の井上さんの力もずいぶん大きい。
ただ、雨のなか、寒くて(やっている私たちは、ほどよい緊張と本番の動きでまるで感じないのだが)会場をもっと暖めるべきだったかと反省。
なんとか、去年と比べても課題をいくつかクリアできたかなと思う。
京都新聞電子版の記事が出ていて嬉しい。以下、一部引用:
・・・・・・・
《 紙芝居、歌や踊り交え披露 山科 市民グループ熱演、会場わく
(写真キャプション)歌や踊りを織り交ぜ元気よく表現活動を楽しむ出演者ら(京都市山科区・長福寺本堂)
《 障害のある人やない人が、踊りや絵、音楽を織り交ぜた舞台を作り上げる市民グループの公演「京都・プチ山・うさぎ事件簿」が30日、京都市山科区竹鼻の長福寺本堂で行われた。市民約100人が熱演に見入った。
・・・・・・
《 同区内の障害者ら27人が出演。巻紙式の大型紙芝居を背景に、出演者が場面ごとに歌や踊り、楽器の演奏を披露。人が動かすミニ電車が現れたりするなど、観客からは笑い声や手拍子が自然にわき起こり、一体となって楽しんでいた。
》
とても多くの人にお世話になって、ようやく公演できたのだが、できて当たり前という感じもどこかあるのが不思議。でも、これからのめどは資金的にもスタッフ的にもまったく不明で、新学期のもろもろが終わったあと、かえっこバザールをとりあえず、立ち上げてから、ゆっくり、振り返りつつ、あせらず、できることをしていく、そういうムードが起きるのを待つのがいいのかも知れない。
この一週間、身近な人たちに迷惑をかけていたなあ、イライラしていたなあといまは思うのみ。
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