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こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.3〜4 こぐれ日録583 2008年 3/31〜4/6 3/31(月) 昨日の疲れ。 10時から編入生の説明会があって、教務委員になった私は11時ぐらいから、ゼミ選びのため中に入る。 明日は辞令交付。文化政策学部文化政策学科という名刺も今日で終わりか(既学生たちは卒業まで文化政策学部文化政策学科なのだけれどね)。 読んだ本、磯村健太郎『〈スピリチュアル〉はなぜ流行るか』PHP新書451、2007年。 スピリチュアリティ(「霊性」)の定義をめぐって:spiritus=ラテン語、「息」 今日は、仕事したなあ。 でも、そのあとが心配だったが さて、心斎橋ルイードへ。 娘ということもあっていささか照れるが、今日は、ギターのすごい弾き間違いがあったのにもかかわらず、いい出来だったようだ。これだったら、ヨーロッパに行っても大丈夫だろうね(それより、父としては、海外にはなが出かけるのが心配ではあるが)。 この数年のマイナー調(さきらでその多くを歌ったのだが、12歳の少年の「ぼく」になって歌う一連の曲、今日でいうと「お別れ」「お花畑で」。「空の下で」はその想定を超えてしまうものかも知れないが元々はそうだった)、そして最近はじまった、ちょいエロス系。 ピナ・バウシュ@びわ湖ホール、見たかったなあ・・・ 京都橘大学第42回入学式。大学院第15回入学式。 学科主任でなく、1回生ゼミも担当しないので、ずいぶんと楽だ。 父母の方々の案内というのに参加した。去年までは、その前の説明会に出ていたので、はじめての経験。こんなに大学って丁寧にされるのですねと言われて、もちろん、親御さんのご理解があってのことですから・・と施設を見せるわけである。文化政策研究センターに有名な椅子がかなり入って、これって、都市環境デザイン学科になったお祝い的なものなのだろうが、これはヒットだ。マッキントッシュとかミース・ファン・デル・ローエとかイームズとか柳宗理とか、どこかの美術館でよく見かけるチェアばかりなので、楽しい。 私としては、いまは物置と化しているが、清風館1階の空間に案内したくなって、ここは秘密のルートですといいながら、下に降りる。あと数日すれば隠れた花見会場になるだろうね。 2回生ゼミの学生がやってくる。パーマカルチャーに興味があるということ。 映画「靖国」が、第七藝術劇場でなんとか上映できることを祈りつつ、大学へ。 でも、ケータイが身体に密着していることって、自分はまるで分からないので、なるほどと思ったし(「触覚器官としてのケータイ端末」p145)、反社会、非社会、そして脱社会のこと(p109)など、うなづけることが多い。かつての校内暴力=反社会。シンナー吸引などの薬物乱用=非社会、近年の一部の売春行為=脱社会(そもそも最初から既存の秩序感や価値観にまったく頓着しない=認めていない)。 それに、一番のポイントはなんといっても、「獲得的な自己像のリアリティが失われ、代わって生得的な自己のリアリティが復活している」ことだろう(p79)。そのなかで、どうして「意外性に満ちた体験や、異質な人びとと出会う体験の積み重ね」(225)をさせることが出来るか。重要だし、それがアーツマネジメントのとても重要な意義だとこちらは思っているが、それを学生たちなど若い人たちに対して伝えることが出来るかどうか。 また、授業の予定をつくりながら、頭を悩ますことになる。 午後の2時間以上、受講登録の説明と指導に教務課のSさんのフォローをしたが、これはいつもながら疲れる作業だ。あれも出来るこれも出来るというようになっているだけに、なかなか受講登録をするまでに、骨が折れる作業となる。つまり、いろいろしたいがすべては出来ず、何を捨て何を拾うか、その決断がまだ新入生にはむずかしいからだ。 今日も、夜の観劇(悪い芝居@精華小劇場)には届かない。いやあ、すみません。 あさ、そろそろ、「かえっこバザール」開催の準備を学生たちにしてもらおうと、かえっこたちばな世話人のHさんにmixiでメッセージを送る。 午後からは教員全員の自己紹介。たしか、112名って言っていたっけ。設立当初の橘女子大入学生が113名だったという。 まだ、途中までしか読んでいない(いつも鞄にあって、他の新書を授業用に読む必要があって)ガストン・バシュラール『空間の詩学』(ちくま学芸文庫、2002、岩村行雄訳)をあさ、食卓に座って、声を出して読んでみる。p257 「ことばは・・・地下室も屋根裏部屋もある小さな家である」。 「ことばの家の階段をのぼること、それは一段一段と捨象することである。地下室へおりること、それは夢想すること、不確かな語源の遠い廊下にきえさること、ことばのなかに未発見のたからをさがしもとめることである。ことばそのものの内部で、のぼること、おりること、それが詩人の生である。あまりにも高くのぼること、あまりにも低くおりること、これは大地的なものと空気的なものとをむすびつける詩人にゆるされる。」 このあとに続けて、バシュラールは「哲学者だけが、自分の仲間によって、つねに一階にとどまるよう宣告されているのであろうか。」と問うている。いや、問いなのか反語なのか・・。 午後の第二会議室。養鶏場のように人がぎっしり入り、30秒話すとチンと鳴らされる自己紹介とそのあとの理事長のご講話を拝聴する有り難い会議のあと、 たいした話でもないのだが、鶴見俊輔『限界芸術論』(p30あたり、ちくま学芸文庫)に、新語製作や命名という、言語芸術における限界芸術の面白さ、という下りがある。 昨日のチキンハウス(昔は60名ほどが入る第1会議室で全体の教授会をしても余裕があった)における30秒自己紹介においても、たとえば、自分の氏名には口が4つあるので、学生たちに口口口口と呼ばれていたとか、印象的な自己紹介があったりした。で、アダナ、愛称、通称が限界芸術だという話を思い出したわけなのだけれど、この場合、口口口口と名づけた学生たちが限界芸術家ということになる。 話は少し替わって、これから自分たち(新任の先生方は別として、文化政策学部文化政策学科でやってきた私たち)の呼称となる、現代ビジネス学部都市環境デザイン学科なのだが、これが、長くて、すっとまだ言えない(正直、ビジネスとは無縁の私にはどうも面映くて、さらに名刺が学部名だけなのがまたこれもビミョウにやばい)。 個人研究費の申請書にもフルネームでは欄が小さくて書けないので、私は現ビ学部都デ学科と書いて出していて、U先生にもそれを紹介した(メールアドレス関係では、CB学部CD学科と確かなっていた。なんだか成績評価みたいで・・・出来るだけ、SやAをめざしてね)。 また話は、昨日のチキンハウスにおける自己紹介に戻って。 つまり、自己紹介では、都市・・・と言い出しても詰まってしまって、まだ都市なんちゃら学科になるのですよね、だから、略称を考えて、はじめ、「トデン」がいいと思ったのでしたわ。路面電車のようなまち景色が浮かぶのでねえ。でも、これは、ある先生に不評だったんです。で、命名が大好きな自分としては、芸がなくいまいちの略なんですけど、トシカンということに自分的にはしています、ハイ・・・、まあ、そういう話をしたのである。 でも、きっと、新入生たち百ウン十数名は、これから自分たちで、この長い学科を、あれこれと呼び合うことから、そのうちに、面白い略称を生み出すのではないだろうか。そうなることこそ、限界芸術的な環境を促進しようと思っている自分の願いであり実践の方向なんだろうね。上から与えられてしまって、自分たちではどうしようもない(ことが多い)現実に、ささやかながら風穴を空けること、新入生は一応このトシカン(仮略称)を選択したのだろうが、もっと、自分のものとするために、自分たち独自の愛称、略称づくりについて、期待したいなと思う。 昨日から今日にかけて読んだ新書、雨宮処凛(あまみやかりん)『プレカリアート―デジタル日雇い世代の不安な生き方』(洋泉社、2007)。プレカリアート・・・不安定なプロレタリアートという造語なのだが、かってに語尾の「アート」の部分が気になってしまう言葉だな。後半に座談会とか石原知事との対談とかがあって、少し授業として紹介するのに工夫がいるかも。ただ、座談会に、フリーターが二人出ているのだが、一方は正社員が夢なのにそれが果たせない人で、もう一人は自ら望んでフリーターになった、舞踏家志望の人となっていて、アーツマネジメント的にも考えさせられてしまう。 重引となるが、「貧困ビジネス」という概念を提唱した、NPO法人・自活サポートセンター・もやい事務局長、湯浅誠氏の言葉の引用:p69 《・・自己責任論の何がいけないかというと、何よりも、それを百回唱えたところで『効果がない』ということなんです。 おっと、4時前に目が覚めてしまった。 ジャン=アンリ・ファーブルの一生と小さくあって、本題はたぶん『The Life of Jean-Henri Fabre』、France_pan 12th session。14:05〜15:25ぐらい。擦る音だけで暗闇が軽く緊張しだして場面が動き出す。電球づかいが暗くシンプル。溜め多し。突然倒れる暴力性と繰り返し、そこから発せられる舌打ちの音楽性。独り言と過剰な暴言。静けさと激しさが4対6ぐらいの割合で、数年前みたフランスパンの割合と逆転している。抽象度と具体性度もやはり、そんな感じかな。 フランスから日本にきたファーブル君に、先生が、ここは日本だから山田君にしようという不条理。でも、これが不条理とも思えず、さもありなんと見てしまうわたし。始まる前の激しい音楽がけっこう体に来て、それが後半から終了後にバロックピアノになるという変化もにくい。蟻の観察。ファーブル君は老人施設に入るまで一貫していて、女A(本城マキ)が、寝袋に入って様々な虫を演じるのがおかしい。演じているつもりで、ファーブル老人の前にくると、虫に変えられて観察されているのかしら、とさえ思ってしまうほど。 そのあと、30分ほどアフタートーク。この数年アフタートークまで残ったことはなかったのだが、帰るためには、トーカーの松田正隆さんの前を通過しなくちゃいけないし、作・演出の伊藤拓さんの話を聞くのは嫌じゃなかったので、めずらしく、ぼそぼそと話す松田さんの声などを楽しんだ。きっと、お芝居が後半になって、ある繰り返し的、バロック的なカタルシスをちょっとだけだが用意してくれたことなどがあって、かなり眠い状態なのに、お芝居を観て脳内がすっきりと活性化するという、これもかなり最近では珍しく嬉しい現象を起こしたのだった。 だからこそ、こういうお芝居を演出した伊藤さんの話は聞きたいな(松田さんについては、どうかなあと聞く前は思ったのだが)と正直思ったから残ったのだと思う。これも正解。ちょっと、マレビトの会も見直してみようかと思い出すぐらいだった。 昨日から今日にかけて読んだ本。 内藤理恵子『ホネになったらどこへ行こうか』ゆいぽおと、2007年。葬送と墓などをテーマとする、宗教学のドクター課程在籍中の若手研究者でありつつ、ゴスロリ服を2着もっていたりして、愉快にホネになる私たちの現在を語る本。これも、自分探しの旅の推薦図書に入れよう。 |