こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.10/20〜10/26


こぐれ日録612 2008年 10/20〜10/26

10/20(月)

U先生と生協食堂で食事をしていて、ロメール映画について、語りだしたら、とまらなくなった。長谷川孝治さんに会われたこともあるので、映画と演劇の関係とかにも話は及び・・

午後からアーツマネジメントの授業。
演劇と芝居の語源はどちらも客席という話が枕。
でも、お芝居を見せる方が優先なので、すこし尻切れトンボなり。
でも、『お祝い』をみながら、溶暗、溶明(フェイドアウト、フェイドイン)の話をしたりしたら、これはなかなか効果的だった。
溶暗、溶明で検索すると、寺田寅彦の「映画芸術」という文章が出てきてびっくり:1935年に書かれたもの・・・"http://mirror.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2469_9349.html"

そのあと、18時半すぎまで、卒業研究中間発表会。I先生がずっと聞いていただいて、実に効果的なコメントをいただく。ありがたし。
こちらは、もっと早くダメだしすればよかったと反省しつつ、構成のことを中心にあれこれ。
鳥の目と虫の目の往復なんだけど・・・

メック三人組などは、十分すぎるぐらい卒業制作をしているわけで、そのうえ、実に、形而上学的な論題に迷い込んでいて、つい、ソシュールへと紛れ込んだり(範例関係と連合辞関係)、ドキュメンタリーとは何かフィクションとは何かという話になってしまうのね。
でも、面白かった!


10/21(火)

昨日から朝、いつも乗る急行がなくなって、八幡市駅は各駅停車の駅と同じになってしまっている。少し時間がかかるが、なんとか五条駅から大宅行のバスに乗れたりできそうで(計算上は)、まあそれなりに、仕方がないと諦めるしかないけれど、何事においても、ほどほどとか、まだら模様とか、いろんな意味の中間ということがなくなっているな、と、昨日、雑誌が休刊する話を聞きながら思っている。

今日は大津。
『アウトサイダーライブ』の編集会議。
10/18のシンポについて、や、10/16の糸賀一雄音楽祭のことも話し合う。
なにかとせわしい秋である。
アートはボーダレス!とか、アウトサイダーアートとか、境界(ボーダー、リミット、マージナル)について、少し考える今日このごろ。
境界を遠くから見ているのではなく、境界上に実際に立つと境界は見えないようになるんじゃないかとふと思う。
境界を知り、境界を経験することで、境界が消えていく。少なくとも主観的に消える=意識にのぼらなくなるということ。あるいは、境界が動いたり、境界自身の意味合いが変更することについて。

お昼に大学へ。教務課の仕事。来年度の2回生のゼミ数はこちらの主張が通ったようで(原案の6つが7つになる)、ほっとする。
あとは、科目調整、そして、ゼミ選び・・・

2回生のゼミへ。
数人、昨日の4回生ゼミの卒業研究中間発表を聞いていた学生がいて、
とても、私が怖かったという。
確かに、はじめ、厳し目にやってしまったため、緩められなくなったからなあ・・・
なかなか中庸というのはむずかしい(はじめに書いたことが自分に返ってきて皮肉なことで・・)

5限目のあと、すぐ帰って、黒沢清『ニンゲン合格』(1998年、109分)。
14歳でこん睡状態になり、10年後、奇跡的に意識が戻った青年、吉井豊(西島秀俊)が、ばらばらになったかっての家族のメンバーに出会って。
「ニンゲン」というカタカナが、人間失格と人間合格の境界をさまよっているようだ。
この10年後に『トウキョウソナタ』が待っているということを、この当時、豊は知る由もなかった。


10/22(水)

午前中、4回生が相談に来るといっていたが来ず。こういうことはよくあること。
12時15分から、16時半まで、AO委員会、教務委員会、大学評議会、学部教授会の4連ちゃん。
AOのフォローアップ方式を変えたのでその依頼。ゼミ選びは若手先生が動いてくれて、校務もなんとか。
18時から、生協理事会。11/3からの料金改定のことだけかと思ったら、もう一つ大きな課題が出てきて、これじゃ、専務、正月もなさそうだ・・・

てきぱき理事会終わらせ、あわてて帰り、今年のぐっと弱くなった中日の姿を眺める。途中でテレビが終わったのであとはインターネット速報。なんとか巨人に勝ったけれど、世代交代のむずかしさだなあ。

あさ、金曜日の授業の落としどころを考えた。つまりは、最終テストを作ったのだが、これによって、そこへいたる授業内容が確定するということに。都市をつかって(フィルムコミッションが一つの文化政策的トピックス)、映画という文化をプロデュースする企画書づくり。一応、実践知のシミュレーションなり。以下、案:
・・・・
2008年後期 都市とアーツ 
最終テスト問題案とその前に出すレポート課題   

テーマ:映画プロデュース練習〜舞台(ロケ地)となる特定のある都市を意識して〜
手法:古い映画のリメイク(再創作)に挑戦!
(実写をアニメにしたり、内容や時代、舞台となった地域などを変更することは大歓迎)
(一応、脚本づくり、撮影を2010年には終え、2011年中に劇場公開を想定)

@ まず、提出した映画監督の表のなかから、一つ物故(亡くなった)監督の作品を自分で鑑賞して、その概要(映画の種類・特徴、簡単なあらすじ)と自分の感想、そして、舞台となった都市(地域)をレポート。このとき、もし、リメイクプランができていたら、最後にそれに触れてもいい(監督や俳優の案など)。

これが、映画鑑賞リポート課題  
字数1200〜2000字(できればワープロ原稿で)
締め切り期日:12/12(金)

A 最終テスト:リメイク映画プロデュース
1/16(金) 持込はノートのみ可、
全体の字数は1000〜1400字程度
書く項目
1.)もととなった映画の監督名、題名、主人公など主な俳優名、舞台となった都市(地域)名

2.)リメイクする予定の映画の題名、監督名

3.)この映画のプロデュース意図(キャッチコピー)を書く(250〜350字)
例示・・・巨匠○○監督の名作○○○を○○年ぶりに復活。
あの○○で活躍中の○○(映画監督名)を起用、主人公には、○○で魅力を全開している○○をキャスティングし、○○(都市名)の全面的協力のもと、・・・・

4.)映画の舞台となる都市(地域)について書く(250〜350字程度)
映画の舞台となる都市(都市が数箇所になることもあるだろう)をどうロケに使うのか。
都市のなかのどのような施設、場所を使い、エキストラ場面がある場合は、どこでどのようにどんな住人などを募集するのか。映画の舞台についての考察、協力してもらう所についても具体的に書く。

5.)あなたがプロデュースする映画のあらすじ、特徴・魅力、とりわけ見てほしい客層、どうしていまこの映画を創り社会に出したいのか、リメイクの意義、そして、この映画監督を選んだ理由などを、3.4.を踏まえて、より詳しく自由に書く(400〜600字程度)。
・・・・



10
/23(木)

昨日は、時代祭だったそうだ。平安京が出来た日が、旧暦の10/22なのかな?それとも、毎年、旧暦→新暦変換をしているのかな?
時代祭は、明治28年、1895年に作られた祭。

これって、京都学生祭典(おみこしは神輿と書かないでひらがなとして、神が乗っていないことを明らかにしているのだそうだ)とか、楽陶祭(かなりマイナーなものだが地元、山科のものなので、例示にしている)とか、そういう「イベント」(擬似祭り)のようにごく最近出来たものではない。

けれど、伝統行事というには、ちょっとまだ新しい感じのもの。たとえば、明治前後に出来た、創唱者宗教(天理教や金光教)とか、靖国神社とかと似ているのだろう。まあ、もちろん、古都を創出するために平安神宮の行事としてこしらえられたものなのだけれど。

で、この1895年って、映画の誕生年と同じというところがじつに面白い。
映画はダンスや美術、音楽とくらべるととてつもなく最近に生まれた新しい芸術だとしても、無声映画(戦前のトーキーもずいぶんなくなった)はほんとに残っていなくて、消えてしまった文化遺産と考えると、各地の小祭とまるで同じ運命なので、旧い大切にすべきもの、ということになる。

大阪成蹊大学芸術学部と同志社の院。
あいだは、長岡京で映像を見たり、課題のペーパーを作ったり。原恵一監督のインタビューを読んで、彼のことをますます好きになったり。
そうそう、佐藤邦雄展〜ANIMAL CARICATURES〜をspace Bで見たり(ゴリラが特にかわいい)、鷲田先生の話(上賀茂神社の焼き餅)をしていたら、阪大の先生がいらっしゃったり(この先生は村上陽一郎先生の教え子で、京大は日高先生、だから、この先生のずっと後輩が細馬さんというつながり)。


10/24(金)

ゲートキーパー(門番、門衛)が、文化プロデュースには必要なのだなあと思う。
もちろん、理解があり、一緒になってそのハードルを越えようとする門番さんも大歓迎だが、峻厳でコチコチ頭の芸術観を持つ門衛だっているべきだし、それが、なにくそということになってニューウェーブがつねにおきてきたのだ。けなし言葉だったバロックや印象派、ジャズとか歌舞伎とか・・・

アーツプロデュースにおけるゲートキーパーとは、小説なら編集者や出版社だろうし、演劇なら小屋主だったりする。
映画だとプロデューサーや興行主、投資者、音楽だとプロダクション、レコード出版会社、タイアップ放送局などということになろうか。
もちろん、美術なら画廊(ギャラリスト)や美術館のキュレーター。

そして、そのあとに、次の作品を作っていいかどうかを判断するのが、その筋の専門ジャーナリストや批評家、評論家さんたち。目の肥えたコレクターさんや見巧者などもそうかも知れない。
そのあと、また、次のゲートキーパーが必要となり、アーツは再生産されていく。

ところが、いまは、読者や鑑賞者、観客、視聴者の多数が面白がればいいということになる。
ゲートキーパーがいないまま、むき出しになっているので、それが、観客参加とかまちなか露出だということになってしまうと、あれれ、なんのアウトリーチだったのか、ワークショップ企画だったのか、ということになるのだろう。

授業は二つ。
『都市とアーツ』は、この前最終テストを決めたので、それに向かっていくのみ。
クレヨンしんちゃんの絵コンテを眺めたり、原監督の言葉を読んだりしつつ、映画の前後左右を考えるよすがに。でも、都市と映画というテーマは、これから、もっと深めなくちゃいけない。
もともと、都市と妖怪で行こうとしていたこともあって、これをどう入れていくのか。
まあ、怖さが「まち」には基本的にあるという異文化経験との関係は、なんとかできそうだが。


10/25(土)

午前中、ポピュラー音楽の編曲とミックスダウン?ってこんな風になるのか、と面白く聞いて意見を言ったりしてから、京阪電車の新しい駅へ。なにわ橋。セレノさんたちと偶然一緒。あんまり、感じがいいとはいえないデザインだ。それに、まわりに食のサービスがないので、子供連れには要注意。

プラットフォームはB3でB2に上がって改札口、そしてB1にアートエリアB1という中途半端なスペースがあって、そこでソロ(音楽家とデュオともいえる)を3本見た。愛知から唐津さんも来ていて小2の男の子が2番目の森美香代さん(ヴォカリーズははっかはっぽの下村陽子さん)のとき、前に座り込んでいたのでお母さんとシャボン玉ふかしができて、これはよかった。

はじめは、寺田みさこさん(+大谷能生というサックスなどを吹いていた人)、最後は、白井剛さんとスカンクさんだった。
文ちゃんに、非営利活動として行っているのだから、有料だって非営利(営利を目的としていない公共的なミッションに基づく活動)なのに、おかしいよね、と話したら、アンケートにそう書いて帰る。公務員だって、非営利だから、給料をもらって公務サービスをしているのだから、非営利民間のスタッフだって、鑑賞者から入場料をいただいたり、それでも足りないから非課税とか、助成、協賛があるのであって、無料にしなくちゃいけないというのも、なんだか勉強不足ね、ということ。

かえって、中途半端に見ていた、橋口亮輔監督『ハッシュ!hush!』をちゃんと見る。
135分、2001年。良質のエンタテイメント性が満喫できて、もちろん、味わいも深く、何度も反芻される映画だと確認する。『ぐるりのこと。』よりも、よりアクチュアルな感じがあるのはなぜだろう。田辺誠一と片岡礼子にみとれつつ、高橋和也のおこっちゃうシーンとか、ほんとによくある夫婦とか恋人の状態なので、家人と大笑いする。深浦加奈子や岩松了などが出ていて、小劇場演劇ファンにもうれしい作品。


10/26(日)

雨のなか、大学への坂にあえぎながら、イベントとライブについて考える。大学祭2日目。

イベントということばを、それぞれのシーンごとに、他の言葉に置き換えるところから、まず学生には考えさせる。つまり、展覧会だったり、公演だったり、上演だったり、ワークショップ企画だったり、アーツプロジェクトだったりするのだから・・・
イベント自体だって、催し(催し物、催事)に置き換えてもいいのだが、催しという言葉って、逆に若い連中にはなじみがなさそうだ。
で、イベントをタブー化するのではなく、あまりにも包括的なもの(概念定義が広すぎる。だって、英語では出来事だから、イベントの定義って「思いがけない出来事」ぐらいのもの)なので、より個別化するために分節化するほうがいいか、と思ったのだ。

イベントの分類をしたことがあったが、これを使う前にもっと、ざっくりとした分類がいるかも知れない。
たとえば、主要な要素(目的と形態が混淆しちゃっていていまいち厳密ではない)によって、イベントを宣伝、ライブ、行事に分ける(注:どれに一番比重があるかということで、100%ライブとかそういうものはまずない)。

行事イベントは、冠婚葬祭、周年行事など・・・これは、親密圏論とからめて十分展開できる・・・
宣伝イベントは、近代以降のイベントの主流・・・こちらは、集客としての観光論、広告(洗脳)としてのメディア論・政治学・宗教論に任せる・・・

そして、ライブとしてのイベント(ライブ性=非日常的興奮と「いま、ここ」の特権的臨場感演出を目的とするもの)は、アーツとスポーツなので、自分が一部はするしかないわけで。
まあ、アーツマネジメントの必要悪(しなくていいならイベント化しないのでが、それをするしかないことだってある・・・)としてのイベント論となるか・・・

つまり、アーツ(ライブ)のイベントは、なんちゃらビエンナーレとか演劇祭とかダンスフェスティバルとかいう名前で、まあ、それなりに意味もあるとも考えられる(めんどくさい割りにはくたびれ損のものも数多くあるが)。
結局、集合させるメリットも少しはあるので、
アーツの場合は、フェスティバルを一応ひとつのアイテムとしつつ、それ以外も、必要悪としての宣伝目的や行事の彩りとしてのイベント利用として考えるしか、ないようだな。

雨ですこしひんやりしていたこともあって、2回生ゼミの牛丼屋は、よく売れていた(250円であの肉とご飯の大盛り加減はずばらしい)。収益もあがったそうで、さすが、上回生!

アトリエ劇研へと坂を下りる。
途中に、無人野菜販売所。ここは、お金入れないで取っていく人がいるらしくて、ちょっと切なく貼紙を見るばかりの場所なのだが、今日は、レモンと柚子があった。
柚子、大盛り、200円。その香りが近づくとすごい。思わずゲット(ちゃんと200円を入れて)。

◎ 柚子ひとつ坂をころころ見失う  沌豚

松ヶ崎駅から向かう途中、共産党の車あり。節度ある資本主義を!おお、共産党も資本主義なんだなあ(当たり前か)。日米安保の解消と対等の日米友好条約を!これは、アメリカの没落とともに共産党的発想とは別に、現実問題化するかも知れない。3兆円の基地移転費は問題だ!・・・。しかし、お金持ちの多い松ヶ崎で演説してもどうなんだろうと思いつつ、アトリエ劇研へ。

作・演出の鈴江敏郎さんに、柚子のおすそわけ。不ぞろいの柚子たちだが、香りはいいし、葉っぱついていたり、なんだか、このお芝居にぴったりかな、ととっさに思う。
入ると、いつも聞いている声あり。
演劇ユニット昼ノ月『これは白い山でなく』。16:08〜17:59。

近大の卒業公演として、日本橋にある近大会館で見たとき、若者たちの群像劇が懐かしく、かなり興奮したことを思い出す(若者群像劇といえば、岩松了『アイスクリームマン』はじめ、合宿的な閉じられた空間では恋愛化学反応が激化する)。

四方を客席にして、四隅が入場退出ゲートとなっている。
少しアングラぽい演出だなあと静かな演劇以降の作品なのにどこか80年代以前のにおいすらする。さき-はな双子ってこんなに最後までいたっけ、とか初演のときの記憶と微妙に違う気がするがもちろんとっくに忘れている。

ただ、自主トレにいかないで女についてきたプロ野球新人の男の滑稽さはじめとする、自己チュー氾濫のこの世界のドタバタは、そんなに古くなることもない。コンビニ弁当の工場と賞味期限とかの問題は逆に今もっと注目度が高いのかも知れない。
そして、その演劇の結末を知っていてもなにもこまらない(ネタバレ注意という必要がない作品が名作であるという仮説をいま立てているのだが)、そういう何度でも再演可能な作品に、これもなっているなあ、と思ってバスに乗る。

院生が乗っていて、一緒に話しながら帰る。一応彼女にとっては、これを見ることが授業になっている(糸賀一雄音楽祭のワークショップに出られないので)。


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