こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.9/29〜10/5


こぐれ日録609 2008年 9/29〜10/5

9/29(月)

10時過ぎに、卒業生がやってきた。
あした、ホールスタッフの社員面接だという。ずっと派遣で入ってきたホール、いよいよだね。
13時の授業用に作ったレジメを渡しておく。おまじないにもならないかも知れないが・・・祈り・・・

後期のアーツマネジメントの授業は、関西の劇団やダンスカンパニー(ソロなど組織でないほうがおおいぐらいだが)を調べて、関西以外に紹介して各都市の劇場をネットワーク公演(+アウトリーチ)することを課題としている。

下に、中間テストの問題と、最終テストのイメージをつづって学生たちに配布したものを提示しておくが、きっと、関西の小劇場演劇などを知らない学生たちはずいぶん悩むかなと思う。もし、公演PRとか来ていただけるとずいぶんうれしいなと思うところだ。

4限目は4回生ゼミ。たまたま、音楽環境、とくにライブハウスを巡る研究が2つあったので、そのプレ発表というか、研究のためのゼミ生たちの話し合い。
・・・・・
アーツマネジメント論(演劇ダンス)テスト案

2008年度後期 アーツマネジメント論(演劇ダンス)
【中間テスト(ノート持ち込み可)問題・・・・11/10(月)の予定】
(1)関西(京都・大阪など)のAC=劇団・ダンスカンパニー(ソロ公演も可)を3つ以下の項目に従って紹介すること(それぞれ、6〜10行程度ずつ) (1-1)(1-2)(1-3)
@ACの名称、主宰者、中心となるメンバー
AACのプロフィール(経歴、主な作品、公演、アウトリーチなど公演以外の活動)
BACの特徴、おすすめのポイント
(2)関西以外の都市(都道府県が違っていても同じであってもいいが、ツアーを組みやすい都市を出来るだけ選ぶこと)を3つあげて、その都市のAP=劇場・ホールを紹介すること(それぞれ、6〜10行程度ずつ)  (2-1)(2-2)(2-3)
@都市の概要(人口、位置、特色など)
A都市のAP(劇場・ホール)の概要
BAPでの演劇ダンスの取り組み

【最終テストの問題の予告(ノート持ち込み可)・・・・1/19(月)の予定】
関西の劇団・ダンスカンパニーのうち1つを取り上げ、関西の都市(1つ)からはじめて、関西以外の2つ以上の都市を巡回公演する企画(アウトリーチ活動も含む)を考えて、分かりやすく、発表できる-ペーパー(プレス・リリース・ペーパー)を作る。


9/30(火)

雨。
小川登美夫『現代アートビジネス』アスキー新書、2008年。小川さんが話して、文章を松下幸子さんが書いたという読みやすい新書。あっという間に読めるのだが、個人的にも佐賀町の食糧倉庫で彼のギャラリーを見たりしたし(1996年ごろだったのか、彼がエキジビットスペースのそばに画廊をだしたのは)、なつかしい気持ちにもなるし、あれこれ面白かった。画商とギャラリストとの違いとか、勉強にもなるし。

そのなかで、現代アートとは、現代に生きる私たちのアートである、とあって、定義として云々とは別に、使えるフレーズだと思い、メモ。
これってずっと悩んでいた「現代ビジネス学部」の「現代ビジネス」の説明のヒントになるかもと思ったからだ。

まったくのパクリだが、現代ビジネスとは、現代に生きる私たちのビジネス。でも「ビジネス」が狭く解されがちなので、ビジネスを仕事と置き換えて、
「現代ビジネスとは、いまを生きる私たちの仕事=ワークである」。まあ、こうしたらどうかな、そんなことを思って、京都新聞夕刊を開く。

「現代のことば」(佐伯啓思「マルクスの亡霊」)があって、仕事をすること=労働を市場競争に還元しないでどう構築するか、ということが、この「現代ビジネス」にはあるのではないか、と少し、思案した。以下、その最後あたりの引用:

《・・・市場で交換されるすべてのモノの価格はただ市場で決まる。・・住宅のバブルも、株式のバブルも、すべて市場で決まった価値であり、それはそれでよい、ということになる。人々が懸命に労働して生み出した価値も、市場のバブルで得た価値も変わりはない。となれば、誰も、汗水たらして働こうなどとは思わない。バルブの投機でひと儲けしたほうがよいだろう。こうして、労働することの意味はますます見失われてゆくのである。
《・・・この資本主義をうまく使ってゆくしかない。しかし、そのためには、資本主義の勝利をおごり、市場の自由競争を過信してはならない。労働することの意味づけを新たに模索しなければならないのである。》

そう、現代に生きる仕事、働き甲斐、その成果、商品であり、かつ/あるいは、作品であるようなもの。アーツマネジメントがまだ現代ビジネス学部でも生き延びる工夫・・・


10/1(水)

午前中、学外授業の届け書類づくり。
合計で7枚になった。
教務課に持っていったので、明日には掲示されるだろう、学生さんたちは、チェックしてね(すでに、話しているが、確認のため)。

12:15から、会議が3つ。
生協のモナカアイスを食べていたら、寒くないですか?といわれた。

いま、読んでいる本。
圭室文雄『葬式と檀家』吉川弘文館、1999年。
お葬式の研究のつもりで読み出したのだが、葬祭の内容はあんまりなくて、それよりも、寺請制度が、キリシタン弾圧によって一気にできたために、仏教業界が、じつに、現世的、政治行政的になったいきさつ、そのキリシタン弾圧の結果、いかに多くの末寺(葬式寺)ができたか、という流れを理解できる歴史書だった。

歴史小説などをあんまり読まないが(遠藤周作にはこのテーマがあったな)、ちょうど、エリザベス一世のころだし、世界はちょうど宗教と政治とのせめぎあいにあった時代だなあと、江戸時代の支配構造に檀家制度が確立していくところを読みながら思った。

寺請制度が全国的に広まるなかで、岡山藩(池田光政)、会津藩、水戸藩だけは、儒者の廃仏論を受けて、抵抗する(神道請が一時期実施された)章もあって、このあたりも興味深く、儒教と神道連合対仏教のせめぎあいが見られる。それが、幕末から明治維新に規模大きく繰り返される(廃仏毀釈)わけだな。


10/2(木)

とうとつに忙しくなった。
雨がふったら、どしゃぶり、そんな感じ。
2限目、長岡京市の大阪成蹊大学芸術学部で「美術文化政策研究」の授業、1回目。人数が少ないので、みんなができるまで待つぐらいのペースでのんびりいこうと思っている。11/20(木)は、京都橘大学の推薦入試日なので、11/6(木)の大阪成蹊大の入試日に、学外授業を入れて、調整することに。
京都芸術センターに集まろうというと、数名は行ったことがあるという反応あり。3回生なので、それなりに外に出ているようで、安心。でも、行政をはじめとする「政策」は「(美術)製作」とは違ってとても遠いので、政策アウトリーチが一番の課題。

JR福島駅から、めざす中ノ島センタービルまでのあいだに、一つ、アーツ鑑賞ができて満足。
メルヤス会館は、前を通ったことがあったかも知れないが、地下には戦前から変わっていないような(そんなことはないだろうが)食堂があり、実家に近いせいもあって、ひとしお、感慨深いビルだった。2階には、アンチーク・ファブリック・ピンクスという雑貨店があって、入ると、ピンクの世界。ひええ(1年中、ピンクですか!)、と真っ白でほんわかした今井祝雄ワールドからの落差−でも、どこか、通じ合ってもいるかも−に、ホホーンとなる。少しメリヤス会館を探検。この近くにもうすこし、面白い物件があれば、まちつかい、まちさがしにぴったりだな。

おっと、
《「具体」から現代―今井祝雄展》(10/9まで)、LADS GALLERY。心斎橋の北(南船場といったほうがよかったっけ)にあったとき、「今井祝雄・分身の術」で福助を20に分解され、それが、分身した展示を見た画廊で、こちらに移ってきている。画廊は、こういう、近代化建築に実に似合うのはどうしてだろう。もちろん、まっしろな壁で、けっこう、広く、40年以上にわたる今井祝雄のわかかりしときの「具体」派における「白のセレモニー」と、今日の「記憶の陰影」シリーズとの、隔たりと近似を一気に楽しむ。

同じようで違うなあと思ったのは、若いころのエロス、もちろんほのぼのとはしているところは通じるのだが、いまの作品には、もっと、飄々とした遊び心があって、その時間を同じキャンバス地ゆえによく感じさせてもらえる。何がここに入っているのだろうか、と考えてもよし、そんなことはどうでもよくて、そのフォルムをめでてもよし。答えが作者にあるのに、見ているほうは分からないというのが近作で40年前の作品は、もっとフォルムとの格闘なり冒険なり挑戦心がそのまま素直に出ている。どちらがいいとかはそれぞれ見るほうにもちろん任されていて、学生たちはどう思うだろうかとか思いつつ、関西広域機構の会議に向かう。

会議で、このまえ、新潟県新発田市のまちづくり基本条例<http://www.city.shibata.niigata.jp/html/reiki/reiki_honbun/az20010321.html>に「ワークショップ」の定義があったことを話したりするが、あとは、本当に文化情報を大事にしているメンバーに任せておけば安心と思いつつ、まだ続いていた会議をあとに、今度は、同志社大学の総合政策研究科へ。

「文化行政論」。なんと、去年は10/1からの開始だったのに、今年は9/25の開始だったそうで、1回目、完全に忘れてしまっていたわけで、ほんとに申し訳ない気持ちで授業。
でも、事務局も院生も優しく大感謝。2回(9/25とたちばなの推薦入試の11/20)分を、11/22のアートスペース・ココの野村誠さんと上田假奈代さんの対談や音楽ワークショップを実際に経験する授業に振替えることにした。さっそく、假奈代さんにメールしなくちゃ。


10/3(金)

来年の手帳を買おう、買おうと思いながら、まだ買っていない。

東部文化会館にて、来年に向けての第5回子どもの文化フォーラム実行委員会の1回目。10時から11時半。
2009年、6月7日(14日が予備日だが、ほぼ6/7で大丈夫だろう)、日曜日に、第5回子どもの文化フォーラムを、京都市立東部文化会館全体を使って、ほぼ、去年と同じ形で行うことに決まった。

かえっこバザールが、まず、こぐれゼミに課せたれた任務である。いまの2回生のゼミ生たちがどれだけ後輩を指導しつつバージョンアップしてくれるのか(まあ、来年度もわたしのゼミになるとは限らないが、まあ、かえっこはやってくれるだろう、たぶん)。

演目は、川崎のベテラン(25周年だということ)、デフ・パペットシアターひとみ"http://deaf.puppet.or.jp/"さん。ファミリー人形劇『はこ BOXES〜じいちゃんのオルゴール♪』の予定。
子どもからお年寄りまで、三代に渡って楽しめる作品のようで、若干、2〜3歳あたりの幼児には難しいのかも知れないが、そのかわり、広く、無言劇なので、想像力が広がるもののようで、ろう者と聴者がともに作りあげる舞台は、かつて私も観劇させていただいたこともあるし、「アウトサイダーライブ」の関係でも興味ぶかいところ。

ただし、6/7の前後で(たとえば、6/6とか)、近府県、たとえば、滋賀県内あたりとかでのツアーが組めるようにならないと、旅費関係の負担などで、こちらとしては予算がたたなくなる。

大学へ。2回生がアトリエ劇研にインターンシップさせていただいていて、上田千尋さんのかわいいお手紙と一緒に、チラシを持ってきてくれる。
わたしも、極楽トンボの終わらない明日。なつかしいし、劇研アクターズラボ発表公演という劇場が創る場としての機能を検証できる機会でもあるので、なんとか、見に行こうと急遽思った。
いけるとしたら、11日の19時公演かな。

3限目、必修なのに、途中抜けしている学生たちが喫煙場にいて、戻れよと注意する。むずかしくて、小暮先生の授業は大丈夫だけど・・・そうはいうが、授業中しゃべってばかり。いつも奥までかけのぼって意見を言わせて、なんとか参加させようとするのだけれど・・・
わたしとしては、彼ら彼女らがまず教室にずっといるようになることが、第一の目標(情けないけれど)。そのうえで、静かに聴く。そして、ノートを取る。いやあ、遠大な目標だなあ・・・

4限目、1回生のための「都市とアーツ」。
100名近くに増えた。一番奥までかけあがってなんとか届くようにしようと努力(まだまだ・・・)。

5限目政治学概論。つい、行政の内部の話(通達が権力になってしまうことなど)になってしまう。でも、それがマニフェストと関係したりするので、大丈夫だったはず。


10/4(土)

あさ、自分の専門、あるいは好きなことって、なんだろうなと家人と話す。彼女は明確なのに対して、自分のほうは、といえば、まあ、雑雑としていて・・・

アーツマネジメントとか文化政策とか、アーツNPOとか、文化行政、地域おこし、まちつかい、演劇、ダンス、美術、映画、音楽、詩歌、宣伝美術(チラシ)、広告音楽(チンドン)、紙芝居、妖怪、哲学、思想、宗教、民俗、葬祭、民芸、雑貨・・・・
なにせ、
ものすごく、わたしのばあい、範囲が広いのだ。ひろく、あさく、ばらんばらんに・・・
さいきんでは、行政学はもちろん、政治学だって、まあ、何とか教えられるし、嫌いではない。
政治学のテーマがパワー(権力)だという話とか、デモクラシーの最小要素が、参加と競争である、とか、けっこう、まあ、面白いのだ。得意分野に走り勝ち(地方政治学とか、内閣と官僚関係とか、陳情政治とか)だけれど。

で、あれこれ話していて、一番だめなのが、お金儲けだねということになった。まったくだめだしそもそも興味がない。生きていけるだけの収入がないといけないけれども・・・で、現代ビジネス学部がつらかったのだが、ビジネスを仕事あるいは使命と読み替えて何とかやっていこうとしているのですね。

10時から12時までは、山科青少年活動センターでめくるめく紙芝居の稽古。
林加奈さんが、みんなが持つ楽器(おもちゃ系がおおい)を一つずつ登録。
山下残さんもきていただく。突然のことなのに、ほんとにありがたい。ハナジョスさんたちの音楽ガムランもあるし、井上信太さんは、いま、大阪で大活躍(ひょっとしたら、てんてこまい?藤浩志さんとも交差してはるんだっけ??)なので、当日参加ということだが、でも、まあ、超豪華メンバーだなあ。おお。

ただ、楽陶祭当日、10/18の時刻がころころ変わって困ってしまう。市長が来るから早めるとか、いかにも「イベント、イベント」チックで、まあ、イベントの光と影の研究にはいいがねえ・・・どうも、13時になるかも知れないということ(13時半でほぼ決まりというメールが届いたので、これで確定かな)。まあ、授業としては、13時までに来るように言っておく。あとメックのほうは1時間残っているのだが、13時から授業(アーツ鑑賞演習)なので、京都橘大学へ。

食堂で糸井登さんとセレノグラフィカのお二人に会う(「明日の教室」)。こんな歌やダンスが視聴できるサイトがある"http://www.myspace.com/hanakogure"ということを伝える。
13時から、授業。もう少し、こんな芝居であるということを言えばよかったのだが、小劇場演劇のサンプルとして、劇団ジャブジャブサーキットの『歪みたる隊列』の冒頭を見せる(これは、後半、田辺剛さんが見せてくれた『農夫』との対比にもなってなかなか意味が出たのだが、あんまり無造作に、まあ、演劇映像です、という形でぼんやり流したので、多重人格者の登場のあたり、筋が読みづらかったようだ)。

14時15分に田辺剛さんが到着。14:40からじっくりとお話してもらう。
はじめは、アトリエ劇研ディレクターのお仕事(たしかにマネジメントまでの責任を負うディレクター≒芸術監督というのは、平田オリザさんぐらいしかいままでいなかったかも?)の話。NPO劇研との関係についての質問もあった。

後半は、今度のお芝居(下鴨車窓第5回公演『書庫』)、前回の『農夫』についてや、90年代における、日常会話の演劇の流れとは別の自らの演劇の特徴について、じつに誠実に話していただいた。
書き言葉としての演劇文体の追求をチェーホフやテネシーウイリアムズなどを読むことで行うことになるとともに、カフカの『変身』などから、物語の力、異界を観せる演劇の可能性に気づいたこと。
そして、3つめに「詩(ポエム)」と戯曲の共通性に思いをいたしつつ、演劇を創っているというお話はじめ、面白い話をしていただき、とても勉強に私も学生もなったと思う(まあ、私が聞きたかったこと中心だったとは思うが・・・)。


10/5(日)

午前中、サイレント映画を活動弁士(澤登翠)と楽士演奏によって楽しむ。
溝口健二『東京行進曲』(1933年、28分の断片のみ)は、初めて観た。映画主題歌第一号なので、その関連でも興味ぶかいもの。日本ビクターが佐藤千夜子の唄、西條八十作詞、中山晋平作曲で、映画タイアップを行ったのだ。夏川静江主演。

一方、前にも見たことのある溝口健二『瀧の白糸』1929年、28分。『東京行進曲』にも名前がクレジットされている入江たか子(貴族出身だということ)が主演で、プロデューサでもある名作のメロドラマ。授業としては、まず、まったくのサイレントで見せて、これに、西洋では楽団がつき、日本では、楽士(三味線が独特)プラス活動弁士がついて、見世物小屋の伝統を引き継いでいるという話にする予定なり。

劇団ジャブジャブサーキット第47回公演『死立探偵』草案=北村想、作・演出=はせひろいち。ウイングフィールド。14:05から2時間弱。
一番はじめに心震えたのが、今回は特に、舞台美術(JJC工房)。すこし、心配したのは、前説ではせさんが行方不明になったこと(これは、お芝居の展開につれ、なんだか、そうか!と思ったが)。

想さんが、もうお芝居は来年春で終わりとブログで書いていたりするし、チラシにも「演劇は命懸けの遊びなのだ。遊ぼうよ、このステキな玩具で、天使のように」とあって、ちょっと、遺言ぽく(でも一公演一公演、遺言のように舞台はあるのかも知れませんね)、うるうるなのだが、やっぱり、当日パンフでもはせさんの17歳のころのお父さんとの交流(いい話だなあ、右手からにぎってくるお父さんのごつごつとした指の感触)が、死のにおいに満ちていて・・・

おっと、これから、名古屋、東京なので、本番は、ぜひ、みなさんでお楽しみということだが、舞台美術でこんなに具象的な喫茶店(ジャズ喫茶)って、ひさびさに味わったので、中途半端な抽象的舞台など太刀打ちしできないなあと思ったことだけ、書いておこう。とくに、絵とか小物かを終わってからしみじみと眺めた。かえり、忘れずに「アインシュタインショック」のDVDと台本ゲット!

帰ってから、篤姫の前まで、黒沢清監督(伊丹十三製作総指揮、出演、で、黒沢監督とビデオ発売などでややこしいことになってしまった)『スウィートホーム』(1988年製作、89年公開、101分)を中古ビデオで見る。廃屋と役場、テレビ局の出だし、いろいろ思えてよかったが、後半は、SFXとかでまあ、娯楽的になる。


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