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こぐれ日録 KOGURE Diary 2008.9/29〜10/5 こぐれ日録609 2008年 9/29〜10/5 9/29(月) 10時過ぎに、卒業生がやってきた。 後期のアーツマネジメントの授業は、関西の劇団やダンスカンパニー(ソロなど組織でないほうがおおいぐらいだが)を調べて、関西以外に紹介して各都市の劇場をネットワーク公演(+アウトリーチ)することを課題としている。 下に、中間テストの問題と、最終テストのイメージをつづって学生たちに配布したものを提示しておくが、きっと、関西の小劇場演劇などを知らない学生たちはずいぶん悩むかなと思う。もし、公演PRとか来ていただけるとずいぶんうれしいなと思うところだ。 4限目は4回生ゼミ。たまたま、音楽環境、とくにライブハウスを巡る研究が2つあったので、そのプレ発表というか、研究のためのゼミ生たちの話し合い。 2008年度後期 アーツマネジメント論(演劇ダンス) 【最終テストの問題の予告(ノート持ち込み可)・・・・1/19(月)の予定】 雨。 そのなかで、現代アートとは、現代に生きる私たちのアートである、とあって、定義として云々とは別に、使えるフレーズだと思い、メモ。 まったくのパクリだが、現代ビジネスとは、現代に生きる私たちのビジネス。でも「ビジネス」が狭く解されがちなので、ビジネスを仕事と置き換えて、 「現代のことば」(佐伯啓思「マルクスの亡霊」)があって、仕事をすること=労働を市場競争に還元しないでどう構築するか、ということが、この「現代ビジネス」にはあるのではないか、と少し、思案した。以下、その最後あたりの引用: 《・・・市場で交換されるすべてのモノの価格はただ市場で決まる。・・住宅のバブルも、株式のバブルも、すべて市場で決まった価値であり、それはそれでよい、ということになる。人々が懸命に労働して生み出した価値も、市場のバブルで得た価値も変わりはない。となれば、誰も、汗水たらして働こうなどとは思わない。バルブの投機でひと儲けしたほうがよいだろう。こうして、労働することの意味はますます見失われてゆくのである。 そう、現代に生きる仕事、働き甲斐、その成果、商品であり、かつ/あるいは、作品であるようなもの。アーツマネジメントがまだ現代ビジネス学部でも生き延びる工夫・・・ 午前中、学外授業の届け書類づくり。 12:15から、会議が3つ。 いま、読んでいる本。 歴史小説などをあんまり読まないが(遠藤周作にはこのテーマがあったな)、ちょうど、エリザベス一世のころだし、世界はちょうど宗教と政治とのせめぎあいにあった時代だなあと、江戸時代の支配構造に檀家制度が確立していくところを読みながら思った。 寺請制度が全国的に広まるなかで、岡山藩(池田光政)、会津藩、水戸藩だけは、儒者の廃仏論を受けて、抵抗する(神道請が一時期実施された)章もあって、このあたりも興味深く、儒教と神道連合対仏教のせめぎあいが見られる。それが、幕末から明治維新に規模大きく繰り返される(廃仏毀釈)わけだな。 とうとつに忙しくなった。 JR福島駅から、めざす中ノ島センタービルまでのあいだに、一つ、アーツ鑑賞ができて満足。 おっと、 同じようで違うなあと思ったのは、若いころのエロス、もちろんほのぼのとはしているところは通じるのだが、いまの作品には、もっと、飄々とした遊び心があって、その時間を同じキャンバス地ゆえによく感じさせてもらえる。何がここに入っているのだろうか、と考えてもよし、そんなことはどうでもよくて、そのフォルムをめでてもよし。答えが作者にあるのに、見ているほうは分からないというのが近作で40年前の作品は、もっとフォルムとの格闘なり冒険なり挑戦心がそのまま素直に出ている。どちらがいいとかはそれぞれ見るほうにもちろん任されていて、学生たちはどう思うだろうかとか思いつつ、関西広域機構の会議に向かう。 会議で、このまえ、新潟県新発田市のまちづくり基本条例<http://www.city.shibata.niigata.jp/html/reiki/reiki_honbun/az20010321.html>に「ワークショップ」の定義があったことを話したりするが、あとは、本当に文化情報を大事にしているメンバーに任せておけば安心と思いつつ、まだ続いていた会議をあとに、今度は、同志社大学の総合政策研究科へ。 「文化行政論」。なんと、去年は10/1からの開始だったのに、今年は9/25の開始だったそうで、1回目、完全に忘れてしまっていたわけで、ほんとに申し訳ない気持ちで授業。 来年の手帳を買おう、買おうと思いながら、まだ買っていない。 東部文化会館にて、来年に向けての第5回子どもの文化フォーラム実行委員会の1回目。10時から11時半。 かえっこバザールが、まず、こぐれゼミに課せたれた任務である。いまの2回生のゼミ生たちがどれだけ後輩を指導しつつバージョンアップしてくれるのか(まあ、来年度もわたしのゼミになるとは限らないが、まあ、かえっこはやってくれるだろう、たぶん)。 演目は、川崎のベテラン(25周年だということ)、デフ・パペットシアターひとみ"http://deaf.puppet.or.jp/"さん。ファミリー人形劇『はこ BOXES〜じいちゃんのオルゴール♪』の予定。 ただし、6/7の前後で(たとえば、6/6とか)、近府県、たとえば、滋賀県内あたりとかでのツアーが組めるようにならないと、旅費関係の負担などで、こちらとしては予算がたたなくなる。 大学へ。2回生がアトリエ劇研にインターンシップさせていただいていて、上田千尋さんのかわいいお手紙と一緒に、チラシを持ってきてくれる。 3限目、必修なのに、途中抜けしている学生たちが喫煙場にいて、戻れよと注意する。むずかしくて、小暮先生の授業は大丈夫だけど・・・そうはいうが、授業中しゃべってばかり。いつも奥までかけのぼって意見を言わせて、なんとか参加させようとするのだけれど・・・ 4限目、1回生のための「都市とアーツ」。 5限目政治学概論。つい、行政の内部の話(通達が権力になってしまうことなど)になってしまう。でも、それがマニフェストと関係したりするので、大丈夫だったはず。 あさ、自分の専門、あるいは好きなことって、なんだろうなと家人と話す。彼女は明確なのに対して、自分のほうは、といえば、まあ、雑雑としていて・・・ アーツマネジメントとか文化政策とか、アーツNPOとか、文化行政、地域おこし、まちつかい、演劇、ダンス、美術、映画、音楽、詩歌、宣伝美術(チラシ)、広告音楽(チンドン)、紙芝居、妖怪、哲学、思想、宗教、民俗、葬祭、民芸、雑貨・・・・ で、あれこれ話していて、一番だめなのが、お金儲けだねということになった。まったくだめだしそもそも興味がない。生きていけるだけの収入がないといけないけれども・・・で、現代ビジネス学部がつらかったのだが、ビジネスを仕事あるいは使命と読み替えて何とかやっていこうとしているのですね。 10時から12時までは、山科青少年活動センターでめくるめく紙芝居の稽古。 ただ、楽陶祭当日、10/18の時刻がころころ変わって困ってしまう。市長が来るから早めるとか、いかにも「イベント、イベント」チックで、まあ、イベントの光と影の研究にはいいがねえ・・・どうも、13時になるかも知れないということ(13時半でほぼ決まりというメールが届いたので、これで確定かな)。まあ、授業としては、13時までに来るように言っておく。あとメックのほうは1時間残っているのだが、13時から授業(アーツ鑑賞演習)なので、京都橘大学へ。 食堂で糸井登さんとセレノグラフィカのお二人に会う(「明日の教室」)。こんな歌やダンスが視聴できるサイトがある"http://www.myspace.com/hanakogure"ということを伝える。 14時15分に田辺剛さんが到着。14:40からじっくりとお話してもらう。 後半は、今度のお芝居(下鴨車窓第5回公演『書庫』)、前回の『農夫』についてや、90年代における、日常会話の演劇の流れとは別の自らの演劇の特徴について、じつに誠実に話していただいた。 午前中、サイレント映画を活動弁士(澤登翠)と楽士演奏によって楽しむ。 一方、前にも見たことのある溝口健二『瀧の白糸』1929年、28分。『東京行進曲』にも名前がクレジットされている入江たか子(貴族出身だということ)が主演で、プロデューサでもある名作のメロドラマ。授業としては、まず、まったくのサイレントで見せて、これに、西洋では楽団がつき、日本では、楽士(三味線が独特)プラス活動弁士がついて、見世物小屋の伝統を引き継いでいるという話にする予定なり。 劇団ジャブジャブサーキット第47回公演『死立探偵』草案=北村想、作・演出=はせひろいち。ウイングフィールド。14:05から2時間弱。 想さんが、もうお芝居は来年春で終わりとブログで書いていたりするし、チラシにも「演劇は命懸けの遊びなのだ。遊ぼうよ、このステキな玩具で、天使のように」とあって、ちょっと、遺言ぽく(でも一公演一公演、遺言のように舞台はあるのかも知れませんね)、うるうるなのだが、やっぱり、当日パンフでもはせさんの17歳のころのお父さんとの交流(いい話だなあ、右手からにぎってくるお父さんのごつごつとした指の感触)が、死のにおいに満ちていて・・・ おっと、これから、名古屋、東京なので、本番は、ぜひ、みなさんでお楽しみということだが、舞台美術でこんなに具象的な喫茶店(ジャズ喫茶)って、ひさびさに味わったので、中途半端な抽象的舞台など太刀打ちしできないなあと思ったことだけ、書いておこう。とくに、絵とか小物かを終わってからしみじみと眺めた。かえり、忘れずに「アインシュタインショック」のDVDと台本ゲット! 帰ってから、篤姫の前まで、黒沢清監督(伊丹十三製作総指揮、出演、で、黒沢監督とビデオ発売などでややこしいことになってしまった)『スウィートホーム』(1988年製作、89年公開、101分)を中古ビデオで見る。廃屋と役場、テレビ局の出だし、いろいろ思えてよかったが、後半は、SFXとかでまあ、娯楽的になる。 |