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こぐれ日録 KOGURE Diary 2009.10/19〜10/25 こぐれ日録663 2009年 10/19〜10/25 10/19(月) 3回生ゼミ、久しぶり。 行政法は、公法と私法という二区分が崩れて行く過程を話して行ったのだが、ずいぶんと難しいということだったので、二つの判例をできるだけ噛み砕いて話す。法律上の利益と(法規の)反射的な利益の関係など。 あわてて、大津市へ。厚生会館はすでにしまっていて、なんだか泥棒さんみたいに2階のベランダ沿いに歩く。 昨夜と同じ、大津駅。県庁前の厚生会館。廃止された武道場は立ち入り禁止になっているが、ここはどうなるのだろう。跡形もなくなるのかなあ。なくなるのなら、一度、何か公演などしたらぜひ見に行きたいもの。滋賀会館ももう風前の灯みたいだし、その前に一つの消滅祭のようなものがあってもいいかも。 そうそう、風景のお葬式。 糸賀一雄記念賞第八回音楽祭の実行委員会。20分も遅刻した。 で、午後、研究室へ行ってから、ツイッターやブログで音楽祭関係情報アップなどをすこしあれこれ。 そんなこともあって、午後は出席票の出席簿転記をすまそうと思ったのに(あと、TAM研のレシート整理とかあれこれの雑用)、政治学だけで行政法をやりだしたら、大学外部評価の関係の書類チェックなどが舞い込んできた。 ツイッターというメディアにまだまだ慣れないが、一つ嬉しく思い、これはいいかもと思ったのは、まったく知らない方(弘前市会議員さん)が、明日から津市と近江八幡市に議員視察で来る(13名)というつぶやきをしておられたので、近江八幡市にこられるのなら、ぜひ、NO-MAへとtweetを送ると、早速現地視察をされて、とてもよかったということがまたツイッターにアップされ、それをたぶん結構多くの人が見ていたということ。 以下、その方のツイート引用: 宿泊先からタクシーでしたが、ホテルの方も運転手さんも知ってました。 行ってみて、小暮さんが勧めてくださった理由がよくわかりました。ありがとうございます。
RT @kogurenob: 場所分りました? 授業は、1限目のみ。 入学課の取材が入る。このときは、みんなを前にあつめ、ペットボトルや鞄を下にしまわせ、よそいきの姿にしなくちゃいけない。 3つの会議。 珍しく、中日が楽に巨人に勝って、これもまあ初めだけだろうが、気分はもちろんよい。 以下、うちの大学向けに、ツイッターの大学利用状況を報告しておく。 【大学のツイッター状況をすこし】 長岡造形大学 http://twitter.com/N_I_D 京都精華大学 http://twitter.com/seika_sekai 京都大学 http://twitter.com/KyotoUniversity 大阪大学サイエンスショップ http://twitter.com/scienceshop 慶應義塾大学アート・センター http://twitter.com/rcaaa 大分大学アートプロジェクト http://twitter.com/Lovetipococa 武蔵野美術大 学映像学科三年 進級制作展 http://twitter.com/shinkyu09 午前中、shelfの公演をもっと多くの人に見てもらおうと、すこしあがく。 大阪成蹊大学芸術学部「美術文化政策研究」、同志社大学大学院総合政策科学研究科「文化行政論」。無事、終わる。いまのところ、内容は言及部分でもちろん違うことがあるが、同じテーマを3限目と6限目にしている。10/10に放送された山元能楽堂+井上信太さんと子どもたち(水の輪)のビデオを見せるところも同じ。ただ、後者がやっぱり、ちょっと早くなったかな。 午前中に2つ授業。 そのあと、出席簿の整理をしようとしたが、半分もできず。100人を越えるとものすごく時間がかかることを痛感。まあ、学生コメントを読み直したり、事務的なこと以外をしているからでもあるが。 で、17時すぎに研究室を出て、アトリエ劇研へ。東山からバス。18時20分ぐらいには到着。もう少しゆっくりでてもいいな。75分ぐらいの道のり。たまたまだが、今回見たイプセン最後の戯曲もそれぐらいの持続だった。まず、始まる前の音楽がいい。作曲家とか題名とか聞きたかったが、聴かず(グリーグとかそういう北欧の人のものかな?)。 矢野靖人さん(演出家であるとともに、制作的なこともされているようで、直球的芸術志向の演劇ユニットがこのshelfなのかもしれない)から、すこし授業で話した効果などがチラホラでていると言われて、実際はあんまりお役には立てなかったけれど、やはり嬉しい。 アフタートークも、田辺剛さんが話した、何もない舞台と語り(ト書きなので風景が具象的に展開する言葉)の関係がこちらがぼんやり感じていたことの明確な言語化(具象的なものが、舞台上で解けていくという指摘。リアリズムのままでシンボリズムを生む演出効果)で有り難い。 そういう地味だけれど、いま、ここと、かつてのどこか(このお芝居では100年前のノルウェー)との往復が、演出家、劇作家、役者を鍛え、強くするのだなあとぼんやり思う。 ク・ナウカの二人の役者さん、とりわけ、阿部一徳さんの声と動きが、ク・ナウカのお芝居をどこかで呼び寄せている気がして懐かしさもひとしお。出初めだけだが、一瞬、山田宏平さんの声が異質で戸惑って言葉に意味を聞き取れなかったのも新鮮な経験。 もちろん、ト書きを読み=語り手であるとともに、役者として、若い妻と一緒に山に登る地主(農民)役をする男3の複数の役割にも興味深々。能舞台との比較を無理とすれば、彼は始めワキの僧の役なのだが、後半ワキの立場とともに、なぜか、無謀にもシテツレと絡むという感じか。若い妻の歌が耳に残る。これが中世ではなく近代、モダーンの苦悩と孤独、自由と決断の形であるのはいうまでもなく。 はじめ、このお芝居の題名が「復活の日」だったというお話も興味深かった。それが、女2=旅の夫人(彫刻家のすべてのモデルをしてきた伴侶だったのに、「エピソード」と男1が失言して消えてしまった女性)が語る台詞でもある「死んだものが目覚めたら」になり、ここに「私たち」が追加されてこの題名「私たち死んだものが目覚めたら」になったという。なんと深くて象徴性の強い題名になったものだろう。 以下、まねきねこさんの劇評のサイト(http://homepage1.nifty.com/mneko/play/SA/20091013s.htm)を一部借用して、配役などをしるす。 ・・・・ @京都 アトリエ劇研 10/23のステージ。75分ぐらいかな。3幕がいっきに息をつめてみる感じ。 片岡佐知子:女1 マイア・ルーベック 音響:荒木まや (Stage Office) 照明:則武鶴代 衣装:竹内陽子 きがつけば、めくるめく紙芝居、来週の日曜日には本番なのね。11/1。10/31に最後のあつまり。 で、今日は、 どうして、午前中からになったのか?と思ったら、Y兄弟などが、バレエの練習などが午後からあるからだった。そして、午前中に、今度の新作(ザ・マイクマン〜おんがくは、のろい、ほんとうにおもしろい〜)に出られない人の録音をする。声の出演と当日パンフには書いてもらおうとEちゃんには言っておく。 信太さんが、どこでもドアみたいな、そこから出るとステージのような、ドアを作ろうかという話もでて、やっぱり、美術家がいると、がぜん、そのイメージが華やかにしかも具体的になるので、すごいこと。いや、林加奈さんも美術家でもあるのだが、彼女の場合は、どちらかというと、即興性とパフォーマンスの時間編集の方に力を入れてもらっているので、時間と空間がこうして交差して、ようやく、ステージができて行くのだ。 帰りに、昨日の授業で話した志賀直哉の住居(1924.10.26〜1926.4)跡の石碑をチェックしておく。小説「山科の記憶」(1926.1)にある川と土橋(コンクリートにいまはなっているが)が確認できる。刈田はもう付近にはまったくといっていいほどないけれど。 以下、メックのブログでの紹介文 とき:11月1日(日)、14:30〜15:00 一連のライブの最後。すこし時刻は流動的だと思います。アンコールとかできるのかな?? 11時ぐらいからトリのメック公演まで、ライブが繰り広げられて、周囲にはフリーマーケットや屋台などが出ます。学園祭と同じようなのり(30歳までというのが原則)だろうと思われます。 場所:山科青少年活動センター、テニスコート特設ステージ(雨天の場合は室内) 新作を上演します!! 絵は、はじめのタイトル以外は完成。台本も今日ほぼ全容が見え出していて、6場構成で、5分ずつで30分の計算。でも、私、テングマンとクノイッチャンの前説はもっと早く終わるでしょうし、第三場「おとのたいけつ」は、5分では終わらないと思います。 MONOだから、そりゃあ面白いのは間違いないのだが、こんなに面白いとは思わなかった。 思わなかった理由として、以前、このお芝居の原型を京都芸術センターで見たのだが(『チェーホフは笑いを教えてくれる』2003)、ベケット的な設定で、チェーホフの短い喜劇が演じられる(今日は4本だったが、前もそうだったかどうかも記憶があいまい)。その接合がちょっとゆるいというか、あんまり必然性がないなという感想を持ったからだった。 という長い前振りで、今回、そんな感想がぶっとぶぐらい楽しくて、『熊』のしゃべり口が普段のMONOぽいとか(奥村泰彦を見ていると、変なイタリア人が京都11区に来たシーンを思い出しつつ、初恋と接合する)、『結婚申込』の男ぽい妹(尾方宣久)とか、なんだか、20周年おめでとうという感じで、70分ぐらいしかないのだが、満足して、気持ちよく帰った(からほりアートも気になったが)。 あと、水沼健『煙草の害について』が一番爆笑ものなのだが、これは、アトリエ劇研などで行っている落語企画もかなり役立っているのではないかな、と思ったりもした。なお、『余儀なく悲劇役者』って、チェーホフの原作を忠実にしたものはまだ見たことがない気がするが、これぐらい短い喜劇になると、「おち」が重要かも、とも感じた。 ラスト、ロシアのどこ?モスクワ、そしてその「モスクワ」をばらばらに指すところで、ふと、MONOも、ひょっとしたら、三人姉妹や桜の園などをするときが来るのかもな、その喜劇性がより体感できたときに・・という妄想も頭をよぎる。 以下、AI・HALLのサイトからの引用: |