こぐれ日録 KOGURE Diary 2009.4/20〜4/26


こぐれ日録639 2009年 4/20〜4/26

4/20(月)

今日はよく眠れた。
全国のかえっこマップが出来たそうだ。さきにまず、わたしのかえる絵がメールで送られてきて、欣喜雀躍!

12時10分からTAM研。今年度は、月曜日の昼休みをTAM研にしたいと思っている。
3回生が3〜4名、2回生のかえっこ委員は全員集合した。チラシはもうすこし。
大きく、チラシをつくり配布する広報班(インターネットやプレス対応、アンケートづくりと集計なども含める)と、運営の仕組みと展示などを行う運営班(ポイントの具体的な基準作りやシフト表づくり、おもちゃの分別、展示の工夫、説明書き〜これは、広報班も手伝って内容を統一する必要あり〜など)に分けることにする。

13時からの3回生ゼミは、5/30に決まっためくるめく紙芝居公演を授業にすることにしたので、それを伝達しながら、かえっこバザールのアートOSとアプリケーションの話、そして、紙芝居をOSと考えると、めくるめく紙芝居はそのアプリケーションと考えることが出来る話などをして、最後に映像を見せる(かなり多くの学生は一度見たものだったが)。

行政法氓フ2回目。評価の基準の確定。
"http://docs.google.com/Doc?id=dd2cpzz4_168gnnkrhd8"

劇団衛星の「大陪審」にどれぐらいの受講生が来るか、まだ分からない(チケットの売れ行きは順調そうなので、行く学生は早く予約するように来週言わなくちゃ)。51名。
コンプライアンス:これを単なる「法令遵守」と見るのではなく、リーガルマインドを発動して、「組織の社会的要請への適応」と考えるべきだという、郷原信郎さんの意見(『「法令遵守」が日本を滅ぼす』新潮新書、2007)を少ししゃべるが、消化不良気味だったので、来週追加しなくちゃ・・・

この前に読んで感銘を受けた本、土取利行『壁画洞窟の音―旧石器時代・音楽の源流をゆく』(青土社、2008年)。壁画洞窟は、人類の最初の美術館であったばかりではなく、コンサートホールであり、ダンスホールでもあったのではないか、と読みながら色々思う。もちろん、シャーマンが活躍する信仰と祈りの場でもあったのだろうが。

この前読んだ、ミズンの音楽起源説にも触れられていたし、ブッシュマンの岩絵とトランスダンスやうたの話、讃岐のサヌカイト、その楽器の可能性の話など、いろいろ興味ぶかい。


4/21(火)

クリスタルカフェで早飯、のつもりが、あれこれ。
おお、12:15だ。昼休みに集まって、2回生ゼミを開始します!と言っていたので、
連中が、授業を終えて集まってくる前に、机を移動しようと思っていた。

と、つくと全員、すでに集まっていた。3回生のHさんもいた。びっくりしつつ、うれしがる。
朝のメールが効いたかなとは思いつつ。

さて、「かえっこバザールinやましな」の準備のため、
2つに分かれて(広報班と運営班)、作業開始。
広報班の半分はチラシのダメだし。けっこう、いい意見が出ている。広報班の半分は、チラシの配布場所さがし。分担決め。あと、リビング京都などの記事掲載依頼の話。

他方、運営班は、当日のシミュレーション。去年よりは具体的な分担がすでに出来ている。一人はさきらで去年の夏体験していたこともあって。でも、掲示することがけっこうあるし、おもちゃの分別などの作業があることを伝える。作業場として使わせてもらっている学部長室に案内。残ったおもちゃのダンボール数個、去年の掲示ペーパーの残り、カードや引換券・・・けっこう、ゼミ以外にもワークしなくちゃ、というモードになっていて、これはうれしい。

やはり、かえっこバザールという仕組み(アートOS)の魅力だろうとは思う。いちばん、いま、私自身の問題は、まだ、顔と名前が1/3ほどは覚えられていないことだ。うまく、作業中に聞いていくしかないな。

終わって、去年も自分でした書き込みをしておく。"http://www.kyoto-v.com/vola-box.php?detail=2832"

すこしとばしながら(統計のところはあとでチェックしなくちゃ・・・)読んだ新書:阿部彩『子どもの貧困』岩波新書、2008年。
こども対策という最後の政策提言の一つに「給付つき税額控除」手法があって、米英でも採用されているという。確かに、高所得層から低所得の子どものある世帯へと所得移転を促すことが出来そうだ。ここだけ、引用しておく:p237

《 子どもの貧困削除を目的とした所得保障の制度を考えるとき、給付つき税額控除という手法は有力な候補である。
 なぜなら、まず第一に、生活保護や児童扶養手当など、すでに存在する生活に困窮した世帯を対象とする制度は、所得制限やほかの受給要件が厳しく、非常に選別的であるうえ、それを受け取ることに対する偏見が付きまとう。税額控除は所得税制内で行なわれ、ケースワーカーが訪れたり、福祉事務所に出向く必要がなく、人々の目に触れにくい。・・・・》以下略。


4/22(水)

1限目、アーツマネジメント論。44名。水曜日の1限目はどうしても取りづらいのかもなあ、と思いつつ(大きな教室なので、もう少し人数がいてほしい感じがするんですが、私のメイン授業なので・・)、でもいい感じで聞いてくれている。
びわ湖ホールの芸術(音楽)監督さんの名前が出てこなかったら、ちゃんとうちのゼミ生が書いてくれていた。
わたしは、沼尻竜典さんが出てこないで、小沼さんとか、ぬまぬまいっていた。すごいな。宮城聡さんの名前はでたのだが。それに、先代のあの有名な・・で止まる。若杉弘さんなのにね。

アーツマネジメントの比喩(今日は、「団扇の柄」しかしめさずに、学生の考えを聞いた)・・・手紙、ペットボトル、橋(小島をつなぐ・・と書いてある)、お皿、ギプス、鍵、コックさん(アーツの)、クーラーのリモコン、お化粧、神輿のかつぎ手、メイクアーティスト(化粧品がアーツらしい)、パンティ(これは、近大でブラジャーっていうのもあったという話をしたので出たのだろう)。

そのあと、金曜日の準備をして、かえっこバザールのチラシ(ゼミ生たちが製作)を刷る。
ちゃんと朝に出来上がっていて(手書きでイラストなどが入りよりいい感じになった)、それを1000枚とりあえず、刷って、文化政策研究センターの奥の机に置き、みんなにメールしておく。山科青少年活動センター(ヤマセイ)はじめ、子どもたちが集まるところで、ヤマセイに近いところから今年は重点的にチラシを置いていく計画になっていると思うので、その成果が楽しみだ。

学部教授会。新しい学部長による第一回目だ。
19時から、山科のブライトンシティホテルで歓迎会があったので、大学から、東部文化会館、アスニー山科経由して、ちらしを置いてもらいつつ、ホテルへ。ここにもすこし置いてもらう。


4/23(木)

きょうは、ゆっくりできる朝。
どうも、風が冷たいようだ。
近大へ。すこし睡眠不足ということもあり、小説を読み出す。
江國香織『薔薇の木枇杷の木檸檬の木』(集英社文庫、2003)、2000年に単行本として出版。
この作家のよさが50代の男性である私にはなかなかつかめなかったのだが、この本はスムーズに読み始められる感じがする。
9名の女性と5名の男性(こちらは、女性の相手方としての影の存在だろうが)のオムニバスが、短い断片として、カット割されて出てくる。はじめは、名前が単なる記号であるだけで、どんな人物か見えないのだが、徐々にその関係が分かってくる。そうだ、ゼミのはじまりみたいな感じかな。
陶子、水沼、エミ子、篠原、れいこ、土屋、衿、桜子、近藤、綾、草子、山岸、通子、麻里江。

中流(これはもう死語かも知れない)の首都圏の人たちの恋愛と生活スケッチ。まだ半分なので、どれだけ、この14名が絡むのかはよく分からないが、きっと最後まで読めそうだ。テレビドラマの上質なものを見ている感じかな。

近大は37名。きょうは、アーツマネジメントの定義を5つ提示して、どれが一番受講生にフィットするかを聞いてみる。一つに偏るかと思ったら、けっこう、硬派の定義にも食いついてきて、なかなかやるな!と思う。後半は、イベントプロデュースとアーツマネジメントの関係論。ひとり、葬祭論をもっとてってほしいとリクエストあり。どうしよっかな。

帰って、よせばいいのに、プロ野球を見る。ああ、こんな結果だったら、未視聴の映画を見ればよかった。ことしは、諦めてたほうが無難だ(巨人でしょ、たぶん)と思った矢先、少し勝ってきたので、色気が出て見ちゃったのだわ(それにしても関西にいると、阪神のことが知りたくもないのによく知ってしまうなあ・・・)。


4/24(金)

あさ、二つの授業が終わる。
2限目、政治学概論は、もうすこし選挙の制度と運用の話を詳しくしたほうがよかったかな?

昼食。1回生たちと話す。そんなに建築がすきなの?
ゼミの先生が、文化プロデュースに向いているっていわれるけど・・・(文化プロデュースって、何だか分からないっていう感じかな?)

大学って、役にすぐに立つような実務知識や資格を与えるところではなかったんだけれどねえ。
すぐには役に立たないことをやっているのが、大学の先生だったんだけど・・・
うーん。これからの課題は、アーツや文化の学習がどれだけ素敵かを伝えることだよなあ。

話していると、カメラマンになった卒業生Kちゃんが来て、今日は休みなので図書館で勉強しているという。
いいだろう?カメラマンになってなっているんだよ!でも反応があるのかないのか・・・・。

USAだけで発売されたブルーハーツの歌を聴きながら、書類とか作っていると、演劇部の学生がハンコをもらいにくる。いささか、ブルーハーツに反応していたような・・・

さて、帰ろう。いや、図書登録はしておくか・・・

その前に、都市とアーツの3回目。一応、総論というか、文化→デザイン→アーツの起原をめぐったお話を終えたので、受講者の感想を書いておく。よく聞いてくれているように個人的には思っているけれど。
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都市とアーツ 2009.4.24 学生感想メモ   kogure

◎ 人類は何を思い、何を考えていたのか?を考える認知考古学の話はとても興味深かった。超自然的存在という認識が人類共通のものになる過程とは、いったいどのようなものだったのか気になった。現代に生きる私は何とも言えない超自然的な存在を感じたときに、「神サマ」とか「幽霊」とか「自然現象」だとかということにして安心するが、大昔はどのように思っていたのだろうと思った。(日文、2回、女)

◎ 「音楽と話し声」のお話のところで、私が赤ちゃんだった頃のことを思い出したので・・・。確か1歳に満たない時だったと思うのですが、そのときテレビではアニメ一休さんをしていました。OPテーマ曲が流れてくると、私は上機嫌でハミングをしていたそうです。勿論全く覚えてはないですが。話すことができない人や赤ちゃんも何かしら自分の気持ちを伝える手段を持っているのかな、と思いました。(日文、1回、女)

◎ 文化と言ったら、江戸時代とか平安時代の絵とか風習を思い出しますが、よく考えたら、人間がはじまった時にすでに人間の文化ははじまっていて、そこから文化史なのだなあと思いました。日本の土が酸性でなかったらもっとたくさんの物(特に骨)が残っていたのでしょうか。何だかもったいない気持ちになりました。(文化財、1回、女)

◎ 文化において、自分たちのはるか昔の先祖から、アクセサリーやデザインの凝ったものは発達してきた。現代も昔も同じように、お洒落をしたりデザインの凝った独創的なものを作る風潮が不変であるということは、人間が人間であることの証明であると言っても過言ではないように思えてならない。他の生物もメスへのアピールのためにオスが何かしらの行動をとることがある。しかし、人間の場合、それが文化や流行といった形で顕れ、生物的利害関係を無視したものが作られるように思う。そして、それこそがアーツという人間のみに与えられた知的行動だと思う。(都市環境デザイン学科、1回、男)

◎ 時代ごとのアーツとの関わりが何となくですが、解ってきた。5万年前の、人間(ホモ・サピエンス)が生まれたて(=アフリカから飛び出すはじめ)の時から、すでにアーツの形が垣間見えていることに驚きを受けました。世界的視点ではなく、日本に視線を向けた縄文時代においても、その時代につくられてきた土器や土偶など象徴的器物においても、アーツとの深いつながりがあるのだなあと感じました。スーパーナチュラルビーイング(超自然的存在)からアーツへのつながりが気になりました。(都市環境デザイン学科、1回、女)

◎ ホモ・サピエンスのビッグバンはどうしておこったのか?なぜ、その土地(アフリカ)を離れ、環境の違うところへ進出したのか? 今、動物(百獣)の王はライオンというヒトの考えがあるが、動物の世界では、そんなことはないと思う。なのに、なぜその思想が生まれたのか?これは、ホモ・サピエンスのはじめの考えが残っているのだろうか?土偶と埴輪の差はなんですか?(都市環境デザイン学科、1回、女)
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4/25(土)

昨夜、くさなぎ君が21時から記者会見するという(まあ、こういう話題をNHKニュースのトップにするのはどうかと思ってはいたが、やはり、気になるといえば気になるもの)。

ので、その前までで観るものを探して、だったら、ずっと気になっていた『実録・連合赤軍−あさま山荘への道程(みち)』(2007年、190分。若松孝二監督が製作も編集もしている)のメイキング映像を見ることにした(65分)。若松孝二監督の映画は、赤軍(パレスチナ)関係をいくつか山形映画祭などで見たぐらいで、ポルノとかもひょっとしたら見たかも知れないが、記憶にあんまりない。

最後に、ベイルートの岡本公三や北朝鮮のよど号乗っ取りの連中に見せにいっているシーンが記憶に残る。製作者でもある監督は、低予算でかつ公開できるかどうかも分からないために、どなってばかりいる。いらいらしている空気が映画のなかなのに、当時の閉塞した状況とクロスして、いまの若者たちの俳優をそれらしく変えて行く(とはいえ、みんな、当時の連中よりずいぶんとかっこいいが)。

で、190分ある本編を朝見出す。嵐の朝に。190分。一番初めは歴史の復習。自分の歳でいうと、5歳から15歳まで。中学時代の学校封鎖のことが一番思い出すかな。毛沢東選集を買って、ゴダールなどを見たり、毛沢東とか、北朝鮮の当時の映像を見たりした頃。
1971年、1972年になると、もう、文芸部で詩と評論ばかりだったので、連合赤軍−あさま山荘の記憶はあまりない。それより、1970年12月、図書館にいたとき、三島由紀夫が自衛隊の前で・・・という先輩たちの話し声で、用務員室に走っていったことの方が強烈な印象だった。

「総括」という名のリンチやいじめ、粛清の話は、オウム真理教事件がこれらを反復変奏していたんだなと確認する。2時間ぐらいで、もうかなりしんどくなる。でも、あとは行軍と篭城となり、その最後の1時間は、あっという間に見てしまう。あるいみ、小さな戦争映画だから。

14時から17時まで。今日は、やませいの和室でめくるめく紙芝居ワークショップ。
つなぎ合わせて、あと、音楽、3名の即興。T君が、今日は大正琴にはまっていた。
私は最近ハーモニカが気持ちいい。

5/30の14〜15時の東御坊山科別院公演について、あと近くの喫茶店で話し合い。
第一作「ハニャマのハミューダ島物語」を、拡大凝縮濃厚ジュースにする。加奈さんのことばだとRemix。だいたい、30〜40分ぐらいに、林加奈の語りで可能になるだろうということ。その間か前後に、即興音楽パフォーマンスを入れる予定。
音響のこともあるし、当日井上信太さんが入れない可能性も強いので、舞台美術のことなど、あれこれ、大変だ。そうだ、ゼミ生に連絡しなくっちゃ。


4/26(日)

朝、出るときは晴れていた。ところが、大阪城公園に着くと小雨。風が強い。
かえっこ会場を探す。大阪市こどもカーニバル2009。各行政区単位の子供会なのだろうか、テントが出ている。伝統的な大会のようだ。写真は、http://picasaweb.google.co.jp/kogurenob/09426#

かえっこバザールとワークショップは、水都2009実行委員会として、これからの行事の先触れ的PRだからか、おもちゃを抱えた親子づれはいない。みんなワークショップなどをして引き換え券を持ってくる。
藤浩志さんに会う。幟(のぼり)の間違いを前にブログコメントで指摘したお礼を言われて、びっくり(でも、こういう間違いはよくあることだし、経費とか大変だったろうと思う)。
プラスアーツの永田さんなどの面々。コスゲさんとか体操のお兄さんなどを紹介される。5/10のチラシを渡すと、5/9に東京でかえっこをしているということ。

小学生などの鼓笛隊なども寒そうだ。昔流の鼓笛隊を見て、小学校のときしたなあと思い出す。チンドン太鼓を叩く女性がいたが、どうも、チンドン音楽をしらないようで、おせっかいをしたい気持ちがあったが、まあ、楽しそうにしているので(でも、両手を一緒に使うともっといいのだけれど)、ただ眺めている。他方、街頭紙芝居は昔の手描きのものを使っていて懐かしい。マイクを使っていたが、これは仕方がないかな(スピーカーでブラスバンドなどがハウリングしながら流れるから)。

森小路へ。
大阪市芸術創造館。France_pan×トイガーデン混同公演、Toy_pan presents『どれい狩り』

安部公房のテキスト(『どれい狩り』改訂版、1967年物)。安部の演劇を見るのは実に久しぶり。題名などすべて忘れている。それでも、ウェーというのはどこかで覚えているから、このウェーは不思議な生き物なのだろうな。
安部の対談する声を聴きながら、座っていると、芸術創造館の小原さんが背中をつついて、挨拶してくれる。
15時すぎから、17時50分まで。10分間の休憩で、前半の演出が安武剛(トイガーデン、22歳)で、後半の演出が伊藤拓(28歳、フランスパン)。
長かったが、安部戯曲の再発見にもなったし、実に興味深い舞台だった。
まあ、野菜を食べたり、パンをほうばったり、無駄に近い部分とか、音が大きすぎたり、下着になったり、やけにあれこれな演出なのかも知れないが、まあ、そういう部分も含めての若さだろうし、ここから何を残していくのか、何を伸ばすのか、楽しみな二人の演出家、そして、出演者である。


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