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こぐれ日録 KOGURE Diary 2009.4/6〜4/12 こぐれ日録635 2009年 4/6〜4/12 4/6(月) 8:40に大学着。これが、今年度の基本到着ラインにすべきかも。五条から大宅までの京阪バスもほどほどに混んでいる。東総合支援学校の生徒さんたちとご一緒だし、いい感じ。 明日、新入生キャンプ。新入生ゼミの懇談会にすこし混じる。男子が1名少なかったので、男子に私もなって、女子と自己紹介タイムをする。妻問婚みたい。 ようやく暖かい。重いコートは捨てて・・・である。 フラワーズカンパニーというバンドの大人の子守唄というのをたまたま聞いて笑ってしまう。 いい天気。明日も晴れ。気温も上がるという。 さて、バスで近江八幡、あきんどの里へ。 みんなが入ってから、少し一人になりたくて、尾賀商店へ。いつもはお休みだが(コーヒーはなし)、今日はやっていて、お抹茶セットを500円でいただく。おいしいお菓子と金平糖つき。なんと、そのあと、私のような素人のもので・・・とおっしゃって、また紅茶をいただく。とてもほっこりしたいい時間を味わう。同僚の先生にお知らせすべきだなと思い、外を眺めていたが、残念ながら通りかかる関係者はおられなかった。 ちょうど、滋賀県田園ドリームブックというのが、Motokoさんという写真展『The
Den-en Dream』のところにおいてあって、何気に読むと実にいいテキスト(by井上英樹)で、滋賀が「うすぼんやりとしている」という出だしから、うまく滋賀のイメージを示している。小さな祭りのこと、若い農業者の紹介となかなかの読み応えだった。 昨夜、新入生による5分間スピーチというのがあった。でも、2〜3分ぐらいだったし、ゼミごとに代表者が発表したが、7クラスのうち6クラスが男子だったので、もし、来年もするなら、男女1名ずつ、2分間スピーチにしたほうがいいだろう。 MIHO MUSEUMへ。NO-MAの100倍の床面積。農家の屋根の形。すこし事前レクしたこともあり、去年よりスムーズに見学、鑑賞。企画展は新羅の工芸。 そのあと、陶芸の森で弁当。N先生が、なんだか、食事ばかりしていますね、とつぶやく。確かに、同じような揚げ物の弁当や食事をしている。そのあと、オリターの発案でスポーツ大会。大縄跳び、借り物競争、リレー。 設計演習の希望者が去年よりも20名ほど多いようで、これでは、教室、講師ともども足りない。3つのラーニングコースにうまく分かれるというのは、むずかしいのだなあ。 近畿大学文芸学部へ。暑い。 アーツマネージャーって、時間・約束を守る、記録をとる(何でもメモる)、気配り(コミュニケーション)を大切にする。これが、基本。 帰って、前の教材候補で買っていて、使わなかった、ビデオを見る。 さて、京都橘大学の授業が始まる。 最後のBGMは、五つの赤い風船。2000年再結成にしようかと思ったが、結局オリジナルのものにした、西岡たかしの若い声の方がいいように思ったので。 2限目、政治学概論 あと、6/12(金)の夕方ある予定の、第3回京都文化ベンチャーコンペティションの説明会+講演会を授業にする方向で調製することにした。文化を京都の未来への投資とする政策は知事も熱心だし、政治学の内容としても考えられるからで、まあ、そんなに不自然でもないようで、ほっとした。応募すると評価するというところがよかっただけかも知れないけれど。 引継ぎのことなどで時間を使い、少しだけ暗くなった(翌朝、解決・・いまは問題なし)こともあって、法然院で伊達さんのウクレレを聞こうと思っていたが、アートスペース虹で、建築物ウクレレ化保存計画(伊達伸明作品展)を見るだけにした(でも、3本は今日のライブのためになかった)。玄関周りはやっぱり家族とお家の顔だから保存対象になりやすい。あと、具象物、とりわけ動物系はペットではないが、キャラクター的に愛されるな。 かわりに、ギャラリーはねうさぎで、ペンギンパスティーユ展と山田実個展、それに、奥に小さなところでの学生さんのインスタを見てぶらぶら帰る。 読み終わった本、猪野健治『山口組概論―最強組織はなぜ成立したのか』ちくま新書、2008年。「やくざ組織は本来、社会的に追い詰められた者の最後の拠り所」(p255)として機能してきた側面があった(いまはそれ〜任侠道による相互扶助〜が、社会から許容されなくなり、まさに存亡の危機のなか、ある面、窮鼠状態になっているという)。芸能史的にだけ読んでもかなり面白いところが多い新書。もちろん、やくざシンパの著者であることを前提としながら読む必要はあるが・・・ 夜は、成瀬巳喜男監督1951年作品『銀座化粧』、『おかあさん』の前年、同じ主演者、つまり、田中絹代と香川京子(今度は親子ではなく、「姉妹」)。87分。夜の銀座に子どもたちが花を売りに来たり、歌いにきたりする。牧歌的な銀座だが、その時代はその時代で厳しい浮き沈みである。戦前には羽振りがよかった人が一文無しになり、でも、その男を無下には出来ない主人公。一方の元同僚(花井蘭子・・・割り切ったおめかけさん:でも少し純情だったりもする機微がまたうまいです、成瀬の女性表現)は、戦後のお金至上主義に適応している。最後は、ハッピーエンドでもないけれど、それ以降のメロドラマ的成瀬映画の特質である、どうしようもない「やるせなさ」は微塵もなく、さあ、またやるぞ、って感じなのが、面白い。いろいろ、試している感じもある。 それでも、成瀬映画のカラーの庶民性は濃厚。銀座の女であっても。それを象徴するのが、チンドン屋であり、太鼓を叩いて集める紙芝居屋である。紙芝居のシーンがもう一度出てくる(息子を探すとき)のには驚いた。 9:50に上鳥羽口駅に集まって、JAF京都さんがされているかえっこバザール(第6回目、いらなくなったおもちゃのお金のいらない交換システム)を見ようということを、新2回ゼミ生中心に伝達した。でも、参加者は残念ながらゼロだった。 10時すぎになったが、さあ、JAFへ。前はもっと大きな場所でいろんな企画と一緒にされていたが、今回はベーシックなかえっこバザールだった。でも、小学生が元気よく、私たちは10時から12時すぎまでしかいなかったが、13時から16時までまたされる。すごいエネルギーだ。小さい空間もまたいいね、と学生が言っていた。 ここの一番いいところは、駐車場が広いことだ。これは、大きい。山科では駐車場確保が大きな課題になる。うまく案内することを事前に考えよう。チラシに書けなかったことで、重要なことの一つは駐車場があるかどうかということだが、もう一つ、かえっこで残ったポイントが、全世界共通で、もちろん、来月、再来月のやましなでのかえっこバザールでも使えるということ。 以下、仮チラシに書いたかえっこバザールの案内(少し追加あり) 第4回かえっこバザールinやましな (第5回子どもの文化フォーラム) 3人で、京都駅にあるスバコで、ヘルシーでおいしい和食を食べる。 空き時間にリップクリーム。インターネットカフェ、夕食。 そして、劇団太陽族のお芝居を楽しむ。『足跡の中から明日を』中島陸郎没後10年に捧ぐ「円型舞台への挑戦」その最後が太陽族のこの公演でありシンポだった。構成・演出:岩崎正裕。二人おつうなど劇中劇では、当時の台詞回しってこんなのだったかもなあと演劇の歴史、それも表の有名なものの通史ではないもう一つの演劇史であり、演劇プロデューサ論である。 終わっても、中島みゆきのサビがぐるぐる回って仕方がない。「時代」はもちろんだが、今日は、とりわけ「ファイト!」だ。かつて、ユーミンが、私がせっかく洗濯物を乾かしてあげたのに、みゆきさんはそれに小ぬか雨を降らせて湿らせてしまう、と表現したというが、中島みゆきの歌がいまは勇気付与材のようにも思えるから不思議。つらいときには、つらい音楽を、という音楽セラピーの基礎かな。 太陽族は音楽劇で、いつもはそれもあって2時間ぐらいになるのだが(丁寧な脚本づくりという長所ではあるが)、今回は、80分強。じつにコンパクトで、でも昭和史を中島陸郎の身体と精神を媒介にして見せるというものだった。岸部孝子さんがする、石鹸の口上がいかにもその時代だし、あれこれ、チェックポイント多し。やはり、私には、作家の顔としてよりも、演劇プロデューサとしての中島さんの姿がとりわけ心を打つ。粘れ、粘れ、粘れ・・・書けない岩崎さんへの優しい叱咤。 それぞれのエピソードや演劇論については、若い人にはわかりづらいかもしれないが、でも、何かがあることがそこには感じられると思う。私だって、労働現場で劇団活動をするという戦後すぐの熱気については、想像することも出来ないぐらいだけど、こうして、中島さんの言葉を通してお芝居にしてもらうと、何だかその熱と挫折の深さが少しだけ垣間見ることが出来る。 意外と映画館以外で見ることが多いのが、ドキュメンタリー映画の特色かも知れない。 映画&トークライブ『フツーの仕事がしたい』2008年、70分。撮影・監督・編集=土屋トカチ。 月に500時間以上働いてしまったのは、かなりすごすぎることだけれど、これは氷山の一角だ。 興味深かったのは、ユニオン連帯が、土屋監督にはじめ証拠となる映像作品15分を依頼し、なかなか見ようとしない会社の前で、それを上映したことだった。こういうアーツの役割って、じつは、デモを限界芸術だと見立てた鶴見さんの社会への姿勢に通じるものだからだ。あと、土屋監督はこの映画に流れるバンドの映像も手がけていて、しかも、ユニオン・チューブという興味深い動画投稿サイトもやっていて、かなり気になる生き方を示しているようにも思った。 トークも、いまの京都や大阪の現状が話されてずいぶん勉強になった。手ぬぐいも売っていたが、白すぎるので、CDだけ購入。 2階に下りて、昨日あわてて作った「かえっこバザール」の仮チラシを置いてもらう。話が早いなと思ったら、プラスアーツの協力で、彼女たちもかえっこバザールを身近に(みやこめっせで)体験したのだそうだ。2/15に。http://kaekko.exblog.jp/10308658/ 声を聴いたとき、もっと若いバンドだと思った。 帰宅後、夕方、じつは、実録連合赤軍を見ようと思ったのだが(日曜日は少し思いドキュメントがいいかと)、190分もあるので、やめた。 厭戦気分濃厚の1944年のアメリカ。でも、軍事費の調達のため、米国債を国民に売るために、偽装された英雄たち。私たちは英雄ではないというのが、また、英雄的な言葉に摩り替わる。きっと、亡くなった友たちだって、自分たちは英雄ではなかったというとつぶやくけれど。 第2の米国旗を揚げる6名。6名というのだが、写真では4名のほかは陰になって、ホントに6名かなあとか思う。映画の戦場場面は暗かったりするので、なかなか顔と名前が一致しない。 戦場シーンよりも、アメリカ本国での戦争中の明るい英雄パレードのシーンが無性に心が騒ぐ。日本でももっと暗いかも知れないが、本土ではある種の高揚感はあったはず(いや、高揚感を政府とマスコミが演出していた)。それが、朝日・毎日新聞など当時のマスコミの大々的な英雄記事になっている。100人斬りとかもあったな。 戦争に飽きてしまったアメリカ国民を鼓舞し自発的に熱狂させるマスコミ報道写真の威力。音楽やイベント。演出する財務省長官と大統領、議員、軍隊のえらいさんたち。 日本の行政機構が21世紀に入ってすぐ、どうして大蔵省から財務省に名前を変えたのかということをいままであんまり疑問に思っていなかったな(自治省が総務省になってしまったことばかり気になっていたので)と関係ないことが頭に掠める(これもまた、規制緩和やなんでも民営企業化などと同じく、米営化する日本という流れの一つになっているのかな?)。いまもまた米国債を売るためにオバマ人気や親中国外交が使われているし・・・ 21時から、ブラジルの奥地の映像をNHKがやっていて、ちらりと見る。出産のシーンやシャーマンの様子、毒で魚を捕るシーン、平等にイノシシ?を分け、胎児をさわり、サルの頭をかじるこどもなど、じつに興味深い。でも、プロジェクトXぽいナレーションが気持ち悪い。どうも田中みんさんだったらしい。鶴見俊輔さんの特集もNHK教養であったようだ。録画だけしておく。 |