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こぐれ日録 KOGURE Diary 2009.8/3〜8/9 こぐれ日録652 2009年 8/3〜8/9 8/3(月) 採点と入力を基本的に土曜日に終わらせたので(あとは、救済するべき学生がいるかどうかのチェックのみ)、今日は、ゆっくり。 夜、ようやく、昨日の日記をアップ。で、重い映画鑑賞は無理になったので、ルイ・リュミエールの断片集を見始めたのだが、みんな、うとうと・・・彩色した蛇のダンスはとても面白かったが。 するとどうだ、寝ぼけていたみんながぐいぐい、その飛ぶ展開に目が覚めてくる。 『善良な兵士シュヴェイク/コニャックの巻』1954年、23分。 そして、遺作となったという『手』(1965年、19分)。これは、かなり直裁的で、もう支配者が自分の肖像を作れと迫ってくるところなど、社会主義国チェコとソ連の弾圧そのものでもあり、もっと、普遍的な圧力の姿をアニメで描く。ユーモアは背面に退き、自分自身への哀悼歌。生前葬。 かえっこバザールの記事がいまごろ京都新聞に出ていた。 『イヴの総て』(1950年、138分)を見た以外は雑用、娯楽ほかのみ。 【STAFF・・・スタッフ】 でも、この映画、ハリウッド映画的な枠組みのなかで、じつに、気持ちの良い作りになっていて、138分があっという間。はじめに最後の結末を見せている(と思わせる)やり方の典型例。 ベティ・デイビスが、42歳のときの撮影。でも、もう少し貫禄がある年齢に見えるのは、いまのアラフォーが若いからだろうな。そのあとの『何がジェーンに起こったか?』はより深い淵を見せるベティ・・・ 昨日行く予定にしていた、兵庫県立美術館『躍動する魂のきらめき―日本の表現主義〜岸田劉生、萬鉄五郎、東郷青児、恩地孝四郎・・・絵画、版画、写真、工芸、建築、是座員などの、大正期の暑き芸術、約350点!!』に、10時過ぎ着で、堪能。とくに、家具、写真、デザイン、今和次郎にも出会え、狂った一頁(衣笠貞之助)には、宣伝する楽隊のシーンがあって驚き、表現主義の建築(構想)がとりわけすごく熱い。 午前中に常設展示まで見る。とくに1階、ポスターにほれぼれ、で、その最後の藤本由紀夫さん構成の『shadow-exhibition obscurra-』に。荷物をあずけ、時計をポケットに入れて、ゆっくりロダンを触り、藤本さんのエコーやシュガー、オルゴールの壁の音に目に耳と心を澄ませて、美術館を堪能する。たしかに、緑の草原にいる錯覚がする。 ちょうどやってきた妻と出会いランチ。牛すじカレー、生卵、ナストッピング。 「コミュニティ・アート」を、もし、アートをつかって地域活性化に役立てるという風に解釈したとすると、アウトサイダーアートのような西欧流の考え方は、そのコミュニティ・アートとは相性がよくないということになる。 アウトサイダーアート側の人たちは、パンク的だから、地域や社会に折り合いをつけようなんて思ってもいない。体制への反発が真っ先になる。作品に内在する棘は、地域社会の穏やかな日常を不安にし、ときには問題を引き起こすのだ。 このような美術(アウトサイダーアート)と福祉(障がい者の社会参加目的としてのアート活動)の間のズレに意識的になりつつも、その共通点を大切に、という結論についても、また深く服部さんに賛同するものだ。 1)福祉だって美術だって、損得でやっているのではない。そのゆったり感は同じ価値観に基づく。経済効率や生産性で語られない。余裕・遊びがないとダメな世界。 さらに、竜も安打少なく、朝倉いつものように適当な投球だったが勝利し、鶴来の菊姫も超絶的に美味しく、いうことのない一日。 核兵器廃絶に向けた動き。政府の被爆者施策。 昨日の服部正さんのレクチャーはきちんと残されているのだろうか、残されていたら多くの人に伝えたい内容だなあと思う。日経の10回連載「勝手にアーティスト10選」も楽しみ。 夜、去年話題になっていた日本映画(東映系)を見る。 二人の男。過去の男を鶴見辰吾、若くふらりと鉄道に乗ってやってきた男が、星野源という人。DVDの裏に「俳優、ミュージシャン、執筆家」とあるように、独特の味がある。 水無月の祓い祭りなのに、雨で一週間延びるのは、新暦問題もあるが、それが、もちろん物語り的には大きなポイントになる。どこか、間抜けた感じのまち、人たち、そして肩の力が抜ける作品。アンチドラマティックと大げさに構えるわけではないが、肩透かしのなかでの恋愛劇。ウツっぽいところもなく、精神は思いのほか健常で、父親の神主さえ、そんなに偏屈でもない。 熊切和嘉という監督さん。また、映画の楽しみが一つ増える。 宮本歯科、半年後との定期健診と歯石そうじ。歯間ブラッシングが落第なり。 大学へ。今週は今日だけ大学だな。 滋賀県文化振興条例が先月に公布された、とお手紙あり。文化審議会が作られるということ。 日向市文化交流センターでは、第1回ひむかの国こども落語全国大会があったそうだ。 メールが来てもうひとり、レポートが添付。これで打ち止めだな。 君が代が少し分断されて流れたりするが、軍歌が軽快に組み体操されていたりして、部分だけをみると戦争讃歌みたいな感じもある。もちろん、あれこれいろいろ突っ込まれないように配慮しているのだろうが。振り付けのおおげさな身振り、口のあけ方の大仰さが映像なので必要以上にアップされてしまうからこちらは正面から見れないのかも。 歴史解説つきショーという趣。一度かなり昔に見たはず。昔、本人(山口淑子さん)が沖縄開発庁長官だったときに使えたことを思い出す。 帰って、土田英生脚本ということで購入していた『Happy!完全版』を見る。完全版とあったので、2回目に放送していたものも入っているのかと思ったら、自分が見たものだけだった。ありゃりゃ。97分だからな。相武紗季もかわいいが、渡辺えり子や哀川翔に目が行く。 山本能楽堂に。目が痛くてかなり真夏の太陽に弱くなっている自分がいる。 《なつやすみ!こどもワークショップ、アートによる能案内「舎利」、能で使う「小道具」をまねて、みんなで工作します。》 子どもたちが作った小道具が、天上へと舞い上がる。これは、まさしくお能の場面をビジュアル化するもの。そのダイナミックな有り様がこちらまでもう普通の心境ではなくならせる。覚せい剤はいらないのだ、こんなアートさえ、みんな体験すれば・・・ 残念ながら、前に、織田先生から紹介されたNPOの人(戸所岩雄さん)から送られてきた『銀河鉄道の夜』(劇団アンゲルス、金沢市、岡井直道:台本・演出)を見に、ひこね市文化プラザへ。地図では、JR南彦根駅から行けそうだったので、東口だろうと降りる。すこし遠回りしたので、30分ぐらいかかる(行きすぎて裏側に出てなかなかそこから行けず)。ひこねフィジカル・アート2009ということで、終わってからもバレエの人が柱の影で踊ったり、滋賀県立大学の吹奏学部の学生たちが、池に足をひたして演奏したりもしていた。 演劇自体は、歌ったり踊ったり、照明が派手で、かなりにぎやかなもの。宮澤賢治の詩や歌、考えなども満載で、つめこみまくっている。演劇でも宮澤物には名作が多いからなあ・・・ただ、加賀といえば、一向宗なので、日蓮宗的な宮澤の考え方を加賀の人たちはどう受け止めるのか、そういう作品を加賀で作ると面白いかも知れない。 4回生が裏方していた。 伊丹AI・HALL。『Melody Cup』 でも、私は、前に見た高嶺格パフォーマンス(AI・HALLで3回されたということ)よりも、ずっと、瞼が閉じる瞬間は少なく、いい具合に現代アート的繰り返しで眠りそうになると、変化がやってきて、ステージとしての強弱がいい具合に出来ていたと思った。弱い身体と強い身体、ぐだぐだの時間と緊張する時間、水平に動く世界と垂直に降り立つ宇宙。 個人的に、自己紹介のあとの踊りの断片が、盆踊り的な所作が多くて、これは、やましなダンス天国に使える編集手法だと、頭にメモり、また、後半のタイの小乗仏教と大乗仏教との対立問答みたいなものもじつに面白い見せ物。一言でその印象を言っちまうと、ダムタイプがまだ初々しさを持っていた頃はたぶんこんな感じだったのではないかというもの(PHの初演の頃あたりかな)。 移動中に、つき山いくよさんから、パン屋さんのチラシをもらって、小山田徹さんに平野の長屋を改造してもらったという話を聞きながら、ダイビルへ。すこし早く来てしまって(それでも、中之島ダイビルを見たりして時間つぶしをずいぶんしたが)、ワークショップコーディネーターの山本佳誌枝さん(山本能楽堂さんには連日お世話になった)に恐縮されたりする。アートコンプレックス1928の人が挨拶に来られて、文化政策一期生のOの先輩だというような話などなどもする。 立ち上がる風景(切り起こし)をつくってみよう! 17時から19時半。じつに、緻密で穏やかで知的興味を満足させつつ、ワークショップ参加者の偶発性も楽しめるとてもいいワークショップを、500円という低価格で楽しむ。205もあるワークショップの入り口DOORSという企画。 |