こぐれ日録 KOGURE Diary 2009.12/7〜12/13


こぐれ日録670 2009年 12/7〜12/13

12/7(月)

3回生ゼミは、昨日のことについての前向きな反省会。
そのあと、めっくや水都大阪での体験からつむぎだす「まちなかのワークショップ論」。
翌朝、欠席者にも含めて以下のようなメールを流しておく。
・・・・・
昨日、ゼミに出ていた人には話しましたが、卒業研究方法のなかで、文献調査(電子メディア含む)、アンケート調査(定量調査)のほか、適宜、観察という調査が有効です(アーツマネジメントの分野では)。観察調査には、非参与観察(タウンウォッチングのようなもの)と、めっくやかえっこに参加しながらの参与調査があります。次のサイトを読んでおいてください。卒業制作の場合は、もちろん、ビデオなどの記録と、参与調査の短いものとなります。
参与観察・・・"http://www.it.mgmt.waseda.ac.jp/mi-tech/Lecture/info-search/field.html"
非参与観察法・・・"http://kccn.konan-u.ac.jp/sociology/research/03/1_1.html"

行政法は、行政行為論の続き。「公定力」や取消しと撤回などなど。判例は懐かしいもので、35年前に始めて読んだ記憶が話しながら甦ってきてちょっと変な気分になった。

この授業をとっている現代マネジメント学科の学生さんたちが、3回生ゼミ(K先生)のサブゼミとして、「PIKAPIKA」というのをしているというので、一緒に楽しんだ。学生ラウンジやクリスタルカフェの2階(ここの活用が生協として課題になっているので助かる)。 大学の広報の人もいたし、児童教育学科の先生もいた。この学生さんのうち二人は、ぼくのことを「コグレン!」と大声で呼ぶ。mixiで知ったからだ。もう2年以上経ったわけで、これからはツイッターで他学科の学生さんと親しくなるのかも知れない。

帰って、金曜日の政治学の授業に使えそうな映画、『国会に行こう!』(109分、一倉治雄監督)を教材研究としてみてみる。緒形拳が扮する田舎の政治家像は実際にそういう方々と接していた(とくに当時の徳島市長など)自分としては、いささかスマートすぎる感じはするが、それでも面白い。

自民党派閥のことや、政調、総務会(議員総会)があったり、特別委員会があったりかなり役立ちそう。中選挙制度って口で説明するよりもずっと分かりやすいだろう。 この映画、1993年5月に公開しているので、ちょうど非自民政権が誕生した年のもので、この映画でも出ていた「政治改革」(あるいは小選挙区制度)がこのあと、どうなったか、うまく年表を使って補足する準備もあわせてしておこう。


12/8(火)

今日は、2回生ゼミのみ。
アーツマネージャーにうそっこでなろうという企画発表の始まり。4名が発表。1名につき4人が質問者(地元新聞社とか、NPOの人とか山科青少年活動センターや京都芸術センターのスタッフなどにこちらもうそっこでなる)。
来年度の専門演習ゼミ選び、ペーパーを回収。新2回生ゼミの方は明日だいたいの数字が分かるが、調整はほぼなくてすみそう。

明日のイベントデザイン論(アーツマネジメント各論)のために、「純情きらり」の結婚式のシーンとか小津安二郎の「晩春」「秋刀魚の味」などをチェック。アメリカ映画は次週に使おうかなあとか思う。配布用ペーパーは、『新しい教科書5 結婚』という本のコラムなどをカラー印刷しておく。

早く帰って、歌舞伎のDVDを見る。『仮名手本忠臣蔵第九段目、山科閑居の場』1988年。歌舞伎座の模様をDVDにて。102分もあるとは知らず、しかも、字幕などなしで見たら、結構、聞き取れないものとか、うとっとする場面が出てきて、こりゃあ、授業で使うのなら、解説と字幕をオンにするか、こちらで解説を適宜入れる必要があるなあと思う。

六世中村歌右衛門はじめ、十三世片岡仁左衛門など、その姿が見られる。それにしても歌右衛門の手の動きとか、幽霊みたいな浮遊感があり、この場が死の匂いに満ちた場面だからでもあるだろうが、歌舞伎の世界もまた能楽と同じく、あの世とこの世のハザマにあるのではないか、と、その白塗りの顔や口(お歯黒)などを見て思ったりもした。


12/9(水)

校務がない水曜日。
1限目のみ。金曜日などの資料印刷など、のんびり。
そのあと、17時半に松ヶ崎で妻と待ち合わせて、食事後、観劇というゆるやかな1日。

今谷明『土民嗷嗷―1441年の社会史』新人物往来社、1988年。
1年間の政治社会の歴史。こういう単行本は確かにフランスとか結構あるみたいだが、日本では珍しいということ。それに、また、この時代の政治制度や法制度、売買や金融などの風習、そしてそこに出てくる登場人物がなじみ少ない。

たとえば、室町幕府、第6代将軍が足利義教(よしのり)なのだが、まあ、籤引きで決まった将軍で、後半はとても劇的な最期へと突き進む「万人恐怖」とも揶揄された専制君主的非情さを示す人物だったそうだが、ほとんど知らなかった。

徳政令のこともようやくわかってくるが、ちょっと、昨今のモラトリアム法案とかの話題とも共通していて、でも、理解しづらいのは、金融を宗教団体が中世はしているというところで、それに関連してたとえば「仏陀法」理が徳政令の限界を与えたりする法理がなかなか遠いからだろう。

今谷明『土民嗷嗷』より p198-199
《・・・この(徳政令)の発布者は室町幕府であるが、その決定に至る過程に、既に見てきたように、数々の衆議が影響を与え、拘束を加えていったのである。すなわちまず土一揆の衆議、次いで幕閣重臣会議の衆議、土倉方一衆中の衆議・・、山門衆徒の衆議、これらが幕府当局者をつき動き、ついに未曾有の発布となって公布されたのである。・・・何よりも土民の要求で法令を発給したこと自体が、わが国の政治史上初めての事件であった。しかも一揆張本に対する処罰は行われなかった。・・・重要なことは、各団体、集団の衆議が、適切であったかどうかは別として、幕府に何らかの形で反映するような構造になっていたという、この室町社会の柔軟性である。》

アトリエ劇研の近くの蕎麦屋が水曜日休みとは知らず、カレーチェーン店で夕食すます。でも、スープカレーとか結構たべられた。19時まで待機。ベンチに座っていると幻聴のように声がする。どうも、これは人魚の内なる声が漏れているのかも・・・と期待感。19時17分に始まったが、入ると、すでに捕らえられた人魚とそれの世話をいやいやしている娘(森衣里が抑え気味な演技をしていた)が舞台にいて、人魚は演技を断続的にしている。

下鴨車窓#6『人魚』脚本・演出:田辺剛。20:48まで。終わりも舞台挨拶なく客電がついて終わる。したがって拍手なし。アゴラ劇場で初めて青年団を見たときを思い出す。

寓話というか、「じつはおぞましかったグリム童話」的なお話。
たとえば、金髪の人魚(大柄な宮部純子が窮屈なところで精一杯抗っている)が、基地にいる米軍などアメリカの虚像的象徴とみる、というようなアレゴリー的憶測を加えることだって可能かも知れない。
あと、初日ということで、料金が安いというのも、19時15分始まりという変則的な開始時刻設定とともに面白いところだ。

ただ、見る人それぞれにその想像が委ねられているのは前から同じだが、いささか解説的台詞が結構あって、そこはちょっと冷めてしまう感じがしないでもない。でも、今回、物語は大きく展開するというのではなく、一つのエピソードとして閉じた形で投げ出されるので、いままで見てきたような、なんらかの変化の予感が感じられず、想像力が大きく飛び跳ねることなく、鬱屈した気持ちを覚えた。ひょっとしたら閉塞する 現実をそのまま反映しているのかも知れない。松田正隆さんの下で時々演出補佐のようなことを田辺さんがしているので、知らず知らず影響を受けているのかも、歴史的な時間の流れを消すフラット構造などを。


12/10(木)

あさ、昨夜のお芝居の感想をどう書こうかと思いつつ、メールをチェック。来週の京都府の会議が大変だなあと思いつつ、手帳を開くと、今日はアウトサイダーライブ研究会が9時半から大津であるのだった。
あわてて(4時半ぐらいからおきていたのに)、出かける。

で、11時半過ぎには退席。長岡京で授業。ところが、1/28に授業がある(1/7が休み!)ということが判明して、ダブルブッキング状態に。まあ、気を落ち着かせて、授業修了。昨日の日記を書き、午前中の宿題を作文する。以下、その作文:
・・・・
(注) ライブ系の「表現活動」
 一般に、表現活動は、ビジュアル系とライブ系、そしてことば系(文学、書道)に分かれます。障害のある人の「表現活動」においても同じような分類をすることができますが、いままでは、特に、絵画・造形などのビジュアル系の表現(=視覚芸術)分野のものに注目が集まり、近年では広く展覧会や図録などで紹介されてきました。

 他方、障害のある人の、音楽・演劇・舞踊(ダンス)などのライブ系の「表現活動」(=実演芸術・パフォーミングアーツ)の方は、その場においての「ライブ」性ゆえに記録されることがあまり行われずに、その実態がよくわからず、また、どのように取り組むといいのか、という政策的な議論があまりなされていませんでした。そのため、今回、その実態を調査しようとしております。

 なお、この調査においては、ライブ系の「表現活動」を「アウトサイダーライブ」という用語を使い、ビジュアル系の「表現活動」を「アウトサイダーアート」で呼ぶことにしております。また、「アウトサイダーアート」と「アウトサイダーライブ」をあわせて呼ぶときは、「アウトサイダーアーツ」とし、さらに、現代美術の領域で「パフォーマンスアート」と呼ばれているような境界線上のライブ的な「表現活動」も広く「アウトサイダーライブ」の一つとしていただきたいと思っております。 ・・・・


12/11(金)

来年は13人が4回生になるので、この時期は卒業研究の提出の時期でばたばたしてるんだろうなあと思いつつ(今年は4回生ゼミがなく、その分のんびりできている)、午前中の授業を終える。 『大忠臣蔵』(大曽根辰保監督、1957年、155分)の前半を見せたのだが、少し解説を入れても、字幕がないと言葉が聞き取れないらしい。音は聞こえても、その語彙がない、あるいは、日本史の基礎知識がないということで、意味が分からないのだという。

戦後のカラー映画といえど、50年以上前の娯楽文化(時代は18世紀初頭だがもちろん当時の人たちは楽しんで理解していたはず)にいまの学生は対応できないのかも知れない。50年前の人たちがタイムマシンでやってきたら多分かなり戸惑うように。

2限目の政治学も、後半は映画。『国会に行こう!』、やっぱり、マイクを使って解説してあげたほうがよかったようだ。むずかしい、あんまり映画鑑賞の邪魔をしてもいけないけれど、この衆議院議員会館の部屋の作りはだいたい同じだなあとかそういう私のつぶやきもけっこう聞きたいということらしい(ニコニコ動画みたいなもの?)。

午後は、ゼミの仕分けが出来て、あれこれ確認。
新しい3回生ゼミは一桁の予定。逆に2回生ゼミは20名を越えそうだ(ちょっとまだ調整したりするけれど)。
明日は、学外授業。


12/12(土)

忙しくも楽しい土曜日。ところが、精華小劇場の椅子に腰掛けてシンポジウムを聞いているうちに、突然、喉が痛み出した。たいしたことはないようだが、軽い風邪。暖かい日だったのに。

読んだ本は、ずっと研究室においてあった、コグレマサト&いしたにまさき『ツイッター 140文字が世界を変える』(マイコミ新書、2009.10)。RSSフィード(TwitterFeedなど)のことがいまいち分からない。

JAF京都へ。上鳥羽口。第7回目のかえっこバザールin JAF京都(10時すぎ到着)。
写真は→"http://kogure.exblog.jp/9421315/"

来年の6月ぐらいには、JAF京都のビルが老朽化したということもあり、すこし南に引っ越すのだそうだ。ということで、そのときに、かえっこバザールin JAF京都をすこし盛大にする予定ということ(藤浩志さんのことなども聞かれた)。ただ、その前、4〜5月にも行うかも知れないということなので、新2回生ゼミ生はそのときにまず見学させていただければいいかと思う。

こんなに狭いところでかえっこしているところはうちだけだろうと、担当をはじめからしている職員さんの話。それでも400名ぐらいは来ることがあるという。今日は、年末で土曜日ということもあり、いつもより少なめ。子どもたちでバンクマンから運搬係などをどんどんやっている。はじめての子もいるが、中学生になってOGと呼ばれている子たちもいて、11:30からのオークションを始めて自分たちでやりたいと申し出、すこし周りは心配していたが、とても上手にやっていた。

ただ、20ポイント上限であとはじゃんけんというのは、ここのローカルルール。他ではそうではないので、そのルールになじめない子どもがじゃんけんで負けて泣いている。これほどポイントゲッターが増えると、上限を決めるにしても、50〜100ポイントぐらいにしておかないとオークションにならないかも。

精華小劇場へ。1931年にできた精華小学校について、とか、1999年の春に行った精華小劇場コトハジメ(秋は担当していなかったし、唐組の公演は実はタッチしていなかったので、そのトラブルについては仄聞のみ)について学生に話していると、お店をしているようなかっこうの方がいろいろ教えてくれる。

なんと、この小学校に彼とその子どもが通っていて、子供会をずっとしたりしている方だった。その話し方が劇団太陽族のような演劇的な口調。静かなのに説得力があって、なかなか切り上げられない雰囲気。ずっと彼の生い立ちとか、子どものことなどを聞く。

なかでも、1942年に始まったという朝食給食が、文房具屋さんが、子どもたちが朝礼で倒れるのを見かねて、配給米を持ち寄ることで行ったこととか、そもそも、この学校の資金は地元の人たち(一人1/3ぐらいを出した人もいた)によることなど、実に面白い話だった。

教育委員会の施設管理がここの担当になったことが一番のネックだとか、外郭団体のことなどのお話し。中年の男性が女性といちゃいちゃしていたら、ここは入ってはいけないと強く追い出したり、学生にこの運動場をつっきっていいから、ぜひ中を案内したらいいとか言い出したりと、実に面白い人だった。演劇を見るよりも演劇的なひと時だったな。

で、現代演劇ポスター展。ポスターハリスカンパニー(笹目浩之さん)のコレクションは前にももちろん見せていただいたことはあったが、それとともに、1990年代以降のポスターも展示されていて、なかなか見ごたえあり。公演当日にできたポスターとか、1965年には、まだ、暗黒舞踏ではなく「暗黒舞踊」と書かれていたことを(バラ色ダンス)はじめてみたり、なかなかに面白い。ジャムチも懐かしかったし。

シンポジウムもまたとても勉強になった。普通の大学の授業では聞けないメディアの話。 まず、毎日新聞の畑律江さん(アトリエ劇研で水曜日お見かけした)が、かつての新聞の栄光と歴史(錦絵新聞、都新聞:これは小崎さんのコメント)の話。産経ホールや毎日ホール、フェスティバルホール。大正時代には宝塚歌劇を育てたこともあるし、菊池寛や芥川龍之介は大阪毎日の所属として連続小説を書いた(菊池寛はそれを舞台化)。新聞は報道、そして、舞台芸術に興味がない人、それ以外を見ている人が、舞台の記事も見ることがあるという点が大切なところだ、と。

ぴあの安藤善隆さんは、司会の金田明子さんと一緒に、演劇担当などをしていた経験からのお話し。1972年に創刊のぴあ。1980年代まではとても元気があった情報誌というメディア分野について。そもそも、雑誌は、報道でも批評でもなく、紹介である。ロングインタビューが多くなっている昨今のこと。かつては、すべての情報を網羅しようとしたときもあったし、いずれにせよ、お客さんが足を運ぶことを促すもので、電子媒体とのタイアップなど、いろいろ新聞と同じく苦闘しているのが現状。

私と同い年(1955年生まれ)の小崎哲哉さんは、新潮社で野田秀樹や如月小春の本を編集していたが、上司と喧嘩して退職して、現在に至るという。小森収さんや鎌滝さんがやっていた初日通信がはじめハガキだったというのは知らなかった(ぼくが取っていたときは、すでに封筒に入って送られてきていた:でも、それで、青年団だって見に行こうと思ったわけだし、その恩恵をぼくはとても受けている)。

WEBの代表(realtokyo、ART iT)みたいだけれど、雑誌を発行できなくなったときはとてもつらかったという。確かに紙の方が時間がかかる分、力の入ったデザインができる。Webでも時間をかけてあげればいいのだが、なんとなく短い期限になってしまうのだろうな。でも、重いサイトとか変に凝ってもらっても困るのが電子媒体かも知れない。

広告批評とか、コピーライターさんの話しとか(川崎徹さんがシアターゴアーで有名)。ツイッターは、そこからブログや本屋へと誘う手段としてとても有効だろう。プラスのスパイラルになればいいのだが、という話では、レビューが出て観客に劇場へと誘うようになるとともに、作り手の励みとなる循環を作るのに、ウェブの情報量は文字的には無限。これが、編集による絞込みと濃淡付けが勝負となる紙媒体との違い。

関西には、舞台芸術関係を含む濃密な飲み屋があるのかどうか?という質問あり。誰が入ってもいい場所ならFM802にはあるということ。すでにないOMSはぴあも入っていたし南河内万歳一座や新感線の稽古場などにもなっていたし、とてもいい交流の場だったのは確かだ。話しには出なかったが、京都芸術センターの喫茶室とか煙草呑むベンチとかもそういう感じの場所ではあるだろう。

中之島線の駅で平田オリザさん関係の対談(かつて水戸芸術館在職中、地域創造のことでいろいろお世話になった清水敏男さんにはご挨拶したかった)とか、金粉パフォーマンス(db神戸)が夜あるのだが、風邪気味ということもあり、そのまま帰る。


12/13(日)

ずっと家の中。風邪はそんなにひどくないが、用心のため。企業対抗女子駅伝と甲子園ボウルを見る。法政大が関東の代表になってくれると関西が勝てるというジンクスを作りつつあるのかも。でも、関大のQB関口のランニングはすごかった。

見たのは、松田定次監督『赤穂浪士―天の巻・地の巻』(1956年、東映京都、151分、カラー)。これも、忠臣蔵物としてはとても短い部類の映画だろう。討ち入ったところで終わる。市川右太衛門の内蔵助、片岡知恵蔵が本物の橘左近というのが面白い場面かな。中村錦之助(のちの萬屋錦之介:NHK大河ドラマ『花の乱』で山名宗全役をしているのをすぐ後で見た)が、若くて綺麗。

もともと、金沢市民芸術村文化祭に行って(ロイヤルハンチングス・オーケストラも出るので)美術館に寄ろう(出来上がってから行ったことがない)と思っていた。そのあと、無理をしないで、京都文化博物館で映画『祇園祭』などを見て、そのあと、六波羅蜜寺でかくれ念仏=空也踊躍念仏厳修 (重要無形民族文化財)を見よう(13日から30日まで、16時から)と思っていたが、思っただけになった。


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