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こぐれ日録 KOGURE Diary 2009.2/16〜2/22 こぐれ日録628 2009年 2/16〜2/22 2/16(月) きょうは風がやけに冷たい。東北の空に低く虹あり。 大きな画面を私以外に見ていたのは男女カップル1組、女同士カップル2組、女性1名、男2名女1名のグループ。合計11名。ちと寂しいけれど、映画としての出来はともかく(139分でも内容は駆け足になってしまうぐらい漫画の方が大作なのだ)、原作ファンの自分としては、また夏まで楽しみが残ったなと思いつつ、新京極商店街を新宿歌舞伎町のタイマフィアになったように闊歩して帰った。 また、夕方でかける。今度は南船場。 腰を痛めていたはな。4曲目、新曲。冒頭で歌詞が出なくなって、はじめからやり直す。めずらしい。 大学に用事があるような気もしたが、一つだけ、ある仕事があって、それをしていたら、日が暮れた。外は寒そうだなあ。 で、途中でやめて、犬童一心監督『死に花』(120分、2004年)を観る。学生にこの監督は人気のようなのだ。 高級老人介護つきマンションでは、ホールも立派だからお葬式までするのかな。老人ホームでは普通、死はあまりに近すぎて葬式とかはタブーのように思えるのだが。 10時、教務委員会。 /13の卒業式の証書渡しが学科単位になって、どうしたらいいか、とか、まあ、あれこれ。 かえっこ全国マップ作成委員会というとても楽しく有意義な委員会から、アンケートがあり、 (カエルの質問) (こたえ) まちに面白い遊びをつくる こともじつは勉強なんだ。 昨夜に自宅に電話があっていた件を朝に片付ける。 すこしだけ、研究室の漫画とか、10年以上前のファイルなどの片付け。 久しぶりに、森小路、大阪市立の芸術創造館へ。 でも、誠実な社会派なのに、ハートフルなコメディ的要素も多く、じつにお奨めのお芝居を堪能した。 だれも告発し断罪するような悪役がいないとしても、このような不況下の閉塞状況が生まれ、誰をも信頼できずにぎすぎすしてしまう壁(システム)ができてしまっていることの不思議を、おのずから感じるような喜劇的な仕掛けがたくみ。 通路と舞台でのやり取りでの始まり、回る円い舞台の効果的な使い方(社長室と雇用者控え室が背中合わせ)。ピタゴラススイッチの体操をもじったり、そうそう、いつも、作・演出の田中孝弥さんは、舞台を傾けたり、けっこう、演出もシンプルだがいつもどこか凝っている点があったな。 コメディ的なのは、常連になっている魔瑠の鼻歌のレパートリー、かぶっている「蟹」などもあるが、やはり、や乃えいじのPM/飛ぶ教室的な大阪ハートフル演技に大きく影響されているとは思う。このほか、唯一?の劇団員、船戸香里が、三角関係になりそうでならないしっかりした若妻を演じ、イシダトウショウや中里玲央、山崎義史らが労働者側の微妙に揺れてしまう弱い(ときに発作的なアクションも起こしてしまう)男性労働組合のメンバーを演じていた。そうそう、劇の役名と、役者名がほとんど同じだったりする。 他方、船戸香里、魔瑠のほか、韓国から来た労働者の金リンダも含めて、女性労働者の生活感は、弁当のリッチさ、地域通貨(いやあ、チャーシューは笑えた)や自給率エコ志向など、能天気ながら、たくましい。若社長に声に説得力がある西田政彦、あと、ドイツ人役で、英語を話すザシャ・ベルナーも入り、2時間弱(7:38〜9:30ぐらいか)が、適度な緊張のなかで展開した。 家族愛、会社と労働者、椅子取りゲームのような資本主義、雇用・合併・臓器移植などの社会問題との対峙。時事的なもの、蟹工船ブームとか、靴ブッシュ投げとかも入って、結構滑稽でしかも真剣な世界がそこにはある。そして、きれいな落ちもなく、いつも、お芝居は終わっても、いまの社会の問題に手軽な解決方法もないから、そこは誠実すぎるぐらい中途半端な意図的エンディングとなっている。 あることがうまくいっていることを願いながら(「ちゃんとできたかなあ、エクセル・・」)、のんびり。 確定申告のため医療費の計算。11万円少し。あんまり使わなかった家族は去年一年健康だったということだけれど・・・源泉徴収票がまだ届いていない所があるのは、困るなあ・・・ 萩原貞明第1回監督作品『遊びの時間は終わらない』(1991年、111分)。脚本はシナリオづくりのとても分かりやすい本を書いている斉藤ひろし。斉藤さんの本を読んだから、この映画も知ったわけだけれど。コメディ。本木雅弘主演。いい身体だ。しこふんじゃったの頃。今井雅之が若い。演劇系では、木場勝己や斎藤晴彦が出ている。 読んだ本・・・野家啓一編『ヒトと人のあいだ』岩波書店、2007年 数年前の私だったら当たり前の土曜日。つまり、マチネでお芝居を観て、ソワレでダンス、というスタイル。でも、最近は少ない。今日は、その上、メックが午前中にある予定だったが、午後になり(お料理教室に午前中太陽クラブのメンバーが参加するため)、メックは行けなかった。 15時頃から16時半まで(昔は、もっと正確に分単位まで書いていたが、もうメモすることもしていないので、アバウトに)、精華小劇場で、鈴江俊郎作・演出(出演も)の上品芸術演劇団『あたしと名乗るこの私』を楽しむ。4面舞台。11名の出演。4組(3組のお客と3名の給仕係1組)がばらばらでしかも一つの同じシーンを見て話す。その始まりが同じ台詞でシーンごとに同じような終わり方をする。じつにスタイリッシュな作品である。 ただ、すこしデコボコ感があって、90分だとそれぞれの人間関係の提示、11名のキャラクター説明で終わってしまうこともあり、この続きが見たいなと思った。私の方から照明・音響の卓で操作する明かりや紙めくりがよく見えて、それも仕方がないことかも知れないが、すこし、この空間が上品芸術演劇団にとってはやや大きすぎるのかなとも思った。 でも、メインの4名の女性たちの「恋バナ」のうち、ラストでいままで男づきあいがまったくなかった女性が一番幸福な予感があったり(ヘンリー・ダーガーのドキュメンタリー映画を2人で見たという印象的な箇所があった)、お金持ちのために困ってしまう大学生とか若奥さん(実家はたぶん)がいると思えば、倒産する中年の夫の激しい嫉妬があり、一方で声が出なくなった大学事務員がいて、現代の切り取りが遠く高く隔離されたレストランの一室で垣間見られる。事件は窓の外。でも、蟻んこのようだ。 昨日読んだ本『ヒトと人のあいだ』の社会(進化)生物学の部分の指摘(以下に引用)にぴったりの、倒産夫の若妻に対する嫉妬(→束縛したいができない葛藤)がすぐに演技として出てきて、何だかおかしい。 伊丹AI・HALLへ。山口館長ほか同じ行動の人も数名いたようだな。 また、すこし風邪気味。このまえ、さきらで、風呂の水温は42度ぐらいまででないと危ないという話を聴いて、うちは、46度だったので、44度に下げたのだが、どうも、これでも、すずめの行水の自分には低すぎたのかも知れない。でも、まあ、あんまり高温の風呂はよくないのだろうけれど。いまは、45度。 どうも、村上春樹の小説はいまひとつぴんとこないので、あんまり多くは読んではいないのだが、やっぱり、少しは比較のために、読むこともいるのかなとか、スピーチのこともあり、また、思う。 京都府の文化芸術会館でずっと演劇フェスをしていて今日が最後なので行こうと思ったのだが、風邪のため自宅。確定申告を一緒にする。どうして源泉徴収票というのが今年はあんまり来ないのか? 青山真治監督『ワイルドライフ』(1997年、102分)を観る。ときおり、派手な音楽がついたり、ナレーションのほか、文字が意味深に出てきたり。遊んでいるなあと思って楽しい。ちょっと、時間があれこれ動くので最初慣れない気がしたが、黒沢清映画との異動が分かりやすく、娯楽として楽しみつつちょっと映画術の勉強にもなった。 |