こぐれ日録 KOGURE Diary 2009.1/26-2/1


こぐれ日録625 2009年 1/26〜2/1

1/26(月)

4回生のゼミのラスト。
29日の発表会(口頭試問)が本当のラストだけれど。
就職が決まったとゼミ生。ぎりぎりでもあきらめないことだ。
ある雑誌の取材依頼の電話があった。
夜、大学院関係の委員会。

塩田明彦監督『どこまでもいこう』1999年、75分。知り合いの子どもさんが出ていたので封切を観たのだが、ストーリーなどは完全に忘れていた。
カメラの急速な移動と、しーんと静まる画面との対比が鮮やか。
ヤクルトおばさんの自転車への接近カメラがえらく急速なのがその始まりで、カメラ自体が小学校5年生男子のスリル感で動いている結果なのかも知れない。

小5男子の走り方、性との不器用な付き合いの始まり、犯罪すれすれの悪さ、友情とかなしい別れ、はずかしい接近・・・
ケンハモを3人の女子が演奏する。テーマソングの「史上最大の作戦」だ。
このシーンがとても印象的だったのは、ケンハモとの付き合いがいま深いからだろうな。

エピソードが切れ切れなのに、ぶつぶつ感がなく、スムーズのようで、どこか、切断されている映画。記憶を物語につづるのではなく、そのときをそのまま生きてきた痕跡のように。

メールである熱心な留学生(院生)から《「アーツ」と「アート」はどう違うのでしょうか》という質問があり、以下のように解答した。
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そうですね。日本ではアーツという表記は、1990年代になってからです。
財団法人地域創造が使い出し("http://www.jafra.or.jp/j/library/letter/001/report.php"参照、最近はアートが復活してアーツは使っていないようですね)、文化庁が、アーツプラン21という助成制度で使います。

アーツを使い出した理由(地域創造の場合)は、アートは芸術という意味のほか、美術という芸術の一分野をさす意味が混在するため、芸術という意味を確定するためにアーツを用いたわけです(文化庁さんは憶測ですが、美術以外の実演芸術振興助成スキームであったからかも知れません)。

ただし、美術畑の人たちはアートで音楽の演劇も入ると思っているかも知れず、それでもかまわない(日本語には複数系がないし、芸術は数えられないという考えだってある)ので、両方の使い方があります。

アートといったとき、美術なのか芸術全般なのかを注意してみていくといいでしょう。美術に限らない芸術をさすとき、アーツというほうが無難です。ただし、実演芸術はパフォーミングアーツと前からいっていて、したがって、演劇ダンスの人たちがアーツを使う傾向にあります。

では、アートでもアーツでもなく、芸術を使えばいいのではないか、という質問がでそうですが、芸術ではかなり範囲が狭くなりそうだということとか(芸能との関係、あるいは工芸などの応用芸術系との線引き)、新鮮味がない(堅いイメージが芸術とか芸術家とかには与える)ということで、カタカナ語が使われるのかも知れません。
あと、カタカナ語は、まだ定着していないからとりあえず使うという仮の世界ということでもあるのかも知れませんね。
・ ・・・


1/27(火)

きょうは、日常生活にプラスになるようなことをまずまず予定通りした。
同志社の方は採点郵送。サイトに自分の授業の講評をアップしなくちゃいけないのでする。

見田宗介『宮沢賢治―存在の祭りの中へ』岩波現代文庫、2001年。1984年に岩波書店から発行された、文芸評論でもあり文化社会学の研究でもあり、もっと、広く人間哲学でもあるような、一応、高校生向けに出されたものだという(大学生でもいまはむずかしいだろうが)。
読み終えて、この本をいままで読まなかったとはもったいなかったなと思ったぐらい素敵な文庫。
ところどころ、エッセイか散文詩になっている場所すらある(それは宮沢賢治の詩を引用することで自然と生じるのだろうが)。たとえば、p278

《 風と嘆息(たんそく)。古いインドの人たちがプラーナと呼び、古いユダヤの人たちがルーアハと呼んだ、同じひとつのものがその様相をひるがえして転変する場所。世界と自己との交わるところ。修羅の風、春の嘆息の吹き交わす場所。心象と時間の第四次延長のほうへ、風景が透きとおって離陸する場所。》

溝口健二『武蔵野夫人』1951年、88分。大岡昇平の原作がずいぶん話題になったものだそうだ。田中絹代は同年『お遊さま』でも主演している。若い従兄弟(義弟なのかも知れない)に、片山明彦。これがやけに高いのが特徴。溝口の作品はどれも完成度が高く、また、俯瞰し構築支配する映像化が特色なので、歴史物としてみてしまうが、もちろん、これは、当時の現代風俗物のはず。でも、なんだか、そういう風に見られず、最近まで評価が「いまいち」だったということもうなずける。でも、いま見ると違う観点から面白いところがいっぱいありそうだ。
蛇足だが、武蔵野の撮影が小金井市だけではなく、東久留米市でもロケされたというサイトを発見。http://genki365.net/gnkh03/pub/sheet.php?id=15280
河童のクゥとつながるな、とちょっと授業づくりモードにもなったりして。


1/28(水)

大学で事務。修士論文チェック。
きょうも暖かい。きょうが最後の授業日。

スティーヴン・ミズン『歌うネアンデルタール』―音楽と言語から見るヒトの進化、早川書房、2006年。ようやく読み終える。じつに面白い分野だなあ、認知考古学、進化心理学というところは・・・でも、もちろん、心の考古学というのは、実証的に研究するというのは、ずいぶんむずかしいだろうな。これは笛かただ骨の中を食べるために空けられた穴か、という推論だって、確定するのはずいぶん議論が出るだろうし。

音楽的な発声(ミズンは「Hmmmmm」と呼ぶ)から、言語を分化させたホモ・サピエンス(20万年前〜)。
音楽を別にトレーニングしないでおくと絶対音感が相対音感になってしまう私たちの直接のはじまり。そのかわり、言語が開発されたために、超自然存在や象徴物を作り描くことができ、その根底には「認知的流動性」がある。
(言語をどうして私たちだけが開発できたんだっけ?たしか、遺伝子変異説と、広範囲交流説があったな)

認知的流動性・・・「美術や科学や宗教の基礎となる比喩の能力」p332
「個々の知能(社会的知能、博物的知能、技術的知能)の考え方や知識をひとつにまとめ、特化した心では不可能な新しい種類の思考を生みだす能力」p374 たとえば、擬人化されたライオン。「ライオンについての知識(博物的知能)と人の心についての知識(社会的知能)を組み合わせて、人のような思考を持つライオンのような存在」を創出するのが、認知的流動性という、ホモ・サピエンスのみが有するとミズンがいう能力だ。

ホモ・サピエンス以前で、もっとも高度な音楽能力(絶対音感はもとより複雑な全体的フレーズで洗練された感情のコミュニケーションを行う力)をもったのは、いうまでもなくネアンデルタール(ホモ・ネアンデルターレンシス、25万年前〜3万年前)だ。

夜、溝口健二『雪夫人絵図』1950年、86分。
翌年の『武蔵野夫人』とよく似ている趣向なのに、私には、『武蔵野夫人』の方がずいぶん楽しめたというのが正直な感想だ。どうしてだろう。
DVDの状態は、『雪夫人絵図』のほうがいいし、熱海のお屋敷(その後旅館にする)から見える月景色や山の上のホテルとみずうみの景色は相当に美しくぞっとする心情を出してはいるのだが。

一つには、木暮美千代のイメージがすでにあって、どうしてももっと強い人だという印象があり、無理にそうではなく演技している・・と思わせるところがあったのかも知れない。いや、それよりも、婿養子の直之を演じる柳永二郎(野獣っぽい振る舞いと容姿は、それなりにいやな感じではあるが結局かわいいところあり)に比べて、『武蔵野夫人』の夫を演じていた森雅之の演技力というか、いやな男の描き方がすごかった、ということかも知れない。


1/29(木)

今日で一段落。
大阪成蹊の最後の授業。
そして、卒業研究の発表。
けっこう、みんな緊張していた。
副査をしていただいた先生はとてもよく文章を読み込み的確な指摘をしていただき、大感謝。
中間発表のときにも立ち会っていただければよかったと大反省。

発表のなかで、鼻そぎの刑とその修復としての美容整形という話が特に面白かった。
鼻をそぐことでいままでのその人の「自」がなくなる。それが刑であり、それを造鼻術で新しい鼻=自我を作り直すという古代のインドの話が、いろんなことに考えを飛ばせてもらえそうだ。


1/30(金)

午前中、家事を少し。
買っていた、周防正行『シコふんじゃった。』(103分、1992年)を見る。『それでもボクはやっていない』(2007)と同じ監督だという感じは外見上しないだろうけれど、竹中直人が共通していたり、音楽がどちらも活躍(シコでは、おおたか静流の歌が印象的)していたり、監督研究としても面白いかも知れない。この二つのタイトルが、かなばかりで、シコとボクがカタカナという共通点があるのは外見的なものだけれど、思いがけず、いやいや別世界を経験する若者という点も共通する部分もあるかも。昔見たけれど、いま見ても、大学生が当時ってのどかだったなあとは思うが、その面白さは変わっていない。
もっくん演じる調子のいい大学4年生が卒業の単位ほしさに、いやいや相撲をする。まったく、ボランティア=志願兵ではなく、徴兵か傭兵か、まあ、傭兵なのだな、はじめは。

さきらに行って、文化ボランティア支援拠点形成事業(文化ボランティアコーディネーター養成講座「文化ボランティアの役割と地域」)の講演会を楽しみ、自分も後半対談に加わる。
榎本さんという魚沼市の小出郷文化会館の技師(企画やアウトリーチもどんどんしてきたアーツマネージャー)の人を地域創造のころよく知っていたが、彼から聞かされていた、大工さん(実際は大工の現場も踏んだことのある工務店の方)でシンガーソングライターでまちづくりイベンターでジャズ講談などの企画をする文化プロデューサーでもある桜井俊幸館長さんという方のお話は、聞きしにまさる面白さだった(わたしと同い年)。

volunteer(ボランティア)が志願兵、draft(ドラフト)が徴兵というネタをしこみながら(傭兵はmercenary)、文士劇のこととか、文化ニューディールのこととか、雑多な会話をした。公務員は地域のボランティア(無償か有償かはボランティアの基本概念ではない)なのではないか。いや、市民はみんな地域の公共性への貢献という意味で権利と責任があるボランティアなのだ。

が、いつもそれが出来ないので、政治家を選び行政専門家である公務員にそのボランティアとしてのパブリックサービスを委任しているにすぎず、文化ホールは、その委任関係を解除して、自分たちが地域を担うボランティア(志願者)であることを確認し身に着ける場所〜子どもにとっては市民になるための政治教育の場)なのだろう・・・などなど。

たまに、こういう場所で話し合うと、いま文化ホールがサバイバルする方向とかいうことがぼんやりと見えてきたりするものだ。さきらで思ったのが、文化ホールが文化機関であるとともに、新しい職業訓練場になれないか、ということ。目先の話だが、地域の雇用創出に補助金とかが出ることになるのだから、それを活用しない手はないだろう。

また、2003年に生まれた指定管理者制度は、「官から民へ」の行き過ぎ市場原理主義の典型の制度なので、できるだけ早く地方自治法の改正が必要だが、それをする暇がないあいだは、これこそ、閣議で、指定管理者制度の全面適用があるのは、公の制度のうち、設備(ファシリティーズ)設置型の公共施設のみで、文化ホールや博物館などの文化施設はじめ企画・教育・福祉のソフトウェア、ヒューマンウエアがキーとなる機構(インスティチュート)型のものは、個別に専門的機関で検討する必要がある、という政令を出す必要がある。2006年度からはじまって、今年で3年を経過するのだから。


1/31(土)

最終の電車で帰った昨夜。睡眠時間が4時間ぐらいなので、すこしつらい朝。
あるホールの後任者探しをしている人から、心当たりはないか?というメールあり。
内々に決めたいようだ。社会経験がある30歳以上で、音楽・演劇中心にアーツマネジメント仕事に情熱のある人だということ。もし、心当たりがある方は、私に連絡を。ただし、1年ごとの契約更新、夜が遅くなるのでホールの近くに住む必要があるなど、あれこれ指定管理者制度との関係でややこしいこと多し。
修士論文の審査。副査だけなので気楽なのだが、12時10分におわり、阿倍野へ着けるかどうかが一番心配だった。ぶじ、到着。

ロクソドンタブラック。いっぱいの人。
ダンスの時間vol.21。2時間以上、5組の熱演。
はじめは、サウトウマコトの振付、出演(いやあ、私と同年齢ぐらいの人なのに両性具有になっちゃうんだから、すごいね)で、コンテンポラリーダンスアイドルグループを狙う3名の女性桃尻マーブルの艶姿。でも、ストーリーを読む前から分かるとおり、じつに濃厚どろどろの世界。墓とサドマゾ。熱い!「木蓮沼」。Wink的なはじまり。でも、キャンディーズ的だったり、ribbon的だったりするコンテンポラリーダンスもまた見たいな。

はじめてみて、その実力を思い知った関典子『刮眼人形』、ソロ。関西でこれから活躍するとのこと。楽しみ。
『どうしようもないワタクシが踊っている2』阿比留修一。
はじまりがシゲヤンのかつあげダンスぽくて、でも、阿比留さんだというところもあって、微笑みつつ、ひら・・・すすすす・・・ひらひ・・・すすす・・・ひらひら・・すす・・ひらひらひら・・・と、しのびこむように歩きからダンスへと変容していく様がスリリングでしかもしぜんなので、あれよあれよと、フラメンコギター?の会場に連れて行かれて、でも、ここって日本だったよなと終わってからようやく気づくんだよな。
ラストの終わるようで終わらない時間に一番濃い空気がこもっていたようだった。

休憩して空気が新しくなって、風通しよいヤンジャのパフォーマンスになる。
はじまりは、韓国舞踊の気配もありつつ、でも無国籍。
サックスの太い音が音楽というよりも、森の木々がきしむよう。太鼓が月の見えない影の部分を呼んでいる(ジェリー・ゴーガン)。
『太陽の子 月の子』

ラストは、近大の若い二人組み『めぐり めぐらす』。碓井節子さんの振付が実に普遍的でオーソドックスなのに、あたかもその出会いのシーンをはじめて私たちは見るかのように思わすのは、きっと、この二人の未来への期待と可能性そのものがそうさせるのだろう。

時間をつぶして、精華小劇場。コネクトvol.2。
寺田未来は、携帯メールネタの実演と映像。ミュージカルを哂う。
ふと、悪い芝居という京都の団体を想起した。
夕暮れ社 弱男ユニット。村上慎太郎が客席を誘導して、逆転させる。
こちらも、30分の作品を2つ見て、どちらも、新しいことを模索する人たちで、楽しかった。
でも、パイプイスの放り投げは、ちょっと痛々しい(+馴れ合い、もたれあい的な)感じもした。


2/1(日)

ひさしぶりに、神戸の坂を上る。トアロード。風が冷たい。NHK神戸の建物にはじめて気づく。
BIG APPLE。ずいぶん久しぶり。須山公美子さんのCDがあってさっそく購入(『おうまさんがやってくる』)。お馬さん、とは!コメディソングだけではない競馬の歌(叙事詩と抒情詩)がひっそりとあるカウンター。

音遊びの会 小編成シリーズVol.2。かなりのメンバーになったので、毎回違う人たちをライブハウスなどで紹介することにしたと沼田さん。めくるめく紙芝居でも似たようなことをぼんやり思っていたこともあって、実に興味深い。14時から16時ぐらいで、あいだに10分ぐらいの休憩。
4名(とびいりでもう1名)が、障害児(青年の藤本さんもいる)。ダンスの鎌田牧子さん、トロンボーン(ラッパも)の廣田智子さん、そして、ゲスト(それまでは音の海などの観察者・サポーター)は、細馬宏通さん(ギターはあえて持ち込まず、歌とさまざまな楽器)。

はじまりは全員の演奏。まず、指揮をダンスする三好祐佳さんに釘付けになる。
もちろん、蒲田さんや廣田さんのそばでおとなしく木琴を奏でる富阪友里さんや、トロンボーンの強い音を断続的に演奏する藤本優さんにも自然と眼が行くようになる。
そのあと、細馬さんとのデュオがあったり、鎌田さんとのダンスがあったり。
お父さんと一緒の濱翼さん(くん)が、細馬さんと、繊細な太鼓と声セッションがあったと思うと、元気元気な祐佳ちゃんのダンスがテレビの影響なのだろうが自由に編集加工変容して、鎌田さんもついていくのに大変(そう口では言っていたが、実際はそうでもなく楽しそう)。

一番面白かったのは、細馬さんのビッグアップルの歌(即興)で、前半は応援歌(あんまり勝たなくてもいいという微妙な歌詞もあり)、後半は日記的つぶやきなのだが、これを藤本さんとデュオをして、じつは、想定としては、藤本さんはトロンボーンで入るとみんな思っていたのに、なんと、歌でデュエットになったのだった。しかも、はじめは、繰り返しだったのだが(声のピッチやトーンが違うので、まったく単調とは違うスリリングな平行ユニゾン)、後半は、会話、いや、相聞歌のようになっていて、これは、じつに新鮮で驚きのセッションだった。

そのあと、藤本さんのトロンボーンと細馬さんのリコーダーの演奏があったのだが、いつもの強いトーンの藤本さんの演奏が途中から、細馬さんがリコーダーでトロンボーンのまねみたいなことをすると、ぐっと音色が低く優しく変わっていく藤本さんの聴く力のすごさ。いやあ、これは、大きな収穫。

あと、木琴という優しく響く楽器の気持ちよさをこの前の宇治でも感じたが今日も同じように思う。木をたたくことって、ずいぶん昔からヒトはやっていたに違いない。そういえば、骨をたたいたり吹いたりしていたようで、これはちょっといまするのはむずかしいけれど、気になるところ。

帰って、須山さんのCDに感心したあと、授業に使えるかなと思いつつ、『Shall We ダンス?』(周防正行監督、1996年、136分)を見ながら食事。もちろん、ダンスの分類のところでも使えるのはもちろんだが、『それでもボクはやっていない』とは、電車と途中下車、男女の身体接近(ダンスの場合は意図的ではあるが)というところでずいぶんつながっていたのだなあというのがちょっとした発見。もちろん、シコふんじゃった、と和物、洋物の逆転と出演者がかなり共通するところの方がより密接ではあるが。


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