こぐれ日録 KOGURE Diary 2009.7/20〜7/26


こぐれ日録650 2009年 7/20〜7/26

7/20(月)

やすみなのに授業。
4限目の行政法では、改正臓器移植法を取り上げて、改正の法律ともともとの法律を見比べていく。
けっこう、自分的には面白かったが(ドナーカードの有効年齢が15歳以上というのが、民法の遺言規定と連動していることなど)、すこし、むずかしかったのかも知れない。医療ビジネスマネジメントコースの学生には好評だったが。

その前の3回生ゼミは6名。これは、U先生がびわ湖ホールでオペラを鑑賞させていられるからでもある。
こどもの遊び。カイヨワ。ミミクリー。
原っぱと遊園地。npo harappa

『運河の音楽』を見る。タフの映像が未編集ものとかあれば、ぜひ、ちゃんと映像として残しておかなくちゃと思う。とりわけ、タフ4とタフ5。森本アリさんのラッパを見ているとどうしても無性にいままでやってきたまちつかいアーツの再評価を自分たちの手で行っておくべきだと思うからだ。
小鹿さんは保存していないのだろうか?

そんなことを思って、タフ3の映像を見ていたら、上田さんがくる。内閣府の補助金が取れなかったようなので、残念なのでちょっとペースダウンなのだが、彼女も忙しいので、タフ6は再来年でいいんですね、という。そうだなあ、タフ・エターナルにしちゃおうかなあ
まずは、来年6月の子どもの文化フォーラムはがらっと変えたい。そのためにも、劇研で、こどもの夏祭りが8/1と8/2にあるというので、8/2に行こうと思う。
あと、山科内の盆踊りの調査、すこし、実態を観察すること。

京都芸術センターの近くで河島伸子さんにあって、9月に出る本のチラシを手渡される。目次にハリウッドとかコンテンツとかあった。電通出身だなとふと思う。

拾い読みしていた、ばばこういち『されどテレビ半世紀』(リベルタ出版、2001年)。P211-212
《 かつてテレビは映画を追い込んだ。テレビはビジネスとしての映画だけでなく芸術としての映画までも崩壊させてしまった。いま50年近く繁栄を謳歌したテレビも、新しいメディアであるインターネットにその存在を脅かされ始めている。そんなテレビが生み出す番組は、「ソフト」とか「コンテンツ」と呼称され、まるで無機質な「商品」として量産され、作り手の姿が見えなくなっている。・・・・・

《 テレビの武器は生放送の中で社会の矛盾に迫るジャーナリストの熱気であり、ブラウン管に叩きつける芸術家の感動である。それが平準化された映像の缶詰めになって大量生産されるようになれば、やがて高速インターネットの巨大な網の中に飲み込まれてしまうのは自明の理であろう。だからテレビ番組を「ソフト」や「コンテンツ」という言葉で語るメディア参入者たちと会うたびに、放送に45年の歳月を賭けてきた者としては、ムカつく思いを押さえきれないのである。》


7/21(火)

twitterというつぶやきサイトみたいなものをやりだしたが、このこぐれ日乗もつぶやきみたいなものがけっこう多い。携帯とかモバイルとかと無縁だとあんまり関係ないかも知れない。

AO研、さっそく稼動。
2回生ゼミは最後。全員集合。それはいいのだが、どうしても机に倒れて眠る学生続出。
これって、無理かな、人智では・・・
山科の特色を5つ言わそうとしたが、せいぜい2つか3つぐらいだ。
八九三と劇場、火消しや神戸芸能社や・・・のお話も途中気がつくと半分寝ている。

山科の特色→山科御坊(本願寺)→蓮如という順序の予定に八九三論がまじる展開。
でも、予定通り、蓮如の話をする。浄土真宗とか本願寺とかいわれても無理だったか。
門徒とか寺内町はむずかしいとしても(読めるようになったかしら)。
まずは、仏教のお話(日本での宗派の概略)をしなくちゃいけないかもな。
いや、そもそも宗教とは何かになってしまうか。いやはや。でも、宗教とはなにか、芸術との関係とかになると俄然難易度がアップする・・・

終わってから、他大学の学生さんが来て、あれこれ。
いろいろまちなかアーツプロジェクトに関わっているそうだ。
立誠小でダンスなどをしていたとはまったく知らなかった。

五木寛之『蓮如―聖俗具有の人間像』岩波新書、1994年。
蓮如シンパとしてかかれたエッセイ風スケッチ。視点が一方向なので、とても読みやすい。親鸞との比較もシンプル。実際はそんなに簡単ではないことを著者自身が一番分かっていてもこうかくところが、蓮如風である。まあ、五木的視点による蓮如風というべきだろうが。

p173「巨大な宗教都市、山科の出現」より
《 吉崎を去った蓮如は、しばらく近畿を中心とする布教に専念したのち、しだいに教団経営に専念するようになってゆきます。やがて1479年(文明11年)には、山科本願寺が起工され(注小暮:蓮如は当時65歳)、数年後には吉崎をしのぐ一大宗教都市が山科の地に出現します。これはたんなる寺院ではありません。広大な敷地を平野土塀でかこみ、その内部は「寺内」と称して、世俗の権力の立入ることのできない場所となりました。》


7/22(水)

アーツマネジメント論、セミファイナル。
まとめをちゃっちゃっとして、後期の予告をして(限界芸術論はこちらに・・そうそう、アーツの公共性論も後期にしなくちゃなあ・・うーん。来年度行政学をするんだったら、文化行政編という部分を数回創ってそこでやってもいいかもなあ・・・)、MONOの『きゅうりの花』前半を学生たちと一緒に鑑賞する。

と、同時多発会話がはじまって、びっくり。この映像はOMS(2002年)のもの(再演)だが、初演は1998年の利賀村フェス。ということは、まだ90年代の静かな演劇時代であり、その影響、というか、それを意図的にMONO化するものといえるかも知れないと頭によぎる。穏やかな批評性をいまごろになって感じたりする。来週はちょっと意外な展開という反応が来るかもなあと、楽しみのような、心配のような。

13時から、うちの学生さんが相談に来る。
昨日は他大学生さんだったが、どちらもしっかりしている(年齢的にもそうだが)ので、つい夢中に話し込んですぐに1時間は経過してしまって。
学部教授会、大学評議会。

生協理事会までの間の空白・・・
2回生ゼミのレポートを眺めて、本の紹介の仕方がぐだぐだ(gdgd)なので、メールして注意しておく。その例示として、小林真理監修・編他『アーツマネジメント概論 三訂版』(水曜社、2009年)をぱらぱらしていて、自分の表が載っていてびっくり(p183)。この記号を最近は変えているし、ちょっと、表現も変えているので、また、何かに発表しておく必要があるかも知れない(ほんとに、中尾さん、ありがとうです)。
とりあえず、最近の表の表記→http://docs.google.com/View?id=dd2cpzz4_228g2695rdr


7/23(木)

9時半から、京都府庁で京都文化ベンチャーコンペティション実行委員会の初会合。もう3年目である。
海外からの応募がほしいなと本気で思う。セネガルでもボリビアでもバーレーンでも。

あわてて、大阪府庁へ。大阪楽座事業でもある、能「羽衣」公演with少年少女「羽衣」うたい隊2009の府庁玄関におけるお昼休みライブ(解説もとてもよかった)である。
山本能楽堂のさいきんのめざましいアウトリーチ的動きは特筆ものである。これには、橋下さんも少しは気持ちが文化へと動くんじゃないかと思いつつ、彼が子どもたちのなかにすわっている姿を見ている。

でも、山本章弘さんが「羽衣」の最後のところを舞っている最中に、子どもたちに話しかけることはやめてほしいな(笑)。子どもたちは、こういう大人がいて、それが大阪府のトップで有名人であれば、公演中、話をしても許されると勘違いしてしまうから(橋下さんは、冗談かも知れないが、最後に自分でもこういう文化が通じない大人にはならないように、って子どもたちに話しかけていた:でもね、ここでうたい隊をやっている子どもたちにそんなことをいう必要はまるでなくて―皮肉にも聞こえるから―、もっと、ゲームでとか百マス計算とかしかしていない子どもや、それでいい―橋下さんのような成功者づくりが教育の理想だと思ってしまっている―教員や教育委員会に伝えるべきだろう)。

かえり、得正でカツカレーうどん定食、100円の割引券をもらって、980円。ちょっと高いな。大手前高校の学生たちが食べていて、お店のおばちゃんがあれこれ話をしている。山科の得正と同じカレーチェーンだとその味で分かる。

早く帰って、まず、ニコラ・フィリベール監督『動物、動物たち』(1994年、59分)。パリ国立自然史博物館の大改修、そして、展示へ。これは博物館学の最適な資料にもなるなあと思いつつ、剥製の動物たちが同じトラックで移動する冒頭の意外感をアーツとして観ている。聴くと、ここは、丸一日いても飽きないところだったそうだ。

そして、観たいという家族が約一名いたために、もう一度『接吻』(万田邦敏監督)。いやあ、2度目は結末を知っているから余裕で観られるのだが、その代わり、見落としていたあれこれに気づかされる。昼ノ月『顔を見ないと忘れる』(27日に東山青少年活動センターで通し稽古―この夏、北海道公演があるのだそうだ―が無料で見られるということ)との比較論なども面白いかも。


7/24(金)

1限目は、「都市とアーツ」の最終確認まとめとテスト。
問題を2/3は事前に教えておき、1/3は当日発表で常識的問題。
でも、政令指定都市というのは、ほとんどの学生において常識ではなかったみたい(問題は、県名と異なる県庁所在都市のうち、政令指定都市以外の都市名を書く〜12ある〜というもの)。
http://www.tt.rim.or.jp/~ishato/tiri/cities/tyukaku.htm

ただ、MONOのDVDを借りに来た学生(態変に興味を持ったりする2回生)によると、仙台市や札幌市は政令指定都市だとは思ったけれど、北関東とかの県庁所在都市(水戸市をつくば市にする学生もあり)が分らなかったので書いたともいっていた。

採点していたら、3回生ゼミ生がきて、東山青少年活動センターのビギナーズをやりだしたという。いままでなんでいわなかったのだろう?まあいいけど・・田辺剛さんの戯曲講座とかやったそうだ。

さきらの夏祭り(お化け屋敷やかえっこバザール、盆踊り・・・)は、26日13時から。ただこの日、学生たちはインフル補講なのだ。それにもめげず出る2回生がかえっこ手拭いを借りに来た。唐草バージョンを買いたいと思っていたが、それよりも、バンダナでしょうということで、藤容子さんに、20枚注文するようにいっておく。

16:55、都市とアーツ採点および評価(中間レポートと毎回の出席票コメントを加味)終了。
122枚(受講登録は145人)。


7/25(土)

9時半に七条についてしまう。三十三間堂のあたりをぶらぶら。桃山晴衣さんの歌を聞いたところってどこだったろう。養源院というところに行ってみる。どうも違う。観光客の団体さんが出てくる(あとで調べると、そのとなりの法住寺だった:なにか工事をしていたような)。

10時とおもって、ハイアット・リージェンシー京都に入ると、10時半まで時間があり、ぶらぶら。京都流議定書2009とかいう大きな(大げさな感じの)イベントがあっていて、ただの水を飲みながらエコバックをもらったりして、読書。菊村紀彦『蓮如―乱世に生きたオルガナイザー』(現代教養文庫、1997)を読み終える。1988年、鈴木出版から出たもの。当時の仏光寺の「名帳(みょうちょう)」「絵系図(えけいず)」の話が今から見たら、いろいろ現代の新宗教などを連想させて可笑しいもの。でも、当時はみんな必死だったんだろう。ちょっと、アーツ的に援用できるかも?とか思ったりして読む。

地下「ガーデンルーム」で、国民文化祭・京都2011、京都流プレゼンテーション―いっしょに創ってみませんか?京都ならではの国文祭―。お香の畑正高さんが、「なるほど!というものです」とかあれこれ、「なるほど」を効果的に何度も使われているのを聞いて、この「京都ならでは事業」という名前の改名問題(京都奈良では、と聞こえてしまうことなどについて)に一つのヒントが浮かぶ。
つまり、
「京都なるほど事業」という案。あえて漢字にして「京都成程事業」でもいいけど。「成る程!座・京都」なんてすると安直なコピーになっちゃうかな。

あと、京都の民話の絵本が絶版になっている話をしり、国文祭で、絵本の復刻シリーズがあればいいなあとぼんやり思ったりもする。民話の朗読(「さんねもと天女」のあと、京都府連句協会さんの連句入門的お話。なるほど!となんども思う。連句の最後、歌仙だと36区目の挙句はさらりと(挙句の果ては、畳句的な表現となる。暴飲暴食の挙句・・という使い方もあるな)、花の句は、みんなやりたいので、なかなか譲り合う。「花を持たせる」の語源だったとは・・・
どちらも伝統文化に必要なのは太陰暦(旧暦)。ぜひ、国文祭は旧暦列挙でありたいもの。

2011年10月29日から11月6日が一応の期間だから、
旧暦だと、10月3日から10月11日となる。だから、十七季のうち、初冬の季語となるのかな。

雨が強くなる。バスで大徳寺へ。今日は、新大宮商店街で夏祭があり、古川豪さんからお誘いがあったのだが、あいにく、16時すぎからメックの打ち合わせがあるので、ちょっとかえっこマップなどをわたしに商店街をぶらつきにきたのだ。古川さんが京都内の水族館の歴史をしてくれる。なるほどね。動物園にもあったということ。鴨川を使った淡水水族館みたいなほうがいいねといっていた。雨もやんできっと楽しい祭りになったことだろう。蝋石や水鉄砲などを買う。100円とか50円とか。ドイツパン屋さんとか、天然酵母パン屋さんとかでも買い物。商店街での買い物って楽しい。とくに、お祭り前の浮き立つちょっと前の感じも好きだ。中華そば(大)、650円も美味しく。

16時前に山科駅についたので、日蓮宗の護国寺に寄る。醍醐街道を「れんにょ道」と命名しようとして、そのあたりの大家さんであることもあり、これに対して反対したお寺さんだなと思いつつ、いろいろあれこれ思う。江戸時代初期の建立。
まだ、井手上さんが来ていないので、山科の盆踊り事情をちょっと探る。
井手上さんと吉村さんが来て、本間さんも来たので、地域公共人材のFD検討会の打ち合わせ。
小学校で理科を入れるという案でなかなかに面白い。でも、阪大とか、劇研とかの関係がまだ検討しなかったなとあとで思う。
17時から和室で、めくるめく紙芝居企画制作会議(仮称:名前はとくになかったかな、あったかな)。11/1のやませい祭りですることは決まっていて、その間に10回ほどワークショップを入れるということになる。吉村さんが音響担当なので、音響の話が突出してきて、なんと、現代アートぽい展開になりそうになっている。どうなるかはまったくわからないが、いろんなスーパーな「マン」が生まれつつある。中心は、「マイクマン」であるとしても。

実用と虚用、変身と仮面。


7/26(日)

雨が断続的に強く降る日。栗東市さきらのふれあい夏まつり2009。
今年はインフル振り替え日で授業があったこともあり、学生の参加は1名のみ。
でも、彼女はもちろん、昨年一緒にやっていただいた方々が中心となり、子どもたちもうまく巻き込まれていい感じのかえっこバザールになったと思う。
オークションの1回目が、1時間以上続いたマネジメントなど課題もいっぱいあったようだが。

わたしは、音楽の先生が持ってこられたコードハープにめろめろ。
これは、ちょっと、五つの赤い風船的世界だ・・・
メロディパイプを鳴らしたら1ポイントというのをちょとだけはじめたが、これは、ずっとここにいなくなるので中止する。
こういう偶発的なライトなワークショップ創発の場づくり。これは、もうすこしかえっこが定着してくれば、おのずからできるようになるだろう。この4月に入ったさきらのスタッフがしっかりしていて、感心した。


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