こぐれ日録 KOGURE Diary 2009.3/9〜3/15


こぐれ日録631 2009年 3/9〜3/15

3/9(月)

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督『恐怖の報酬』1953年、モノクロ148分。
「イヴ・モンタン主演!仏映画屈指のサスペンス!!」と500円のDVDに書かれている。
前半は、どうしようもなく仕事もなくだらだらしている人たちがカフェにいて。暑くてけだるい中米。社会派ではないし、イヴ・モンタン演じる主人公も悪のようで中途半端で・・・ところが、ニトログリセリンを普通のトラックで運ぶという大金の報酬目当ての無謀な4人を描く後半になると、どんどん緊張感が増して、その4人の性格もどんどん人間味を増してきて、ホントにそうなのかなという疑念も出るけれど、2時間半の長さはそのうち吹っ飛ぶぐらい。

午後から中之島駅。大阪国際会議場で、関西広域機構(KU)第3回文化振興策専門家チーム会合。甲斐さんたちが、Art&Cultureのリニューアル版を鋭意作っていて、もうすぐアップされるところまできた。あとは、若手のリポーター、そして、KUメンバーである府県、とりわけ、福井県、徳島県、三重県など京阪神情報以外のアーツ情報を探るリサーチャーもいるね、という話もでた。

19時からはじまっていた、「フォーラム青少年活動センターの一部有料化について考える」へ。ひと・まち交流館にて。NPO法人京都舞台芸術協会主催。同志社大の西村仁志先生(http://www.colorsjapan.com/blog/)が、青少年活動の場として欠かせない公共財としての青少年活動センターの無料利用の意義を力説されていた。

23歳から30歳の大学卒業後の重要な時期(青年後期と呼んでいいのかも知れない)を、たまたまだが狙い撃ちにするようになってしまう一部有料化案が、京都が育んできた舞台芸術の独自性に対して、市当局には想像できないような打撃を与えてしまうという懸念を表明する必要を思う。

私は、文化政策からなので、京都の青少年活動センターのいままでの貢献を評価し、それが変質することの危惧をいうぐらいしかできなかったが、青少年活動センターのみならず、見直されることになっているコミセンなど京都市内の公共的施設の一部を、コミュニティ形成とも関連付けながら、演劇ダンスの創出過程支援環境として明確に位置づけて活用する政策提案が必要なのかもしれないと感じていた。

京都新聞社の取材もあり(http://docs.google.com/Doc?id=dd2cpzz4_1569s8tmmdc&hl=ja)、その過程で老人クラブさんが演劇の活用を考えられているようだという情報も聞いたりもした。この有料化問題をきっかけとして、演劇ダンスの社会的意義、青少年活動センターの多角的な存在意義など、論点を明確にし市民や市政へ訴えていくことが必要になっていることを痛感した。今回は去年の12月におけるパブリック・コメントの時期を逸したこと(これは恥ずかしながらまるで知らないままにいた)、条例提案の2月においてもすぐには反応できなかったことなど、反省点も多いと思う。


3/10(火)

恒川光太郎『草祭』新潮社、2008年。1973年生まれで、いまは沖縄在住の作家らしい。
妖怪が出てきたりすので、読んだのだが、少しムラはあるけれど、なかなか期待できる作家のような気がした。
短編ではあるが、連作もの。「美奥」という田舎町が主人公になっていて、かつ、登場人物もつながっていたり、そうでなかったりしているが、まちの雰囲気、その妖気のようなものは共通している。
いちばん昔の「美奥」のことを綴った「くさのゆめがたり」が少し「どろろ」のようでもあり、劇画的もありつつ素敵だったが、その前の二つの青春ものもよかった。最後の「朝の朧町」の前半がいまいちな感じもしたが、でも、最後までくると、これで映画をつくるといいけれど・・脚本・監督が思案のしどころだなあと思ったりもする。

大学で、ある企画案を聞かせてもらう。うまく通過するといいのだけれどなあ。祈るしかない。
いずれにせよ、遊休施設の活用方法は重要なテーマでありつづけるのは間違いない。フェスゲのようにはならないこと。築港赤レンガ倉庫にようにもならないこと。失敗例はいたるところに転がっている。

夜、この前のMONOの公演の際に買っておいたDVDで、MONO第20回公演『きゅうりの花』(作・演出:土田英生、2002.8、OMS)を観る。ようやく映像が手に入ったなとしみじみ。昨日、NPO法人京都舞台芸術協会理事長としての水沼健さんに会ったばかりなので、7年前の彼の演技を見るのも不思議な感じがする。始めてみたときの突然の断層。1998年が初演ながら、いま観ても新鮮だ。


3/11(水)

10時から、来年出す本の編集会議。
10時半から、全員懇談会。
13時から教務委員会。来年度の教務委員さんへ引継ぎしなくちゃ。
14時から大学評議会。これも、来年度はお役免除だな。
16時前から学部教授会。

今日読み終えた本
多田治『沖縄イメージを旅する―柳田國男から移住ブームまで』中公新書ラクレ。2008年。
観光と民俗学、文化と政治、行政、その歴史。なかなかに奥深い新書だった。
観光についての一文のみ引用:

P252 竹富島の神事・祭事は、世俗的な観光化を周到に遠ざけていることに関して、
《 あからさまに言葉にすると、世俗化して価値が下がるのが「観光」だ。だから、いったん観光を否定することによって、観光的価値、真正さが保持される効果がある。もちろん当事者が必ずしもそう意識してやっているとは限らないわけだが、こうした観光の否定と肯定の弁証法は、観光という現象の本質的な特徴を表している。》


3/12(木)

午前中、奈良美智の逮捕と報道のことを考えたり、公共財をめぐる公共経済学の復習をしたり。政治学と法学の関係では、濫用と乱用の違いってあったっけとうろたえたり。

午後、大阪府の会議。能勢の淨るりシアターの話を久しぶりに聞いた。
読み終えたホラー小説。恒川光太郎『夜市』(角川書店、2005)。「夜市」と「風の古道」が入っていて、どちらも熊楠的な世界が少年少女的初々しさで展開する。

夜見たドキュメンタリー映画。ニコラ・フィリベール『ぼくの好きな先生』2002年、104分。ひたすら淡々として。
そうそう、向こうは、卒業の季節が初夏なんだ・・・冬から始まったので、1年間かと思ってしまった。ソリのシーンが特に好き。あとは、牛の放牧と飼育。小学生がトラクターを運転していてかっこいい。ロペス先生がけっこう昔風の教え方をしていて(小言も言っている)、ときたま、(回顧的に)ひとりごちしたりしていて、かっこつけないのがまた素敵。


3/13(金)

雨の卒業式。文化政策学部と看護学部は、午後から。去年もそうだったという。
雨で寒く、体育館では、今年から一人ずつ卒業証書を渡さないのに、長く感じられて・・・
挨拶には、織田信長にパスカルにシトフスキー、なんと、ガストン・バシュラールが登場していたな・・・

そのあと、学科ごとに卒業証書と花束授与を。文化政策学科は733教室。
就職課が卒業後の調べをまだ出していない学生に対応する。
結局、ゼミごとで渡すのはよかったし、渡すのはゼミの先生に自然となり、それもよかったかも。

ボウタイなのに、蝶ネクタイっていわれるな。毎年のことだけれど。
手ぬぐいなのにバンダナっていわれるのと同じ。

TAM研の4名も卒業。1回生からずっとやってくれていたので、これから後輩がどれだけ続いてくるのか。
不安もあるけれど、待ちつつ、うまくアーツ現場へとお誘いしたいなと思う。

18時からパーティ。20時からの大学院生の2次会に少し顔を出して、ゼミの集まりにもでる。
帰り、間違って京阪電車を行ったり来たりした。ちゃんと帰ることが出来るはずだったのに、淀からタクシーに乗るはめに・・


3/14(土)

寝不足なり。自業自得。風が強く寒い。
久しぶりの真宗仏光寺派大善院。ぎっしり。もうすこし後ろの席にすれば、お尻の痛さが減ったかも。なにせ、2時間近くある大作。糸井先生とあれこれ。最近政治ネタ多いですねえ、いや、政治学概論や行政法の授業をするんで、ネタ集めですわ、でも、そうしていると暗くなっちゃうんで・・・

ユニット美人『紫式部の言うとおりッ!』作・演出:黒木陽子、オババ役、あと豆知識役。
前に試演会みたいなものを見たけれど、そのときは、紫式部(豊島由香)は出ていたっけ?今回はミステリーなので1000年を越えてやってきたみたい?ドラえもんのテレビに準じたつくり。あと、正統派ミュージカルもどきが楽しい。紙本明子が、主人公、野原芽衣子、非正規雇用の29歳を演じる。合田早苗(朝平陽子)との対比と友情。すこし若い女性たちとの微妙な違いがいいね。女子相互愛はありうるか!

17時すぎ、地下鉄四条駅への道すがら、寒いので、上海家庭料理と書いてある、中国語が飛び交うお店にはいって、ラーメン的なものを注文。チャーシュー700円にすればよかったのに、味噌ラーメンみたいなものを頼んだら(850円)、スープがないものだった。辛くて、白いご飯も注文。でも、お新香もついていて、ご飯が進む。

セレノグラフィカダンス公演『百(ひゃく)ねずみ 九十九(つくも)かみ 百一(ももいちみ) 10099101』。
毎日がダンス! And You Live different moments/different todays/this is dance
毎日新聞社京都支局7階ホール。建築家の名前をようやく思い出す(若林広幸 http://www.sky-s.net/sky-blog/archives/2008/03/10-012256.php)。

3つの15〜25分ずつの作品が、休憩あり、休憩なしで席替え、という催し。
2つの作品の原型は西陣ファクトリーgardenで観ていたが、おしまいの百一(ももいちみ)は見損なっていた。「毎日がダンス! ・・・」とトータルに名づけられた連作的な作品としては初演ということになる。始まる前に、こだわりのお水、ドリンク(苺の酵母、白葡萄の酵母)、黒パンオードブルサンド3種、苺の酵母パン、ひとくちチーズボール、トマトのマリネ・・・

終わって、軽食と飲み物も丁寧でユニークなイクラ食堂さんのもので、ディナーショーみたいだねえと一緒に観ていた、はな(長女)に言うと、ディナーショーなんて行ったことがないから・・と言われる。

言いたかったのは、すごくリッチな空間と味とダンスだったよねえ。なんだか、最後はオペラ(フィガロの結婚)のフィナーレみたいだったし、写真の撮影会や結婚式が通り過ぎたようでもあるし、武道のデモンストレーションもあったみたいだし・・・何より、夕暮れから夜の景色がダンスとそれを楽しむ私たち30名を包むのがいいよねえ、空にちょっと浮いている気分だ、というようなこと。

でも、あまりにも、満足したので、ただ、ゆっくり、歩いた。鴨川を渡って。


3/15(日)

南彦根駅に初めて下りる。茫漠とした風景のなかをビバシティホールへ。
車対応のまちを歩くのはいやだ。満席。映画館ではないので、いささか観にくい。でも、料金はお得。

バリアフリー映画祭としてもう一度『ぐるりのこと。』を観る。副音声は目が見えない人のため用なのだが、とても後ろだったのと、目がかゆいこともあり、こちらもずいぶんと助かる。意図的に目をつぶって、前見た映像を思い浮かべたり、あれこれ。聞こえない人のための日本語字幕は前の人の影になってあんまり見えなかったが、これは、声が聞こえるので問題はない。ただ、ほとんど聞こえないはずの言葉もしっかりと読めるという効果があって、これは、いいのか悪いのか、そういう効果が出るということでいいのかも知れないが。

この映画は、美術の応用性ということを考えさせてくれるものでもある。応用芸術、あるいは実用芸術として、宣伝美術とか、お風呂屋さんの富士山の絵とかもあるが、ここでは、法廷画家、スケッチさんと呼ばれる、裁判所がカメラ撮影が禁止されていることから必要になる職業が大きなテーマとして浮かび上がってくる。そういう面では、おくりびととも通じるかも。
他方、妻はうつ病になるのだが、その回復過程として、尼寺の天井画を描くことを依頼され、その中で、充実した制作準備、デッサン力の回復などを経過して、作品を制作し完成させる。天井画そのものも応用芸術でもあるが、同時に、セラピーとしての美術の側面も同時に含んでいる。夫のスケッチがテレビに出ればそれで終わる一瞬の作業だとしたら、妻の天井画はずっと残るという点でも実に対照的であるが、どちらが上とかでもないのも興味深い。夫の技術が、家族的なことに生かされるシーンも実に細かに絵画というartの多面的役割に気を配っている映画だったんだなあと2度目の余裕からの観察である。

あと、個人的なことだが、2人でトマトをかじるシーンを見ながら、いまごろ、神戸では、芳江が「トマト」の詩を朗読しているかも知れないなとか思ったりもする(かってにまどみちお展の企画の日だ。わたしは最終日、22日に行く予定)。

ティーチインあり。監督の橋口亮輔さんと主演の木村多江さん(手話で自己紹介)が登場。たぶんお目当てだろう、リリー・フランキーさんはずいぶん遅れてきて(常習犯だという)、それまで伸ばしていたので、みんなほっとしてすぐに終わると不完全燃焼だと言っていた。
そのまま、第8回全国障害者芸術・文化祭滋賀大会のファイナルへ。1/3ぐらいはお客がいなくなる。それでもずいぶん残ってもらっていたな。視覚障害者の若い女性が点字をなぞって巧みなナレーションをする。これは、初めての経験。こういうところが福祉ならでは。副知事もちょっとだけ手話(自己紹介)。

図録本体の方がまだ出来ていないということだが、別冊の『アウトサイダーライブ』は出来上がっていた。毎日新聞の森田記者が写真を撮る。アサダさんと一緒に。124ページの力作だ。暗黒の表紙から体が浮かぶ。市販されないのが残念だが、滋賀県福祉事業団か県庁の担当課に言えば譲ってもらえるのではないだろうか?
行替えで一次下げがうまく出来ていない箇所がけっこうあったのが残念かな。


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