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こぐれ日録 KOGURE Diary 2009.9/21〜9/27 こぐれ日録659 2009年 9/21〜9/27 9/21(月) 今日が敬老の日らしい。たまたま、JRで補助席に座っていて、ずいぶんお年寄りの方が来られて、席を替わったのだが、つぎ降りますので、といってしまい、よくするのだが、降りて、あわてて別の車両に飛び乗る。新快速は、大津から三ノ宮まであっという間なので、どうしても混雑する。 どちらも、久しぶりの施設に行った。 ホワイエには、子どもたち(オーディション風景もあり)20数名としげやんこと北村成美さん(振付:演出、出演では踊らずに子どもたちを見守ったり、笛をふいたり)たちが、ワークショップをしたり、戦争遺跡を観察して話をしている姿が展示されている。 さきらの山本さんに聴くと50分ぐらいだということ。音楽はくるみ割り人形などだが、ダンスは子どもたちと作ったオリジナルだ。でも、その必死に走る子どもたちを見ると、しげやんの必死さ真剣さが乗り移っている、もちろん、その精一杯の嬉しさも合わせて。始まる前、びわ湖を観ていたら、昔、碧水ホールの館長をされていたNさんがいて、あれこれ。 それから、久しぶりのCAP HOUSE、いや、いまは、海外移住と文化の交流センターというのが全体の建物の名前で、その3階、4階あたりが、CAP
STUDIO Y3ということになるみたい。 若い人も多く、おっさんやおばはんな私たちもご一緒ね。 出井康博『松下政経塾とは何か』新潮新書、2004年。 それにしても、特にこの本の中田宏さんの記述だけを読むと、ちょっと昔のホリエモンさんとかそういう軽さを感じる「松下政経塾」、もちろん、色々なタイプもあるのだろうけれど、「地盤・看板・かばん」のうち、「看板」は少なくともできてしまったわけで、これからこの人たちの動きはどうなるのか、気になるところ。 ツイッターが連歌に似ているという話が面白かった。 松下政経塾についての新書に書いてあった中田宏さんの話を家でする。 山田宏さんを検索した。 http://bit.ly/Gzkbw そうそう、昨日、とつぜん乾杯の音頭なるものをすることになって、 公共施設ではなくて、公衆施設になればいいですね、と話す。公衆浴場とひっかけて。
口臭にひっかけて、匂いのある公共施設っていいたかったのだが、周りは、公衆便所を連想したようで、不評でした。はい。 普通公衆浴場とその他の公衆浴場。 http://bit.ly/sjKG8 公衆浴場のHPをプリントアウトする。 http://www.seiei.or.jp/advice/doukou/05.html 久しぶりに初代の君が代を聞いている。フェントン(薩摩藩軍楽隊の指導者)作曲。
http://bit.ly/AetlN 明治時代の西欧音楽の受容でいつも話題になる話。明治2年か明治3年か・・・
http://blog.goo.ne.jp/onaraonara/e/db5effa764e70cb02d8236594dd8e13e http://bit.ly/3PVUUX タフ4で銭湯で音楽会という企画をさせていただいた竹湯さん、08.10.31に廃業されていました。一日に1軒の割合でなくなる銭湯。いま5000ぐらいかな タフ4のブログを懐かしむ。さいごの女子大時代。 http://bit.ly/ToMWI ライブコンサート「お風呂の時間」 http://bit.ly/2VsxIw
このあと、頼まれて服のまま湯船にみんなで入るパフォーマンスもしましたね。 こういう儀式自体に変化が出るといいんですけどね RT @GOGOdai5
秋田県では、民間の主催する式典での挨拶の順番は、未だに一番目が自民党の国会議員という場合が多い。政権交代が起こっても、人々の感受性はすぐには変わらない。・・・ @junkosans いいですね、奈良市長さんも演劇で学ぼう!ですよね。http://bit.ly/4wZAlS http://bit.ly/Rruam 11/21はいきたい!、授業があるけど、終わってすぐに神戸へ。自然倍音によるホーミーとインドの音階・・・ホーミー・ワークショップまであるなんて!!! たしかにゼネラリストとスペシャリストとを具有するのが理想かもです。RT
@yamaiku ゼネラリストってある意味、偉大な素人といういいかたもできますよね。また、スペシャリストだってこれはこれで問題がある。横断的な思考ができないとか、特権意識が芽生えちゃうとか・・・。 公務員では、法律職がゼネラリストになり、それが官僚支配の原点だったのが日本の明治以来のこと。「法による行政」。どこかの省庁に入ると、行政分野が限られるので、少し色がつくけれど、たとえば文科省なら、文化財のスペシャリストの方とは違って、大学行政とか文化行政とかあれこれ動く。 私の用語理解では、ゼネラリストもスペシャリストもプロフェッショナルの一つかも。アマチュア性は、ゼネラリストでもスペシャリストでも、とても大切。先輩に、できれば、専門性を2つもってその上で全体を見られる「π」が目指すことといわれたな。文化政策やアーツマネジメントはまあそれに近い? ただ、専門家の方が素人的目線がより大事かもです。官僚はもうゼネラリストである必要がないという時代が来るのかもです。だって、政治家がゼネラリスト(専門分野も持ちながら)であるわけですから、国民や市民の代理者として。 @bunkacho_watch 盛大なイベントをして大型公共工事を引き出す手法が、平城京イベントなのかもですね。http://ff.im/-8vmz2 同感です。これから代打でする「地域イベント論」の授業を考えなくちゃいけなくて・・RT
@shiraist 平城京遷都1300年、日本の文化政策の貧しさの象徴。當山日出夫/YAMAMOMO 一般的な「ゼナラリスト」の説明を読む。 http://bit.ly/AVYFH ゼネラリストを、ゼナラリストと書いたり、ゼラリストと書いたりして、すんません。 @yamaiku 「ゼネラリストとスペシャリスト、両方をたくみに移動できるような人」。うーんと、学長になったら、ゼネラリストの仕事がほとんどだけど、学長を誰かに代わってもらったら、専門研究家に戻るっていうのが事例?ほんとは、官僚と政治家との移動をイメージしてます ジェネラリストってそういえば、ぼくは声にするという・・ 「官僚と政治家との移動」という前にまず、官僚(公務員)と民間の研究者やNPO活動者などとの移動を、政権交代のとき、できるようになる能力(もちろん公務員が政治家になり、また公務員になるというのも可能性ありです)。それが、ゼネラリストとスペシャリストの「両性具有」かもです。 国家主権至上主義というのがあるとすると、それを分節化するのが「地域主権(地方分権)」で、東アジア地域へと主権を分有化(共有化)するのが、「東アジア共同体構想」かもです。でも、「共同体」というのは「主権」と同じかそれ以上に比喩的ですね。連合(連携・連帯)とかの方が誤解が少ないかな? この方向が一番いいと私も思います。中止か継続かではなく、アースワークで。
http://illcomm.exblog.jp/10248885/ 鈴木寛さんを検索 http://neverland.exblog.jp/8983677/ @qjn フェントン作曲の君が代とか、幻の文部省の君が代とか、数年前、授業で使っていました。でも、いまいち反応が悪かった・・・たぶん、授業テクニックが稚拙だったのでしょうね。横浜や神戸の幕末・明治初期、どんな音楽が流れていたのか・・想像するのは楽しいですね。 http://tomarumaru.web.fc2.com/index.html
このフリーペーパー。そういえば、一度チラシの束で見たような、見なかったような・・・ http://bit.ly/arUDZ かえっこ、各地で盛んですね。具体的にどう替えたかの記事があると、こういうのを持っていくのか、と読者が気づくことになるのでしょう・・ @qjn そうですね。でも、一番ちがうのは、聴く側の耳でしょう。当時の人はどう聴いたのか?演奏術もちがうでしょうが・・・。声明が音楽的に聞こえてくるのにも時間がかかった経験がありますし・・・ @qjn こちらもずれた反応をしちゃいました。「譜面と当時の楽器や奏法がわかっていると100数十年前の表現も再現できるという当たり前のこと」。これは、近代文明そのものの威力ですね。 http://kogure.exblog.jp/8999140/ ブログの読者数が半減しました。力、こっちにいってるもんな・・ http://www.cap-kobe.com/studio_y3/ 昨日行った、Y3・・・みんな、前のCAP
HOUSEを偲んでいました。 たしかに、明倫小学校から京都芸術センターへの変化と同じ落差はある。 http://www.city.kobe.lg.jp/information/oshirase/backno/2009/img/20090305kb01.pdf
公共工事だとジョイントベンチャーって行っていたっけね? 指定管理者制度のグループ応募だったのね。それで・・ @meganeya めがねやさん、そうですね。そうそう、残っているという感覚ですよね。何もしてないで経年化していくことのすごさってもう脱帽ですからね。
でも、藤本さんにもみんなで話していたんですが、マーキングしていけば、独特なCAP臭がつくはずだって。 自己レスができないんですよね? それがちょっと不便かな、これは。 仲川げんさん発言、また教えてください(興味津々)RT @kanilla_lunares明日の発表会&シンポジウムの準備中。シンポジウムパネリスト平田オリザさん、仲川げん奈良市長、蓮行さんです。まだまだ受け付けてます。連休の最終日、ぜひ。 http://bit.ly/4wZAlS ぼくのブログもけっこう長くて、3行しか読んでいない!と近い人に言われたところだが、この人のコラムも長い。でも、読んだ。なるへそ。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1163.html ひじきの成分変化。 http://www.news.janjan.jp/living/0909/0909210501/1.php 田口ランディさんのブログを読む。 http://runday.exblog.jp/12260881/ やまのいさん(厚労省政務官)のメルマガを読む。 http://archive.mag2.com/0000027832/index.html 地方自治法・指定管理制度の見直しは、これからどうなるんやろ。 http://bit.ly/OpbZj
この前、さきらでも聴かれたな。総務省にその余裕があるのかどうか? そうそう、日本の財産である紙芝居がいっぱい寄付されている児童文学館。 http://bit.ly/fcpV3
大阪府庁の玄関で、公演できるようにしてね、と府庁の文化担当に言ったはずでしたが・・ 連句と連歌は、もちろん、連句が新しいのですが、連句師とは言わないですね。どうしてだろう。俳諧師、俳諧連歌師とでもいったのかな?まあ、どちらも、座をまとめるコミュニティ・アーツ的、アーツプロジェクト的な芸術家だったわけで、いつもその関係を考えさせてくれます。 俳諧師でいいようですね。発句と付句、その機微。場の空気づくりが芭蕉初め、俳諧師の術(アーツ)でした。
http://bit.ly/ZfYEq 山科区のクイズをこれから作ります。まずは、山科の歴史クイズ。 山科が日本史年表に載った事件(事項)は何ですか?からかな。
あるいは、人口とか。 http://bit.ly/3A5msK 韓国の基礎自治団体統合=市町村?合併の議論が進んでいるという話 韓国には、東京都23区のような特別区がけっこうあって、その広域市の区も、基礎自治団体と呼ばれているみたい。
http://bit.ly/JakWD http://bit.ly/13b0nq おっと、基礎自治団体数は230しかない。 どんな分権プランが生まれるのか・・・どきどきして待っています。ぜひ、文化政策の分権化もちょっとだけでいいので入れてください。RT
@seiji_ohsaka奥尻での仕事が一応終了。これから分権関係のプランづくり。 芭蕉を歓待して泊めます。まちの俳諧好きさんたちが集まって来ます。各地で作られた連句を読んで楽しんでいるはずです。うちではどんな連句が生まれるのか、自分たちはできるのか。どきどきして集まったことでしょう。芭蕉はまずこの地への挨拶、主に対して心のこもった発句を考えることでしょう。 @numberten_ @kshimoyama 中世の連歌は遠いでしょう(和歌の素養のある方は別として)。はずは、俳諧連歌=連句から。現代のおじいさんのものですが、こんなのとか。
『歌仙の愉しみ』岩波新書 新赤版1121 大岡信 岡野弘彦 丸谷才一 2008年 ツイッターと連句との比喩がなされているんですね。つかずはなれず、しかも2つ前の句とも関係する連句の面白さ・・ http://www.excite.co.jp/News/economy/20090922/20090923M20.047.html
余っても事務量が大変です。国民への直接交付、自治体への負担がかからない制度設計をぜひ!一括交付金か交付税交付金か、あるいは税控除類似制度か。 @kshimoyama 失礼しました。この本は読んだことがないんですが、「機知と友愛のアート」とあったので。綿抜豊昭『連歌とは何か』講談社選書メチエ 373
2006年10月 価格:1,575円(税込) この本、前かいました(途中までしか読んでいない・・) 連歌招待席―三吟集
うばつくば (単行本) 松村 淑子 (著), 高柳 みのり (著), 今井 欣子 (著), 鶴崎 裕雄 (著) 価格: ¥
1,785 長くつづいた私の夏休みも終わりだ。お彼岸なのに夏休みって優雅すぎるが、数キロ太ったので、アマダン風の食事制限をしたりしてごろごろ。 いわゆる「小泉・竹中改革」で、ずいぶん、名称などが変わり、昔それがなんだったか、よく分からない独立行政法人がごろごろある。何とか「機構」という「機構」が多いのも特色だ。確かに「機構」っておしゃれな感じがする。また、赤坂あたりの霞ヶ関よりもおしゃれなところにあるかも知れない。そういえば財団法人地域創造も赤坂が選ばれた(旧道路公団が入っていたビルだ)。もっと、霞ヶ関から遠いところを希望したんだけどなと思い出す。 大阪城公園へ行く。テントの方向に行かずに、間違って大阪城ホールのところに行ってしまう、戻って、劇団態変の受付へ。太陽の広場、特設NGR雷魚テント。制作がベテランの方から新しい人に代わっている。先生!と声かけられて、初めてうちの学生だと気づく。黄昏時が一番何も見えないのねえと内心弁解しながら、嬉しい(ただ、「都市とアーツ」を受講していた他学部の学生さんで、うちの学科、ゼミでは残念ながらない)。 『男は旅に出た2 ファン・ウンド潜伏記』、作・演出:金満里(出演は後半の方が多い)。19時半すぎから10分の休みを入れて、21時40分ぐらい。音楽はテープで趙博。韓国の伝統音楽にも触れつつ独自の音響空間を一人で作っている。ゲスト(特別出演)に金君姫(サンプリ振付)。障害者でない人が出るということは、基本、態変のステージ上にはない。音楽出演という生も多いが、ステージとは区切られている。だから、今回は少し特別な感じはするが、そんなに違和感はなく、これから、こういうボーダレスなステージもあるのかも知れない。そうそう、健常者の群集が登場する葬列もあった。 ファン・ウンド(上月陽平)は、金満里さんの義父。彼が亡くなり再婚されたお母さんから満里さんは生まれたので、運命ということが、このお芝居には一つの底流としてあり、音楽もそうなのだが、日本の中世の説教「をぐり」の世界を見ながら思い出していた。小栗判官と照手姫の道行き。とりわけ、金満里さんが敷物の上に座って出てくるあたりに、かなり哀愁を感じてしまったのだ、かってにだが。 前半は特に静かである。ソロの音楽もそうだが、色彩が特にそうで、始まりは韓国のお祭りのように豊かな色彩が結ばれ吊り上げられるスペクタクルなものなのだが、そのあとは無彩色が続く。白が白のままで輝く世界であった。繭玉だからだけれど、韓国の無色の美術を想っていた。子ども3人の登場は、実にシンプルでかつ本質的ないじめのシーン。私たちはこうして惨酷にもあっけなく死ぬことだってあるのだ。 当日パンフには、プロットが書いてあるので、そういう場面だとすぐに分かるときもあるが、まあ、それはそれとして、いつものように役者の個性を一人ずつ確認する。障がいの性格がそれぞれにあるので、きっとこう動くだろうという予測をしてそうなったり意外な動きでこちらを面白がらせる。タイツを何度も着替えている役者さんもいて大変だったのかも知れない。そのタイツの色の変化でどちら側かを表したりしている。言葉のない演劇ならではの工夫。 後半はさすがにぐいぐいと筋も展開し、吊りもの操作も鮮やかで、潜伏から脱出、日本へと流れていく。公園のところで、花火をしている人もいるが、ホントに静かだ。静かな世界の熱い想いと出来事を描く世界にいるからだろうが、こんなに下界って静かで私たちとともにあったのだな、というのが、こんかいの態変の舞台を見た一番強い印象だった。 そうそう、宣言文が出るのだがすぐに消える。前に、墨で書いて吊り上げるという印象的な政治的シーンがあったので、それはちょっともったいなかったようには思った。ただ、今回は政治的ではあるが、より個人的であるとともに宇宙的な世界にしたかったからなのかも知れない。 今日は、うちの京都橘大学のはじまりの日。 来週ぐらいには使おうと思って「山科クイズ」を作っている。 ・・・・・・ (1)人口 (2)地名、人名の読みなど 2)山科にゆかりのある人名を読んでください。 3) 2)の人物は、どんな時代のどのような人(行ったことなど)ですか? (2)歴史(山科+仏教中心の流れ) 2)669年、( )が、山階寺(精舎)を建立。彼は、645年、中大兄皇子とともに蘇我氏を倒したクーデター、( )のメンバーとして知られ、藤原家の繁栄の土台を作る。山階寺はのちの興福寺(奈良)。 3)すでに6世紀には、中国南朝の新しい文化、すなわち、( )が説いた儒教や釈迦が説いた( )、老荘思想に基づく道教などが、西域・中国・百済などを通じて伝来していた。 4)そのなかでも、飛鳥・白鳳時代を経て奈良の( )を都とした奈良時代(710〜784)には、仏教が国家宗教となり、6つの宗派に分かれていた。それらを南都六宗(なんとろくしゅう)と呼ぶ。 5)桓武天皇は水陸交通の便利な山城の地への遷都を企画、まず784年に( )へ、そして、794年には、平安京へと遷都した。これから源頼朝が( )に幕府をひらくまでの約400年間が平安時代である。 6)平安時代の仏教はとりわけ密教がさかんとなり、密教などの最新の仏教を大陸で学んだ指導者2名によって新しい仏教が起きた。一人は、戒律を重んじた( )(伝教大師)で、近江で生まれ、のちに比叡山に( )を建立した。伝教大師が創設した宗派を( )宗という。山科の安朱にある毘沙門堂はこの宗派である。 7)伝教大師に対して、弘法大師と呼ばれる( )は、讃岐(いまの香川県)に生まれ、高野山に金剛峰寺を立て、京都には、教王護国寺(= )を建てて、( )宗を確立した。山科にある勧修寺、伏見区の醍醐寺はこの宗派である。 8)鎌倉時代以降、平安時代生まれた天台宗と真言宗は奈良時代の律宗などの宗派とともに、旧仏教=顕密仏教として、中世において、大きな勢力を持つことになる。平安末期からの新しい流れは、念仏の教えである。 9)このうち、山科では、( )が開祖の浄土真宗の一流、本願寺派の8世をつぐ( 蓮如)が、畿内での教化の拠点として、1478年より、( )寺を建設しはじめる。山科野村郷の地、6万坪に御影堂、阿弥陀堂、寝殿など諸堂が建てられ、周縁はお土居(どい)と塀で囲んだ巨大な宗教都市が出現し、1532年の法華一揆による焼亡まで、約50年続いた。 ほんとに久しぶりに大学へ。 1回生に椥辻駅であう。私が代打ということを知っているようだ。105名ほどが実際に受講(113名が事前数)。 さて、今回、面白い学生コメントは、ほとんどは簡単な感想や決意表明だが、自分で今日の講義をまとめるというか文章にしてくれる学生がいて、それは、どうも私の考えというよりも、授業をきっかけにして自分で文章化しているところが面白い。以下、引用: もちろん、少し手を加えたいこともある。元気にするとともに、快適で美しくするためにももちろんデザインがあり、その多元的価値が共棲するのが「文化都市」というようなことはかなり強調はした気がするが、ここは来週にもう一度話せばいいことだ。ありがたい。 恥ずかしながら、声が少し枯れだした。案の定、「声が震えていた」と書かれている。だんだん、浪花節的な出し方なども交えて腹式呼吸できるはずなのだが・・・あと、脚がつりそうになった。運動不足も深刻。 2限目の政治学概論2は、20名ほど。1で懲りたのか、受講予定者よりも少ない模様。 今日は初めてなので「脱官僚依存」についての考えを聞きながら、民主党のマニュフェストの初めのところを読んで解説した。鈴木寛副大臣のメディア芸術政策についての記者会見記事なども示しながら。 隔週ぐらいで行うアーツ研究(アーツ鑑賞演習)のはじめ。 すこしだけ、新劇からアングラ演劇・・・静かな演劇・・・の流れの説明。 で、そのあと、天井桟敷の「身毒丸」の冒頭と、アングラ演劇とはいえるかどうか別として、「静かな演劇」との対比ということもあって、けっこう懐かしい維新派「青空」(大阪市の廃校での公演)を見せて、それで少し馴らしてから、全編を流す。 だいたい覚えていて、少しエグイしエッチかも、といっていたが、指を落とすシーンはホラーぽかったようで、また、やってしまったかしら、と思いつつ、メックへ。 今日はかなりくたびれていて、だべりばかりしていた。でも、林加奈さんや井手上さん、うちの学生もいるので、安心だ。10/3は、前2者が来れないとのことなので、もっとはたらかなくちゃいけない。 9時集合。昼休みに、東山青少年活動センターの表さんに電話して、10/9のリハーサル鑑賞と丸井さん(制作)のレクチャーの確認。 ご一緒した先生が始めての組み合わせだったこともあって実に新鮮だった。 官僚の意味についてだけれど、もともと、ビューローの訳とすれば、事務局=官房であるということも付け加える必要がある。ビューロクラシー(官僚支配)は、大学の事務局支配であったりするし(身近では)、政党の事務局(トップが幹事長)、そして、内閣官房の支配ということになる。内閣官房長官がビューロー(官僚)のトップであることを自覚して、自分の官僚的権力に自覚的(抑制的)になれるかどうか?パワーバランス論では、これは自分自身の抑制だけでは不十分だということになるだろう。 むずかしい問題をはらんでいる。政治学、社会学の旧来からのアポリアなのかも知れない。 |