こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.7/26〜8/1


こぐれ日録703 2010年 7/26〜8/1

7/26(月)

午前中、都市と文化資源の採点。でも、終わったなと思うと一人二人と持ってくる。
やっぱり、最終締め切りは、学期の終わりの7/28か。7/29か7/30には成績入力完了するのでそのつもりで。それ以降はどんなに泣きついても(今日も何人も泣きつかれてこちらが疲れた)だめよ。

お昼に、学部の学生学会。AO研にも10万円でたので、2回生ゼミ生さん、がんばって、夏休みボランティアなどに励んでくだされ。秋学期はじめから清算するようにAO研代表にはいっているから、旅費など上限一回1000円で。この清算は、ゼミの前の昼休みにするので、留意するように。

3回生ゼミの最後。スポーツの地域政策効果の発表。一人公務員志望だということだったので、あれこれはなす。

夜は、3時間以上(186分)の映画を見るため、早く食事して、アルコールも梅酒のみで見る。
ジャック・リヴェット監督『セリーヌとジュリーは舟でゆく』(1974年、フランス映画)。
でも、2時間ぐらいたったところで、アリス的世界の謎がだいたい見えてきて、ちょっと自分的には弛緩してしまった。でも、よくできた冒頭、言葉が少ない穏やかな実験性がほどよく混じったカメラワークなどは『北の橋』と同じで、ただ、7年前ということで、周りはより牧歌的な世界だった。回顧的でもあり。
ジュリエット・ベルト、ドミニク・ラブリエに、アリス的お屋敷内映像のなかに、ビュル・オジエ(30歳代半ばぐらい)もいた。


7/27(火)

大学では、あれこれ、色々な人たちとあって調整して、すこし、実務家みたいな感じだった。それまでの日乗のタイトルは、今日はアーツなし、だった(笑)

でも、
帰ると色々冊子が届いていて、イマージュも劇場法のロング対談があるようだし、いつもHPで互いに響き合っている、建築探偵つきのたぬきさんこと円満字洋介さんの『隠岐ノ島旅スケッチ』(2010.7.6、大龍堂書店)が届いていて、ほのぼのとした旅気分をしばし味わう。芸術祭「アクアノート」に参加したことで生まれたスケッチとエッセイとが渾然一体となった旅アーツの軌跡である。

最後の文章(あとがきにかえて)があまりにも面白い。地霊という言葉をまた思い出す。近世における離島の繁栄って、船中心の交通のことを近代以降忘れているなあという確認でもある。「肘掛け窓」っていうのか、と結構見慣れた小さなバルコニーのことも興味深い。そういう名前を知ることで、いままで無意識にその窓を見ていたり、実際にその窓からそとを見たり腰掛けていた小さいときの風景とか人びとのことをふっと思い出す。建築用語って、追憶誘発装置にもなるのかも。

以下、朝からの話:
週刊ポスト8.6号、丹波橋のコンビニに一つだけ残っているのを買って、上杉隆さんの「官房機密費マスコミ汚染問題 5つの論点」はじめ興味深い部分をバスの中で読む。夕刊ゲンダイや週刊誌でしか紙面では体制側以外の情報が読めない(あとは赤旗ぐらいか)というのも情けないなあ、とグラビアや漫画のところを飛ばしながらピラピラ(周りはほとんど女子学生でもあり)。

午後、京都府の文化芸術室の方二人がこられて京都文化ベンチャーコンペティションの打ち合わせ。そのあと、急きょ、山科区役所の方二人もこられて、学生たちを紹介する。
なんやかやしながら、もう夕方。
18時から、教職員組合の会合。
ツイッターの紹介をしたら(企画広報課の花岡さんがいたから)、ツイッターって何?という反応もあって、響きあう京都橘大学のキャッチフレーズを言葉だけでなくしなくちゃなあ、と思ったりして帰る。


7/28(水)

前期の最後。けっこう、食堂などがにぎわっていて、とくに100円朝食がすごい人気だったという。

この前(数週間前ぐらいかな?)、中瀬さん(中瀬事務所代表ww)から、アトリエ劇研の前庭で、本多(優之:まさゆき)さんという指揮者さんといろいろ企んでいるので、その悪巧みを話しに行きたいということであり、じゃあ、面白そうなのできてもらうことにしていた。

10時5分前にこられていて(アウトサイダーライブのコピーをしていた)、研究室で色々面白い企画を聞く。丸太町付近の小さなスペースで、とても興味深いリサイタルなどをするというもので、学生の授業にしてもいいし、そのマネジメントをTAM研などが手伝ったり、将来的には自主企画してもいいかもねえ、というような話。

途中から1回生が2名混じって(院生がめっくの申請書づくりの判子をもらいにきたりもしたが)、妄想的悪巧みがいろいろ広がっていく。学生オーケストラの話もなるほどと思ったし、オペラ演出に関わるワークショップも、オペラっていってもびわ湖ホールみたいなものだけでもないことは、前から少しは知っているので興味はつきない。声のこと、ピッチの話など、本多さんの話はやっぱりなかなかに面白い。一度ケルンに行ったことがあるだけで、あのケルンの町に住んではったのねえと思うだけでまた楽しくなるのも事実だ。

体育館の3階のミーティングルームを杉山準さんに見てもらって、真っ黒な闇をつくれるようにして床もきれいにはってもらっていたので、それをみんなで見に行く。ここで、リハーサル的なTAM研主催のライブもできそうだ。空調がかなりちゃちなのが気になるが、1階の小体育館にもクーラーみたいなのがあったので、あれを借りればいいかも知れない。

午後から、大学評議会、学部教授会、学科会議とつづく。
かえり、ひさしぶりに学部長と養老の滝。


7/29(木)

今日はめずらしく雨。すこし涼しい。
タチバナ・ライナーがないために椥辻駅から歩く。

今日のほとんどの仕事(課題)は、前期の成績入力である。すべて入力した。
ゼミなどは確定モードにした(でも訂正は8/13まは可能)。
それ以外は、明日以降、見直すことも少しはあるかも知れないので、入力中モード。
以下、入力した科目。合計すると、学部生504名、ただし、院のリサーチ科目は自分の担当の学生のみ責任者に報告するという形になる。
・・・・
都市とアーツ(火5)   116名
都市と文化資源(金1)  95名
アーツマネジメント論(水1) 83名
(旧カリ アーツマネジメント総論Z 水1) 9名
(旧カリ アーツマネジメント論U劇ダンスZ 水1) 2名
政治学概論T(金2) 157名
文化政策専門演習Vh (月4) 12名
専門演習Tf (月3) 9名
基礎演習V(都)e(火3) 21名

アートマネジメントTM 土3・4(隔週)  4名
課題研究T(リサーチ・プロMa 土3(隔週) 前期 複数担当   4名
課題研究V(リサーチ・プMa 土3(隔週) 前期 複数担当  1名

(補足)
ちなみに、京都橘大学の取り決めは、学部で6コマを義務となっている(特別任用という一度退職した先生対象の任用形態の場合は5コマ。数年前までは、これが、4コマ−3コマ義務で、それ以上には手当がついた)。

逆に、6コマを超えると、理事会側は手当(1コマ、2万円ずつ)を出す必要があるので、それは避けようとする。実際、こちらも6コマ(前期は、7コマ:正確には、通期で1コマと呼んでいるので、後期も7つ、14単位だと、7コマとなるが、緊急措置で後期は8コマになるので、ぼくは今年度7.5コマ、学部でしていることになる)。大学院は別勘定で、受講者がいるかどうか?1名ぐらいの予想だと、学部と同じにしたことがあるが、これは、院生には不評で、2年に1回すれば、4名とかそれぐらいになるので、そうしている。リサーチ・プロは3名とかでしているので、1/3コマとかの計算。
4回生ゼミの補講。2名。
今日も、車に乗せていただき、学部長に誘われて養老の滝へ。

政治学概論(2)は今年度なして、次年度、昨年度(官僚内閣制からの脱却論)とは違った形を模索していたら、教員試験関係で、急にこの科目を受けなくちゃいけない4回生がいるとかで、後期にすることになった(まだ、どのような時間帯でするかは決まっていないが)。

内容は大平正芳さんの官僚から政治の話を使って、日本の政治や行政の過程論をしようと思っていて(そういう意味では昨年度とテーマは同じで、日本の政治過程論)、大平さんを紐解くと田中角栄さんのことが大いに気になるし、対極にある福田さんや中曽根さんのことが見えてきたり、ポピュリズムを用いつつ、冷血なるマキャベリストであった小泉さんとのキャラクター的比較論もまた面白いなあと思っている。

で、最近、消費税の関係で大平さんのことが言及されていたり、最近のニュースで、かつての「田中→大平vs福田」の構図に、「小沢→? vs菅」がなるのでは?というようなことが取りざたされていて、たまたまのシンクロなのだが、面白いなと思っていたりする。


7/30(金)

途中で目が覚めない。休みモードになってきたな。

『彼女たちの舞台』(1988年、156分)。
ジャック・リヴェット監督作品にも慣れてきた。演劇の厳しい稽古と女優の卵たちの厳しい生活、事件の匂い。サスペンスタッチに仄かなオカルト。3時間はないし、だれずに一気だった。ひとつだけちょっと自分の感覚と違うなと思ったのは、議事法廷遊び風のもので、このときだけ、少し別のことを考える。

ジャック・リヴェット監督は1928年生まれ。1920年生まれのエリック・ロメール『カイエ・デュ・シネマ』編集長の次編集長でもあり、この古典劇の稽古を見ていると(とくにラストの衣装つきのもの)、ロメール映画のなかの歴史物との連関が極めて強く、いたく惹かれてやまない。

もちろん、ヌーベルバーグの両巨頭(かつ日本の紹介が遅い)なのだが、二人の違いもまた見逃せない。バックの広い意味の政治性がもちろん違う。ロメールは健全なる保守(いまぼくがはまっている大平的楕円の哲学に近い)だが、リベット監督には、体制秩序への根深い不信と反抗が見えやすく出てくる。
また、ロメールが誘導する役者たちの演技は、演技なのに、エチュードや即興との関連かナテュラルな風合いがあるが、ルヴェットは喜劇性と悲劇性との関係を常に意識させられ、テンションが高めであり従ってフィクショナルで実験的ではあるが演技演技している。ただ、すごい逸脱はない。

日本映画的には、小津と成瀬との対比とも思えるが、この映画を見ていて、坂手洋二演劇とともに、なぜか、土田英生演劇の作り方との類似性を思ったりした。もちろん、12時間映画を作るリヴェット監督の方が放縦的だし、エロチックでもあるが、どこか、芸術性からの評価軸では捕まえきれないものが共通しているような、そんなぼんやりした感触あり(妄想だが、土田英生さんが60歳になって、12時間喜劇とか使ったら面白いのになあ、とか思ったりして)。日本には紹介されずらいのは、パリとその周辺にこだわっているからだし、それは過去の文化、文芸において、よりヨーロッパ固有の歴史的理解・基礎教養が前提とされているからだろう。

小銭入れを、いつからだったか、通信販売で、和風のみっフィーちゃんグッズをずっと使っていて、とても便利でしかもいとおしいものだった。

でも、なかの布がぼろぼろになったので、いつ破れるかも知れないので、ミッフィーちゃん和風は、USB入れにして、生協の会議の前に、四条のsou-souの伊勢木綿の手ぬぐい屋さんで、新しいものを買う。1900円。

大学生協京滋・奈良地域センター/大学生協京都事業連合理事長会議、コープイン京都2階。14:30〜17:46。そのあと1階で懇親会。後でしらべると、2005年5月25日にぼくは、京都橘学園生協の理事長になっていたので、6年目ということになる。


7/31(土)

久しぶりに椥辻駅から歩くと汗が噴出す。
3回生のモチダちゃんから朝メールが回っていて、京都学生芸術作品展「アーツバー・立誠」の学生マネジメントブログをアメログで作ったという。エキサイトブログとは仕様がずいぶん違うので、院の発表の休憩時、自分も作ろうとして、いささか苦労する。

今日は、一日、大学院の中間発表。
10時半から、18時すぎまで、大学院の博士前期課程2年生、博士後期過程2年生、そして、卒業生の発表が続く。
まあ、文化政策研究科って、これほどあれこれ広いテーマを扱っている分野も少ないかも知れない。でも、政治的なものがいくつかあって、いまのぼくの関心分野でもあるので、興味がつきない。

たとえば、市町村合併の影響が文化政策にどのように出ているのかという都市行政の研究では、首長の交代がどちらもあって、これは、政治家の研究にもなっているし、平和博物館の研究も、政治(戦争という平和外交の失敗)が人びとに残した記憶という博物館資料をめぐるものである。また、「地域主権」の時代に自治体職員はどのようにあるべきかという発表など、政権の動きが不透明なので、コメントしずらいものだけれど。

ほかには、天文学における創造的発見をめぐって、創造性のメカニズムをシェーマ化しようというものとか、まちづくりにおける創造的溜り場論、メディア芸術論とかの研究、文学館をめぐる昨今の動き、九谷焼と温泉街などなどがあふれている。創造性という言葉があまりにも多義的に使われているので、そういう院生間、ひいては、指導教官間の調整の場でもある。

一定の距離を持って眺めていた、スロスビーさんの「文化資本」概念と、「社会関係資本」概念の関係について、発表を聞きながら自分的に整理できた(前者は通時的縦のつながり、後者は共時的横のつながり)のはよかったことのひとつ。でも、ひとつの言葉で、通時的と共時的に分けることができそうだし、「資本」というもともと経済資本のアナロジーとして使う言葉をもうそろそろ卒業してもいいようにも思う。まあ、文化政策学が、そもそも経済学の応用としてできてきたからいたし方ないけれど。

あとはクリカで懇親会。院の指導をしていただいている先生方の退職が続くことになりそうで、これから、院を担う先生をどうすべきか?という大きな課題がある。学部学科の教員要求をどうすべえか、ということとも関係していて、建築インテリア分野への学生の希望がおおいから、そちらが急務ではあるが、院のことや自由学修領域のことを考えると、文化政策学、とりわけ、文化法学や文化政治学(こういう分野があるかどうかは知らないが)的な研究者をリクルートできたら、私たち担当者としては助かるなあと思ったりしつつ、飲む。

と、院生でめくるめく紙芝居を積極的に担ってくれている、ルカッペが、まだ間に合うので、やませいへいこうという。今日はえっちゃんたちに任せようかな?と思っていたが、じゃあ、ということでタクシーでいく。19時半すぎから21時まで。太陽クラブのメンバーで、メックのステージも見てくれたというAさんがはじめての参加。かばごんをぶたぶたっていっていて、それが印象的。


8/1(日)

アトリエ劇研で、この前、東部文化会館では山科バージョンとしてやっていただいた「かむじゆうのぼうけん」の本場版(めけめけ)を観ようと思っていたのだが、いくつかの理由で行けなくなってしまった。東部文化会館で見た学生などがこちらを見て、アーツプレースの違いなどを比較研究するとても面白い観点に気づくはずだったのに・・とは思うが、夏休みになっているし、そう思うようになるわけはない(10年間で、だいたい、色々わかってきたな、諦観ではなく、諦めずしぶとく僥倖を待つ気持ちの意味)。

作業のあいまに、長編アニメーション『はだしのゲン2』(平田敏夫監督、90分、1986年6月公開)を観る。1983に実写でも見た広島原爆までのアニメができて、その続編として作られたもので、戦後すぐの広島市内の様子が心を打つ。アパッチ族みたいな子供たちの争奪もあり、あるコミューンの可能性が、原爆症でなくなっていく母とゲンやもらわれた隆太、そして、原爆孤児たちによって語られるもの。原爆症で心身ともに何もできずぼんやりとしたおじいさん(でも結構まだ年齢はそういっていないかも知れない)が、元は新聞記者であったという設定も面白い。

読み終わった本、大嶽秀夫『小泉純一郎 ポピュリズムの研究−その戦略と手法』(東洋経済新報社、2006年)。帯「なぜ、かくも冷徹かつ狡猾に人心を掌握できたのか!? 劇場型政治とマキャベリスト小泉の本質を解明する」。特に外交政策における素人的常識判断にかなり高い評価をしているのが驚き。ハト派的だったというのもぼくには意外だった。

もうすぐ読み終わる本。伊藤昌哉『実録自民党戦国史−権力の構造』(朝日ソノラマ、1982年)。伊藤昌哉さんは、大正6年生まれということは、西暦だと・・1917年生まれ。東大法学部政治学科卒、新聞記者から池田勇人国務相秘書官、宏池会事務局長など。金光教の信仰との関係が実に面白い。付録の年表は1969年〜1980年。大平の死まで。


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