こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.6/21〜6/27


こぐれ日録698 2010年 6/21〜6/27

6/21(月)

ミッフィーちゃんの誕生日。私と同じ55歳。ぼくもミッフィーも磯野波平さんを追い抜く。
夕方になって、ようやく三日酔が解消されて、むやみとおなかがすくように。
今日は酒なし!!

3限目は3回生ゼミ。Mっちが11月の京都学生作品展の話。そのあと、昨日の感想を書かせる、ぼくが少し子どもの文化フォーラムをうつした映像をみせながら。
昨日の学外ゼミに行っていないI君には、都市とアーツ受講生の感想文を9つほど、ワープロ化する作業をさせる。これで彼も同じ催しにかかわることになるし、こちらも分業することで、違うことができる。

4限目は4回生ゼミで、就職担当の職員さんからはじめにお話あり。U田さんなのに、ゼミ生たちにはY田さんとメールしてしまっていたな。
一人は就活が入ったと卒研発表がなかったので、一人がライブハウスにおけるオーディエンス研究の発表をしたあと、やはり昨日の感想とか改善指摘を書いてもらう。
これらを明日は2回生ゼミ生で参加していなかった学生たちに、アンケート分析ととともに、まとめさせるという按配。


6/22(火)

2回生ゼミ生に、先生って、なんの苦労も悩みもなくていいよなあ、とかいわれる。
服なんて、そこらにあるものをただ着ているだけでしょ、とぼくの痛んだズボンを指差しながらいう。
まあ、なかり図星なのだが、そういわれると嬉しいのやら悲しいのやら。

それなりに、困って強く言ってみたり、重い荷物運んだりしとるんだけど、さ。
都市とアーツ。
本当は原恵一さんよりがっつりやりたかったのは、黒沢清研究だったのだが、どんどん、アニメにシフトしているなあ。
それでも、去年までは、もう少し長く黒沢清作品を、順を追って見せていたが、今年は「神田川淫乱戦争」は割愛した。でも、「ドレミファ娘の血は騒ぐ」のはじめの方のちょっとした絡みだけでも苦情。地獄の警備員はほんとにちょっとにして、CUREも少し。来週からではなく、今週から『叫び』に入ることになった。でも、バイオレンス系は一つ、『蛇の道』は入れようとは思っている。世界にはさまざまな暗部がある。それを描くのもアーツの力である。世界はすべてハッピーエンドではないのだから。いや、エンドがない怖さを少しは伝えたいもの。

それにしても、私はどれほどの催しなどに関わっているのか。
書き出してみた。
・・・・・・
京都文化ベンチャーコンペティション 7/2 鷲田めるろさんトーク その前に委員会
京都府の国民文化祭、
京都府文化懇話会
ART ZONE KYO《高校生世代美術) 京都文化博物館など 9/18-20

京都学生芸術作品展(大学コンソーシアム京都 元立誠小にて11/19-28)
   6月30日(水)13:00打ち合わせ

地域公共人材養成(大学間共同) 6/30、18時から会議

子どもの文化フォーラム 第6回が6/20に無事終了

劇団態変韓国公演  6/26は、水野先生のファン・ウンドの時代レク。7月の会議は、7日(水)19時から

かえっこバザール(9/25は山科区主催 エコアクションの一環)

めくるめく紙芝居(11/7、やませいまつりにて、本番:京都プチ山うさぎ事件簿再演)
 6/26:18時〜、7/4:13時〜 7/18:13時〜 いつもの山科青少年活動センター

栗東さきら運営委員  8/28、さきらなつまつり
アウトサイダーライブ研究  2つめの報告書が完成、研究室に数部残部あり

ボーダレスアートミュージアムNO-MA

関西広域連合文化専門  7/1(木)15:00〜17:00 KU大会議室にて

大阪府楽座事業

TAM研 毎週水曜日 10:40〜
AO研 和太鼓部顧問、演劇部顧問

京都橘学園生協理事長 理事会予定 7/21:18時〜、
 連合理事長会議 7/30:14時〜

NPO法人関係
プラスアーツ、アーツワークス 
アートNPOリンク、C.A.P、大阪アーツアポリア、太陽と緑の会(杉浦良さん)


6/23(水)

公務がない珍しい水曜日。
そのかわりに、アーツマネジメント論の中間レポートの採点など。
態変さんに4名のレポートをお見せすることに。

授業のあとTAM研。TAM研は積極的部員と自動的に所属することになる部員がいることを説明。

生協の理事会。
メンバーが少し替わる。学生は新しいメンバーが多い。
読書についての基本的な考え方が、実学の方とはちょっと違うなあとか、思うのは、どんどんオールド教養人になってしまっているぼくがいるからだろうな。

帰り、歩きながら、今年度の都市とアーツって、自分が意識していた流れ(映画を創作者から年代記的に干渉すること)とは別に、超自然的存在への人間のアプローチの興味深い変遷を見せていることに気付いた。

つまり、アニメという、自然とか非人間的なものに霊魂をあたかも与えるメディアをまず対象としつつ、そこにまた、妖怪(河童)という、超自然的存在を扱っていく。これは、人間の自然への畏怖である。

そして、ようやく、人間が人間でなくなる、つまり幽霊を対象とする、実写映画へと昨日入ったわけであるが、古い映画は、すでにその役者は死んでいるという意味では、すべて死者をあたかもいまに甦らせる降霊術であるわけだし、新しい映画といえど、すでに過去の映像であるから、なくなってしまっているものである。

人間が人間でなくなったことへの恐怖が妖怪の次に対象となっていま『叫』に入ったわけであるが、そのつぎに、復讐劇である『蛇の道』(アウトロー映画)を今年はじめて挿入することで、生きている人間がアンダーグランド化することの恐怖を考えることができ、最後に『トウキョウソナタ』という、一見平凡で幸せな家族がときにおちってしまう陥穽の恐怖とその鎮魂へとすすむというわけである。


6/24(木)

のんびり。
近大へ。涼しいかなと思ったが、歩いていくと真夏みたいだ。
駆け足で、ギリシャ演劇(劇場)から、芝居の二重の意味が共通で、能狂言文楽歌舞伎。
小劇場演劇の特質まで、さっと。おまけは、コンテンポラリーダンス。しげやんの衝撃はいつも大きい。
すこしだけ、MONO『初恋―』、ラックシステム『お祝い』など。

帰って、まだ見ていなかった『いろはに邦楽―笛、太鼓、打楽器』NHKエンタープライズ。2003年に放送(山田邦子司会)。
チンドン音楽に使えそうなのは、鉦。でも、文化資源としては、笙や篳篥(とくになくなってしまったという大篳篥)、

そして、はじめてその演奏動画を見た気がする「ささら」。ささらはとりわけ、何か大きな飛躍が可能かも?と思ったり。びんざさら(びんささら、板ささら)と、すりざさら(棒ささら)の二種類あり。

それにしても、西欧音楽だって演奏できますよ、という邦楽器の紹介の仕方、そして、NHKのそういう馬鹿らしい要請に応える演奏家、というのも、そろそろ終わりにならないといけない。


6/25(金)

14時から、東山青少年活動センターにて、ここの運営協力会総会があり、ぼくが新しい委員になったので、午前中の授業を終え、1限目の授業だけ出席づけとか、京都文化ベンチャーコンペティションファーストアイディアテイク(7/2に来られない学生もあるので、コンペの説明やヒントなどをちょいとしておく1限目)のペーパーチェックを終えて、慌てて、大学を出る。(なお、政治学概論が異様に静かだったのは、うるさい学生たちがサッカー見ていたからだろう。来週のミニテスト告知を第1教務課に依頼しておく、欠席者への配慮)

表さんが、毎日みたいに、東山青少年活動センターのブログ<"http://higashiyamacenter.seesaa.net/" >をアップしていて、毎日、200〜400のアクセスがあるということ、ツイッターするとまた増えるよというと、つぶやく暇がないとか、いっていて、そうだろうなと思ったりする。
ようやく、東山フェスタ2010 7/24-9/30のチラシをもらう。このなかでは、8/6におなわれる、「クラフトペーパーで路地作り〜違った角度から路地を覗いてみませんか?〜」が、一番うちのゼミ生が一緒に参画したらいいのではないか、と表さん。

また、明日から、ヒガシガシ夏号の製本などの作業があるとのこと。
一昨年、去年とはじめた学生がまだ続けているのがとてもステキなことだ。
2回生もまじって、縦の交流ができたらいいな、と思う今日この頃。

帰って、かなりくたびれていて、すぐに寝る。


6/26(土)

4時まではなんとか眠る。昨日は、3時半に起きようとおもったら、2時に起きてしまって・・・ たまっている未視聴のDVDの山から、『わが愛の譜(うた)―滝廉太郎物語』(1993年、125分)。

東映のベテラン監督、澤井信一郎監督。Wの悲劇、野菊の墓・・・もうすこし、臭い映画だろうと覚悟していたが、けっこう、さらりとしていた。まあ、後半は独逸観光映画みたいにはなっていたが、彼が東京外国語大学のドイツ語科を出たということもあって、独逸のオーケストラや邸宅を見るのも悪くはない。

滝廉太郎を風間トオル。けっこう背の高い鷲尾いさ子が、中野ユキ、おばざんの幸田延に、壇ふみ。若干、階層差が紋切り型だが、湯治場で、廉太郎の世話をする芙美さん焼くが、藤谷美紀。
浅野ゆう子がきっぷのいい女性(モデル役から・・)。

14時から、阿倍野のロクサドンタ・ブラックにて、ダンスの時間summer 2010。第1日目は4組。
まずは、ソロ。吾妻琳。シークレットウエポン。
花束を敷物に並べて、はしの隙間を一つずつ歩む孤独にぐっとくる。

次は女性デュオ。神戸女学院大学関係なのかも知れない。lost child、本間紗世・高野裕子(演出・振付も高野)。
優しさと何かしらの軋轢。基本的にはしずかでかわいいかんじ。
MOSTRO同じく若い人たちで、男性2名(振付もする齋藤亮と菊池航)と女性1名(重里美穂)。暴力的な入り方。林檎をしゃぶるように食べる。女性が寝ていったん静まって。最後は同じ振付的動きへ。構成が面白いと思いつつ、最後だけがもう一工夫いるようにも思った。

ベテランの間に好対照な若手のグループを2組入れて、最後もまた、ベテランの今度は即興的ではなく構築され物語に向かい合う作品。サイトウマコト・関典子「春昼」(泉鏡花の小説だそうだが、未読なのが自分的にふがいなし)。いやあ、まいった、その衣裳というか、小道具の絶妙な空間づかい。その伸ばされた腕と腕のつながりと引っ張り合い、男女の主導権のせめぎあいというか諦念というか。あっというまに終わった感じがする。昼の夢そのもの。

すこし時間をつぶしながら、JR東淀川駅へ。劇団態変・韓国公演を共に実現する会主催「共実の出逢いの会」。18:30〜20:15(最後に、ファン・ウンド潜伏記のダイジェスト10分バージョンを上映)。

水野直樹さんのレクチャーだったので、ちょうど、『創氏改名―日本の朝鮮支配の中で』(岩波新書1118、2008年)を読み終える。1940年の戦時体制のなかで、日本式の氏(名)を半強制的に朝鮮の人たちに強いるなか、でも、区別(差別)を残すという日本支配側のジレンマが興味深い。

で、態変のメタモルホールにて、水野直樹さんによって、ファン・ウンド(1901年生)の1920年代を中心とした農民運動の歴史をしっかりと学ぶ。彼が地元固城(こそん)で、固城青年同盟を結成する1926年は、岩手の宮澤賢治が羅須地人協会をつくり、農民芸術概論要綱をレクチャーした年でもある、というのが個人的には一番興味深いことだった。懇親会でも、若手(1983年生まれが多いのが、偶然とはいえ運命的かも:1983年は劇団態変結成年)が積極的に担っていってくれる予感あり。小泉さんとは、じっくり、アウトサイダーライブについて語り合う機会があれば、と思っている。


6/27(日)

いろいろあったが、終わるととても印象深い日だった。
とくに、村上和司さんのすかっとしたダンス(明かりの補色が緑と旋回)と、これからの可能性に震えた坂田香織さんのおどり。ザビエル守之助さんのわが道を作る舞踊。3名のソロの幅の広さと志のぶれない確かさが、ダンスの時間2日目、ロクサドンタブラックのさざえさんにまけないぞ!コーナーの収穫。

昼は、福岡の劇団(空間再生事業劇団GIGA)さんが無謀にも田辺剛さんの台本(「漂着」)と格闘して、もう、自由に不自由に客席を作ったアトリエ劇研の実験性を目撃したし(かってに女子高校生たちを幻視してしまったビニールの怪)、そのまえ2つ憂鬱な自体もあったが、結局、それは解決したし(まあ、捨てるとかそんなことにはなったけれど)。

・・・・
以下、夜に書いた、「文化と政策」に関するブログの内容です(翌朝、少し手を加える)

【文化には政策はいらない、という方もいらっしゃって、ちょっと必要な政策を考えた】

文化には政策はいらない、という方もいらっしゃって、ちょっと必要な政策を考えた(慶応大学の岩渕潤子さんのツイートに触発)。つまり、翌朝、正確に調べると「政策に頼らない芸術・文化の振興」が理想という彼女の発言で、文化を市場原理に任せるべし、というだけではないようでしたが・・・

とくに、美術品の売買ビジネスとかミュージアムマネジメント方面の方のようですが、文化には政策はいらない(政策に影響されないアーツマネジメントとか美術市場ビジネスを)、という方もいらっしゃって、ちょっと面白いなあ、市場原理主義者なんだなあ、やっぱり・・・とツイッターを眺めていました。

ただ、経済政策、税制という政策も、実は、大手の資本家、大企業(多国籍企業が裏にがーんと)の市場開発のためにあることが前提とすると、政策はいらないどころか、誰のための政策かを明らかにすべきだ、それは、文化を愛する人のための市場開発なのかどうか?って考える必要があるんですけどね。

きっと、政策というのが、政局に関係した施策であったり、役所が毎年出すような予算に毛が生えたようなビジョンとか要綱行政、細かい事業のセット販売だけを指すと思ってはるのだろうなと思って面白くおもいました。

逆に、画商の方で、美術品まで消費税が10%なるのは、反対とかいってはって、これもまあ、面白い。
どの政党がどうとか、そういうことはあんまり興味ないのですが、単に文化政策的研究の範囲で書けば・・・

消費税増税反対というのは、基本的に文化のためにはいいとぼくは判断します。が、たとえば、いまのままの消費税で食料品などの生活必需品などは、0〜3%に引き下げることが、今後の景気回復と民主政治には不可欠(これがないと、自由権的文化権すら保証できない)でしょうし、こども手当ての効果がより出るはず(こどもに文化を!という社会権的文化権のベースとなる)。 ただし、マーケットが投機対象にしたいような(判りやすく)高価な美術品の消費税を引き下げるというわけにはいかないでしょう(笑:贅沢消費税でとるべしという考えもあるでしょうが、総合所得課税で対応すればいいと思います)。

以下、より、文化政策やアーツマネジメントに偏重した、小暮の個人的な妄想ですので、よろしくお願いいたします。(なお、より抜本的な制度改革を行う必要がある地域文化集権の論議ははずしています。消費税を地域の文化をはじめとした固有の財源に出来ないか?とか宝くじ・ギャンブルの発行権を地域だけに限定できないか?など)
・・・・・・・・・・・・・・
それよりも、累進課税をどんどんなだらかにしてしまったのを戻す。相続税や贈与税を強化する。
で、寄付優遇税制で、そんなに税金を取られるのなら、自分で公共のために寄付をして、自由に日本の子孫へ寄与しよう、まあ、ついでに自分の名誉を残そう、というインセンティブを最大にすることにする。

法人税を下げる必要はないと思うのですが(輸出産業とか外資系企業とかへの優遇特別措置はいらないようですね)、なんか、法人が払うのでは面白くないから、経営者たちは、それぞれ報酬額で比例配分して払ったことにしてあげて、全部の合計で、高額納税者を表彰する(総理大臣とか財務大臣などによって)ようにする。

もちろん、戦前からの遺物であり、現行の日本国憲法の平等原理とは相容れないいまの勲章制度は廃止。同じく、国民栄誉賞とか文化勲章とか、国家が文化を格付けするような文化自由権を阻害する制度も必要なし(文化への寄付額番付発表により、その偉業を称えればいい。相続税にかわる寄付だったら、死後番付)、仕分けね。

報酬が多いということでの番付ではなく、個人が支払った税金を個人所得税、贈与税、法人税の経営者割などであわせて、そして、プラス、自発的納税という風に考えて寄付額もきちんとカウントして(もちろん匿名希望であれば、それはそれでいいとしても、脱税ではないようにはきちんとして)日本一を決めてみんなで、すごいすごいっていってあげる。


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