こぐれ日録 KOGURE Diary 2011.12/5〜12/11


こぐれ日録774 2011年 12/5〜12/11

12/5(月)

3回生ゼミの発表。
なかなか面白い。母校のダンス講師をしている学生の実践的研究。ディズニーかなにかをしたいとかいっていたが、こっちになって本当に良かった。
ゆるキャラとまちおこし論。まじめな学生。一つのモデルとして、タイトル(副題つき)案や章立ての可能性をちょっと示唆しておく。
ある程度、論文構成の見本とかマニュアルを早めに示してあげるほうがいいなあと思った次第。

ということで、4回生も大詰めの卒研騒ぎである。
8名だからなんとかなるだろうが、来年度は14名だから、提出の12月第2週あたりの2週間前にゼミへの論稿提出期限を設けるべきだと、当のゼミ生に言われる。
先生が優しすぎるから〜、まあ、ぼくも若い時、親やおばあちゃんが甘やかしてぼくを育てたから何も日常生活に必要なことが出来なかっただとよく言っていたことを思い出しておかしい。

でも、まあ、2名はほぼ完成。あとは、事例の前の総論的なかっこづけなど。
あとも、道筋はできたわけで、ひたすら書くのみ!健闘を祈る!

AI・HALLは擬似的な洗脳テーマパークであり研究所見学ツアーである。
シアターツアーではなく、ツアーシアターなのだな。

が、はじめ、何事かと思わせる役者さんのロビー前の姿であった。腕章も奇妙なミニ緊張感。
燐光群『たった一人の戦争』作・演出:坂手洋二。
なかなかに楽しい仕掛け。グループに分かれて入場するので、お客同士がちょっとした短い運命共同体みたいになる。事前に、アンケートを取られてそれを使うなどなかなかにアクティブ。

お話もいつものように、社会問題に切り結ぶ演劇。
ただし、自分たちのグループと同じグループの物語として提示されるので、遠い世界のはずが、ぐっと現場意識を持たせるという工夫があって、坂手さんぐらいの熟練演出家としても、毎回、何か新しい趣向に挑んでいはるのがすごいなあと思う。

いまの日本の原子力の後始末問題であり、それが、地域振興の外部依存の問題とクロスする。

いつものように、2時間を超えて、かなりの群像劇なので、いささか、くたびれるが、歌あり、体験ありで、お腹いっぱいになる。
燐光群の役者さんがずっと健在なのも嬉しい限り。そして、ゲストの役者さんたち、たとえば、西山水木、円城寺あや。なつかしき。小山萌子、またまた萌ゆ。

12/6(火)

2012年度の新2回生ゼミの調整はおりあえず、自分のゼミ分は終わる。
23名。演習室ぎりぎり。9302教室の備品などを動かしてここに机を足すといいのだが。
TAM研(たちばなアーツマネジメント研究会)をもっと活発化して、ぼくのゼミに来られなかった希望者のサブゼミにする必要がでるかも知れない。
一方、12年度の3回生ゼミは、10名は確定、あと数名やってくるかも知れない。

大学コンソーシアム京都のYさんがきて、2012年度のアーツバーのあり方を話しあう。
内容は続けられると思うので、あとは、そのイレモノがどうなるかどうか、だ。

2回生ゼミ。少し少ない。発表者が二人いなかったので、ジャズの話とかする。それにしても、音楽の広がりを知る学生はあまりにも少なく、ピンスポットでいま流行っている音楽だけを聴いているのだということをまたつくづくと思う次第。
行政法は、裁判員制度について。法務省が作った映画を観て解説。

帰って、1966年のチェコスロバキア映画、粕三平さんから1990年代はじめに紹介されて以来、もう一度見よう見ようと思っていた『ひなぎく』(ヴェラ・ヒティロヴァー監督、75分)を妻と楽しむ。まったくもって、この時代にここまでぶっとびかつ可愛いってすごいよなあと思うこと仕切り。まったく覚えていないシーンも多数あり。

ヴェラ・ヒティロヴァー監督の他の作品が上映されることはないのだろうか?パッケージは少なくとも販売されていたいようだが・・・チェコという所の映画文化の凄さはアニメだけではないことをもっと知らねばとも思う。


12/7(水)

9時半から、バリアフリー旅行士制度創設に関わる今年度第4回目の会議。
来年早々の会議で内容が確定する予定。
ずいぶん、いいラインアップになってきたと思う。
ぜひ、うちの学生を3級か4級、とらそうと画策中。
できれば、数名に広げておくといいかも知れない。
公共的な資格講習などへの学会費助成も新年度に考えたい。

妻と京都駅で待ち合わせて、大学研究室へ。
林加奈さんとその娘さんの到着が14時ということで、午後一番の自己点検会議が終わっても間に合う。
林さんは京女の授業のあと来室。1歳ちょっとの娘さんがお姉さんになっていて、びっくり。

ああ、孫が欲しいと思いつつ、大学院のゼミに。
N先生も発表されていて、とても興味深い(孫出産期待関係でもあってw)ものだった。お芝居『法王庁の避妊法』を思い出して、産科病院の空間デザインの変遷という歴史にも研究の緒があるかも?と発言しておく。

平和博物館の研究において「マイノリティの戦争体験」という言葉遣いの点検、観光と交通について、そして、韓国の民間利用のあり方と文化施設建設・運営について・・


12/8(木)

4時前後、下手をするともっと早く目が覚めるという話を昨日織田先生や小森先生としていて、そういう年齢の僕達は無理をしちゃいかんですよ、ということを互いに確認していたこともあって、今朝は、4時に目が覚めたが、深呼吸などのリラックス方法でなんとか、5時半まで二度寝できた。

気持ちいい朝。大学の授業がないときは、5時半前後に目覚めるのだから、たぶん、興奮しているということはあるのだが、前は、授業が始まって一週間ぐらいしたら、元に戻っていたのに、最近は続くのだ。オシッコ問題もないこともないが、ちょっとそれでもなく(笑)。

ということで、のんびり、長岡京で授業。
時間つぶしは、長岡京駅前のスーパーの自由に使える空間にて。
移動中楽しんでいるのは、有川浩『塩の街』(2010年、角川文庫)。2007年6月メディアワークスより刊行(電撃文庫)、2003年第10回電撃大賞受賞。
図書館戦争シリーズの前にこれがあったなんだっけね。しかし、塩の結晶が人間の塩化をもたらす恐怖がいまの放射線物質の恐怖にダイレクトに繋がるから、若い人への訴求力もより一層だろう。セカイ系という感じもあるけれど・・

19時から、東淀川の劇団態変の稽古場で、これからの態変オフィスのあり方について話しあう。障害者福祉の現場について、ほとんど知らない自分がそこにはいる・・でも、劇団態変の隠された社会貢献意義を顕在化する必要を痛感した夜でもあった。

広い意味でのアーツ的なNPO法人化(あるいは、一般財団法人化)が目的としてありきではないが、その準備はいるんじゃないかと私は思っている。その準備(定款などでミッションをまとめておく)をしておくことで、態変の知らず知らずの社会的意義の深さを自らが再確認できるし、「それをわかりやすく伝えるための整理されたコンテンツができるのだろうと思うから。

劇団態変の創作が深まるとともに、態変的世界をフェスティバル化するようなこと、あるいは、国内国外に共鳴する人達を増やしつなげるような社会的な広がりづくりが大事だろうと思っていて、新たに、次の二つのことも、態変でしかできないことだと気づく。

その一つは、障碍のある人達がライブ公演をするために必要な劇場などの芸術場におけるハード、ソフト、ヒューマン分野にわたる注意点、改良点についての個別アドバイスやアドボカシーできるという意義。そして、もう一つは、黒子養成であり、そこで培った、福祉的なだけではない障碍のある表現者との共同作業のノウハウと精神の伝承。それをアウトリーチ的ワークショップや態変の公演に関わるインターンシップによって広げること。これは、高校大学フリースクールなどとの連携の可能性を追求できると思う。

とりわけ、後者は、自分が、バリアフリー旅行の可能性を広げようとする大学と観光・福祉を横断組織づくりに関わろうとしていることから、興味を持ったことで、前者も含めて、劇場や美術館など芸術場にいきたい障碍のある人達の支援を広げる部分でずいぶんタイアップできるようにも思う。

23日、小泉ゆうすけくんが大学に来てくれるので、そこで、数名ゲットできるかどうか。
そして、3月10日11日の公演(インディペンデントシアターセカンドのようだ)の成功をどう模索するか。態変公演とバリアフリー旅行士、来年もまた楽しみの一つだ。


12/9(金)

新学部の入試であったが、たまたま、担当からはずれたので、当初の原稿締め切りに間に合わそうと、原稿書きに勤しむ予定が、夜になって、ようやく書きだす。

それまでは、いつのもように、ソーシャルメディアづかい。
やはり、大阪維新の会関係については、言いたいことが多すぎる。

出だしはこんな感じである。
・・・・・
地域集権時代の文化政策をめざす「芸術営」の可能性
――芸術場「浪切ホール」は未来にどうすれば貢献しうるのか――
 小暮宣雄@京都橘大学 2011.12
序章 浪切ホールの舵取りは、新自由主義の波に飲まれて
――昨今の市場競争濫用施策と芸術場としての公共文化施設の相剋――
(1)「地方の時代」、「文化の時代」からの動き
経済優先の高度成長期のあと、「地方の時代」、「文化の時代」、あるいは「モノからココロへ」などをキャッチフレーズにして、一九八〇年代以降、積極的につくられてきた日本の地方自治体の文化ホール(劇場・音楽堂など)、美術館、芸術センターなどの各種「公立文化施設」。すなわち地域の芸術活動の拠点は、全国津々浦々に新設され、いまでは、その数、数千、千七百余の地方公共団体数の数倍にも達している。
ところが、国内外において同時に苦境にたつ日本が直面する大きな課題群の中で、それらアーツプレース(=「芸術場」とここでは呼ぶ)の多くは、経済バブル時代、ふるさと創生(自治体「1億円事業)」コンテスト)、アーツマネジメントの台頭、そして国の文化政策の振興基本法律の制定(2001年)をピークにして、いま、瀕死の状態にある、
このような文化施策のハード面の象徴である地方自治体の文化施設の創設に伴っては、都道府県、市町村を問わず、一つの(官民混淆の)第三セクター財団組織が作られ、企画運営に関してそれなりの役割を果たしていく、というのが少し前までの通常の手順であり、施設のマネジメント方法であった。

(2)市場競争濫用施策としての指定管理者制度の登場
しかしながら、大本の地方自治制度がいささか唐突に変わり(二〇〇三年九月、地方自治法の「公の施設』規定が改訂され三年間の経過期間後に本格化)、指定管理者制度という営利企業世界と同じ競争原理が導入されることになる。
多くの自治体では、直営や従来の財団委託のままで問題ない場合でも、営利企業を含めて広く民間から最適な指定管理者を選ぶというコンペが議会などの要請によって実施され、たまたま不幸にも、そこが選ばれないという結果がでると、もうその役割を果たす必要はないと宣言されることになる。
そして、別の経営組織――資本主義世界では一番効率的と想定される株式会社という組織がその役割を担い、それまで企画運営当たっていた組織、つまり、自治体の外郭団体は、非営利民間の市民組織として継続するという選択肢を見いだせないまま、その終焉を迎える。
したがって、いま、かなりの自治体関係で起きている文化施設と文化関連財団に起こった出来事の典型的なストーリーとその背景分析について、この報告書が明らかにする役目を負ったのである。即ち、具体的には、大阪府岸和田市、そして、皮肉にも市場化の「浪」に飲み込まれた、財団法人岸和田文化財団と岸和田市立浪切ホールというケースを通じて。

(3)芸術営の視点で地域芸術環境づくりを語ること
そもそも、「民ができることは民で」というワンフレーズポリティクスで人気だった小泉竹中集団が21世紀に入って日本国が舵を切った新自由主義と呼ばれるイデオロギーとは何だったのであろうか。
これは、端的に言えば、競争の自由、プライスメカニズムによる市場の調整を信奉する経済自由化政策であり、それを、無造作に地域公共政策に外挿する「改革」を伴うものであった(市場原理主義と言われるのはこのためであり、市場競争濫用施策とも言える)。そしてその結果、10年近くしてさまざまな弊害が徐々に出始めてきている。

すなわち、この論考では、地域の芸術に関わる文化政策、とりわけアーツマネジメントを主題とする。なお、ここでは、地域は、基礎自治体である「市」(の)域=都市を主に念頭において説明することとし、アーツマネジメントを日本語化する試みとして、「芸術営」あるいは「芸営」と呼ぶことにする。
そして、地域による芸術営のうち、(公共)文化施設と呼ばれることの多い劇場、音楽堂(文化ホールのうち音楽を主たる目的とするもの)、美術館などの芸術場(=アーツプレース)のマネジメント(経営・運営=「営み」)に焦点を当てて論述していきたい。改めていうまでもないが、この報告書全体でケーススタディされてきたのは、岸和田市立浪切ホールであり、NPO組織が多いのだが、次から述べる「芸術援」組織に該当しえた財団法人岸和田文化財団にも勿論触れることになろう。
・・・・・


12/10(土)

ようやく、筆が進む。
11日に少し残るが、1万字を少しすぎ、目次はほぼこれで固まる。

地域集権時代の文化政策をめざす「芸術営」の可能性
――芸術場「浪切ホール」は未来にどうすれば貢献しうるのか――

序章 浪切ホールの舵取りは、新自由主義の波に飲まれて
――昨今の市場競争濫用施策と芸術場としての公共文化施設の相剋――
(1)「地方の時代」、「文化の時代」からの動き
(2)市場競争濫用施策としての指定管理者制度の登場
(3)芸術営の視点で地域芸術環境づくりを語ること

第一章 芸術(アーツ)の外延と分類
――芸術営の観点から――
第一節 文化の中の芸術の位置
――暮らしの文化、仕組みの文化、術の文化――
(1)文化と芸術の関係
(2)暮らしの文化、仕組みの文化、術の文化
第二節 芸術ジャンルの三分類
――言語芸術、視覚芸術、実演芸術――
(1)芸術ジャンルと言語芸術
(2)視覚芸術と実演芸術
第三節 芸術営の概要と領域
(1)芸術営(アーツマネジメント)の概要
(2)芸術団(アーツカンパニー)の営み
(3)芸術場(アーツプレース)の営み
(4)芸術縁(アーツサービスオーガニゼーション)の営み

第二章 芸術営の分類と展開
第一節 芸術営の主体分類とマトリックス化(領域?主体の九分類)
(1)芸術営の主体分類
(2)芸術営分類のマトリックス化(領域?主体の九分類)
第二節 芸術営(芸営学)の冒険
(1)限界芸術を含めた芸術概念の拡大
(2)芸営者(アーツマネージャー)の主体的動機づけ論

第三章 地域芸術政策の未来へ
――創発の場づくりと共感の輪ひろげ――
地域の未来、芸術政策の実現のために準備する五つのこと、二十のポイント
―芸術による自由な市民の「創発の場づくりと共感の輪ひろげ」をめざして―

【挿入される表】
表1 芸術営のマトリックス分類
表2 芸術営分類のサンプル事例
表3 鶴見俊輔氏による芸術概念分類
表4 芸術の創り手、受け手分類
――限界芸術論の展開――


12/11(日)

岸和田の原稿もあとは提言部分になったので、大石神社に山科急行バスで出かかる。
第三回山科こども歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』、大石神社奉納行事で、いつもは入ることのない本殿のところがステージになる。13時半から1時間。

午前中にゲネプロ的な関係者だけのご披露があったようで、寺西幼稚園はじめ清水台幼稚園、洛東幼稚園の園児たち(その先輩は山科こども歌舞伎塾の小学生低学年児童たち)はお父さんに抱かれて食事(おうどん屋さんなどが近くにあるので、多分それだろうな)。記念撮影も。12時から1000円で入場券を買う。前に行きたいのでお年寄りがすでに並んでいる。番号札があるといいな。こういうところを学生が手伝うといいなあとも思う。

まず、事務局長の近藤芳彦さんが挨拶、諸注意。神社の宮司さんがお祓い。
そして、口上。二人なのだが、実にこれがいい。花道からすり足でしずしず登場。
いささか、掛け合い漫才のようであるし、なにせよく固有名詞を覚えている。もう、ここでいけない、孫を見るようなウルウルした気持ちになって、近くのおばあさんとかと目を合わす。

三段目足利館松の間刃傷の場。時代が一つ前の南北朝か室町時代あたりになっているので、変換されていることで若干わかりづらい部分はある。

(伝統なのだからそれでいいのだが、いっそ、本名でやってしまったらどうだろうか、そうしないと、大石内蔵助や浅野内匠頭、吉良上野介などの名前すら覚えないんじゃないかなと頭をかすめる。)

四段目(これは初登場だそうだ)塩谷判官切腹の場。ここで、山科こども歌舞伎塾の義太夫と三味線がやはり始めて登場。十一段目高家討入の場。やはり、まあ、12月14日間近なので、これは楽しくしかも心躍る。
黒子は4名かな、やはり子供たちが歌舞伎の幕を持って場面転換を隠す(場転は先生とか大人がフォロー)。
最後にいままで撮影禁止だったので、撮影タイム。子供たちは紙吹雪をかけあって遊ぶ。
そのあと、本殿を出て拝殿のところでもう一度記念撮影。
いやあ、かわいい。追っかけになっている自分がいた。


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