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こぐれ日録 KOGURE Diary 2012.1/8〜1/15
こぐれ日録779 2012年 1/8〜1/15
1/8(日)
昨日が、ダンスのフルコースでヘビーだったので、今日は少しゆっくりとしてから、
ウイングフィールドへ向かう。
しかし、セリフとセリフの間に潜む解釈可能性という名の「すきま」がかなり多いお芝居だった。
いずれにせよ、これから、3.11以後(災後社会という言葉もあるそうだが)に演劇しようとすると、このような、001ユニットさんのような思考から出発することが不可避だろうなあとも思って感慨深い舞台であった。
001『WWW』ワンダフルスリー。70分ぐらいか。
作:樋口ミユ、演出:棚瀬美幸。
出演が、弥勒の男として横たわっているキタモトマサヤ(遊劇体)、若い男=丸山英彦(デス電所)、母=条あけみ(あみゅーず・とらいあんぐる)、娘=出口弥生。
何もない舞台に、箱馬と平台でベッド、白いシーツ。
そうそう、あと、白い線が、光線で創られる(照明:葛西健一)。
台本を読むと、映像で字幕になるかどうかは決まっていないようだった(映像:サカイヒロト)。
ほんのすこし、関西ぽい笑いのところがある。
ぽつんと灯るランプのあかりとつながっている。
1/9(月、休日)
今日は一転して盛りだくさんの成人の日。
ぼくは、あと4年で還暦だなあ。本卦(ほんけ)還り。10干?12支。120かな?と思うけれど、最小公倍数が60なので60組。
ところで、僕の本卦は羊に何だったのだろう。乙未(きのとひつじ)だった。橋本武先生の『銀の匙ノート』で覚えたが、すぐに忘れてしまう。木火土金水ぐらいしか覚えていないな。甲乙丙丁戊己庚辛壬癸・・いまはすぐ調べられるから便利だなあ。http://www.eonet.ne.jp/~shirogane/etosirabe.htm
10時から第七藝術劇場で、中国のこれからの俊才、ワン・ビン(王兵)の『無言歌』を見る。
2010年、109分。香港・フランス・ベルギー合作。夾辺溝、The Ditch。
月曜日は1000円だったので、当日パンフ600円を買う。
1960年のゴビ砂漠で起きたことの再現的映画。フィクションであるとともに、実際の出来事を凝縮している。もう少し長いほうが解りやすいなと僕には思ったが。
ワン・ビンは長いドキュメント映画があるので、いつか、じっくり挑戦しようと思っている。この映画はけっこう見やすかった、たぶん、ペドロ・コスタに慣れているからだろうなw。
当日パンフに毛沢東らによる「反右派闘争」の傷痕について書かれていて(辻康吾さん)、いつも、5%を抹殺せよというようなことを独裁者はいうものだなあと、いまどきの教育統制議論に思いを巡らす。
p22
< 当時の実情として党の指示に従って党の批判をしたものが犠牲になったうえ(小暮注:1956年の「百花斉放・百家争鳴」があって翌年一転して「反右派闘争」で弾圧)、毛沢東の「右派分子は五%だ」という指示があり、自分の職場でこの五%の「右派分子」を確保できなかった幹部が自ら「右派分子」だと名乗り出て労働改造に送られ悲惨な生涯を送った場合さえあった。>
いま、カバンに入って移動のお供で読んでいる岩波新書(2002年)とも響きあう。
宮田光雄『ナチ・ドイツと言語―ヒトラー演説から民衆の悪夢まで―』。リーフェンシュタールの『意志の勝利』をじっくり見たいものだ。
政治的ジョークが、「一種の《国内亡命》的心情が働いている」(p163)というところにも興味がわく。限界芸術がこの場合、限界政治(闘争)でもあるゆえに。
天六でぶらぶら。
たこ焼き玉屋の5歳のみーちゃんと遊ぶ。玉屋ざんまい580円。http://tamaya08.com/menu/
音太小屋(part2)にて、紙芝居ライブ[三者三様の紙芝居とミュージック わっはっはと初笑い!]。
音太小屋(ねたごや)って、スペース2つあって、なかなか良いところだった。
古橋理絵さんの路上紙芝居(三邑会のもの)に笑い、マンガソングライターの本町靭さんと遊ぶ。
そして、ひきたまさんの3曲演奏があって(カリンバがあのようにメロディアスに弾けるというのが自分には信じられないw)、さて、お待ちかね、むすびさんたちの紙芝居である。
おっと、休憩前に、92歳の方の都々逸と浪曲のさわりあり。
芸達者だなあ・・・大正8年だなあ・・・85歳で死んだうちの親父より一つ上だ。
むすびメンバーもずいぶん変わった。
81歳といったか、その人が主役の「はな」。
芥川龍之介の「鼻」などとも響きあう面白くて、いささか、シニカルであったりクリニカルであったりもする作品である。
天満駅でのんびり。
京橋で金胡麻担々麺。ササラといったか。
中之島公会堂へ。3階の小集会室にいくのに、三回エレベーターを間違ったw。
シンポジウム「大阪の転機に、アーツカウンシルを」。
不幸を逆手にとる生きの良い新年の企画であった。
アサダワタルくんや山口さん、樋口くんらがこれからの主役だろうな。それを中年の上田假奈代さんや甲斐さんらが支える形か。
こちらは、まあ、適当に面白がっている感じかな。お金を出すといってもしれている・・
1/10(火)
3限目、2回生ゼミ。
ののちゃんが、三上賀代さんの土方巽論の読書について発表したあと、干支の話を橋本武先生の本でお正月にちなんでやってみる。銀の匙がみつからず、大学の図書館でコピー。それが、旧仮名でなかなか面白し。
成人式直後なので、出席わろし。長野の学生はお盆にあるという、しかも、前撮りという風習がないといっていた。授業アンケートは次回にすればよかったかな。
5限目、行政法。あと1回で終わりだし、次年度から専任の先生が赴任されるので、4年ぐらいやったっけ?打ち止めなり。今日は、『12人の怒れる男』を前回見たので、それと比べながら『12人の優しい日本人』の前半を見る。
宮田光雄『ナチ・ドイツと言語―ヒトラー演説から民衆の悪夢まで―』(岩波新書、2002年)をゆるゆると読み終える。
昨日の日録に、「リーフェンシュタールの『意志の勝利』をじっくり見たいものだ。政治的ジョークが、「一種の《国内亡命》的心情が働いている」(p163)というところにも興味がわく。限界芸術がこの場合、限界政治(闘争)でもあるゆえに」と書いたので、引用を追加。
p146
<・・・匿名のジョークは、たえず効果的に新しくつけ加えられたり、あべこべにされたりしながら、す早い速度で雪だるま式に広がっていった。ある人が新しいジョークを思いついて親しい友人にこっそり語った。その人は、同じ話しが二、三日後に、これまで交遊のなかった人びとの口から語られているのを聞かされて驚いたという。この体験は、戦後になって回想されたものだ。
むろん、口伝え再話されていくあいだに、伝説やメルヒェンの場合と同じく、さまざまなのヴァリエーションが生まれ、一種の《民衆的共有財産》になっていった。>
p148
< 政治的ジョークがもっとも多く広がっていたのは田舎の地方だったという。そこでは、監視の目が比較的薄く、民衆は互いに日頃よく知り合ったなかだったから。ジョークの数がもっとも少なかったのは、ヒトラー・ユーゲントや女子青年団のあいだだった。若者にはナチ・イデオロギーがよく浸透していたし、密告の危険がもっとも高かったから。>
p149
<・・ゲシュタポは、子どもを通して家庭の両親の政治的姿勢を探り出そうとつとめた。そのため家庭での反ナチ的言動を子どもたちが密告することを国家的忠誠として奨励さえした。>
1/11(水)
9時半からキャンパスプラザ京都6階で、バリアフリー旅行士創設に関する研究会。
「観光分野における福祉人材育成プログラム開発委員会」もラストである。2年かかった・・でも、自画自賛ではあるが、なかなかいい新しい社会的な専門資格制度が出来たなという感慨有り。
あとは、京都橘大学でどうやって全体的に取り組みうるか?
まずは、2012年度3回生ゼミ生をうまくバリアフリー旅行士3級あたりの講習に誘い出すかである。夏休みあたりには、旅のお手伝い楽楽さんか、一般社団法人ユニバーサル観光ガイド協会で実施してもらえる予定。10名以上参加できれば、独自設計も可能かも知れない。
この資格が一つの就活のときに書けるものになるはずなので、学生学会の補助金をできるだけとったり、団体(学生)割引などをお願いしたりしつつ、自分のために(もちろん、観光やまち歩き、お出かけをサポートする利他的行為ビジネスなのだが)、学生も前向きに考えてもらえることを祈っているところ。
12:20に数分遅れた(山科急行バスのせいw)が、新年会にすべりこむ。
乾杯の日本酒を飲む先生方は少ないなあ。事務局長が変わったらどうなるのだろう・・
10年勤続したということで、2万円もらう。
二人の院生の修論を見る。13日が提出日なり。
14時半から大学評議会、16時から学部教授会、そのあと、文化政策研究センターに関する報告書の編集などについての打ち合わせ。
ようやく、新しいセンターの名前を覚える。また、忘れるだろうがw。
地域政策・社会連携センター。まあ、自信がないときとか妥協の産物の場合は、なんでも名前は長くなるものだな・・まあ、なんでも使っていくしかない。
情報と人材と資金。
情報は、アーカイブ化とソーシャルメディアによる分散と集約の省力化。
人材は、リレーションシップマネージャー。真正面要求とともに、学生学会などとの多面的展開。
資金は、マンパワーを確保しつつ、ファンドレイズを多面的に。
これからの大学の地域連携は、自力本願と他力本願の混淆で。楕円の思想。コミュニティデザインの手法。
1/12(木)
昨夜からぐっと冷え込み、ゆるゆると長岡京へ出かけ、四条烏丸でちょっと買い物だけして、早く帰ってくる。
大丸で、舞鶴の肉じゃがやコロッケを購入。加藤和子さん情報。和子さんと一緒にやっているという方と声を交わす。
知らなかったが、大阪成蹊大学芸術学部のあとは、立命館の中高ができるのだそうだ。
ここの卒業生で、劇団態変の黒子をやっている方に挨拶される。
昨夜のウイングフィールドにおける緊急ミーティングは約30名だったそうだ。うちの4回生2名はいったかな?
今日も、前もそうだったが、特別レクチャーがあって、とても興味深い1970年生まれのインスタレーションなど現代アートで良い感じの世界を作っている(といっても初めて知ったが)、木村太陽さんという方のレクチャー。
動画が観られた(やはりちょっとパソコンで動かすのは大変そう)ので、作品が停止していないものもあるし(動かしてみてはじめてその驚きが生まれる)、動いていないものも、覗いてみたり、連続して見ていくことで判るもの、あるいは、鑑賞(のぞき込んでいる)人をまたのぞいている外部の人達のことが観られて面白かった。
はじめに見たのは、横須賀に出来た神奈川県の新しい美術館の展示パネルをずっと彼が噛むという作品?噛まれた角だったかな。マネキンを使ったものも面白かった。
1995年から作り始めて、鳩の形のものを作ってその上にキャスターをつけ、それをいっぱい並べて、その上に台車をうまく走らせる作品を1998年に創って、自分的にターニングポイントになったといってはって、でもそうだなあと思ったが、5年間ブランクになってしまったという話で、「作品の方が、本人へあなたはもういらないよ」と言われたようだ、と言っていた。
強い作品(職人的な技術完成度ではない)を創ってしまうと、自分が創ったものに自分が洗脳されるという虞れという話も興味深かった。アナログレコードの作品群(ビデオかな)は、レコード屋さんに作って欲しいという依頼があったということで、作品のきっかけが、この太陽さんの場合はどういう時にどういうふうに(素材から発想するのか、あるいは、最終的な鑑賞者の反応なのか、あるいは、作る自分の過程の面白さなのか)あるのかは、ちょっと聞いてみたいことではあった。
コンセプトの鮮度と世界への洞察力を大事にしているようで、ネタ帳に書き留めている。製作にはあまり時間をかけない。女性の雑誌の目玉がくりぬいていっぱいになるものは、かなりのめり込むのだそうだ、これは、池田朗子さんの切り起こしとちょうど逆な感じでもあって、そこにも興味が沸いた。
精神的強度。世界や社会、自然、人間を見切ること、洞察力が、視る者の笑いを生む。この笑いは、笑うしかないという観る方のノックアウト状態を示すような笑い。みじめさのなかの笑い。それは、創っている作者もその鑑賞者のみじめさをまず体感している感じもあって、そこも面白い。
デュシャンと同じく、作品と見にくるお客さんとのゲームに勝つか敗けるかだという話が核。お金を使わないようにすれば、その分自由になれるということや、レジデンス申請ばかり書くとそういうことだけがうまいアーティストになってしまうという話も興味深し。
帰り、ギャラリーで、柳新也さんのLAST EXHIBITIONを観る。
気持ちのいいフォルムとその間の何もない空間の抜け方を楽しむ。
1/13(金)
帰って、評判だったらしい映画『告白』を観る。。監督脚本:中島哲也。
原作も評判だったそうで(湊かなえ)、2010年の話題映画だったということを当時はまったく知らなかった(106分)。
松たか子を全く見直したし、黒田育世が俳優していたのにも驚いたが、やはり、子役(中学生役)の自然体が逆に恐ろしいぐらい。
<映画ニュース「告白」興収22億目前 松たか子が子役3人を称賛」 http://eiga.com/news/20100628/14/>
子供(僕の場合は孫)は可愛くて仕方がないのだが、10歳を超えてから5年間ぐらいをどう乗り切るかというのがものすごく大変なんだなあとしみじみ。
刑法の授業を持つことがあったら、殺人罪の関係で興味深い事例(それがホントかどうかということもあるが)を提供する映画でもあって、教材にもなりそうだ。少年法のこともあるし、これが、成人していたとして考えることもできるし。
はなは、秋葉原でライブ。30日にも新宿ルイードでライブに出られるかもということ(大阪ルイードにいはった小沢さんがこちらにきてはるのだろうだ)。
egg-man tokyo eastライヴで小暮はなが歌った曲目
1.ゴンドラの唄(詞・吉井勇/曲・中山晋平)
2.Travessa da Espera (詞・Tiago Patr?cio /曲・小暮はな)
3.ありがとうが言えずに
4.ホタルの庭で
5.シトシト(詞・曲/三上ゆうへい)
6.Gr?ndola Vila Morena(詞・曲/Jos? Afonso)
7.タンポポのように
(他、詞・曲/小暮はな)
2つの授業のあと、院生の提出修士論文の書類にハンコとサイン。
無事、出したとのこと。
僕は6/7に実施する第8回こどもの文化フォーラムの打ち合わせにいく。
概要は下記の(参考)を。
(参考)
第8回こどもの文化フォーラム」第1回打ち合わせ会議の概要(一部)
日 時:2012年1月13日(金)
13時30分〜15時30分
場 所:京都市東部文化会館 第1会議室
出席者:こどものひろば3名 山科区社協2名 東部文化会館2名 小暮(橘大学)
会議内容
●小暮実行委員長挨拶
●東部文化会館長挨拶
1)「第8回こどもの文化フォーラム」に向けて
■開催日時について
平成24年 6月17日(日)10時〜16時
(準 備)6月16日(土)18時〜21時30分
■事業内容について
実行委員会各団体により、本催しの趣旨に賛同して
ボランティア的に参加していただける団体を募る。(ホールにおける公演は除く)
【ホール】
上演作品:地元の劇団さんの「こぎつねコンとこだぬきポン」
上演時間は50分ぐらいのこども向け演劇。ほぼ決定。原作はロングラン絵本。
小暮は来月見に行く予定(ゼミ生にも声をかける)
鑑賞料 :無料の予定
【創造活動室以下全施設について】
・全体を通してゆっくりできるスペース(空き地的な場所)がなかったように思うので、
ロビーを常時空けておいた方がよいのでは。
前に絵本コーナー等を設置していたことを参考に。
→仮設のステージを作って、時々何かイベントを実施することも可能。
・場所の割り振りや時間については後日調整します。
■実施候補イベントについて(様々なイベント候補がでましたので以下に列挙します。)
・こどもの創作劇による演劇発表及びワークショップ
・かえっこバザール→関連ワークショップとしておもちゃを綺麗にするイベントの考案
・道路アート
・東部文化会館24年度パートナー団体によるプログラム(2団体可能か)
・人形劇上演と体験(検討中)
・山科カルタのロビー展示及びカルタ大会 (検討中)
・橘大学吹奏楽部(検討中)⇒ほぼ実施の予定
・大石囃子の復活(未定)
・モノづくり体験(未定)
・大道芸ショー及び体験(検討中)
・絵本の読み聞かせ(未定)→山科社協から打診
※その他、各団体において候補イベントを考えてください。
3)開催までのスケジュールについて
・1月13日(金)第1回打ち合わせ会議実施(以降、月1回のペースで実施を予定)
・2月中旬まで 開催決定起案、予算作成(会館)
・3月中 参加イベントの候補検討・実施イベントの決定
・4月初旬 実施会場の割り振り・時間割作成
公演チラシの制作開始・印刷決裁起案・発注
→詳細な情報量を減らしてでも早期制作できるよう努力します。
・4月末まで 公演チラシ完成・納品・配布開始
・5月末まで パンフレット制作開始・印刷決裁起案・発注
→前回のデータが残っていますので編集作業は事務局が行います。
・6月初旬 パンフレット完成・納品
・6月17日(日)本番開催
4)その他
■次回、会議を2月28日(火)10時から東部文化会館第1会議室で実施します。
■サテライトイベント(関連催し)の実施について
・フォーラムに関連するイベントを別日程、別会場で開催できれば面白いと思います。
・・・・・
1/14(土)
センター入試の一日目。ぼくは明日だが、いろいろトラブルが報道されている。
夕方、三条京阪へ。
宮北裕美「S・P・A・N・K」展。
アーツな本屋さんMEDIA SHOPにギャラリーが出来たようで、そのはじめの展覧会がなんとダンス振付家の宮北裕美さんの黒い和紙に謎の壁画のミニチュア版のような連作だった(29日まで)。
オープニングパフォーマンスとして、宮下裕美さんと音楽音響家の鈴木昭男さんとの<空っぽ「ぽんぽこりん♪」vol.7>が観られて大喜び。昭男さんの、座ってほろほろっと奏でる釘と金槌、竹の管によるサウンド遊びに、相方の宮下さんのダンスが主従関係なしに、阿吽の呼吸、電光石火に共振したり、適当にいなしたりしていくもの。
18分ぐらいで終わったので、観客みんなが連鎖する面白い一本締め(ほんとは、「一丁締め」もしくは「関東一本締め」なんだが)。
かなもりゆうこさんとか中川真さんとかいろいろな方に会えるのがオープニングパーティのいいところ。劇団態変のことを伝える。かえり、daysentoさん(?木さん)に、福祉銭湯の冊子をいただく。
山科駅へ。NPO法人山科醍醐こどものひろばさんのオフィスで、5/20(日)に今度は1日だけで、山科商店会通りで行われる「こどもフェスタ2012」の運営委員会に参加。
もちろん、2回生ゼミによるかえっこバザールとしてどこを使わせて頂くかということがメインなのだが、ここにうちのゼミ生も参加したらいいなあとは思っている。ほぼ、愛生会のすこし北側の駐車場をかえっこ会場になるということで、帰り、そこを点検する。もう一つ、去年ライブをやったというドラッグユタカの横の駐車場も見ておくが、ここは、広いがいろいろかえっことしての難点あり。危険な通りや駐車場が近いし、かえっこに着た人達が回遊しないで帰ってしまうなどの問題点を確認。
1/15(日)
帰って、ドラマ演出家の市川森一さんがなくなったということで放送していたNHK番組録画を観る。
一番初めの放映は、2011/11/19〜2011/11/26の2回だったということ。
<蝶々さん〜最後の武士の娘〜 (前編「誇りの報酬」・後編「遠いアメリカ」)>。市川さんの脚本でしかも原作も市川さん。長崎出身なのでまちがもう一つの主役。宮崎あおいと、ともさかりえがでているので『篤姫』と繋がる。野田秀樹が渋い役。
久しぶりにセンター入試の校務。
1日目のリスニングテストが始まった年度に担当してずいぶん大変だったので、避けていた(センターか地方入試担当かがどちらかあたるように京都橘大学教員システムではなっている)。
まあ、何事もなく終わったようでほっとする。が、
こういう全国一律にするような画一的事務処理に一番大学教員は向いていないわけで(青木学長の挨拶もそういう趣旨)、これって、ようやくなくなった地方自治体の機関委任事務を想起させるものでもある。
役人でも、決まった規則をただ機械的に当てはめるのはなかなかに退屈で苦痛でしかもネガティブチェックシステムなのでくたびれるのは同じなのだ・・
ずっと読みそびれていた内田樹『日本辺境論』(新潮新書、2009年)を読み終える。
「天下無敵」とは、敵を作らないことって、なんかけっこう面白い解釈。
いまの大阪市長さんのことをどうしても想起してしまう。
「ブリコルール」・・ブリコラージュする人のこと。日本人がブリコルール的であると思わなかったので新鮮。
・・・・
もちろん、校務の隙間の読書である。
p169-170
< 必要なのは、「私は辺境人である」という自己規定のかたくなさを解除して、「外部を希求する志」だけを取り出すことです。>
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