Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》75th Temma Kodanseki

108.
7/4(火)
第75回天満講談席「日本ジジババ協会設立」薬業年金会館

火曜日にしたら珍しく行きたいものが重なり、残念なことをした。トリイホールではダンスサーカス13があったし、関西ドイル文化センター京都では、ヒッセン兄弟監督による記録映画『議事堂を梱包する』(もちろんクリストによる遠大なアーツプロジェクト群のなかの一つ)の上映があった。

でも、第75回天満講談席(18:35〜20:24、そのあとに放談)のはがきの阿呆らしくもおかしい《緊急特別企画!!「日本ジジババ協会設立」記念大会》というキャッチにはいかんとも知れない吸引力があった。

谷町六丁目すぐの薬業年金会館5階の和室へ。薬業年金会館は真新しい建物で、長唄や民謡などの文化教室をしていたり、ここで「谷六邦楽さろん〜日本伝統音楽の“花”を探る」(ナビゲータ/川向勝祥)という6回シリーズが7月から12月にかけて始まったりする。

今日は、ジジババ協会設立にちなんで、講談の出し物からお年寄りが活躍するものを4本聴ける。この前と違って若い女性もちらほら。

まずは旭堂南湖「堀部弥兵衛・・・76才」から。大阪の講談師で、赤穂浪士の名前を47義士全部言える者は少ないと言いつつ、南湖が名前をあげ出すが、すぐに詰まる。もう一度、だめだ。と、手ぬぐいを出す。47義士の名前が書いてある手ぬぐいなのだ。

彼はこれからの若手だが、ひょうきんだし好感度高し。堀部安兵衛に助けてもらって内心は嬉しいのだが、そこは老武士の父。「親の介護に来たのではない」と説教する。このあたりが、ポイント。

旭堂南左衛門「水戸黄門・・・73才」。冷や冷やすることなく安心して聴ける講談師。手堅い。講談は浪曲の「情」に対して「知」による説得力の比重が高いのだ、と思う。記憶力の流れるような披露が気持ちよくこちらに届くのが「芸」の一つである。

大阪の淀屋橋建設で有名な淀屋は2代目。ところが、5代目淀屋辰五郎のときに、大名のような遊びをしたとしてとりつぶされ、山城の国八幡に封じられる。従業員が路頭に迷うのを避けたいと淀屋が貸し付けた証文を持って江戸の大名屋敷へ行く。ところが、つぶれた淀屋にはお金を返さないでえばりまくる武士。それをこらしめるのが、水戸黄門というわけだ。

「水隠梅里」という黄門の別名を知っているかどうか、がまじないの利き所。

初めて旭堂小南陵を聴く。「飯篠山城守・・・102才」。なかなかの才人。枕で、「白鳥の湖」っていうのはおかしいでしょう。話は白鳥のお話なのだから「湖の白鳥」でなきゃね。と、子どもの時に理屈で先生をやりこめた話を一くさり。講談はためになり、落語はだめになる、なんて言ってもいたな。

話は、成田不動明王にお願いして出来た息子が、強い剣術師になるお話。特異な修業、慢心のいさめ。若干、しゃべり口に癖があるが、もちろん、ふむふむと納得して「ため」になる。

最後は、机の前で立って話す旭堂南陵「山名十郎左衛門・・・130才」。南陵はまだ?83才である。「神経痛が出ていて、座るのは容易なのだが立つときが痛いのよ。花粉症の猿が鼻水を出していてかわいそうにと思っていたら自分もそうなっている」と鼻をハンカチで押さえながら、羽柴秀吉のエピソードを聴かせる。130才とも140才とも伝えられる山名十郎左衛門を巡るお話だ。

明智光秀のエリート臭さに信長がかっときたのを、秀吉が間を取りもってやる、という話。山名十郎左衛門は、光秀に安土城の設計を教えたのだが一つだけ「城の心」だけは教えなかった。「城の心とは天守閣!」というお城の起源のお勉強になるもの。

さて講談が終わってから放談。

南陵が日本ジジババ協会について、南海の司会で話す。実は10年前から地下組織としてあった。でも会長は95才と思っていたら、そういう人が見つからない。自分は若いから日本ジジババ協会おしゃべり部長、会長になるには12年もある。あとは、ぼやき。年寄りいじめの政治家について。選挙に行こうと思っても坂が急で行けない、医者に診てもらったら偉そうでたまらない(小南陵が、実は南陵は病院に行ったことがない、とささやく)・・・


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