Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》81-Temma Kodan seki


186.
1/9(火)
薬業年金会館『第81回天満講談席』旭堂南左衛門以下5名

第81回天満講談席。薬業年金会館和室。18:32〜20:59。上方講談は、この月例会以外に定期的に楽しめる場はたぶんないのだろうと思う。そう考えると実に貴重な場である。
でも、アーツマネジメントということから考えると、実にしんどいことになっている。今日は、南陵、小南陵がでないということではあるが、20人強のお客さんで木戸銭は1000円。助成が出ているようにも見受けられず、場所代も払っているとすると・・・。

入ると、すでに内弟子の南半球が、「から板たたき」をしていた。彼はまだ若い男性で、那須与一のくだりをしている。勉強中、ということがよくわかって何だかくすっとしてしまう。観客は男性ばかりのなかで女性は一人だったが、始まる以降に数人入ってきた。南華の関係の人かも知れない。

まずは、旭堂南湖「小夜衣革紙」。小夜衣(さよぎぬ)という遊女が自害してオバケになるという怪談。季節外れがおかしい。声が細いと思っていたが、実はこのお話しに合わせていたのかも知れない。それともお正月で色々と忙しかったのか。

初笑いが、剃刀は2枚にして首をかっ切らないと失敗することがありますよ、というお客さんへのアドバイスだった。なんともはや。かんざしが花嫁の盃をひっくり返し、蛤のお吸いもんを小夜衣が奪ってしまう。これからどんどん人が死んでいく長い怪談のさわり。

旭堂南海「忠僕元助」。忠臣蔵、赤穂浪士外伝というシリーズがあるようだ。そのひとつで、義士の一人に仕えた奉公人の逸話。忠臣蔵がどんどん庶民の中で話が膨らんでいくさまが現れていて、なかなかに面白い一席だった。
それにしても狂言では太郎冠者と主人が手と手を取り合うことなどないことを考えると、狂言のドライさと講談のウェットさが対比できるだろう。

ただ、討ち入りが終わった後に、元助がみかんを配りに来るシーンは微笑ましい。八百屋の行商(ぼてふり)になってご主人様を養いますから首にだけはしないでください、ときかない元助。秘密なので言えず、最後はお前が嫌いだから暇を出すなどという嘘をついてしまう嘘の下手な主人。いい人たちのお話しである。

旭堂南華「西遊記」。南海はどうしてあんなにうまいのだろう。この順番は弟子になった順で、うまい順じゃあないと断って始める南華。確かに練習不足ね。いまどきのため口などを使った彼女らしい講談を模索したらいいのだろうが。

南華南北「柳田格之進」。彼も声は大きくはなかった。でも最後には、お正月に相応しくなる。それまでは、融通が利かない彦根藩の目付、柳田格之進が煙たがられ図られて追放になり、浪人暮らしのお話が陰気に続く。

商家井筒屋の旦那と碁仲間となり、貧しいながらも優しい娘お絹とつつがなく暮らしていた。が、50両の窃盗の疑い。実は旦那が額の後ろに置き忘れていたのだが、お絹が自発的に身を売って用立てする。結構悲劇仕立て。ラストは少しとってつけたようだが、格之進は彦根藩にまた戻れて、お絹も身請けでき、目出度し目出度し。

旭堂南左衛門「寛永三馬術」から一席。愛宕山で将軍家光が、石段の上の紅梅白梅を馬に乗ってとってこいとわがままを言う話。南左衛門の馬顔が生かされて、実に気持ちの良いトリだった。馬術の上手と名人の違い。おかしいところは「還御」と「しばらく」の繰り返しのところ。いずれの演目にもにこっとさせる場面やエピソードがあり、この間がうまく差し込むとあとは一気に物語ることができるのだと思う。

家光が自分で馬をかけて石段(186段)を上がろうとするが、怖じ気付いて、早く止める部下を待つシーンが面白い。
明治時代以降に出来た物語だろうか。これを江戸時代にやっていて問題なかったのなら、なかなかに江戸時代は自由だったということになる。こんなエピソードが天皇についても講談にあるのかなあ(あればいいのに)。


こぐれ日記」の扉へ

無断転載禁止 掲載:アーク編集室