Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》ANE-SENKOTSU

213.
4/30(月)
『姉仙骨』(DMTプロデュース「新世紀偽装演劇祭」より)心斎橋ウィングフィールド

心斎橋(私は最寄り駅が長堀橋になって心斎橋より近くになる)ウィングフィールド、DMTプロデュース『新世紀偽装演劇祭』へ。
3つの作品(作家はすべて偽装機械王子の仲悟志)を3回ずつ公演する小さな演劇祭。
今日見た『姉仙骨』を演出した岩橋貞典のオリゴ党は一度見たことがあるが、偽装機械王子という劇団は名前だけかすかに記憶しているだけで、その実体はまるで知らなかった。

結局「ひとやすみ」も「真昼の藪」も見なかったので、ここの役者の様子は観察できなかったが、仲悟志の作品はなかなか興味深かったので、ぜひ、この劇団を見てみたいと思った。

DMTとは、「仲悟志を主幹に、映像・音楽・美術などの若手アーティストが相互補完的に集まった芸術集団」だということ。
お芝居の始まる前に5分間の映像の予告編があって、前に十三の第七芸術劇場でみた大阪芸大出身の人(SHIBATA GO)の映画の予告があった(数字記号を題名にした、今度下北沢でも上映される映画と、未見の「欲望といえる神々」という題名の映画予告)。

私が観た『姉仙骨』は作/仲悟志、演出/岩橋貞典、13:35〜14:55。絨毯にアニメの模様がついたちゃぶ台、無造作に置かれた本が入っているような冷蔵庫があるだけの設定。劇場の長辺の方を舞台にして、3方から見るが、一番客席が多い奥の部分は、正面ではなく上手側面部分になっている。

それでも見づらい所はなかったと思うし、ごろごろ寝転がったり毛布にくるまっている出社拒否の姉(豊島由香)の姿を見るには、ぐるりと取り巻くこのような「窃視的な配置」が似合っているのかも知れない。

普通、舞台で寝たり座ったりすることが多い芝居は見づらくてフラストレーションがたまるものでけど今日はそれはまるでなかった。
逆にぼーっと部屋に入ってくる兄(当麻栄始/劇団大阪新撰組・・中年のくすんだ感じが良く出ていた)と、弟(大谷貴志/劇団メロディアスメロン・・人がいいけど、世の中ではけ落とされてしまうような青年)がずっと立っていると身近すぎる居心地の悪さが少々ある。

とはいえ、3人の兄姉弟の生活は、姉が会社に行かなくなって自分の部屋のドレッサーを壊したりしてから、不安な影がつきまとうとしても、それは何だか兄弟であることの黙契があるようであり、兄は兄なりに、弟は弟なりに姉に気遣っている。
特に弟は姉のわがままに優しくカレーを作ってあげたりしているし、兄のロリコン的な趣味(若い女性に囲碁を教えるという形でしかつきあえない)に対しても別に批判的でもない。

一方、姉の友人(古石千尋)が姉を勇気づけようと「いいことを始めよう」という本やケーキを持って来たり、あるいは、兄の若い彼女(荒田真弓)が来たりすると、どうしようもなく家族でない彼女には、この共同生活のリビング(居間)が異様に見えて仕方がないのだと思う。

ところが、弟の彼女(金子由美)だけは、きれいな何の苦労もなさそうなお嬢さんなのに、姉と囲碁をして、あろうことか姉を負かせてしまう。姉の友人はオセロをしたりしてよけいにいらいらするだけだったのに。

この芝居の面白さは、よくある食べ続け牛乳を飲み続ける「静かな演劇」系の芝居をベースにしながら、兄と姉がどちらも幼いときからプロの棋士だった祖父から囲碁の手ほどきを受けていたというユニークな設定にあると思う。

兄はプロ棋士になているのだが、50万円を握って姉と対決した碁で、あろうことか、囲碁をしていなかった姉に負けてしまう。姉はずっと、兄は自分を思って負けてくれたんだろうと思っていたがどうもそうではないことが分かる。
実は昔祖父はなぜか姉に負け、それも本気でやったのに負けていたということを想い出す。姉には「仙骨」があると祖父は言うのだ。

彼女も実は棋士になりたかったがそれを断念したことがいまの引きこもりにつながっているのは明白である。面白いことに兄は祖父には勝ったことがなく、いつしか姉を負かせるようになってプロになったのである。

演技的には豊島由香の熱演がもちろん一番光っていた。引きこもりや不登校を扱うお芝居が多いなかでも彼女の心の動きの振幅は大きく迫力があり、楽しみな女優の一人である。
暗闇で冷蔵庫を開けてそのだけの光へ向かって「女は相撲取りになれないから、相撲の才能があってもムダー」というシーンが印象的。

緊迫しただけでずるずる行く予感のなかで、ラストの兄との会話で、息をつめていた彼女の「あー」と漏らす声が、ひょっとしたら見えるかも知れない明日をいささか感じさせてくれた。


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