18 10/26(火) 

アルス・ヴィタリス『ドイツのなまいき三人組〜音楽?芝居?どっちでもない』

少し苛ついていた。アルスのおっちゃんたちに会うまでは。
Ars longa,vita brevis(芸術は長く人生は短し)。これを活用したグループ名だという「ARS VITALIS」:
<イッセー尾形 Presents ドイツのなまいき三人組〜音楽?芝居?どっちでもない>。

私は有名人嫌いである。有名人というだけで飛びつく役人や企業のお偉方が嫌いである。もちろん有名人なら何でもする、というミーハーなおばさんやお姉さんも嫌いだ。そんなわけで、イッセー尾形という名前があったので、それだけで引いていた。

でも、大谷燠さんがうきうきしている。だから彼がいるトリイホールに行くのだ。
行って、アルス・ヴィタリスを体験して、簡単に圧倒された。
イッセー尾形は何もしていなくて、戸口で爽やかにお客さんを迎えてくれているだけだけど、彼はなかなかな人だ(たぶん):ころりと宗旨がえをした。
こんな芸術乞食にして知的仙人のような年齢不詳のかわいいおっちゃんを連れて来るんだもの。

公演時間は、19:00〜20:42(40分して休憩あり、20:36で終わって2回のアンコール)。

確かにジャンルを説明するのは難しい。この前楽しんだフランスのレ・クザンはサーカスと大道芸のミックスだけど、アルス・ヴィタリスは、ドイツのキャバレー芸を元にしている、という。

ドイツかフランスか、その知的洗練とか音楽としてのこだわり、「間」(これは芝居のエッセンスである)の絶妙さなど、甲乙つけがたいものだ。

もちろん、アルス・ヴィタリスはレ・クザンより年齢が上で、どこか憂いを秘めている。実は50〜60歳ぐらいだろう、と思っていて、帰ってもらっていたポスターをみて驚く。意外と若いのだ。

サックスを中心にやっていたペーター・ヴィルマンスなんてぼくより1歳若い(56年生まれ)。ギターが中心のバディ・サッハーが1954年生まれ。ドラムやちっこいトランペットのクラウス・フーバーが50歳ぐらい(49年生まれ)。

クラウスなんて、照明のマジックで、ハゲタカのようなおじいさんにさえ見える。

<「笑ってくださいね」と人におもねる芸に飽きている人はぜひ来てほしい。真にクールな、しかし決して冷たくはない笑いを経験できる。単に過去を反復したり、単に難しくなったりしたジャズに飽きている人はぜひ来てほしい。・・意味ありげだけのおもしろくもなんともないナンセンスに飽きている人はぜひ来てほしい。・・音楽「産業」に飽きている人はぜひ来てほしい。・・>。

以上、山崎正明という音楽家の紹介があまりにも当を得ている。ので、少しだけ自分が気に入ったポイントを箇条書にしておく。

1)アンコールに優しいハーモニーを聴かせるくせに、怖い声もすごい。とても幅がある。
音楽や演劇やダンス(マイム)、日常生活などの区別にまったく囚われず、闊歩する人たち。

2)数々の楽器をこなし、潰れた靴やがらくたをすべて楽器にする。
ポンプの音も立派なベース。オモチャ楽器も好き。巻上公一と比較したくなる。

3)オルゴールムーブをギターの胴で増幅するのはまるで藤本由紀夫だ。不思議を取り出すマジックとアーツの関係を考えさせてくれる。

4)小さな音を大切にする。現代音楽に欠けているアトラクション(演奏中に挿入される)を持ちながら、これこそが現代の実験音楽だ(おかしい素振りによる断続性がいい)と言うこともできる。

5)一見なんでもないもの、価値がなさそうなもの、とりわけ小さなものを大切にする。
あの小さなシンバルは可愛すぎる。
口琴に失敗するのもおかしい。

6)明かりは自分たちが足で踏んで点けたり消したりする。芸の原点、自給自足。
勿論タイミングがいいし、それも重要な間の芸であるからして。

7)闇やほの暗さを大切にする。どこか人生の哀愁なぞを感じさせられる。
アルス=「芸」と、はかない「人生」との対話である。

8)笑っているのに、その笑いの正体が、それを話そうとすると分からなくなる。
そんな笑い。

狂言の原点もこんな音楽や道化に満ち溢れていたのだろうなあ、と思った。
狂言になる前の、ストーリーがない即興性に満ちたやりとり。
トリオ漫才(最近少ないのでは?)も、こんな風(=言葉に余り頼らずに音や素振り、がらくたなどを最大限活用する)に変異してしまう連中が出現したら、どんなに面白いだろう。


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