Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》ASIYA_Sinsai
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4年前(1996年)に大津にやってきてすぐの2月に訪れた美術館の一つが、芦屋市立美術博物館だった。
「食べること」を巡る〈間島領一〉のカラスが美術館の前にいて不気味でもありおかしくもあった。
阪神・淡路大震災の1年後だったから、まだ青いビニールシートはあちこちに見られ、阪神電鉄芦屋駅からの道にも空き地が震災の影響の後を留めていた。
震災から5年『震災と表現』。
2階へあがる。
特別展ではないが、「具体」の美術家、堀尾昭子の70年代の作品が置かれている。クリーム色などが塗られた小さな箱に仕切がある。
解説を見て、それが影をテーマにしていることを教えられる。なるほど、箱内部の影が美術館の照明で何重にもなっている。と、壁にも作品の影が映っていて、影って内部と外部に広がっているんだとやっと楽しみ方を知る。
さて、『震災と表現』の会場。入口は、震災風景。堀尾貞治のインスタレーションが屋外から連動している。焦げた自転車が積みあがり、使えなかった棚が歪んでいる。チューニングされないラジオの音だろうか。扇風機が無意味にいくつも回っている。
毛布が落ちている所をずかずかと入って行く。
同じく堀尾貞治が墨で描いた「長田」、鉛筆やパステルで素早くスケッチした震災風景の絵が重なってある。
下に鍋(フライパンだったか)が並んで、底に茶色い土が溜っている。少し沈鬱なインスタレーション。
涌嶋克己の墨と、パステルの絵+言葉の作品はもっと直裁的に希望を描いている。
「見えへんところにもおりまっせ友だちがいてよかった」、「家来の一人もいない王様」。「種子」の絵が天井まで重なっている所が見応え、「群」の感覚。
小谷泰子の部屋は奥にあって薄暗い。
暗さに慣れてくると、外に出るのがめんどくさくなってくる。きっと子どもも馴れてくると母胎に帰っていくように感じるのではないだろうか。
もう一つの特別展2『美 育----創造と継承』。先に「第50回童美展」があってその模様もモニターで映されていて、子ども達の作品がにぎやかに展示されていたことが分かる。
3つのビデオブースがあって、児童の美術の指導者のインタビューのコーナー、ユニークな「美育」の洗礼を受けた児童のその後の大人になってからを追跡をするインタビューのコーナー、そして、今の児童の美術教育の指導の現場のコーナーからなっている。
特に、2番目の追跡調査が興味深かった。衣斐美地子(えみ・みちこ)の小学校時代の作品(1956年)はシンプルな抽象で美しい。でも彼女の子ども達は彼女の作品を理解してはくれなかったという。
桃の里幼稚園のビデオを見ながら、私が1年通った大阪市立西野田幼稚園の絵の時間と少し似ているように思った。当時そこでやらせてもらった、絵の具を流し込んだり筆を回して飛沫を作る遊びが、いまでも桃源郷のように思い出される。
その直後に小学校に入ってやらされたつまらない(うまく描けと形にこだわる)図画の時間が特にそんな気持ちを増幅させるのだろう。
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