5 1999/9/22(水)
ART PACKING in Hirano '99
大阪市平野区旧平野郷一帯
9.22.水
ART PACKING in Hirano '99「来て 視て 話す 現代美術の国際展」。
今年から、「モダン de 平野」(今年の夏はまちづくりの人たちがやっている、町中博物館イベントの時に合わせて懐古展をしたらしい)は、このアートパッキングに形を変えて、平野以外にも出没するという考え方で再出発することになった。まちづくりの企画の一環としてやっていても結局水と油だったということだろうか。
何が分かり何ができなかったのか、確かにじっくり樋口よう子に聞かなくてはいけないのだが、今日のツアーの合間などでは到底話せる状態ではない。携帯電話が鳴り続け、フランス語しかできないアーティストたちとコミュニケーションをとり続けなくてはならないのだから。
JR平野駅で15時、樋口よう子が自転車でやってくる。12日間、アートツアーをやっているのだ。ツアー客は私ともう一人、関東弁のかっこいいお兄さん(20歳代後半と思ったが・・)。
ツアーはまず杭全神社の裏の墓地に置かれたドアスコープをのぞくことから。これは12日に藤本由紀夫のワークショップで約30人の人たちが自分が発見した面白い視線を共有するためのもの。
こだわった変な場所に置かれたりすごい雨もあったしで、実際に置かれた場所を発見できているのは8ヶ所のみだそうだけど。(私も1000円で買って帰ってからいろいろ家の中や女房の姿を覗いたりした。実に飽きない。魚眼レンズっていうのか、広角にとらえられた丸く完結した世界が、実際よりも遠くにあるように見えて、その遠さがなんともいえない距離感覚になる。あわてて、自分ちのドアスコープ〜あんまり使ったことがない〜から外をみてみた。)
杭全神社の中は、樹の枝に吊られたウエダリクオの自動ペン。月光のピアノ楽譜を白で消してすかすかの楽譜に作曲し直すものとかもある。オブジェとして美しいもの、瓦を紙替わりにしたりとか、さまざまな形。大念仏寺にもあって、その軌跡は今日は雨がやんでいたからごきげんさんで、鮮やかに黒い線をスケッチしていた。地面に線を描いていたのもあったけど。
杭全神社で、ジャン=マリ・クロツ?(KROAUTH)に、「何をしよう」というはんこを押したポストイットをもらう。このはんこは各国の言葉で書かれたものがその国のはんこやさんで作られ送ってきたもの。字のおもしろさ、長さとともに、はんこの形も各国様々だ。平野駅の手摺に貼られていたのもこれだということが初めて分かる。
黄鋭(ファンルイ)は、忘れ物(大阪市交通局からもらってきたらしい)の傘を広げて、丸い形に組み合わせ、瑞光寺の構内、庭、建物の廊下のところなどに置いてある。紫陽花が咲いたようだったりしっくりお寺になじんだり。色と柄のくみあわせも面白いし、こんな傘、どんな人がさしていたのか想像する面白さもある。
ここの住職に選んでもらった言葉「真」が傘に書いてあり、その字の隣に寺の判と彼のサイン。その傘を見学者は1本もらって帰れる(ので私ももらったら、帰りちょうど雨が降ってきて助かった)。
ちょうど、寺の本堂で会合があったので、森口ゆたかの作品(照明を使ったきれいなものらしいけど)は観れず。大念仏寺へ。中西美穂さんやおしかけ手伝いの長尾さんらがいるテント事務局あり。設置されているのは、松井紫朗の鉄の長い作品(本堂のお経とカネの音を結ぶラッパ様のもの)。
倉智久美子の、赤い木の枠を寺の本堂に施したインスタレーション作品。こんな大きなそれも野外の作品は初めて、と倉智さん。自分の力以外でぐっと持ち上がって行く経験は新鮮なものだと。緑青を吹いた屋根とマッチして鮮やかな枠どり、奥行きが感じられる。視線がそのインスタレーションによって全然遮られないのがいい。
パリのメトロの切符を名刺にしているアレグザンドラ・サーは、自分の好きな景色をここに送ってねと言われて、5分間パリ観光のブースに案内される。パリの音景色と小さな写真。ごめんね、英語の説明があったけどどうもピンとこない。特に彼女がそれでねらっているものがいまいち分からず(美穂さんに聞かなくちゃ)。
フランス語をしゃべる林怡年は、シャツに平野を撮ったポラロイドを張り付けてたまにそれを着て歩くという。
ワークショップというか、子どももみんな楽しめそうなのが、ファビアン・ルラという若い男の人。
大きなマント内のパフォーマンスもあるらしいが、今日完成したのはポータブル八畳たたみ。畳の中と外を言ったり来たり。またその畳?の中に物を入れることもできる。これは少し観念的だが、よく伸びる大きな大きな腹巻?みたいなものは実に愉快。数人中に入って背中で押し合ってバランスをとる。座ることもできるし、離れて反対側に行き着くのもスリリング。これはきっと平野小学校の一年坊主(雨も降っていないのに台風だと傘を広げてあそんでいる腕白がドアスコープを覗いていた)に受けるに違いない。
すぐに帰りたくなくなったので、キュレーターのカトリーヌ・グルー(association in situ)がホームステイしている初芝(堺市)のお宅に行って麦酒飲んで帰った。
なお、9/7の朝日新聞の記事(樋口さんのことば)によると、このアートパッキングという意味は、「歴史ある街に現代美術を包んで(PACK)宅配したい」ということらしい。ただ、見出しは「現代美術で町を包もう」となっていて、ダブルミーニングなのかも知れない。
美術のアウトリーチ(住人へお届けする)と美術による町の新たな発見(住人のための、町を視る別の視点の獲得の手助け)、あるいは美術家の活躍できる新鮮な場=機会の提供・・・いつもこのような複数の目的(価値)をめぐって、まちなかのアーツプログラムは、ルラの大きな腹巻のように伸びたり縮んだりしている。
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