Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》BANETO-Living Room.etc
アイホール・ダンスコレクションvol.21、Study of.live works 発条ト(「バネト」と呼ばれる)の公演。1回だけだからでもあるけど、満員。
主だったダンス関係者のほか、VOICE Galleryの松尾さんなど美術まわりの人や音楽関係者なども来ていたと思われる。
(18:07ぐらいから黒板が映ったやはりボード状の映像部分が動き、女性が意味もなく椅子を並べたり戻したりしていたが)、一応、初めの作品「タイムニットセーター改訂版」は、18:13〜18:52。
休憩の後、次の作品「Living Room−砂の部屋」が19:10〜19:40:12(ただ、その後に、早送りでいままでの映像が逆回転で映されて、まだ客入れしていないからっぽのアイホールが映っていく。それを含めると、19:44)。
このグループの中心、白井剛(彼は振付とダンスパフォーマー)は、伊藤キムのグループ(輝く未来)に所属していて、あっという間に、ここも2000年バニョレ国際振付賞を受賞してしまった。
もう一人の中心、粟津祐介という作曲などを担当している人の力もすごいウェイトであることがダンス公演を観た後判った。
音響のコラージュ&スクラッチと同じような、映像と体の動きの、DJ的「スクラッチ」的な構成だ。つまり、ターンテーブルのお皿スクラッチみたいなノイズ音響づくりを、映像やダンスに拡げてみる試み。実際の動きの素材を使って、構成によってダンスにしてしまう。
伊藤キムの剽軽なところとの連続性もあるけど、初めの作品「タイムニットセーター改訂版」ではニブロールとの比較をしたくなる。そして、伊藤キムやニブロールよりも、より主知的な(あるいは自己言及的)映像処理。クール。すかすかする感じ。
自己言及ということを発展して考えれば、作品を見ている観客席を撮したり、後の作品の最後に前の作品やその前のプロセスまでも流したりすることも関係すると思う。
ラストのボレロとの照合。
鶴のポーズなども飛び出る、アナウンスの場面、すなわち「スクラッチ&暴走するしっちゃかめっちゃか」が一番面白かった。
黒板に映る言葉(首neck、歯teeth・・)に合わせた椅子の動き。そして鼻をつまんだポーズ。関西の「ダンスで童話を読む」集団BISCOとかも思い出す。みんな同じ風が吹いているんだろうな。
「Living Room−砂の部屋」の方が、コンパクトだし、映像はいっぱいに映ってある「感銘」を与えやすくできていて、前の作品よりももじもじといらぬことを考えないでてきぱき楽しんだ。
映像と同時の動きはちょっと北村成美「i.d.」との対比も面白そうだ。
板のアップ、列車やプラットホームの横長の映像も好きだ。公衆トイレの前のシーンもお茶目で笑える。
が、やっぱり、ビニールの小さな敷物に逆立ちするシーンが最高(その前あたりは、ゆらゆらと時間が流れて、このままじゃあだれるぞと思っていた)。その敷物をとったあとの、砂浜(上手)と芝生(下手)。それが下にスクロールされていくと、舞台の床にその動きが反射されて、なんだかおかしな感覚に見舞われた。
観ているうちに、ダンスとは関係なく、オシロイバナの匂いが漂ってきて、隣の女性の香水だったのかも知れないのだが、やたら感覚がぶつぶつと沸騰してくる。
舞台上でいま記録しているデジカメの映像が即座に逆に流れていくことは、すでにいろいろ試されているだろうし私も実際に観たりもしたけど(たとえば、愛知文化情報センターでの大木監督の撮影とか)、より「なにげ」にさらりとやっているあたりが、かっちょいい。
ただ、このようなあやゆいバランス(機知とダンスの取り合わせ)をどう展開していくのか、その辺はまた関西に来てもらって、じっくりと観察していきたいものである。
「こぐれ日記」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室