Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》BODYSCAPE-Workshop
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4.8.土
今日から6/4まで、精華小劇場コトハジメだ。
午前11時、公募していたアーツモニター(10人に絞る)のうち8人が参加して、説明会をする。午後からのワークショップに参加する人も多く意欲的。関係大学に行っていたとか何らか芸術には関わりはあって、まったく芸術とは無縁だったという人は数人ぐらいのようだ。
それぞれに(ちらしを作ってくれた納谷衣美による)かわいい日記帳を渡す。
庭の櫻は満開。学校内は少しひやっとして沖縄から来たアーツモニターの大原さんは特に寒がっている。
まず、1階の幼稚園講堂(遊戯室)での美術(川添洋司)のBODYSCAPEワークショップは、流木など海流物を使ったもの。それに白黒の舞踏写真を自由に配置するというのが、ユニーク。大野一雄が庭から覗いているように貼った写真が終わってもまだ貼り付いていた。
櫻の花びらをインスタレーションにくっつけたり、楽しそう。
一人一人創って自分で解説するのを聞く。最後に、一つのもの(みんなで造った円周の中に持ち上がるオブジェによる風景)を創る。
作品として残すという考えはなく、創っていく過程を大切にしている。
2階の体育館ではWORKSHOP「本を読む」の始まり。自己紹介の中で、読んでみたい本について語る。アーツモニターには間に合わなかったけれどそれ以外の参加者には桃田のんからの手紙が届いている。
17時からは、BODYSCAPEワークショップの舞踊の部。場所は2階の体育館。
由良部正美/エメスズキ(ある面では画期的な、舞踏の世界とそうでないダンスの世界の人のペアだ)の担当。少ししか見れなかったが、輪になった参加者が母音の声を発して、その声に誘われるようにして踊るシーンを垣間みた。
4.9.日
BODYSCAPEワークショップの2日目は静かだ。
川添洋司の美術ワークショップ2日目。始まるまで、櫻の下でのんびりしている川添さんたち。そのそばには、次の週末の公演に使う、黒く焦げた大きな椅子たち。
今日は、4人づつ4組(昨日よりは10名近く少ない)になって、「紡錘形」を造る、というもの。できるだけ、針金を使わないで、素材を組み合わせて、移動できるものを造る。
みんなで試行錯誤すること。その前にそれぞれに考えているものを知り合うこと、そして実施のプロセス、と見所は多い。
BODYSCAPEワークショップの音楽の部(14:30〜17:00)は、慧奏。
慧奏さんのワークショップは知らなかったので、興味深いものが多かった。最後は、延々と演奏していて、止まらないかと思う。
特に、二人が出てきて、言葉にならない声と体のアクションでコミュニケーションする、という場面は、腹の底から笑ったり、その人柄が出たり、色々に楽しめた。エネルギーの溢れる若い人のための回路づくりなのだなあ、と思ったりしたが、勢い余って倒れてしまったのには驚いた(靴下をはいていると滑りやすいので注意が必要)。そのあとの舞踊のワークショップを覗いたら、顔をぶつけた彼女も元気そうなので安心したが・・
18時からは由良部さん。実はボランティア会議があって、私は、そのそばで、電話番や迷っているボランティアの案内をしていたために、一瞬しか見れなかった。空気に触れ触れられる、という感覚が一体となって踊るさまを、由良部さんがまずして見せていた。
4.10.月
夕方、激しい雨。今日から精華小学校体育館へ機材を運んだりしているので、大丈夫だろうかと思いながら、18時30分難波に着く。地下鉄難波駅構内と改札を出た大阪市の掲示板にポスターを発見。後は14日の初日がうまく開くことを祈るばかり。
事務局で秘魔神さん勝藤珠子さんは、公演の音響プランづくり。(いまワークショップをしている)慧奏さんらはきっと動き回るよ、とか話している。仕込みやワークショップ講師、ボランティアたちらのために、ガスコンロも入った炊事場では八木さんを中心にボランティアがスパゲッティを作っている。
廊下のかたわらで、衣装の脱色をしているボランティア。そばの講堂(遊戯室)から響き渡る、鈴や太鼓の音を聴きながら。
BODYSCAPEワークショップは3日目になって、みんな顔馴染みだ。今日は美術・音楽・舞踊の合同ワークショップ。
16時から始まっていて、すでに美術としては、大きな難破船?のようなオブジェが新しく出来上がっていた。昨夜の4つの紡錘形が解体されてまたこれになったのだけれど、昨夜のインスタレーションもその前日の個人個人の制作もこの1個のオブジェに入り込んでいるようにも思える。
講師の4名を入れて25名ほど。倉敷市からの女性が3日続けることができたのは、参加者に泊めてもらったからだ。
慧奏さんが音楽を演奏する人たちを率いるのだけれど、踊りの人たちと入れ替わりになって、特に役割は固定していない。うまく演奏しようというのではなく、周りの音を良く聴いて自分の音を出すように、と。
最後は、彼が、その人を指して演奏を始める合図と、演奏を止める合図を決め、ゲーム的なコンダクターになっていた。演奏している人たちをすばやく止める辺りが見ていて快感。
舞踊の由良部正美さんは、音との関係について、初めはどんどん音に合わせて乗る所から始めたらしいが、そのうちに、自分の中にレンズを作ってそこを通過させて行くようにとサジェスチョンしていた。音にただ流されるのではなく自分の内側と対話するような体の在りようと言うことか。
上体を上向きにして音に向かうのか、くぐもるように体を打ち向きにして音を取り込むのかの違いに意識を入れること。難破船の舳先についた球に触れたりしながら、オブジェにまつわる濃厚な空気と戯れている人もいる。
最後の音隊とのセッションでは、踊りの方は、オブジェとこの幼稚園講堂、そして体を一つの風景のようにすることが試みられた(交替で2回)。明かりを少し暗くして、ダンス側では流木になる人はオブジェに絡んで表面的には動かないでその漂泊物と対話する。あるいは、床となって、床から音を感じるために俯いて伏せた人や、壁になってそこから音を聴き、意外とごそごそ真っ黒くろすけのように動く人。そして部屋の光となって、音を感じる人。
20時半過ぎに終わってから、輪になって感想を話していたが、舞踊だけでなく音楽や美術をやってとてもよかった(通じることがある)ことや、気持ちがあっても、それを表すにはやはりそのための工夫(努力)がいるんだと気づいた、とか話されていた。
公演に出ようという人も11人ほどいる(音楽に参加したい、という予期していなかった希望もあり慧奏さんが考えます、と即答)。
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