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118.
7/29(土)
東京の夏音楽祭『爆弾花嫁』『生まれてはみたけれど』大田区民ホールアプリコ
今日から5日間、東京出張。
7月6日から始まっていた第16回〈東京の夏〉音楽祭2000。
今回のテーマは「映画と音楽---映画は音楽なしでは生きられなかった」で、いつもよりも映画ファンも足を運んで、音楽通以外の人が、かなり一筋縄ではいかない音楽伴奏(映画との合奏)に触れる企画であると注目していた。
でも、やっと最終日の前日に(財)アリオン音楽財団と(財)大田区文化振興協会などが主催する特別企画を楽しむことができた。
受付でアリオンの丸山さんに挨拶。彼女からアリオンに研修派遣できている大阪のザ・フェニックスホール企画・事業担当の谷本裕(ゆたか)さんを紹介してもらう。
大田区民ホールアプリコ大ホール(松竹キネマ蒲田撮影所跡に建ったオフィス棟などの複合施設の一角にある)。客層は圧倒的に地元の人と思われる。年配の方が多い。
無声映画ということ、区の事業(S席で3000円)として区内に広報が行き渡っていることもあろう。ただ、西洋クラシック音楽の典型的なホールだから、弁士が居て無声映画を下町で楽しむ、という風情には少し無理があることも確かだ。
『映画の街 蒲田によみがえる松竹喜劇〜楽隊とトークによる無声映画〜』17:33〜20:56。2回15分の休憩、実に内容の豊富な3時間余だった。
まずは、今回の目玉の一つ、ロシアで見つけ、持ってきたという幻の松竹製喜劇映画『爆弾花嫁』。1935年、約30分(1箇所フィルムが少し飛んでしまう所あり)。監督は佐々木啓祐、編集が斎藤寅次郎のはちゃめちゃな無声映画。あとのトークで篠田正浩監督が言うのには、佐々木監督はルーティンをなぞる作風なので、これは斎藤氏のアイディアが随所に入っているということ。
弁士(ライブトーク)に黒テントの斎藤晴彦。賑やかさを演出していたが、せっかくの発言も音が響きすぎて言葉が聞き取りにくい部分もあった。ライブ演奏はサックスやクラリネットの坂田明。それにはじめドラムス、途中からパーカッションに移った仙波清彦。
ストーリーは、尺八指南と書かれた玄関を入ると、禿げてヒゲが長い一見厳格そうな親父が、弟子を教えている。弟子の安井君は、ここの娘と出来ている(ついうとうとする安井。破門だ!伴奏もクラリネットが鳴り、鳴り物がパラパラ)。でも、親父はもう一人の弟子吉川君が金を持っているので、即座に吉川君に買収され、彼の娘花子を嫁にやることにする。
休憩の後、松竹入社が1年違いの篠田正浩監督と山田洋次監督のトーク。次の映画の監督である小津安二郎映画についてなど。確かに小津映画は「お辞儀と挨拶」から出来ていると言われるとそうだなあと思う。映画監督はオーケストラのコンダクターに近い、という大きなテーマに即した話も出て、45分間を結構トークで楽しませる。
そして、『生まれてはみたけれど』監督/小津安二郎、1932年、約90分。
音楽は、仙波清彦を中心とするUNIT SEMBA。コントラバスにエレキベース、それに3人のパーカッション(そのうち一人はコンピュータ音響も操っていたように見えた)。出だしが濃密なびっしりした音で始まり、観ているうちに、音楽はそんなには意識せず、有声の映画音楽とほぼ意識的には同じに聴けた。
話はもっと暗い話かと思ったが、最後は課長と専務の子ども同士が肩を並べて歩いていてほっとする。ただ、そこまでの話は、貧富の差/上下階層社会という大人の現実を、子どもが気づき父親に幻滅する話なので、応えるものではある。「いつものとおり」父親は通勤し、兄弟は通学する、というラストにいたって、それでも何かが違ったよね、と思わせる辺りがさすが。
8ミリ狂いの専務のカメラに向かって精一杯戯けて映っている父親の顔。こんなふざけた父親から「偉くなれ」と言われてもだめだよな。あと、冒頭の引っ越しトラックの車輪がぬかるみにつっこむ大写し。
学校に行かないで何とか嘘をつこうとする兄弟の作戦。酒屋のにいちゃんとの交流。母親は優しくおむすびを作り、音楽も小さな鉄琴の音がする。
よそ者へのイジメもあるが、この頃の小学生たちはそれほど陰湿ではなく、どこか間抜けてほほえましい。戦後の「どらえもん」たち:ジャイアンやスネオへそのままつながっている感じがする。のび太はきっと弟の方だろう。彼が実にいい味を出して、シェーのようなポーズを既に取っているのだから。
背中に「オナカヲコワシテイマスカラナニモヤラナイデクダサイ」という紙を親に貼り付けられた年少の子どもがいた。彼も剥がさないでいる。また周りの子どもたちもそれが当たり前であるというのがおかしい(冷やかさない)。
音楽が自然と添えられた無声映画を観ながら、長野重一のモノクロームの写真を思った。写真もまた映画と同じで、その内部に音楽を持っているのだろう。
その他、この日は恵比寿のガーデンプレイス内の東京都写真美術館に行き『この国の記憶〜長野重一・写真の仕事』(2F展示室、500円)を視た。なかなかに充実した時間だった。こんなに長く重要な仕事(日本、東京についての、奇をてらわず真摯な半世紀の記録)をしてきた長野重一(1925年生まれ)という写真家について、不覚にもまったく知らなかった。
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