Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Black cat,White cat
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映画(「黒猫・白猫」)を観終わった後、そこにあった月がとんでもなく、心に沁みた。
少し伸び伸びしたくて、午後は休みを取り、宝塚/売布神社駅前の「宝塚シネ・ピピア」(シネマ2)で映画を観ることにした。
あいにくピピアめふ内の生協などは閉まっていたが、この新世代映画館もオープンして3ヶ月。会員も1800名を越えて、毎月第1日曜日の午前11時に「シネマ合評会」も開かれ出した。
今週は、1999年秀作映画特集の後半で「永遠と一日」と「黒猫・白猫」が交互に上映されていて、先週は「運動靴と赤い金魚」と「りんご」だった。
シネマ2(たしかシネマ1も同じく50席)の音響も最高だし、椅子もふっくら、飲み物台もあってここはポップコーンもオーケーの雰囲気。
私が観た15:30からは、勿論平日なので人は少ないが、予告編をし出してから(場内を暗くしていない)人が入ってきて、20名弱ぐらいになったかも知れない。
エミール・クストリッツァ監督作品『黒猫・白猫』1998年仏・独・ユーゴ合作、ユーゴスラビア映画。
娯楽とか芸術とかを分ける必要のない映画(と言っても前半は単なる娯楽ならテンポ悪いと感じるようになっている辺りは絶妙。そして後半はどんじゃか出来事を弾ませていく)。つまりは、おかしくて、逃げろ逃げろとはらはらして、憎たらしく思ったり、じーんときて考えさせられて。ダメな者はダメなのかと情けなくなったり、蓼食う虫も好き好きと思ったり・・・
つまり、今までに一度も映画を観たことがなかったような気になって、外で呆然とするような体験だった。
昨夜みた舞台体験(ジョセフ・ナジ「ヴォイツェック」)が滑稽な庶民の哀しみをうまく掬いながらも、黄昏時をさっぱりと描く「芸術」の枠にあることと対比させると、よくこの作品(それは映画という複製作品の重要な特質ではあるのだが)の、奥深さとはちゃめちゃさを痛感することができる。
映画のおしまいに、HAPPY ENDってわざわざ書かれていた。死んだはずのおじいちゃんもゴッドファーザーも、猫のしょんべんひっかけられたと言って起きて来るし、いやだいやだと大逃走した、ダダンの妹〈テントウムシ〉ちゃんも、大ノッポのグルガにばったりと「おとぎ話のように」森で出会うし。そうそう途中からもう、大ノッポさんにちびのテントウムシちゃんが出会うことは分かってしまうんです。
孫のザーレ・デスタノフが、一度は死んだおじいさんがアコーディオンに隠したお金を受け取って、イダ(彼女のさばさばとした勝ち気なかわいさはもうたまらない)と結婚することもなんとなく読める。(でも、船に乗って新しい世界にザーレが行くことは読めずに、そうか、ちゃんと冒頭にそういう会話をダメな父マトゥコとザーレはしていたなあ、と気づく。)
監督は1954年生まれで、ちょうどこの博打好きでダメなマトゥコや、ザーレにちびの妹を無理やり押しつける成金やくざのダダンと同じ世代だ。祖父と孫は通じ合っているしよく書かれているのに対して、この世代がまるでダメに描かれている。マトゥコは博打を止めることは最後になってもできないし、ダダンのヤクだってそうだろう。
それに、ロマ(ジプシーって呼んでも平気だと監督は言っている)の因習的な部分も全部ひきずっている。例えば、ダダンは妹を嫁がせられない、ということをとても気にしているわけだ。結婚して子どもを生む、先祖が恩義を受けたら代々それを返す義務がある、などなどの約束ごとは、居住する国の底辺にさまようロマの大切なアイデンティティとなっている。
でも、憎めないのだ。自分がヤクをやりごきげんになっているチンピラなのに、ダダンのけなし言葉は「このヤク中め」だし、最後に、まんまと肥溜めに落とされ、糞まみれになるところなんて、可愛い、あるいは、いとおしい馬鹿者にさせて救っている。そんなダダンにマトゥコは水を掛けて洗ってやったりしているわけで。
こんなどたばたで鉄砲ばんばんオモチャのように鳴るコメディ映画だけど、音楽は、実にいろんなものを混ぜて知的に作っている。
それに、イダが17歳のザーレをからかいながら次第に愛するようになる(ラブリー!)。ドナウ川が海辺のようになったところでの撮影が気持ちよさそうだ。アイスクリームをイダの注文で買い泳いで彼女のために運んできて、浮輪に2人が入るシーン。一面ひまわりが咲く畑で、2人が一つずつ放り投げるように、はだかになっていくシーンは、実に青春映画!。すがすがしい。
パンフレットを買って映画評を読んでしまったので、気の利いたことを言う必要もなく「ルモンド紙/サミュエル・ブリュメンフェルド」の引用文章を再引用してしまおう。
<<クストリッツァ作品はパラドックスを積み重ねた上で均衡を保っている。ロシア的雰囲気に、アメリカ音楽を聞く者あり、「カサブランカ」のラストシーンを繰り返し見る者あり。音楽は伝統音楽ふうでいて、テクノやキューバン・サウンドやファンクを踏まえた、どこの何だか、識別のできないものになっている。まるで「アンダーグラウンド」(95年の彼の作品だ)のあの幻の共同体が空間と時間を飛び越えて、歴史の鎖をといて実現した自治領のようだ。>>
引用しながら、沖縄の映画のことを思い出した。
「ジプシーのとき」(1988)に出ていた人たちや、生きている姿が果てしなく個性的なおじいさんやおっさん、おばさんが、ここにはぞろぞろ出ている。セリフを覚えさせたり繰り返させたりすることは至難の業だったらしいけれど、脚本にスケッチされたことの数百倍のできごとが撮影本番に予想できずに起きる面白さ。それが繰り返し上映できる映画に巧みに編集されフィルムに固着すること。
その軽い綿のようなふわりとした一瞬と、そのふわりとした一瞬を焼き付ける永遠が、何だか「映画」なんですよと、監督が言っているみたいだ(うーん、これではテオ・アンゲロプロス「永遠と一日」じゃないか)。
つまらない疑問ですが、どうして映画の当日券はこんなに小さいのだろう。前売りを買うときれいなポスターと同じ半券になるのに。ここも小さいけど、コンピュータ処理なので映画の題名と日時が刻まれてはいる。
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