Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》Boys' Choir-SHIGAKAIKAN

206.
3/28(水)
緒方明監督『独立少年合唱団』滋賀会館シネマホール

県庁周りで転職のあいさつ廻りをしていて、ふと滋賀会館シネマホールが「独立少年合唱団」をいま上映していることを知る。
5年前、新しく設置されたばかりのこのシネマホールで「ショーシャンクの空に」を観て、いつか主人公と同じように檻から何とか脱出しようと思ったことを想い出す。
私もまあしょぼしょぼ日記を書き、執務室のまわりにチラシを壁に貼りながらサバイバルしてきたわけだ。

が、この小さな県立映画館も、近頃は滋賀県内に映画館(シネコン)がばたばたとできてお役目は終わったと思われつつある。今日も7人だったしなあ。でも、絶対にシネコンではやっていない映画をやっているので、琵琶湖線沿線の人はラインアップを一度はみて欲しいと思う。4月では、「ペパーミント・キャンディー」「美術館の隣の動物園」と韓国映画が続くし、5月には、イランのモフセン・マフマルバフ監督の4作品が上映される。

さて、129分があっという間だった『独立少年合唱団』。40歳になる監督、緒方明の初作品。去っていく大津の最後にやっと観れた(シアトリカル應典院でやっていたのを観たいと思いつつ観れなかった)。プロデューサは仙頭武則(彼の映画製作活動はアーツリボンゼミで学生と一緒に特に研究してみる価値がある)、原作・脚本:青木研次。

変声期の少年たちのために新たに合唱曲を編曲し直したこの映画の音楽担当、池辺晋一郎の仕事も素晴らしい。体育訓練みたいな合唱部の練習シーンは観たことがなく新鮮で、演劇部と似ている部分とそうでない所があるのだろう。喉に包帯を巻くのも実際的な意味があるのだろうか。

男の子が合唱好きになるのは照れがあるから(女子の部活動みたいに思われがちだ)、この作品が中高校生の文化活動を応援する意味もあると思った。この前に観た「リトル・ダンサー」的なサクセスストーリーではなかったが。

北の過疎地にある全寮制の男子校。大部屋の寄宿舎が上から俯瞰される。
みんな家族など恵まれない事情があってやってきている。
母親のいなかった主人公の道夫(伊藤淳史)も、父親を亡くしてやってきた。

合唱団のコンクールというストーリーからは、すぐにイギリス映画の「ブラス!」を想い出す、あの時ほど涙は出なかったが。‘巧いのはボーイソプラノの康夫だけ’というしょぼい合唱団が、道夫も含めて全国大会を目指して猛烈に練習し出す話だからだ(藤間宇宙が演じる康夫には父親がいない)。

また、道夫が康夫に出会うシーンを観て、なぜか「銀河鉄道の夜」のジョバンニとカンパネルラのことを思った。道夫は父親を亡くしてからどもるようになった(ずっと身体がこちこちのままだったからだ)。その道夫をかばい続ける康夫(少年同性愛を感じさせる設定)。

後半、声変わりして自分の醜くなった声を出せなくなる康夫を道夫が今度はかばう自体になる(康夫自身がかってに醜いと感じているだけれど)。その繰り返しが映画にリズムを与え、歌うこと、自分の声を出すことを巡ってさまざまなことを観るものへと投げかけてくる。

15〜16歳の頃の少年から青年への移り変わりが男子校の中で展開する。時代は1970年代初頭。つまり、自分とほぼ同じ頃(康夫は昭和32年3月生まれと言っていたから1学年、私の方が上だ)の少年たちの生態を眺めることになる。

確かに康夫のような中性的なかわいい生徒もいたが、全体的には実際に私たちが中高生だった頃よりも「小綺麗」な感じがする。それは、北の環境が男の子の体臭を洗い流してくれるからだろうか。
でも、女子コーラス集団がやってきたとき、とても「不潔」な異分子が来たという康夫の気持ちがなんとなく理解できるようにも思う。

ウィーン合唱団に憧れる康夫。自分の中学1年の時に全学封鎖があって上級生たちがデモをしていることを懐かしんでいたら、ふととっくに忘れていた映画「青きドナウ」(1962年、ディズニー・プロ)のシーンがよみがえってきた。どこでいつ観たのか、映画以外の記憶は全くないのに・・。

喉にヨウドチンキを塗られる(=のどを焼かれる)シーンは、小学校からたびたび体験したので自分もあのグウォッという感触がよみがえる。
製材所へ行ってにわか大工の先生、清野(過激派出身の牧師で合唱隊の指揮者、香川照之)と一緒に、教会づくりのための材木をもらいに行きつづけてきた二人。でも、1年近くの間に大きく二人は成長し先生に対する接し方も変わってしまった。

香川先生がコーラスの指導をしながらしゃべることばも聞き所だ。
身体をかちかちにしていた道夫へ:声は身体からほんとうはいつも出たがっている・・。
あるいは、世界同時革命に捕らわれた康夫に対して語る音楽について:うたは何のためでもないから大切なんだ。音楽には意味がないからすてきなのだ・・。

善行をする一環で結核療養所に慰問するエピソード、過激派の女性が逃げてきて悲惨な最期を遂げるシーンなど、盛りだくさんな見所がある。

そのなかで一番好きなのは、楽譜をガリ版で書くシーン。
康夫がきちんと音符や音楽記号を口頭で伝えて、それを部員が書いていく。この楽譜が出来ていくシーンは、歌が沈黙から産まれ、また空中に消えていくコンサートシーンと同じぐらいどきどきした。
そして、ガリ版が刷られていく、コーラス隊の一人一人のために。
映像によって、空中に「音楽」が聴こえてきた瞬間だった。


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