Arts Calendar/Art's Report site/《KOGURE Journal》DANCE CIRCUS 15/torii-hall
202.
3/5(月)トリイホール『DANCE CIRCUS 15』松本芽紅見、前田紀和など
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3/6(火)『同』ako、Flaneursなど
DANCE BOX vol.60、DANCE CIRCUS 15(初日。今回は3日間、15組)、20:02〜21:07。終了の挨拶でも、松本芽紅見と前田紀和(二人とも、ぐいぐい化けつつある身体を持っているから、眼が離せない)が切れるような身体の描線を見せてくれた。
トリイホールは18時の回も20時の回も満員(階上からも眺めている人が出た)。これは2番目と5番目に登場した人たちの仲間たちの力のようである。初めてトリイホールに来た人たちが多い。このなかから数人でも、観客の存在を前提としたダンスアーツ(松本芽紅見や前田紀和のような)に目覚める観客が生まれるととても嬉しいことだと思う。
1)松本芽紅見「2 Blueses」。
2曲のブルースが、初めは小さなテープレコーダーから流れる。キュルキュルと早送り(巻き戻し?)の音も効果的。椅子一つ、座ってのダンス。固まったからだ、痙攣てき。2度目のブルース(音響の秘魔神のスイッチオンの瞬間を見れる場所に座っていた)で椅子を離れる。片足あげての出だし(「奴さん」みたい)から、ぐいんぐいんと技見せて。
最後にきゅるきゅる。闇の中で。
2)二人四脚「失うこと--切ないこと」。終わって花束をもらっていた。
3)金谷暢雄「ボクの初恋」。道頓堀アワーのアナウンスがあって、漫才師(おうめ・こうめ)が出てくる。金谷さんの兄さん(雅之)と片岡光信。トリイホールに出ているコンテンポラリーダンサーに恋をした金谷雅之。金谷暢雄はドジョウすくいの恰好に着替えて、廊下で踊っているはずだが、それを見たものは観客ではいない。このあたりが下手なブス男いじめ漫才だけでない「趣向」である。
4)そのさむーという笑いの後に、続けて、前田紀和が「身体の絵」を。トリイホールの一番上の客席にいたらしい前田が、壁に向かってお尻を出している。それを知った客席の反応の素直さが特に面白い。
そこからラジカセの女性の声を繰り返しながら、バックで客席を降りていく。その声が「バックします」とも聴こえるが「パックします」あるいは「ファックします」にも聴こえる。
ステージに降りてからは、白い幕をホリゾントのところに下ろし、そこへ照明をあてたまま。だから、照明の三浦あさ子さんは何もしないで彼の踊りを眺めている。秘魔神の方は、実に小さな女声の歌(西洋クラシックのこんな感じは伊藤キム的な好みに思う)の微妙なボリュームを操作している。
彼のシルエットが美しい。白い幕の波紋。
静かな恐怖と強靭な臆病さ。伊藤キムの若いときの姿をダブらして見ることもあったが、もちろん、そこには前田紀和のいまが立っている。
5)ベイス・クルー。掃除道具を使って音を立てて踊る。床はリノニウムを剥がして、タップ音が響く。初めの1/3ぐらいだったら、こういうのが好きな人たちがいるんだなあ、と豊かな気持ちで見れたのだが(でもまあ、楽しむことは実にいいことだと思う)。やっぱり花束だ。
続けて、3/6(火)。
DANCE CIRCUS 15(二日目)。トリイホールは昨日のような混雑はなくほどほど。ダントツに東京から来たakoという人がよかった。20:04〜21:09。
1)Flaneurs「Detour」作・出演:Flaneurs(秋山雅近・関原綾乃・高橋温子)。おだやかな生活の断片がオムニバスで眺められる。当たり前の日常の生活風景がもっとふわふわした感じで出てくると面白そうだ。
日曜日にお散歩。お店を見つけるっていうことが当日パンフに書いてあった。ばらばらに動いていて、初めて3人が同じ仕草をする、そこが一番気持ちいいところ。手で「クラゲ」が泳いでいるような仕草をするっていうもの。これは全体を通じてのモチーフだったみたいだ。
2)西坂直「01」。がらりと変わるところがミソ。後半はスポットライト。
3)プリミティブ「遠い旅路の目的地」。女性二人。ひたすらゆっくり。
4)neu-blan(cako)「ans Ufer(岸へ)」。あるいは「地上にひとつの場所を」(J.L.G)。どんな女性かまったく知らないでそのダンスは始まった(92年から踊っているという)。
彼女がいるだけで、まわりの空気が違ってしまっている。腕が浮かび、指が移ろう。あっと固唾を呑む。身を乗り出す。
つよくて、その動きだけで場所が何かを孕みそうだ。
かきむしること。かき乱すもの。
まだ何かが起きること、その余地が0.01%ほどは世界に残っている・・
薄暗闇で激しく動いている、その軌跡は見えるのだが、彼女はどこにいるのだろう。
女のうた声が聴こえる。黒いコートのバタンが一つずつはずされる。
天使的な表情。アリアとマリア(きっとまた出会うだろうダンスだった)。
5)清水啓司「無音の魚(うお)」。彼も前半、抑制した動きを持続していた。対置させている木のストールの存在が印象に残る。後半はidiot(あほう、白痴)的な動き。オランウータン的というほうが正確かも。力のためはさすが。音が最後、キューキュー、ガーと馬鹿でかくなる。
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